2023年4月末に広汽ホンダがフィットのマイチェンモデルを発表した。2022年秋、日本仕様にはRSグレードが加わったことでその復活が取り沙汰されたが、日本ではイマイチ販売的にも振るわない理由を探ってみた。
文/渡辺陽一郎、写真/ベストカー編集部、ホンダ
フィットはいま中国で輝く!? 中国版フィットは「RS顔」が標準で精悍! 日本でも頑張ってほしいゾ!
■フィットの中国仕様はカッコイイ! さて日本は?
広汽ホンダで販売されているマイチェン版のフィット。ちなみに東風ホンダでは「LIFE」という車名で販売されている
ホンダのフィットは5ナンバーサイズが中心の小型車だが、海外でも売られている。中国ではスポーツとクロスターが販売され、前者は日本仕様でいえばRSに似ている。クロスターはSUV風の仕様で、日本でも同名のグレードが用意される。
フィットは欧州でもジャズの名称で販売され、イギリスの場合、グレードはエレガンス、アドバンス、アドバンススポーツ、クロスターアドバンスになる。
欧州で販売されているフィットはJAZZという車名となる
これら海外のフィットに共通する特徴は、すべてフロントグリルを明確に見せるデザインになっていることだ。日本仕様ならRSとクロスターの形状になる。日本のベーシック/ホーム/リュクスに相当する薄型グリルは用意されない。
そして、フィットのフロントマスクでは、グリルをしっかりと見せるデザインがカッコイイ。ベーシックやホームの薄型グリルも、柔和な印象はあるが、一般的に人気を高める形状ではない。そこで海外には採用されていない。
■日本国内で低迷するフィットの販売状況
2022年10月にマイチェンを受けた現行型の4代目フィット。RSグレードが復活して話題となったのだが……
このデザインも災いして、フィットの国内販売は低迷する。2023年1月~5月までのフィットの登録台数は、1カ月平均が約4900台だった。ライバル車のヤリス(ヤリスクロスとGRヤリスを除く)は約7400台、アクアは約7600台、ノート+ノートオーラは約9900台だから、フィットは大幅に少ない(※編註:コロナ禍での生産調整による登録台数のため、車種の人気を直接反映したワケではないのですが掲載しました)。
フィットが売れない理由をホンダの開発者に尋ねると「フロントマスクが影響を与えているだろう」という。ただし、デザインだけが販売不振の理由ではない。ほかのホンダ車に、ユーザーを奪われていることも考えられる。
そこでホンダ車の販売状況を見ると、最も多い車種は軽自動車のN-BOXだ。日本の最多販売車種でもあるため、2023年1月から5月までの1か月平均届け出台数は約1万9200台に達した。フィットの約4倍売られ、日本で販売されるホンダ車の40%に達する。今はホンダ車の半数近くがN-BOXで占められるのだ。
そして国内でN-BOXの次に多く売られるホンダ車は、コンパクトミニバンのフリードだ。2023年1月~5月までの1カ月平均登録台数は約7300台で、フィットの1.5倍売られている。
フリードで注目すべきは、現行型の発売が2016年と古いことだ。登場してから7年近くを経過して、2024年には次期型にフルモデルチェンジすると見られている。商品力の低さも散見され、ハイブリッドシステムは、フィットやヴェゼルが搭載するe:HEVよりも世代が古い。衝突被害軽減ブレーキや運転支援機能も同様だ。
さらに超絶的に売れているN-BOXも、現行型の発売は2017年だから約6年を経過する。2023年10月から開催される「ジャパンモビリティショー2023」(以前の東京モーターショー)にプロトタイプが参考出品され、2024年に発売するのではないかと見られている。
この設計の古いN-BOXとフリードが好調で、2020年に発売された新しいフィットは売れゆきを下げている。そこには前述のデザインのほか、N-BOXやフリードの好調な販売も関係している。
■変化したホンダのイメージへの影響も大きい?
