国内外で車名を変える必要はあるのか
地域によって意味の変わってくるネーミングからグローバルネーム、つまり全世界共通の車名でビジネスを展開する自動車メーカーが増えてきた。2020年2月に発売される4代目となるトヨタ・ヴィッツは、グローバルネームの「ヤリス」に名称を変更。マツダもアクセラから輸出用ネームの「マツダ3」に改めて国内で発売。このように国産車世界戦略車として新たな舵を切る。
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グローバルネームの使用は“世界でも認められている製品”であること、つまり「あなたの選んだクルマは世界に通用するクオリティを持っています」と端的にアピールしやすい。その一方で、海外の自動車メーカーでは、国内向け・輸出向けで車名を変えず、さらにシンプルにアルファベットと数字の配列を使用している例が多い。そこで本稿では、クルマのネーミングについて検証してみよう。
前出したヴィッツという名前は、才知・機知あるいは面白さやシャレを意味するドイツ語の “Witz”に由来。「W」では「ヴィ」と読みづらいだろうとの判断からあえてVivid(ヴィヴィッド)を印象付ける「V」を使い造語としたと言われている。日本人の解釈的にはヴィッツという音が「Bits」=小さいものを意味する英語にも通じ、いわばダブルミーニングを狙ったのかも知れない。
いっぽう「ヤリス(Yaris)」は気品を象徴するギリシャ神話の美の女神 “Charis”からネーミング。WRCなどではヤリスとしてエントリーしているので、この車名の統一は日本のマーケットでも、さまざまな副次的効果を生みそうだ。
こうした意味のある名前を付けるメーカーに対して欧州メーカーでは、特定の名前ではなく、英字や数字を使用していることが多く見受けられる。高級車で知られるメルセデス・ベンツやBMW、英国のジャガー、スウェーデンのボルボはもちろん、フランスのプジョーやシトロエン、DSもそれに当たるといえそうだ。
一時のポルシェ(356、911、928、959など)やフェラーリ(250GT、365GT4/BB、F40など)、アルファロメオ(75、164、156、147、159、166、GTVなど)も数字が車名になっていたブランド。「ポルシェ911」が、プジョーからクレームがつくまで「901」という車名だったことはあまりにも有名であろう。
数字と欧文の車名はグローバルでの使用が容易
現在アルファベットと数字の車名採用を促進している、米キャデラックのマーケティング担当にかつて聞いたところによると「欧州メーカーが採用しているように、アルファベットと数字の大小が車格を示すのに都合が良く、先入観なしに受け入れられることが多い。生意気っぽくなく、スッキリとしていて知的でクールなイメージがある」との返答が返ってきた。
下手に意味のある言葉よりも、アルファベットと数字だけのほうが好イメージだというのは、漢字文化で育ったわれわれには少々分かりづらい欧米に共通する感覚なのかも知れない。しかし考えてみれば、アルファベットや数字に意味をある程度もたせ、同時にグローバルでの使用が比較的容易に行えるなど、そのメリットは小さくない。
繰り返すが、なにしろ文字=記号に何らかのイメージは持てるものの、それ自体に意味は無く、したがって言葉の意味に対する地域差もほぼなく、商標面での問題もクリアできてしまうという魔法のようなネーミングなのである。これはある意味、画期的な発明だ。もちろん、かつてのセリカXXが北米市場では「スープラ」とされたように、”X”が成人指定映画(現在のR指定に近いもの)を連想させるということもあるので、完璧ではない。 キャデラックでは伝統的に「エルドラド」や「セビル」「デビル」などの名称を使用してきたが、現在ではそのネーミングルールを廃止し、乗用車系は「CT5」や「CT6」のように「CT」+「数字」、クロスオーバーやSUV系は「XT」+「数字」にリニューアルしている最中である。ただし、最高級SUVとして定着している「エスカレード」は「XT7」にはならずエスカレードのままだといい、そのあたりにも、車名の命名と定着に関する難しさを感じ得ない。
