TRDが特装車から発展した
自動車メーカー各社にはワークスチューンと呼ばれる直系のブランドがある。
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そして、ワークスという言葉には二種類の意味合いがある。ひとつはチューニングで、もうひとつがモータースポーツだ。ワークスチューニングという響きには、メーカー直系だからこその信頼性があるし、スーパーGTなどのモータースポーツ活動においても各ワークスブランドは中心的な役割を果たしている。
そんなワークスブランドは、トヨタがTRD、日産がニスモ、スバルがSTI、そしてホンダは無限と認識されている。かつてはマツダのマツダスピード、スズキのスズキスポーツなどもあったが、いまではモータースポーツ活動もなくなり、ブランドとしてはデカールなどアクセサリーが残る程度だ。一方、三菱自動車におけるワークス「ラリーアート」は間もなく本格的に復活することが発表されている。
とはいえ、TRD、ニスモ、STI、無限の4ブランドは一言でワークスチューンとしてまとめてしまうには、そのバックボーンは大きく異なっている。あらためてワークスチューンブランドのルーツを整理してみよう。
まずはTRD、これはトヨタ・レーシング・ディベロップメントに由来するブランド名だが、会社名としては過去にも現在にも存在したことがない。現在は、トヨタカスタマイジング&ディベロップメントというトヨタ系のアフターパーツなどを扱う企業の一部門・ブランドという扱いになっている。それ以前でも、トヨタテクノクラフトのモータースポーツ部門のブランドといった位置づけだった。
というのもTRDが生まれた経緯は、モータースポーツ活動ではなく、特装車の製作にあったからだ。源流といえるのはトヨペット整備会社で、主に中古車の再生事業を行なっていた。そのノウハウを活かして、のちに宣伝車やタイムトライアル車、はたまた劇中車などの特装車を手掛けるようになる。あの有名な「007」映画に登場したオープン仕様のトヨタ2000GTを製作したのも、2000GTのスピードトライアル車を製作したのも、トヨペット整備会社あらためトヨペットサービスセンターだった。
その後、1974年にモータースポーツのサポート的な業務も始めるようになり、同センター内にTRD(トヨタ・レーシング・ディベロップメント)というブランドが誕生したのが1976年8月だった。トヨタテクノクラフトの主力は救急車などの特装車事業だったのは変わりなかったが、TRDブランドが浸透していくなかで、モータースポーツのサポートだけでなく、一般向けのチューニングパーツをリリースするようになり今に至っている。
ちなみに、トヨタカスタマイジング&ディベロップメントの株主構成は、トヨタ自動車:90.5%、豊田通商:9.5%。ほぼトヨタの資本下にある直系企業であることは間違いない。
ニスモは宣伝部がルーツ
つづいて日産ワークスであるニスモ。欧文表記するとNISMOとなるが、正式な社名はニッサン・モータースポーツ・インターナショナルで、その略称がニスモというわけだ。
こちらは2つの組織にルーツを持つ。
ひとつが日産自動車・追浜工場特殊車両実験課であり、もうひとつが宣伝部大森分室である。いずれも日産のモータースポーツを担当していた組織であるが、前者が工場直下のマシン製作からするワークスチームだったのに対して、後者は宣伝部配下になることからもわかるようにプロモーションを狙った組織となっていた。
そのため、当時のレースファンからは追浜は純粋なレーシングカーを作る一軍、大森は市販車を改造したツーリングカーレースを担当する二軍といった見方をされることもあった。いずれにしても、ニスモの前身は日産のモータースポーツ組織にあるのだ。
そんなニスモが誕生したのは1984年。その本拠は大森分室のあった東京都品川区南大井に置かれた。ここで追浜に本拠を構えていたならばモータースポーツ専業カンパニーになっていた可能性もあるだろうが、もともとユーザー窓口機能もあった大森分室の流れを受けたことで、ニスモはワークスチューンのブランドとして一般向けチューニングパーツも本格的に手掛けるようになる。
現在の横浜市鶴見区に移転したのは2012年。スーパーGTなどのモータースポーツ活動で中心的な役割を果たしつつ、ユーザーカーへのサービスも行なっている。もちろん、全国の日産販売店などで入手できるチューニングパーツの開発も相変わらず積極的だ。
