注目の「トヨタ GRヤリス」は事前の期待値を超える高剛性・高応答なホットハッチだった
掲載 更新 carview! 文:塩見 智/写真:篠原 晃一 43
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エンジン以上にボディと足まわりが素晴らしい。それらが素晴らしいからこそエンジンを存分に味わうことができると言うべきか。ともあれ山道を走らせるのにこんなに没頭したのは久しぶりだ。高剛性ボディのメリットは多々あるが、それがあれば足まわりを必要以上に硬く締め上げる必要がないという点が大きい。軽量、低重心な車体なので絶対的な姿勢変化は少ないが、ロールのスピードが穏やかで、状況を把握しやすい。
4WDシステムは、このクルマのキーテクノロジーだ。トヨタがスポーティーな走りのために4WDシステムを開発したのはセリカGT-FOUR以来約20年ぶり。GRヤリスのシステムの特徴は、センターデフ方式ではなく、より軽量な多板クラッチによって前後に適切なトルクを配分すること。セレクトスイッチによって、前60:後40(ノーマル)、前30:後70(スポーツ)、前50:後50(トラック)の3モードから選択することができる。
ある程度ペースを上げないと違いを感じにくいが、スポーツモードを選んで積極的に走らせると、コーナー出口での加速時にリアが膨らもうとする後輪駆動車に近い挙動が見られ、ドライバーは“やってる気”にさせられる。タイム計測して一番速いのはトラックモードだろうが、走らせて楽しいのはスポーツモードだ。ノーマルモードの必要性がわからなかったので尋ねると、低ミュー路などで減速しながら曲がるようなケースではこの配分がスムーズなのだという。
次に試乗したRSは、ノーマルヤリスと同じ1.5リッター直3エンジンとCVT(10速マニュアル変速機能付き)を組み合わせたFWDモデルで、いわゆる“なんちゃってモデル”だが、見てカッコいいスタイリングがまんま手に入るので、それで十分という人には魅力的のはず。カタログ燃費(WLTC)はノーマルヤリスのガソリンモデル(21.4~21.6km/L)ほどではないにせよ、18.2km/hとRZ系の13.6km/Lよりずっといい。ちなみにGRヤリスは燃料タンク容量がノーマルヤリスの40Lに対し50Lと10Lも多いので、航続距離はノーマルよりも長い。
一つひとつのパーツの工作精度を競技車両用並みに上げれば素晴らしいスポーツカーができるが、市販できる価格に収まらない。GRヤリスは市販車の工作精度のパーツを、手練の職人がうまく組み上げることで、車両として競技車両並みの精度を出しているという。そのために元町工場に専用ラインを設け、ところどころ手作業を交えながら生産される。
ところでGRヤリスは本来トヨタが2021年シーズンのWRC(世界ラリー選手権)を戦うマシンのベースになるはずだった。20年初めからテストが重ねられていたが、Covid-19の影響でテストが禁じられ、開発を断念。21年シーズンは20年シーズンを戦った旧型ヤリス(日本名:ヴィッツ)ベースのヤリスWRCを継続使用することになった。22年からはWRCの規定が大幅に変更される予定のため、GRヤリスは競技車両としては宙ぶらりんとなってしまった。
往年のランエボやインプレッサWRX STIが世界的に人気を集めたのは、WRCでの活躍によるところが大きい。GRヤリスがデビューとともにWRカーになり損ねたことは、マーケティング面でのダメージはあるかもしれない。ただ出なければ勝てないけど負けないわけで、出ていたら活躍しただろうと語り継がれる“伝説の”マシンになる要件を満たした……などとひねくれた見方をする必要はなくて、トップカテゴリーに参戦せずとも、愛好家が購入してさまざまなカテゴリーの競技に参戦するためマシンとして期待されている。実際、国内のラリー、ダートトライアル、ジムカーナをこのクルマで戦うべく準備している選手もいるそうだ。
トヨタは先日、21年3月期の連結決算について売上26兆円、利益1兆3000億円を見込むと発表した。コロナ禍にあってしっかりと利益を確保する健全、頑強な経営をしているからこそ、昨今の人々の興味のど真ん中とは言えないものの、少数ながら歓喜する人が確実に存在するスポーツカーを開発、市販することができるというもの。そういう意味ではエコカーのヤリスがスポーツカーのGRヤリスを生み出したと言えなくもない。
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