自動運転にまつわる連載企画、第7回となる本編は、話題の「Apple Car」についてと、「自動車メーカーが進める人工知能技術の現在地」についてです。Appleは自動車産業にどう関わってくるのか。そしてAppleが参入してくることによって自動車はどう変わるのか。自動運転の最前線を知る西村直人氏がレポートします。
文/西村直人 写真/AdobeStock(メイン写真は@hanohiki)、TOYOTA
自動運転技術は【日本の危機】を救えるか【自律自動運転の未来 第6回】
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■AppleとGoogleが自動車産業に参入の噂
「Appleカー」の存在がまたもや話題となりました。Appleカーとは、PC本体やiPhoneなど端末機器で名を馳せたApple社が世に送り出そうと開発を進める、先進安全技術または自動運転技術を搭載した電気自動車です。
Appleカーは2014年あたりから存在が何度も噂され、実験レベルで完成度は低かったものの、限定的な自動走行を行なうシステムを市販車に搭載したプロトタイプも登場。公道を走行するシーンがメディアを通じて世界中に配信されました。
「プロジェクト・タイタン」の名の下にAppleカーは実用化を目指しますが、現時点(2021年4月8日)では、その存在は確認されていません。
同じく、2014年に限定的な自動運転技術を搭載したプロトタイプをメディアに公表したGoogleは、単独での車両開発を一時休止し、自動走行を司るシステム(中枢機能)開発に注力するなど軸足を変更しています。
そうしたなか2020年暮れあたりから、Appleカーの存在が現実味を帯びます。
株式時価総額(2021年3月時点)世界一のAppleが自動車産業に本格参戦したらどうなるか。たびたび噂になり、現時点ではまだ登場していない(AdobeStock@Denys Prykhodov)
過去に立ち消えとなった噂との大きな違いは、実車の製造に国内外の自動車メーカーが携わる可能性が囁かれた点です。2021年初頭には、いくつかの自動車メーカーとの交渉も水面下で行なわれ、マツダや日産、トヨタ、韓国の現代自動車グループもその対象であったのではないか、とも言われています。
■Apple参入で「自動車」の操作が変わる可能性
1994年からAppleユーザーである筆者は、Appleカーの実用化に期待を寄せる一人です。分厚い説明書を片手に操作を行なうことが一般的であった時代に、人が直感的に操作しやすいGUI(グラフィカルユーザインタフェース)一本でユーザーとの対話を試みた新たな想像力と、それを採用したApple社の決断力は、この先の自動運転社会にとって有利に働く面があるからです。
具体的には、GUIによって得られた情報を元に人の行動を促すHMIの実装は、「言語に頼らない、わかりやすい使用環境」が期待できます。
筆者の空想に過ぎませんが、SAEレベル1~2までの運転支援技術を搭載した車両で考えれば、目的地設定を行なうと計算されたルート上で使用できるACC(前走車追従)機能やLKS(車線中央維持)機能が自動的に介入する……。
また、レベル3の条件付自動運転であれば、3つの部分的な解放(※1)が得られる時間と場所を、リアルタイムで変動させながら正確に予測して、その時間内で最適なサブタスクの提案を行なうなど、目指すべき移動の質向上が期待できる……。
こうしたシームレスな使い方が実現するとすれば、まさしくそれはApple社をApple社たらしめる提案でしょう。
Appleの思想を自動車に持ち込むことで、クルマの操作そのものが変わる可能性に期待(AdobeStock@sompong_tom)
現状、自動化レベルの枠組みとその運用方法はWP29(※2)を中心とした国際組織において基準が示されています。
仮にAppleカーが出現したとすれば、そうした既成概念のいくつかに風穴があき、そこをきっかけとして自動運転技術の社会的受容性が高まるのではないか、そんな淡い期待も抱いています。
■「実用化」は出来るかもしれないが…
しかし、これまで筆者が取材した限りでいえば、Apple社主導のAppleカーは、実用化こそすれ、普及は非常に厳しいと判断します。
