ここ数年“10年に一度の災害級の雨”に毎年のようにさらされ、もはや関東以南が亜熱帯を思わせる気候のニッポン。豪雨に見舞われれば見舞われるほど愛車のワイパーのありがたみを感じるはずだ。
間欠ワイパーを最大にしても処理しきれないほどの雨には閉口するばかりだが、国産車にはかねてより斬新なワイパーが採用されてきた歴史がある。語り継がれるべき“国産ワイパー遺産”を振り返ってみたい。
ワイパーは文化だ! 高温多湿で潔癖なニッポンだからこその「珍ワイパー」列伝
文/藤井順一、写真/トヨタ、日産、ホンダ、FavCars.com
雨天時でのあくなき視界の追求! 日産のこだわりワイパー
レパードの一部グレードのフェンダーミラーに採用されたワイパー。操作は通常のワイパースイッチとは別で、センターコンソールにあった
ワイパー=前面に付くものという普遍的なルールを、バブル景気前夜のニッポンの自動車メーカーが覆した。1980年に登場した「日産・レパード」は世界で初めてフェンダーミラーにワイパーを装着したクルマだ。
初代レパードの上級グレードに標準装備された同ワイパーはリモコン操作でミラーの角度を調整できるのに加え、雨天の際、左右のフェンダーミラーに装着された小型のワイパーを作動させることで、雨滴や汚れを拭き上げ、後方視界を確保することができた。
実は日産自動車は、続く1983年の「セドリック/グロリア(Y30型)」では、雨天の際に自動的にワイパーを作動させる「雨滴感知式オートワイパー」でも世界初採用の称号を持つ国産ワイパーのエポックメーカーである。
オートワイパーといえば、安全意識が高く、泥汚れや長距離移動も多い欧州の輸入車などで標準採用され、近年安全装備の一環として国産車にも広がったイメージがあるが、ルーツは日産というのは、どこか誇らしい気持ちになる。
セドグロに採用された世界初のオートワイパーは、降雨を感知するセンサーをボンネットに設置し、センサーに雨が当たると雨滴の強さに応じてワイパー速度が無段階に変わるもので、トンネル内などではワイパー作動の間隔が伸び、対向車のしぶきを被ったときには自動で速くなることを実現していた。
また、センサーをボンネットの上に貼り付け、エンジンルーム内にワイパーをコントロールするアンプを交換することができ、当時の同社の間欠ワイパー付き車のほぼ全車に後付け可能な汎用性まで備えていた。これを40年前に世界に先駆けて採用した先見性は見事というほかない。
さらに、日産の当時のイメージといえば走りの良さやスポーティさにあったといえるが、同年発売された「日産・シルビア/ガゼール(S12)」においてもワイパーにおける世界初の称号を持っていた。
こちらは往時のスポーツカーの象徴でもあったリトラクタブルヘッドライトにワイパーを世界で初めて装着したモデルだった。
ヘッドライトのワイパー自体は1970年代前半に欧州の「サーブ」や「ボルボ」、「メルセデス・ベンツ」などが相次いで採用していたが、ライトを点灯しない日中は格納できるリトラクタブルライトにまでワイパーを付ける心意気!
この整容へのこだわりこそ察しと思いやりという日本人の精神、というのは大げさだろうか。
トヨタも黙っちゃいない! ワイパーを付けるならサイドミラーよりサイドウィンドウでしょ
マークIIのサイドウィンドウワイパー。ワイパーアームの根元にウォッシャーノズルがあった。窓の収まりが悪そうだが……
1980年代後半といえば、クルマのサイドミラーがフェンダーミラーからドアミラーへと移り変わった時代。ドアミラーの視認性を確保すべくサイドウィンドウの雨滴を除去するためだけに用意されたワイパーは実に斬新だった。
しかし、そもそもこの位置は雨が付着することより、室内の温度差による曇りのほうが気になりそうなのは筆者だけではないだろう。
何よりほぼ同時期にデビューした「日産・シーマ(Y31)」がドアミラーにワイパーを装備していたスマートさと対称的に映る。ライバル同士の熾烈なバトルがこうした自由な発想を生んだのだろうか。
トヨタのワイパーといえば、近年では2010年のコンパクトカー「ヴィッツ/ラクティス」も特筆だろう。同車のワイパーは、通常は2本あるワイパーが1本の、いわゆるシングルワイパーだ。
シングルワイパーは国産車でいえば1979年登場の「日産・ガゼール/シルビア ハッチバック」の「ワンアームワイパー」、輸入車では1974年の「シトロエンCX」、「VWシロッコ」などが口火を切り、1985年のメルセデス・ベンツの「Eクラス(W124)」に装着された「パノラマワイパー」が広く知られている。
