■バブル絶頂期でも巨大グリルのクルマはごく限られた存在だった
クルマの印象を決める要素のひとつが、フロントのデザインです。しかし最近では、それを構成するグリルが次第に大きくなる傾向があり、顔全体がグリルのような「ドヤ顔」のクルマが増えてきました。
ではなぜ「顔の巨大化」が進んでいるのでしょうか。その理由を探ります。
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前方にエンジンを置き、後輪を駆動する自動車の一般的なレイアウトは、1891年にフランスのパナール(パナール・ルヴァッソール社)が発明した「システム・パナール」がその発祥です。
その後1898年に、エンジンを液体で冷却するためのラジエーターが初めて前方に設置され、それ以降、水冷式の多くのクルマが、車体前方にラジエーターを保護するグリルを設けるようになりました。
やがてグリルはメーカーごとに独自のデザインを持つようになり、車種やメーカーのアイデンティティを示すデザインアイコンとして発展していきました。
現在は技術の進歩もあり、実際には、エンジンを冷やすために必要な開口部のサイズは最小限でも十分。しかも、車体前方下部から吸気ができれば、グリルは不要でさえあるのです。
それでも今なお、しっかりとデザインが施されたグリルは、むしろ商品性を高めるパーツとして重要なアイテムに。プレミアムな価値を求められる車種では、依然としてメッキを用いてきらびやかに仕立てられています。
かつて、大きくて押しの強いグリルを持つことは、高級車やハイエンドに位置するクルマの証でした。
国産車に例を取ると、バブル景気も華やかな1980年代末のトヨタでは、角型ヘッドライト上端の高さを超えるような立派なグリルを持つのは、8代目「クラウン」、初代「セルシオ」、初代「センチュリー」程度。
それ以外では、例えば「ハイソカー」と知られ爆発的なヒット作となった5代目、6代目「マークII」さえも、グリルはメッキが施されているのみで、押しの強さはありません。
また、国産車随一の高級パーソナルクーペであった2代目「ソアラ」に至っては、ヘッドライトのほうが大きく、グリルはかなり小さめ。
現代の「巨大な顔」を代表するミニバン「アルファード」の前身といえる「ハイエース」の乗用高級仕様でも、現在の基準で見るとグリルは控えめ(それでも当時は押しが強い前面デザイン)でした。
しかし最近のクルマでは、カスタム系の軽自動車、エアロ系のミニバン、高級SUVやセダンを中心に、正面から見ると「まるでグリルが走ってくる」ような巨大で派手なグリルを持つクルマが増えています。
■BMWが直面する「グリル大型化問題」が深刻だ
グリルの巨大化に関して、ニューモデルが登場するたびに話題になるのがドイツのBMWでしょう。
というのも、BMWのアイコンである「キドニーグリル」が、年々着実に巨大化しているためです。
この傾向は、超高性能スポーツモデルの「M3」「M4」、高級SUV「X7」、最新のフラッグシップモデル「7シリーズ」などで顕著になりました。
さらにピュアEV(BEV)で大きな冷却グリルが必要ないはずの「iX」や「XM」でも踏襲されており、むしろ、エンジンを持つクルマよりもグリルの存在感があるほど。
この「BMWのグリル大型化問題」について、国産メーカーの現役カーデザイナー A氏は、このように感想を語りました。
「私は昔からBMWのデザインが好きでした。対抗するメルセデス・ベンツのような押し出しが強くなく、スリムで知的。品の良いところが本来のBMWのカッコ良さだと思っています。
でも、最近のやたらと力強さと奇抜さを狙うBMWは残念。その象徴が、鼻の穴が巨大化したようなキドニーグリルにあります。
往年のような、繊細でシュッとしたBMWに戻って欲しいと思うのは僕だけでは無いと思います」
一方で、これは筆者(遠藤イヅル)の主観なのですが、最新のBMWでは、特徴的だった彫りの深いキャラクターラインをサイドのディテールから消しているほか、全体のフォルム自体はシンプルになりつつもあることから、グリルの大型化は、評価が別れるのを承知で、個性の強いモデルにはあえて強いデザインを与える戦略を取ったのでは、と想像しています。
