マツダのロータリー復活 究極のエンジン開発中
掲載 更新 carview! 文:川端 由美/写真:中野 英幸
掲載 更新 carview! 文:川端 由美/写真:中野 英幸
しかし、それはマツダの次世代パワートレイン戦略の序章に過ぎない。今回発表された次なるパワートレイン戦略の本当の目玉は、「HCCI(Homogeneous Charge Compression Ignition)」の開発だ。2000年代中盤から後半にかけてかなり騒がれたから、耳にした人も少なくないだろう。通常、ディーゼルは自然着火するが、ガソリンはプラグで点火する必要がある。HCCIでは吸気時に燃料と空気を均一に混ぜ、その混合気を圧縮することで一気に自然着火させる。一気に燃えて燃焼速度が速いため、プラグ点火より燃料を薄くすることができ、燃費性能が向上する。良く混ざるので排ガスもクリーンと良いこと尽くめのように見える。しかし、シリンダー内の温度や圧力といった条件を整えないと着火しない。また、全域でHCCIの燃焼ができるわけではないので、通常の燃焼との切り替え時に空燃比が飛んでしまうと、大きなショックが出てしまう。それゆえ、現段階では実用化には至っていない。
「エンジンを開発するとき、いじれる要素は圧縮比、比熱比、燃焼期間、燃焼開始時間、熱伝達、吸排気の圧力差、機械抵抗のたった7つしかありません。ポンピングロスの低減に加えて、ガソリン・エンジンではさらなる高圧縮比化と希薄燃焼が、ディーゼルでは燃料の均質化が、高効率化のカギです。この段階ではまだ第二世代のSKYACTIV-G/Dですが、その次のステップとしては高断熱とすることで、ガソリンもディーゼルも同じHCCIというゴールを目指します」というのは、SKYACTIVの技術を牽引する人見光夫執行役員だ。
彼の開発方針は非常にユニーク。パワートレイン開発においては、いくつもの課題がシーソーの右と左のように絡み合って、トレードオフの関係にあることが多く、いずれかの特性を妥協せざるを得ないことがある。が、人見氏は、例えば、SKYACTIV-Gを開発するにあたって、圧縮比を15に高めたエンジンを設計して回してみたという。ノッキングしないように制御すれば、当然、トルクが低下する。しかし、人見氏は「トルクの低下」とは考えずに、「上死点より後に点火しているが、低温酸化反応により、仕事量はあまり落ちていない」と考えた。その結果、欧州プレミアと比較しても、全域で高いトルク曲線を描きつつ、燃費性能もディーゼルエンジン並みに向上した「SKYACTIV-G」が開発できたのだ。高圧縮比を目指したため、10.5くらいでノッキングしやすくなってしまう過給ダウンサイズ・エンジンではなく、自然吸気エンジンを選んだ。
ディーゼル・エンジンでは反対に低圧縮比で問題を解決した。通常、ディーゼルではプラグなしで自己着火するため、上死点付近で着火させると、NOxやPMといった排気ガスが出やすくなるので、タイミングをずらして着火させている。圧縮比を低めれば、上死点付近で着火できて、一回の爆発の仕事量が増えて、高効率化につながる。後処理装置なしで、厳しい日本や欧州の排ガス規制もクリアできる。そこでコストを節減した代わりに、ツインターボ化してトルクを高めた。一方で、シリンダーの中の圧力を下げることができたため、エンジンを軽量化し、抵抗を減らし、レブリミットを5500rpmまで高めることにもつながった。
「これ以上の燃費向上のためには、リーンバーンをやるしかありません。リーンバーンで成層燃焼しても、ダメ。全体を均質に混ぜて、空燃比40~50(理論空燃比は14.7)というスパークプラグでは燃えないくらい薄い状態にしないと、燃費改善は望めません。空燃比が35を超えると、NOxも出ません」と人見氏は語る。
当然、HCCIの領域が狭く、SI(通常の火花点火)とHCCIの切替が難しく、高温/高圧に伴って冷却損失が出るなどの課題はある。現段階で、他社の方式では44%程度の領域でHCCI燃焼を行っているが、マツダでは動弁系を工夫することによって、その倍程度の領域でHCCI燃焼が可能になるという。また、EGR(排気ガスを再び吸気に混ぜスロットルロスやエミッションを抑える技術)の比率が60%超えると、燃料の成分の違いによる影響を受けないこともわかっている。HCCIが実現すれば、SKYACTIV-Gの第一世代と比べて、30%の燃費向上が見込めるという。加えて、マツダではこれまで排気損失を減らしてきたが、反対に冷却損失が増えてきている。そこで、断熱を行うことで、冷却損失を止めれば、さらに燃費は好くなると見ている。
「自動車の電化」は世の主流ではあるが、マツダでは発電所で発生するCO2まで計算に入れ、内燃機関の高効率化だけでもEV並みのCO2排出量に減らすことを目指している。まずは、内燃機関の高効率化を進め、苦手な領域を減らした段階で電化に向かえば、モーター/バッテリーを小型化できるというわけだ。もちろん、これほど思い切った戦略をどの自動車メーカーでもできるというわけではない。年産100万台程度の小さな自動車メーカーだからこそのユニークな戦略ではある。開発陣の力だけではなく、これほど思い切った開発戦略をさせる経営陣の英断があってこその技術革新といえるだろう。
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