もくじ
前編
ー 富士山をめざして
ー 2台を目の前にすると
ー 軽自動車というベネフィット
ー まずはダイハツ・コペンに試乗
ロードスター再考(1) 初代マツダMX-5 いかにして世界を変えた?
後編
ー 「日本」という独創性
ー ホンダS660に試乗
ー 日本だからこそ、軽
ー 最高の軽スポーツカー3選
富士山をめざして
数年前までイギリスにやってくる嵐にはアメリカ式に命名された名前が付けられていたが、その後、英国気象庁は失笑を買うぐらいのつまらない名前を付けることにしたらしい。
その一例が「ストーム・ブライアン」だ。イギリスでの呼び方としては悪くないが、諸外国での名前に比べると厳粛さに欠ける。ブライアンはコーンウォール州を直撃したものの、波止場地域に水しぶきが上がった程度の被害で済んだようだ。
その頃、地球の反対側ではランという名の台風が時速225km/hの風と共に日本の南部をめがけて進んでおり、写真家のスタン・パピヤーは防水カメラとジャケットを買っておかなかったことを後悔したほどだ。
この日、われわれは富士山を背景に日本の最も素晴らしいクルマとも言える軽スポーツカーを称えるつもりだったのだが、本記事に掲載されているスタンの写真を注意深く見てみても、荘厳な富士山はどこにも写っていない。ブライアンの威力でランを押しのけてくれたら良かったのだが……。
現在生産されているピュアな軽スポーツカーはふたつしかない。今回乗り比べるホンダS660とダイハツ・コペンだ。もちろん2車種とも長さ3400mm以下、幅1480m以下、排気量660cc以下という軽自動車の規格を守っている。両車種とも規格ぎりぎりだが、これより小さいと台風や嵐で吹き飛ばされかねない。
2台を目の前にすると
実際、ふたつとも驚くほど小さい。われわれが2台で東京を出発してすぐの信号でジャガーのFタイプ・クーペと並んだ際、S660の4倍もあるジャガーのドライバーはきっと「かわいらしいクルマだ」と思いながら見下ろしていたことだろう。
彼がそう思うのももっともだ。両モデルとも何をしても許されてしまうぐらい愛らしい姿をしているのだから。これに関する詳細は後述する。
われわれは、日本の首都である東京から富士山の上の方まで、各地を巡りながら進むツアーに出発した。その理由は、EU離脱問題後のイギリスと日本の貿易交渉において軽スポーツカーをイギリスに輸入する取り決めを交わすべきか見極めるためだ。
結局のところ、日本もイギリスも世界では数少ない右ハンドルを採用しているため、仕様を変更しなくても良いのがメリットだ。
スポーツカーの輝きを取り戻すべく、シビック・タイプRとNSXに次いでホンダが第3弾として投入するのがS660である。2シーターのS660はミドエンジンで、後輪駆動という点ではシビックよりもNSXに近い。
エンジン排気量は660cc、最高出力は自主規制値の64psだ。だが、ターボのおかげで最大トルクは10.6kg-mと大きく、6速マニュアルも用意されている。
つまり、伝統的なスポーツカーのスタイルを踏襲しているのだ。ルーフを開ける時はソフトトップを手で外してフロントフードのユーティリティ・ボックスに収納する、といったように。
ボックスは最大積載量が10kgまでで少量の荷物なら載せられるが、水筒ぐらいしか入らない大きさだ。
軽自動車というベネフィット
それに比して、ダイハツはグランツーリスモ寄りのアプローチを取っており、折りたたみ式のハードトップルーフの開閉状態に関わらず、トランクには荷物をひとつやふたつ余裕で積むことができる。
電動ルーフによる重量増はあるものの、驚くことにコペンは車両重量がS660の20kg増しに過ぎない。両モデルともフロントにはマクファーソン・ストラット式サスペンション、リアにはトーションビーム・サスペンションを採用している。
コペンは、初代は大きくパワフルな1.3ℓエンジンを搭載してイギリスなどに輸出されていた。S660とは異なりフロントエンジン・フロントドライブを採用。新型は排気量658cc、最高出力64psの3気筒ターボを搭載している。
ダイハツ・コペンには数種類のバージョンがある。今回試乗するのはエクスプレイというモデルで、スポーツカーにクロス・オーバーの手法が用いられるのはサファリ・ラリーで活躍したポルシェ911以来だ。
恐らくダイハツのマーケティング部の誰かによる提案なのだろう。どの角度から見ても外観はかなり変わっているが、そこにはテーマが潜んでいるわけで、実際に2日間乗った後ではすっかり愛着が湧いてしまった。
試乗したS660は218万円だが、オプションを減らせばコペン・エクスプレイと同等の200万円未満に抑えられる。軽自動車の税金、維持費が安いという恩恵は受けられるものの、2車種のスターティング・プライスは少々高い。
日本ではもっと安くハイスペックなコンパクトカーが買えることを考えればなおさらだ。
とは言え、マツダのロードスターは一番低いグレードでも約250万円し、軽自動車のようなコスト・ベネフィットは得られない。つまり、ここに軽スポーツカーの存在意義がある。
実際に日本国内では2016年度にS660が8246台(2015年度は1万2537台)、コペンが4269台(同6567台)売れた。ホンダが採算を取るのに必要な販売台数よりはるかに多く売れたのだ。
まずはダイハツ・コペンに試乗
わたしはまずコペンに乗ってみた。
少なくとも乗り降りはしやすいので第一印象は良かった。ただ、その後の印象はいまいちで、クラッチが重たい、ハンドルを回しても最初の1/4回転ほどは動作しない、3速に入りにくい、レストランに入る時の路面段差で大きな衝撃を感じる、という感想を持った。
それでも、コペンの視界は良く、前を走るホンダも良く見えた。マクラーレンを小型化したようなS660のリア・ウインドウは、650Sスパイダーのように開けて3気筒ターボが奏でる音を室内に充満させることができる。
もしかしたらわたしはコペンにあれこれ注文を付け過ぎているのかもしれない。素晴らしい面があるのも事実だ。
例えば、ハンドルが大きく、タイヤはバイクのように細くて洗練されていて、軽い操縦性のおかげで混雑した東京を運転しやすい点など。さらに、イギリスでプジョーやアルファ・ロメオなどが採用しているナビ・システムに比べて日本のナビの方が使いやすいこと。
東京を走っている時、われわれは2度停車した。ひとつ目は、地元でお化けトンネルと呼ばれる最も低いトンネルで、もうすぐ無くなる予定だ。中を歩く時は背を屈めて歩かなくてはならないほどで、後で窮屈なS660に乗り換えることを考えるといい準備運動になる。
そこから、有名なレインボー・ブリッジに向かった。
後編につづく。
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