高級車の証ともいえる本革シート。レザーならではの見た目と肌触りにはうっとりするが、ひと昔前までは布シートこそが高級だった。なんで布シートが高級だったのか。馬車の時代からシート生地の変遷を追いかけてみたら意外なことが分かった!
文/片岡英明、写真/トヨタ、日産自動車、マツダ、FavCars.com
レザーなんかビンボー臭い? 昔の高級車は布シートこそが一流の証だった!
■ひと口に布シートといっても種類はさまざま
現行型トヨタ ノア(Xグレード)のファブリックシート。ファミリーカーの場合、シートに飲食物などをこぼす可能性が高まるので、シートの素材には悩むところだ
自動車の内装のなかで目立たない存在だが、重要な役目を果たしているのがシートだ。スポーツモデルのフロントシートは、ホールド性やサポート性が問われる。VIPなどの貴賓を乗せることが多いリムジンは、リアシートの快適性が重要だ。
シートの表皮に使われている生地には多くの種類がある。大きく分けると、その代表はファブリックと呼ばれている布を素材としたシートだ。これと人気を二分しているのが、本革を素材としたレザーシートである。
この2つのほか、最近は天然の革に似せて人工的に生み出したレザー風の人工皮革が増えてきた。また、商用車など、生産コストに制約のあるクルマには、レザー調のビニール素材が使われることが多い。
日本車で圧倒的に多いのが、ファブリックシートだ。軽自動車から高級車まで、多くのカテゴリーのクルマに装備されている。ファブリックシートと呼んでいるが、意外にもその種類は多い。
伸び縮みしやすいジャージー織りの生地を使い、経糸(たて糸)と横糸を交互に組み合わせて成形したのがジャージー織物である。手触りがよく、汚れにも強いなど、高い耐久性を誇るため、軽自動車からファミリーカー、ミニバンまで、多くの種類のクルマに使われるようになった。
■布シートの王者はモケットとウール
現行型トヨタ センチュリーのファブリックシート。見た目の高級感と柔らかな触り心地が特徴。現行型センチュリーではレザーシートも選択できる
最近増えているのが、ニット生地のトリコットを素材としたシートだ。編み物と織物のいいとこ取りをしたスグレものの素材で、伸縮性に優れ、形状安定性も合格点を大きく超えている。しかも柔らかな風合いに加え、通気性もいいからシートには最適だ。
表面が滑りやすいのが欠点だったが、最近のシートは改良によって滑りにくくなってきている。スバルは最新のインプレッサやクロストレックにもトリコット素材のシートを採用した。
昭和の時代の上級オーナーカーに好んで使われていた生地が、モケットとウールファブリックである。
モケットは毛織物の一種で、カーペットや劇場の椅子などに使われているからご存じの人も多いだろう。表面を起毛仕立てにしたものが多く、風合いや手触りがいいのでマツダのコスモやルーチェ、トヨタのクラウン、ソアラ、マークII、日産のシーマなど、高級モデルが好んで使っていた。
細いウール糸を立体的に織り上げたのがウールファブリックだ。その代表がジャガードモケットで、見た目の高級感はもちろん、柔らかな触り心地も心地よい。
だが、原材料が高価で生産コストが飛び抜けて高いから、トヨタのセンチュリーやメルセデス・ベンツの上級クラスの一部など、採用するクルマは限られている。また、出来のいい人工皮革が登場したから採用車は減少傾向だ。
■本革シートの王者はナッパレザー
マツダ CX-60(Premium Modern)はシートにナッパレザーを採用。ちなみに「ナッパ」とは製法を考案した職人が在籍した工房の所在地である米国カリフォルニア州ナパに由来する
布を素材としたファブリックシートの長所は、コストパフォーマンスに優れ、通気性がよく、滑りにくいことである。伸縮性があるから滑りにくく、肌触りもいい。傷つきにくいなど、優れた耐久性に加え、蒸れにくいから快適性も高いレベルにある。
生地の折り目や生地に汚れが付着したり、染み込みやすいのは弱点だが、掃除はしやすい。多くの長所を備えて魅力的だが、見た目の高級感が薄いためか、格下の素材に見られているようだ。
いっぽう高級感が分かりやすいシート素材が、牛や羊などの動物の革をなめした天然の革素材を表皮に用いたレザーシートである。ファブリックとは違う風合いが特徴で、耐久性の高さも折り紙付きだ。静電気も発生しにくい。
表面に顔料を薄く吹き付け、アニリンと呼ばれる染料を使って染色したセミアニリン仕上げのレザーシートも増えてきた。
しっとりとした手触りのよさが好まれ、LXなどのレクサス車、アウトランダーPHEVのトップグレード、革の文化が浸透したヨーロッパなどの高級車用シートに使われることが多い。
また、耐久性に優れている山羊や羊、牛などの革を使い、顔料を薄くして柔らかい風合いを強く打ち出したものはナッパレザーと呼ばれている。
マツダはCX-5やCX-8、CX-60など、上級クラスに積極的に採用して話題をまいた。メルセデス・ベンツは、AMGデザインのステアリングにもナッパレザーを採用している。ナッパレザーのなかでも傷の少ない厳選した良質の革を用いているのがプレミアムナッパだ。
■動物愛護の観点からレザーシートは減少する!?