それまでは多くのレーシングカーに見られた仕様で、「ロータス・エリーゼ」や「ランボルギーニ・ムルシエラゴ」などの量産スポーツカーにも見られたスポーツカーならではの装備ともいえる。
しかし、ブレードが吹き上げる面積が広く高速となるため、周囲にしぶきが飛びやすいなどのデメリットのためかいつしか衰退していった。にもかかわらず、それを現代のコンパクトカーにコストカット目的で採用してしまうところはさすがの潔さだ。
そうかと思うと、現在のSUV人気を先取りするかのようだった「トヨタ・FJクルーザー」では、世にも珍しいフロント3連ワイパーが採用されていた。
立てられたAピラーのためか、オフロード走行での泥はねに対応するためなのか、いずれにしても世界的にも珍しい短めな3連ワイパーが小刻みに連動して動く様は、ハンドルを握るオーナーと助手席に座る者だけが知る、雨天時のフロントウィンドウ越しに見る絶景だ。
ワイパーはクルマの命!? ワイパーへの偏愛を掲げるホンダ
助手席の前方視界はかなり悪そう……。そんなわりきった設計の「ホンダ・トゥディ」の1本ワイパー。ある意味、潔い
トヨタがワイパーの本数で個性を出したところで、その領域におけるホンダの異常なこだわりには及ばない。
そもそも日本で初めてリアワイパーを装備したのは1972年に発売された初代「ホンダ・シビック」だった。FF・横置きエンジン、ハッチバックスタイル、ストラット方式四輪独立懸架サスペンションでFF2ボックスを新たな大衆車として定義したシビックは、後方の視認性においても革新的だった。
往時のホンダといえばF1に象徴されるレース活動のイメージが強い。それもあってなのか、デートカーとして一世を風靡した1982年登場の「プレリュード(2代目)」、走りの良さで名をはせた1985年の「トゥデイ」ではシングルワイパーを採用していた。
両車ともに特段フロントのガラス面がフラットだったわけでもないうえ、1本のワイパーが担う面積が広くなるシングルワイパーは、動作が速くなり、モーターへの負担も大きくなる。それでもF1などレース活動のイメージにも重なるシングルワイパーの採用を決断したのはホンダイズムの表れか!?
また、通常の2本式ワイパーでも、ホンダはつい最近まで「2本対向式」という複雑な方式を一部の車種に採用していた実績がある。2018年に発売された「ホンダ・クラリティPHEV」は、2本のワイパーブレードが平行に動作する一般的な形式とは異なり、中央で折り重なるブレードが左右へ広がるように動く「対向式」ワイパーを採用していた。
これは、左右のワイパーブレードそれぞれを長くできることで拭き取る面積が広いメリットがあり、主にフロンガラスの面積が広くAピラーが寝かされたモデルに採用されてきた実績があり、他社では「トヨタ・エスティマ」などにも採用されていた。
同車のものはワイパー本体にウォッシャーノズルを内蔵し、ワイパーの進行方向に向かってウォッシャー液を噴射しながら、すぐさまゴムで拭き取ることができ、これによりウォッシャー液が少量で済みタンクの小型化にも寄与していた。
「スマートクリアワイパー」という名前は伊達ではないのだ。
エクステリアの造形が対向式ワイパー採用の理由だろうが、構造が複雑で採用する車種も少なく、メンテナンス時の費用も高くなりがちな方式を近年の車種にまで残していたのは、ホンダのワイパーへのこだわりの表れなのだろう。
欧州で生まれ、ニッポンで華開いたワイパー文化
雨をセンサーが感知すると、適切な間欠タイミングで作動する現代のオートワイパーは雨天走行に欠かせない安全装備だ
現在、多くの自動車に採用されているワイパーは、1960年代にドイツの「ボッシュ」社が開発した「トーナメント型」と呼ばれるものをベースにしている。
これは、窓の汚れを落とすゴム製のワイパーブレードを“トーナメント表”のような構造をしたフレームに装着し、電動でリズミカルにフロントガラスの水滴を拭き取り、前方視界をクリアに保つしくみ。
近年、雨水を弾くケミカルも進化し、フロントガラス以外ではワイパーの出番は減ったのだが、物理的に吹き上げるワイパーの本質的な価値は半世紀以上経った今でも失われていない。
その過程においてワイパーに独自の解釈を加えて、さまざまな価値を提案した国産メーカーの名(迷)車たちの存在があったことを心にとどめておきたい。
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みんなのコメント
デザイナーと技術屋のエゴ
雨量が多い時に、間欠など使わない。
間欠ワイパーを最大にって、なんなの???