1台のクルマで世界は変わる
ほとんどのクルマは、生まれては消えていき、波紋を広げることはほとんどない。しかし、時折、世界を揺るがすほどの大きな衝撃を与えるクルマが登場する。
【画像】自動車業界に革命を起こしたディスラプターたち【シトロエンDS、ルノー16、アウディ・クワトロなどを写真で見る】 全84枚
現在では、業界の常識を打ち破るような製品や企業は、ディスラプター(破壊者)と呼ばれることがある。今どきの言葉で人に例えるなら、インフルエンサー(影響力を持つ人)となるかもしれない。自動車の歴史を振り返ると、そのようなクルマは何台も見つけることができる。
今回は、自動車業界の常識を打ち破り、その後の思想やトレンドを変えたクルマを紹介していきたい。
T型フォード(1908年)
T型フォード(正式にはモデルT)は、特に革命的なクルマだったわけではない。その製造方法が、世界を変えたのである。作業効率の高いベルトコンベア方式など、近代的なシステムを採り入れることで、それまでにない大量生産を実現した。
T型フォードは世界初の量産車と言われることもあるが、正確には、1901年から1907年の間に1万9000台が製造されたオールズモビル・カーブドダッシュがそれにあたる。とはいえ、T型フォードは一時期、米国の道路を走るクルマの半分以上を占めるほど作られた。
ランチア・ラムダ(1923年)
1923年まで、すべての自動車は、強度を高めるためにフレームとボディを別体式とする構造を持っていた。ランチア・ラムダは、世界で初めて一体式のモノコック構造を採用した乗用車である。より強く、より軽く、より安価なモノコック構造は、1960年代まで主要な自動車メーカーで採用されることはなかった。それだけ、ラムダは先進的だったのだ。
クライスラー・エアフロー(1934年)
商業的な成功を収められなかったため、競合他社は当初、そのデザインを真似したがらなかったが、クライスラー・エアフローが業界に与えた影響は大きい。このクルマは、空気抵抗を減らさなければ燃費効率を高めることはできないという事実を、自動車デザイナーに教えたのだ。戦後になると、エアフローの流麗なデザインが主流となった。
シボレー・コルベット(1953年)
1950年代、グラスファイバー(ガラス繊維)は驚異的な素材として認知されていた。グラスファイバーは軽量かつ耐衝撃性に優れていたものの、スタウト・スカラブなどごく一部のクルマにのみ使われてきた。シボレーは、グラスファイバー製ボディを大胆に使用したスポーツカー、コルベットC1を1953年に発売。この動きは、後に世界中のスポーツカーメーカーが模倣することになる。
シトロエンDS(1955年)
ジャガーはディスクブレーキをレーシングカー(Cタイプ)に搭載した最初の自動車メーカーだが、これを公道に持ち込んだのはシトロエンのDSであった。フロントにパワーアシストのインボードディスクブレーキを採用したDSは、それまでのクルマにはない制動力を発揮した。ディスクブレーキは瞬く間に普及し、1年後にはトライアンフのTR3にも採用された。
ミニ(1959年)
ミニに使われた技術や部品の多くは、すでに他車でも見られるもので、特別だったわけではない。しかし、横置きエンジンと前輪駆動を採用することで、手頃な価格で優れたパッケージを実現したのである。1959年の登場後まもなく、超小型のマイクロカー市場は消滅した。ミニはより大きく、より良いものを、より低価格で提供したからである。
シボレー・コルヴェア(1960年)
シボレー・コルヴェアは、悪い意味での影響力を持ったクルマである。リアサスペンションの設計に手を抜いたため、走行中、急な操作を行うと制御を失う危険性があったのだ。社会活動家のラルフ・ネーダーはこれを受け、自動車の安全性を高めることを自らの使命とした。
彼の著書『Unsafe at any speed(どんなスピードでも自動車は危険だ)』は、自動車の設計・製造に関する規則を強化する米国道路交通安全局(NHTSA)の設立につながった。
ボネ・ジェット(1962年)
1958年、初めてミドエンジンのF1マシンがグリッドに並んだ。その4年後、フランスのボネはミドエンジン方式を市販車に初めて採用し、完璧なバランスを持つジェットを作り上げた。
コンポーネントはすべてルノーから流用してコストを抑え、軽くて繊細なグラスファイバー製ボディにより優れた敏捷性を確保した。これ以降、多くのスポーツカーがミドエンジン方式を踏襲することになる。
フォード・マスタング(1964年)