1915年式ロールスロイス シルバーゴースト。前席と後席で異なるシート素材を使っていた
今ではレザーシートは高級というイメージが定着している。が、20世紀の後半までは優劣はなかったのだ。レザーシートが好まれているのは、貴族文化が強いヨーロッパや開拓時代のアメリカで持てはやされた馬車の時代の名残である。
この時代の馬車は簡素な屋根が付き、シートも椅子のように腰掛けるだけの機能しか持たなかった。御者が座るのは、耐久性に優れたレザーシートだ。
後席の貴人や貴婦人は座り心地のいいファブリックシートに座っている。化学繊維はないので、ウールのシートだ。耐久性に難があるが、熟練の職人が表皮を張り替えて使った。
この流れは自動車の時代になってリムジンや御料車へと引き継がれていく。御料車であるニッサン・プリンス・ロイヤルやグロッサー・メルセデス、ロールスロイス・シルバーゴーストなどは運転席がレザーシート、後席が高級なウールシート仕様となっている。寒い日のパレードでも快適に座ることができた。
動物愛護の観点から、レザーシートは徐々に減りつつある。代わって登場したのが、レザーとファブリックを組み合わせたコンビシートだ。
座面はファブリックで、サイド部分をレザーにしたものが多い。見栄えがよく、快適性も高いなど、多くのメリットを備えている。ホールド性とサポート性がよいことに加え、快適性も高いのでユーザーから好評だ。
■今後も新しいシート素材が生まれてくる!
アルカンターラ製の専用シートを採用したトヨタ ハリアー特別仕様車「アルカンターラ・セレクション」。そのままのネーミング!
また、天然皮革のスエードに近い見た目や手触り感で、風合いがよく、耐候性や通気性にも秀でたレザー風の素材も注目を集めている。
一般には「人工皮革」と呼ばれているが、アルカンターラやエクセーヌ、ウルトラスエードの商標名を聞けば、うなずく人も多いだろう。これは日本の東レが開発した人工皮革を基本としており、基本構成はどれも同じだ。
イタリア製はアルカンターラを名乗っており、マイクロファイバー素材の化学繊維である。1980年代にランチア・テーマが世界で初めて採用し、注目を集めた。
ファブリックとレザーの両方の長所を備え、紫外線にも強くて変色しにくい。難燃性が高いこともあり、高級車に使われることが多くなった。
21世紀になると、動物福祉の倫理的な立場からレザーフリー化に踏み切る自動車メーカーも増えてきている。ボルボは時代に先陣を切って、バイオベースやリサイクルソースから作られた高品質なサスティナブル素材などの代替品に切り替えた。
この先は、環境保全や動物愛護の観点から、多くの自動車メーカーやシートメーカーが追随するはずだ。この先のシートの発展から目が離せない。
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みんなのコメント
令和 ファブリック<ビニールレザー、以上
クラウンとかは本革と錯覚させている