ちなみに、量産車のNISMOバージョンについては日産系の特装メーカーにルーツを持つオーテックジャパンが担当していたりするが、ニスモとオーテックは片桐隆夫氏(元・日産自動車副社長)が代表をつとめる企業であり、リソースの最適化が図られているという見方をするのが妥当だろう。なお、当然ながらニスモは日産自動車の100%子会社である。
STIはモータースポーツ担当
SUBARU(当時は富士重工業)のモータースポーツ統括企業として1988年に生まれたのがSTI(スバルテクニカインターナショナル)だ。当時から今に至るまでSUBARUの100%子会社という直系企業だ。
モータースポーツ(WRC)におけるワークス活動を支える組織という点ではニスモ的な要素が強かったが、STIとして最初の目立った活動は、初代レガシィにおける10万km連続走行世界速度新記録である223.345km/hを達成したことにある。その意味では、2000GTのスピードトライアル車に関わったTRDのルーツとも似た部分がある。このあたり、メーカー直系のワークスとしての共通点といえるのかもしれない。
そんなわけで、STI(かつてはSTiだったが、今回はすべて大文字で統一する)の90年代における活動の中心はWRCだった。その一方で、WRCで勝つために必要なベース車のブラッシュアップという点でもSTIの知見が取り入れられるようになっていく。それが、歴代のインプレッサに用意されたSTIバージョンで、そうしたSUBARUとSTIの関係はWRX STIの時代になっても変わらなかった。
同時に、STIの知見を活かしたアフターパーツも数多く生み出された。さらにSTIによるコンプリ―カーが誕生したのはワークスチューンのブランドらしいところ。ほかのワークスチューンもコンプリートカーを製作しているが、STIは群を抜いたラインアップを誇る。さらに北米向けに出したコンプリートカーS209においては、STIは同地においてメーカーとして認められるほどになっているのだった。
無限とホンダに資本関係はない
最後に紹介するのがホンダ系ワークスチューンの「無限」。ただし、同社については他のワークスチューン系ブランドとは毛色が異なる部分がある。それは無限が過去も現在も、ホンダ本体とは何の資本関係もないということだ。
もともと「無限」という株式会社が誕生したのは1973年。立ち上げたのは本田博俊氏である。ご存じのように博俊氏は、かの本田宗一郎氏の長男であるが本田技研工業には入社していない。そして、博俊氏はプライベートレーサーと広い交友関係を持っていた。無限はあくまでも、そうした個人的なネットワークから生まれたレーシングエンジンの開発企業として生まれている。
とはいえ、親子という関係から他社のエンジンをベースにするというのは難しかったのだろう。無限はシビックのエンジンをベースとしたフォーミュラ用エンジンで、その名を響かせるようになる。その後も、二輪・四輪問わず、ホンダ車のモータースポーツに欠かせないパワートレインを開発・供給するようになっていった。
そうした活動の頂点といえるのが、世界三大レースに数えられるF1モナコGPを制した3リッターV10「MF301H」エンジンだろう。1996年のモナコGPを制したのは無限エンジンを積む、リジェのオリビエ・パニス。この後、無限エンジンはF1で4勝を挙げることになる。
さらにエンジンだけにこだわっているわけではないのが先見の明があるところで、二輪の伝統的なレースイベント、マン島TTに電動バイク「神電」を持ち込んで幾度もクラス優勝を果たしている。
もちろん、無限としてスーパーGTなどのモータースポーツ活動も行なっているが、現在ホンダのワークス活動を担っているのは本田技術研究所のHRD Sakuraであり、トップカテゴリーにおいて無限は、ホンダ系チームのひとつという位置づけだったりもする。その一方で、軽自動車N-ONEを使ったワンメイクレースN-ONEオーナーズカップの事務局を務めるなどホンダ系モータースポーツを支える存在であったりもするのだ。
ちなみに、現在の無限は2003年に誕生したM-TECHという企業が本体である。「無限」というブランドに独占使用権を株式会社無限と締結することで、レース活動のノウハウを込めたオリジナルのチューニングパーツの開発・生産を行なっている。この部分がワークスチューンとして知られているビジネス領域だ。単にパーツを開発するだけでなく、FD2シビックタイプRやS660をベースとしたコンプリートカーの販売も行なったことがあることからもわかるように、車両全体でのバランスも考慮したフィロソフィーが無限の特徴だ。
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