マスタングは、購入者の懐具合や好みに合わせてカスタマイズできる手頃なスポーツカーであったため、若者が初めて乗るクルマ、すなわちポニーカーとして親しまれるようになった。1964年に発売されると、すぐに大ヒットし、競合他社もその勢いに乗ろうと次々とライバル車種を開発するようになった。太平洋を隔てた欧州大陸でも、マスタングを欧州流に再現したカプリが人気を博した。
ポンティアックGTO(1964年)
60年代の米国車といえば、V8エンジンを搭載した筋肉もりもりのクーペを思い浮かべるだろう。つまり、マッスルカーである。その始まりは、1964年のポンティアックGTOだ。
当初、GTOというのはテンペストのオプション・パッケージに過ぎず、独立したモデルではなかったが、1966年になると個別のモデルとして売られるようになった。やがて、マッスルカーを中心に米国自動車産業が盛り上がっていくことになる。
ルノー16(1965年)
シトロエンは、1939年にトラクシオン・アヴァンを発表し、前輪駆動のハッチバックを初めて世に送り出した。しかし、当時はあまり受け入れられず、商業的な成功は1965年のルノー16が初となる。16は手頃な価格の前輪駆動ハッチバックとして支持を集め、現在に至る乗用車のテンプレートとなったのだ。
ボルボ140(1966年)
1959年に3点式フロントシートベルトを採用するなど、ボルボは安全性に関する世界初の技術を数多く導入しているため、この記事がボルボで埋め尽くされてもおかしくない。1966年には、140シリーズに初めてクランプルゾーン(衝突時のエネルギーを吸収する機構)が採用された。
時間はかかったが、こうした安全機能は今や自動車にとって不可欠なものとなり、数え切れない人の命を救っている。
NSU Ro80(1967年)
世界初のロータリーエンジン搭載市販車は1964年のNSUヴァンケル・スパイダーだが、ある程度の普及に成功したのは1967年のRo80であった。しかし、ロータリーエンジンの信頼性を高めることができず、結果的にNSUは倒産し、フォルクスワーゲンに買収された。
Ro80では、そのデザインにも注目したい。エアロダイナミクスをまったく新しいレベルにまで高めた、風を切るようなデザインで、業界に与えた影響は小さくないはずだ。
レンジローバー(1970年)
ガソリンエンジン車の四輪駆動システムを開発したのはオランダのスパイカーで、1903年にさかのぼる。四輪駆動車が本格的に量産され、大量に使用されたのは、1941年のジープが初と言えるだろう。しかし、その後も長らく実用車向けの技術であったことは否めない。
1970年に登場したレンジローバーは、ラグジュアリーと悪路走破性を両立した、どこにでも行ける高級車である。高級SUVというカテゴリーは今や堅固なものとなり、最新のレンジローバーは依然としてその頂点にある。
トライアンフ・ドロマイト・スプリント(1973年)
1気筒あたり2個のバルブを使用するエンジンは、低速トルクと高速パワーのどちらかを一方を取捨選択しなければならない。しかし、バルブの数を2倍にすれば両方とも手に入れることができる。これに気づいたトライアンフは1973年、初の量産型4バルブエンジンをドロマイト・スプリントに搭載した。
普及には時間がかかったが、10年もすると4気筒の16バルブエンジンが主流になる。写真:後期型
フォルクスワーゲン・ゴルフGTI(1976年)
ハッチバックは実用的なファミリーカーであり、スポーツカーと組み合わせるという発想はこれまでなかった。フォルクスワーゲンの技術者が空き時間にゴルフの高性能版を作り、1975年のフランクフルト・モーターショーでゴルフ・スポーツとして発表すると、経営陣を驚かせるほどの反響を呼んだ。
いわゆる「ホットハッチ」の誕生であり、ライバルも参戦して1つのカテゴリーを形成するのに時間はかからなかったのである。
サーブ99ターボ(1978年)
サーブ99は、史上初のターボチャージャー搭載車ではない。その16年前にはオールズモビル・ジェットファイアが登場していたし、BMW 2002ターボやポルシェ911ターボももっと前から存在している。サーブ99が達成したのは、ターボ車を日常的に乗れるように改良し、普及につなげたことである。
アウディ・クワトロ(1980年)
四輪駆動車についてはレンジローバーの項目で触れたが、アウディ・クワトロは同技術と本格的なパフォーマンスを初めてマッチングさせたクルマである。クワトロはラリーを席巻し、シトロエンBX、プジョー405、ランチア・デルタ・インテグラーレ、スバル・インプレッサなど、多くの高性能4WD車が登場するきっかけを作った。