メルセデスは、かつて数字でのみボディの大きさを表現していたが、1900年代以降のラインナップ拡大とともにそのルールが限界に達し、現在はサイズやボディ形状に数字(=排気量やパワーを示すことが多い)を組み合わせ、車名を成立させている。
例えばコンパクトサイズの基本モデル「Aクラス」の場合、「A180」といえば最も小さなボディに1.8リッターガソリンエンジン相当のパワーを持つエンジンを搭載しているという意味。「CLA180」であればクーペスタイル(=CL)を採用するAクラスサイズのクルマで1.8リッターガソリンエンジン相当のパワーを持っていると言う車名。「GLA180」は、「GL」が車高の高いSUVスタイルを採用するAクラス相当のサイズ感で、いう意味になる(例外もあるが)。
これに対してフォルクスワーゲンは、「ビートル」や「ゴルフ」といったように、伝統的に意味のある言葉が車名として用いられている。ただし、ビートルはFFになった「ニュービートル」から正式に使用されたもので、それまでは「タイプI」や「タイプII」というのが正式な名称だった。
ゴルフは「GTI」にゴルフ型のシフトノブなどを採用していたこともあってスポーツのゴルフから命名されている思われがちだが、実は「湾」や「入江」を意味するドイツ語(英語ではGulf)で、「ガルフストリーム(GolfStorm=メキシコ湾流)」に由来している。シフトノブのゴルフボールを模したデザインは、フォルクスワーゲンのゴルフ(風)とゴルフ(スポーツ)を掛けた遊び心だったのだ。
そのゴルフのセダンバージョンとして誕生した「ジェッタ(Jetta)」はジェット気流の意味で、ゴルフ=ガルフストリームによって発生する貿易風が「パサート(Passat)」。イタリアの東のアドリア海沿岸を吹き抜ける風が「ボーラ(Bora)」、サハラ砂漠に吹く乾いた風が「シロッコ(Sirocco)」と、かつてのフォルクスワーゲンの車名には風や自然現象の名称が多く使用されていた。
フォルクスワーゲンがこうした意味のある車名にこだわったのは、響きが良く誰にでも分かりやすい短い車名が、「国民車」をブランド名にした「常に大衆とともに歩む」という設立当初の理念に合致しているからといわれている。
レクサスは世界市場を視野に入れた車名を採用
分かりやすい例をひとつ挙げよう。日本を代表するプレミアムブランドのレクサスも、グローバル市場が主戦場となるため、英字と数字で車名を構成している。これはほぼ全世界の市場に対するレクサスの共通戦略だ。
1989年に誕生し、30年ほどの歴史となるレクサスが欧米の市場に打って出る際、なぜ車名に2つの英字と数字の組み合わせを採用したのか。それを考えれば、海外で高級車をイメージさせるものとして何が必要なのか、そして今、キャデラックがなぜ車名変更を急いでいるのかが理解できると思う。
ちなみに、車名ではなく社名に目を移すと、●創設者の名前(ポルシェやプジョー、フェラーリやランボルギーニ、ロールス・ロイス、マセラティ、トヨタ、ホンダ、スズキなど)●いくつかの頭文字の組み合わせ(アウディやBMW、フィアット、アルファロメオなど)●地名や地名と人物名の組み合わせ(いすゞや日野、アストンマーティン、AMGなど
このように、そのルーツとされる場合が多いのだが、前述のLEXUS=レクサスに関していえば、その名称には特定の意味はないというのが通説だった。
「Luxury Exports to the U.S. (アメリカへの輸出高級品)」の頭文字から取られたという説や、ドイツ語の「Luxus(贅沢)」からの造語という説もあったが、トヨタの公式見解は「ラグジュアリーと最先端テクノロジーを表す造語。レクサスのブランド名に決定する前はアレクシスやレクシスが候補に挙がったがレクサスに決定した」ということである(レクサスの広報誌BEYOND BY LEXUSに掲載)。このストーリーを先進的と捉えるか、伝統がないと感じるかは、もちろん自由である。
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