ロングスパンモデルとなっている現行型N-BOX。今のホンダを象徴するモデルと言っても過言ではないだろう
まずはホンダのブランドイメージだ。N-BOXは2011年に投入した初代モデルから、10年以上に渡って好調に売られてきた。直近では国内で売られるホンダ車の半数近くがN-BOXだから、ホンダのブランドイメージも変化している。「小さくて背の高い実用的なクルマのメーカー」になり、スポーツカーが中心だった以前のホンダとは対称的だ。
そして、N-BOXが築いたこのブランドイメージと親和性の高い車種をほかに挙げると、筆頭はフリードになる。フリードも「小さくて背の高い実用的なクルマ」で、単純にいえば、N-BOXを小型車に拡大して3列シートを装着した車種だ。つまり、軽自動車のN-BOXと小型車のフリードは、今のホンダのブランドイメージを代表する存在になる。
そうなるとステップワゴンも気になるが、2023年1月~5月までの1カ月平均登録台数は約2600台に留まった。納期遅延の影響もあるが、ステップワゴンの全長は4800mm以上だから、今のホンダの「小さくて」のブランドイメージに合わない。設計の古いフリードが好調に売られ、ステップワゴンは2022年にデビューしたのに落ち込んだ。
それならフィットはどうか。ボディは小さいが、背はN-BOXほど高くない。そしてフィットの価格帯は159万2800円から271万8100円だ。N-BOXは146万8500円から228万8000円だから、フィットのノーマルエンジン車の価格帯はN-BOXと重複する。
そうなると150万円から200万円の価格帯では、フィットとN-BOXが競争関係に置かれる。フィットはN-BOXにユーザーを奪われ、売れゆきを落ち込ませた。
N-BOXはボディの小さな軽自動車だが、全高は1790mm(2WD)と高く、車内も小型車のフィットに比べて広い。N-BOXは、後席の頭上と足元にもタップリした空間があり、後席を格納すれば自転車も積める大容量の荷室になる。後席側にはスライドドアを装着したから、子供や荷物を抱えた状態でも乗り降りしやすい。
さらにN-BOXは内装も上質で、エンジンノイズは小さく、軽自動車では乗り心地も快適だ。街中を時速60km以下で移動する用途では、駐車場での車庫入れなども含めて、N-BOXはフィットよりも便利に使える。従って売れゆきも伸びた。
■フィットならではの魅力も当然ある!
現行型フィットRS。現行型デビュー時には設定されていなかったのだが、マイチェンで復活した
そのいっぽうでフィットにもメリットはある。クロスターを除くと、全高を1550mm以下に抑えた5ナンバー車だから、N-BOXと違って立体駐車場を使いやすい。N-BOXに比べて重心も低く、ボディはワイドだから、走行安定性も良好だ。
特に高速道路で強い横風にあおられた時など、N-BOXに比べて進路を乱されにくい。フィットのエンジンは、直列4気筒1.5Lのノーマルタイプとe:HEVだから、実用回転域の余裕もある。走りの満足度は全般的にフィットが上回る。
また、フィットは全高が1550mm以下のライバル車に比べて車内が広い。身長170cmの大人4名が乗車した時、後席に座る乗員の膝先空間は握りコブシふたつ半だ。ヤリスの握りコブシひとつ少々、アクアやノートのふたつ弱に比べて余裕があり、フィットはファミリーカーにも適する。
そしてフィットは燃料タンクを前席の下に搭載するから、後席を格納すると床の低い大容量の荷室に変更できる。後席の座面を持ち上げると、車内の中央が天井の高い空間になり、後席のドアから背の高い荷物を積むことも可能だ。
■実力はあるのに、「売れないクルマ」を抱えるのがホンダの弱点
コンパクトカークラスのなかでは乗り心地もよく、価格的にも割安なのはフィットの美点だといえる
このようにフィットは、全長が4m前後の小型車では実用性が高く、乗り心地も快適で内装は上質だ。価格も割安で、売れ筋グレードの場合、e:HEVとノーマルエンジンの価格差を35万円以下に抑えた。
フィットの売れゆきは、カッコイイとはいえないフロントマスク、ホンダのブランドイメージが実用指向を強めたこと、N-BOXの絶大な人気に押されて低迷するが、日常的な使い勝手と走りの満足度は高い。選ぶ価値のある小型車だ。
今のホンダが抱える大きな問題点は、フィットのような実力の高い不人気車を生み出すことだ。自社の商品を国内市場のなかで総合的に捉え、バランスよく販売する能力を身に付ける必要がある。今後、N-BOXとフリードがフルモデルチェンジすると、ホンダ内での販売格差がさらに広がってしまう。
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