プリムス・ボイジャー(1983年)
1984年、ルノーは「欧州初」のピープル・キャリア(ミニバン)となるエスパスを発表するが、その前年、クライスラーはダッジ・キャラバンとプリマス・ボイジャーを「世界初」として発表している。
7人乗りで、かつてないほどフレキシブルな室内空間を実現したこのクルマが、その後どれほどの影響力を持ち、大きな人気を博すことになるのか、誰も想像できなかったことだろう。しかし、現在、ミニバンは7人乗りのSUVに取って代わられている。
BMW M5(1985年)
高性能セダンは以前より存在するが、BMW M5は多くのクルマに模倣された。2代目5シリーズ・セダン(E28型)をベースにした初代M5が発表されたとき、人々はそのパワフル(290ps)なエンジンに驚くと同時に、意外なほどおとなしい外観に魅了された。518iよりわずかにスポーティに見える程度の控えめで親しみやすいデザインは、「Qカー」や「スリーパー」の定義にふさわしい。
ランドローバー・ディスカバリー(1994年)
3列シートを備えた7人乗りSUVは、今では不動の人気車種となっているが、大勢の人と荷物をどこにでも運べるというコンセプトを世界に広めたのは、ランドローバー・ディスカバリーだ。
1989年の初代ディスカバリーをはじめ、それまでもリアにポップアップ式の臨時シートを備えたSUVはあったが、1994年にデビューしたディスカバリー2は、安全性と快適性を現代的なレベルで実現した跳ね上げ式シートを採用していた。これを真似するのは、簡単なことではない。
ルノー・メガーヌ・セニック(1994年)
フルサイズミニバンのエスパスの成功に続いて、ルノーは7人乗りのコンパクトミニバンという概念を打ち出す。メガーヌのプラットフォームをベースにした(初期のモデルはメガーヌ・セニックと呼ばれた)セニックは、実際には5+2と言えるレイアウトを採用している。5人乗りSUVに市場を奪われるまで、よく売れるカテゴリーであった。
トヨタRAV4(1994年)
ランドローバーディフェンダー、スズキSJ、ジープなど、四輪駆動のオフローダーはRAV4が登場する以前にもたくさんあった。しかし、オフローダーの利点とコンパクトハッチバックの効率性を両立させ、使い勝手の良いパッケージにしたのがRAV4である。現在では、世界で最も売れているクルマの1つとなっている。
トヨタ・プリウス(1997年)
当初はややぎこちないスタイリングと限られた実用性しか備えていないプリウスだが、今では当たり前になっているハイブリッド車のテンプレートを作り上げた。1997年に発売された初代プリウスは、ライバルに2年先んじた存在だった。その効率的かつ未来的な設計により、多くの著名人の愛車にも選ばれている。
2023年1月、5代目となる最新型が発売された。世界で電動化が叫ばれる中、プリウスは今後どのような道を走っていくのだろうか。
日産キャシュカイ(2006年)
クロスオーバー市場は、これまでずっと活況を呈してきたように思われるが、日産キャシュカイはこのブームの火付け役と言われている。実質的には小型のSUVであり、SUVのメリットを享受しながらもランニングコストを抑えたモデルである。
多用途性と効率性の高さがヒットし、日本(デュアリス)での販売終了後も海外で活躍を続けている。2代目以降、北米では「ローグスポーツ」として販売されている。
日産リーフ(2010年)
日産リーフの登場以来、EVを取り巻く環境は大きく変わった。今でもEVの多くは、もともとエンジン車として設計されたクルマをベースとしているが、リーフは当初からEVとして設計されていた。
そのためスペース効率に優れ、運転しやすく、(少なくとも都市部であれば)十分な航続距離を持つことができた。EVでも実用的かつ手頃な価格のファミリーカーを作れるということを世界に示したクルマだ。
テスラ・モデルS(2012年)
1回の充電で400km以上走行可能なモデルSは、幅広い生活スタイルにフィットする最初のEVであった。スーパーカー並みの性能も大いに注目を集め、EVは決して退屈な乗り物ではないと示した。
登場から10年、競合他社はまだテスラに追いついていないが、このクルマが自動車業界を電動化の未来へ動かしたことは間違いないだろう。
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