仮に製造を請け負う自動車メーカーとの交渉に成功し、実車が世に出たとしても、販売後のメンテナンスや部品の在庫管理、さらにはPL(製造物責任)法に代表される法的責任まで、リスクを承知でその自動車メーカーが正面から請け負うことは考えにくいからです。
写真はトヨタの組み立て製造ライン。Appleが自動車産業に参入するとしても、たとえばこのように(既存の自動車メーカーのように)自社工場で自社製品を組み立てて、それを自社資本の入った販売店で売る…という参入の仕方は考えづらい
しかし「Appleカーは形を変えて普及する」とするならば、大いに実現の可能性は高まります。Googleと同じく、Appleカーとして蓄積してきた自動運転にまつわる要素技術を、ワンパッケージとして自動車メーカーに売り込む「ソフトウェアカンパニー」としての立ち位置です。
その鍵を握るのが1.人工知能、2.通信環境、3.HMI。
筆者はこの3つを「自動運転の三種の神器」と定めました。三種の神器は、自動運転技術を開発するメーカーやサプライヤー企業がもっとも大切にしなければならないテーマです。
Apple社はこうした三種の神器を大切に育んできた企業のひとつであり、多くはiPhoneなどに代表される自社製品ユーザーのフィードバックに支えられています。
つまり、利用者のビッグデータを解析し、タイムリーに新製品へとつなげる。そのプロセスにApple社は長けているのです。ここに自動車メーカーがApple社を技術パートナーとする可能性のひとつが挙げられます。
■自動車に人工知能を載せる最大の目的は
見方を変え、三種の神器を踏まえたこれからの自動運転技術の開発分野に目を向けます。
自動運転技術は協調領域と競争領域に分類され開発が進んでいるわけですが、とりわけ人工知能は競争領域として日々進化を続けています。
「人を理解する」。
これが昨今の人工知能開発における注目すべきテーマです。
示された情報を蓄積して傾向を割り出す、いわゆるディープラーニングの領域から一歩踏み出し、人の状態や感情を構成する要素から最適解を推論する。
いわば「人工知能が人を理解する」という新たな段階へと踏み出しています。
人工知能が人を理解する……、これはすばらしい考え方ですが、当面は状況判断から次のコマンドが絞り込まれ、システムから人へ提案がなされるだけに過ぎません。しかし、近い将来には、システムはまさしくパートナーとなり、以心伝心の間柄が構築できると言われています。
人工知能(≒自動運転を司るシステム)が人を理解しようと試みる第一段階の目的は、本企画の連載第6回(※3)でお伝えした、先進安全技術や自動運転技術の実用化で掲げた目的と同じです。
すなわち、「事故を減らし、誰もが快適な移動の自由を得ること」の早期実現に向け、車内に身を置く人の理解という開発プロセスが人工知能に加わります。
■ある時は見守り、ある時は助ける
日産では、人が行なう手動運転時の運転操作を学習し、自動運転時にその操作を“真似る”手法の研究が進んでいます。ドライバーが行なうアクセルやブレーキなどのペダル操作の仕方や、ステアリングの切り込み方や戻し方を、システムが自動走行時のお手本としてトレースするのです。
これによりドライバー含めた同乗者が、あたかも人が運転操作をしているような環境であると安心感を抱くと言います。その上で、自車センサーや通信技術を活用して得られた交通情報により、自車が危険な状態に近づくと予想される際には、システム主導の自動走行に切り替わり危険を遠ざけます。
トヨタ/レクサスでは、かねてより「Toyota Teammate」、「Lexus Teammate」として、人とクルマがお互いに見つめ合い、ある時は見守り、ある時は助け合う先進安全技術を各車に実装しています。
2020年には、先進安全技術の分野でレベル2の中核をなすLKS機能に、人との親和性を高める制御を開発。直線やカーブなど道路状況に左右されない滑らかで信頼度の高い(≒精密な)ステアリングサポート制御を「クラウン」や「MIRAI」、「IS」や「LS」などに採り入れました。
いよいよトヨタが自動運転に本気で乗り込んできた。現時点でトヨタの最先端技術が盛り込まれる市販車は、MIRAIとレクサスLS500h