量販車種においても、2021年以降に相次いで行われた「X3」「X4」、「X1」「3シリーズ」のマイナーチェンジで見られるようにグリルの強調化が進んでおり、今後は、すべてのラインナップに波及するのかもしれません。
■きっかけはアウディから! ブランド力の強化がグリルを巨大化させた
近年におけるグリル大型化の傾向が始まったのは、2005年に登場した3代目「アウディA6」からと言われています。
この代のA6では、それまでバンパー(もしくはナンバープレート部)の上下に分けて設けられていたグリルを視覚的にひとまとめにした「シングルフレームグリル」を採用していました。
顔の巨大化のこれまでとこれからについて、別の国産メーカーに勤めるカーデザイナー B氏は、バンパーの歴史を交えて以下のように語りました。
「黎明期から1950年代の自動車は、バンパーが無いか、あるいは有っても装着位置が低かったこと、フロントフェンダーが独立していたことから、ラジエーターグリルは上下に長かったのです。
その後1960年代に入りグリルの造形は自由になり、横長のタイプも増加しました。
さらに1974年に『5マイルバンパー規制』(※編集部注:低速で衝撃を吸収できる大型バンパーの義務化)がアメリカで制定されて巨大なフロントバンパーの装着が必要となり、それを避けるためグリルの横長化が進みました。
その後は角型ヘッドライトの流行で、それに合わせてグリルもさらに薄くなっていきました。
2005年にアウディ A6がバンパーを跨いで上下に長いグリルを採用したのは、縦長グリルへの原点回帰という意味もあったのでしょう。この手法は爆発的なトレンドとなりました。
そしてブランディングと紐づけられ、各メーカーともに独自のデザインを主張するようになり、更に大きく目立つように、と巨大化がエスカレートしています。
その一方で、ラジエターが不要なBEV(電気自動車)の新興ブランドは、むしろグリルの存在感を消す事でオリジナリティをアピールするようになり、2極化が進みつつあります。
既存メーカーもBEVが主力となっていく中で、今後ふたつの勢力がどのようにフロントエンドを扱っていくのかも、大変興味深いテーマです」
つまり既存の自動車メーカーにとって、後発の新興EVメーカーに対抗する意味でも、ブランド力の強化とそれにともなうグリルの巨大化は避けられなかったという視点です。
■一方でグリルの巨大化は「古き良きクルマの伝統」の名残りでもある
さらに、また別の国産メーカーに勤めるデザイナー C氏に、なぜグリルの巨大化が進んでいるのかを聞いてみたところ、もうひとつの視点で回答をもらうことができました。
「グリルの巨大化は、性能競争が活発に行われてきた時代から脈々と続いてきた、吸気や冷却性能のアピールがいまも延長されているのではないでしょうか。
つまり、古式ゆかしきクルマの性能のルーツ、そこからつながっていく高性能や高級といった記号性の名残りでないかと考えます。
どのクルマも同じように見えるところを、グリルで踏ん張っているのではないかという訳です。
クルマの前史である馬車文化を引き継ぎ、いまだに木目パネルが珍重され続けていることと、根は同じなのかもしれません」
このようにC氏は、巨大グリルは100数十年に及ぶ自動車発展の歴史の名残りではないか、と分析しています。
※ ※ ※
クルマの設計要件が厳しくなり、どのメーカーも同じようなスタイルになってしまう現代において、外観デザインのどこかに差をつける必要があります。
そこで採用された「ドヤ顔」は、立派なグリルを持つクルマは高性能・高級だった、という伝統や文化もあり、多くのユーザーの購買意欲を掴み、世界的な潮流として成功しました。
そのため、わかりやすくメーカーの個性を出すことが可能な「巨大な顔のクルマ」は、サイズの大小に関わらず、今後も廃れることなく登場し続けるのではないかと思います。
ただし、顔の巨大化を好まないユーザーがいることも忘れてはいけません。
ユーザー側の希望としては、新型「ホンダ ステップワゴン AIR」のように、シンプルなデザインのクルマも同時に用意して欲しいと願っています。
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みんなのコメント
まぁ、買えないからいいけど。