さらにトヨタは、2021年4月8日に高度運転支援技術「Advanced Drive」を搭載した、レクサス「LS500h」、トヨタ「MIRAI」を発表しました。Advanced Driveでは、前方4つの光学式カメラ、ミリ波レーダー、LiDARを使い高速道路や自動車専用道路において、トヨタ初のハンズオフ走行が可能です。詳細は追って試乗レポートでご紹介します。
■ホンダの世界初「レベル3」公道走行可能な市販車発売
ホンダでは、自動化レベル3技術を含んだ「Honda SENSING Elite」の開発で得られた知見を、この先、レベル2までの先進安全技術群である「Honda SENSING」の改良に活かすと表明しています。本連載でも再三レポートしているように、「レベル3」の運用はシステムからのTOR(運転再開要求)に対し、ドライバーが直ちに応えることが前提条件です。
https://bestcarweb.jp/feature/column/266066
これは従来の自動車社会になかった人(ドライバー)と機械(システム)との強い約束事であり、これが守られない場合の責任はドライバーにあります。
3つのフリー状態による自動走行を冠に、世界初と称されたHonda SENSING Eliteですが、じつはTORによる人と機械の協調運転が一層深められたことにも大きな歴史的意義がありました。
メルセデス・ベンツではMBUX(Mercedes Benz User Experience)を自動運転技術との対話ツールに活用します。2017年10月、フランクフルトモーターショーの会場にてダイムラーのディーター・ツェッチェCEO(当時)に、「自動運転車両にとって不可欠で重要なHMIな何か?」と筆者が質問したところ、すぐさま氏は「それはボイスコマンド(音声による機械とのやりとり)機能だ」と述べました。
続けてツェッチェ氏は、「それには条件があり、これまで使われてきたボイスコマンド機能とは違う、人工知能とクラウドを活用した新たなシステムが不可欠になる。また、自動運転の開発が進めば同乗者とのコミュニケーションにもボイスコマンド機能は必要だ」と答えました。
そうした意味で捉えると、日本市場では現行Aクラス(2018年10月)から搭載が始まったMBUXは、将来の自動運転社会を実現するにあたって重要なHMIであることがわかります。
実際、ボイスコマンド機能は着実に進化しているようで、先頃試乗した新型Sクラスでは、MBUXとの会話キャッチボールがスムースに、そして階層が深くなってきていることが確認できました。
将来的にはボイスコマンド機能に、車両の制御機能が織り込まれることが考えられます。私見ですが、手始めにACC機能の車間調整機能や、車線変更をアシストする「アクティブレーンチェンジングアシスト」にボイスコマンド機能を拡張してみるのはどうでしょうか。
■「人」と「機械(クルマ)」が協調すること
スポーツには厳格なルールがあります。だからこそプレイヤーとしてだけでなく、観客としても時間を共有して楽しめます。同じく、自動車の運転にもさまざまなルールがあります。
ルールは主に法律によって定められ、たとえば自動車の運転には該当する運転免許証の取得が必要で、運転中は携行することが義務づけられています。さらに公道で自動車を運転する際には、道路交通法や道路運送車両法にも従わなければなりません。
なんだか自由が大きく制限されているように思われますが、逆説的に考えれば、「すべての人々がルール(法律)を守る」という性善説の上に交通社会が成り立っているからこそ、我々は安心して自動車の運転が行え、歩行者としても道路を活用できるわけです。
これは自動運転技術の開発にとっても言えることです。人を理解する人工知能がシステムの中枢になっていくのであればなおのこと。
この先、クルマが我々のパートナーとなるためには、各々の弱みを補完して強みを増強する「人と機械の協調運転」が不可欠です。筆者は人と機械の協調運転こそ、「誰もが快適な移動の自由を得るため」のスタートラインであると考えてます。
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