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クルマのマスコット 高級車のボンネットに聳え立つシンボルの秘密を探る

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クルマのマスコット 高級車のボンネットに聳え立つシンボルの秘密を探る

クルマのフロント先端に輝くマスコットは、今や高級車を象徴するステイタスシンボルだが、本来は機能パーツだった。そのマスコットの歴史と秘密をメルセデス・ベンツのスリーポインテッドスターを中心に探ってみよう。

現代においてメルセデス・ベンツやマイバッハのSクラス、ロールス・ロイスやベントレー等の高級車がエンジンフードの先端に掲げるマスコットは第2次世界大戦以前には、あらゆるクルマに取り付けられていた。第2次世界大戦後、乗用車のデザインが流線形やウェッジシェイプ化された後も、1980年代頃までは全世界のブランドで、特に高級車ではフードマスコットが必須アイテム化していた。

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マスコットの歴史と秘密

ルーツを探ってみると20世紀初頭(1910年から1930年)にかけて流行した110年以上の歴史がある装備なのだが、当初はブランドを示すエンブレムではなく実用装備品であった。

これらのフードマスコット、あるいはフードオーナメントと呼ばれるアクセサリーは、20世紀初頭にフロントエンジン、リアドライブの「パナールシステム」が一般化し、エンジンを冷やすためのラジエーターが車両の前端に取り付けられるようになった結果として、誕生したものだと言われている。ラジエーター本体を保護するグリルシェルの上縁、最も目立つ位置に露出していたラジェーターキャップに、ブランドやオーナ-の個性を主張する事を目的として、車両によっては水温計等も組み込まれたマスコットが設置されたのが由来とされている。

特にラジエーターの上に金属性の筒を取りつけ、水温や水の流れを知るために取り付けられていた。エンジンが温まっているか、冷えているか筒に触れて確認し、暖気が済んでから走り出した。このラジエーターキャプの筒は、エンジンの調子や状態を確認して安全に走らせるための実用装備品だった。

そして、このラジエーターキャプ上に装飾品を取り付けたのがフードマスコットの原型となったのだ。当初は、クルマのオーナーがそれぞれ自分好みのマスコットをお気に入りのアーティストに製作させて、愛車に装着することがムーブメントになった。

メーカーの純正装備としてのフードマスコットのパイオニアについては諸説あるが、一般的にいわれているのは高級車の象徴であるメルセデス・ベンツやロールス・ロイスである。メルセデス・ベンツでは、陸・海・空を意味するスリーポインテッドスターである。1926年にダイムラー・ベンツ社として合併する前、1909年にダイムラー社がスリーポインテッドスターを商標登録し、同年にベンツ社がやはり商標登録した月桂冠(BENZの文字を囲む)を、それぞれのラジエーターの上に取り付けていた。

ロールス・ロイスにおいては創世期の伝説的名作「40/50HPシルバー・ゴースト」のパルテノン神殿と愛称されるラジエーターの頂点に、翼を広げて屹立する精霊像「スピリット・オブ・エクスタシー(The spirit of Ecstasy)」を掲げたのが最初であるとされている。

メルセデス・ベンツのスリーポインテッドスター

メルセデス・ベンツの「スリーポインテッドスター」は、世界で有名なシンボルマークのひとつだろう。ボンネットに輝く星のマスコットは、高級車のトレードマークとして広く認知されている。1886年に世界で初めてガソリン自動車を生んだメルセデス・ベンツはクルマ業界きっての老舗である。

1926年にダイムラー社とベンツ社が合併し、社名はダイムラー・ベンツ社となり、車名はメルセデス・ベンツとなった。それまでは、ダイムラー社のシンボルはスリーポインテッドスター(車名はメルセデス)、一方ベンツ社は「BENZ」の文字を月桂冠で囲んであった(車名はベンツ)。両社の合併を機にシンボルマークはスリーポインテッドスターを月桂冠で囲んだスタイルとなり、マスコットはスリーポインテッドスターを円で囲んだものとなった。

ボンネット上のスリーポンテッドスターのマスコットであるが、ことの起こりは1921年11月5日である。メルセデス・ベンツの前身のダイムラー社はスリーポンテッドスターをリングで囲ったトレードマーク及びそのバリエーションについての実用新案権を特許庁に申請。1923年8月に無事登録となったシンボルは、まずは当時のボンネットの先端にあったラジエーターキャップを装飾するマスコットとして採用され、乗用車や商用車の様々なパーツへと即座に展開されていった。

1926年夏、ダイムラー社がベンツ社と合併してダイムラー・ベンツ社が誕生した。この時、ダイムラー社のスリーポインテッドスターもベンツ社のシンボルである月桂冠と組み合わされる事で新たな意匠へと生まれ変わった。ラジエーターグリルやボンネット、ステアリングホイール、ホイールリムに描かれたこのマークはやがて革新技術と優れたエンジニアリングを象徴する証となっていった。

また、マイバッハにはマイバッハ創業者のヴィルヘルム・マイバッハと息子の会社名である「Maybach Motorenbau社」の頭文字「M&M」をダブルに重ねたエンブレムを取り付けた。現在は、メルセデス・ベンツブランドとなった為、ボンネット上にはスリーポインテッドスター、ラジエーターグリル上部には「MAYBACH」のエンブレムが付いている。尚、CピラーにはMを重ねたエンブレムが付く。

同じ年にそれぞれ商標登録されていた「星」と「月桂冠」

スリーポインテッドスターと月桂冠。それぞれのアイコン自体は20世紀初頭に誕生している。1899年、ウィーン近郊のバーデン及びフランスのニースに居を構えていたオーストリア・ハンガリー帝国の領事であり、またビジネスマンでもあるエミ-ル・イェリネックは自分のチームとドライバーを擁していた。彼が使用していたマシンはダイムラー社製であり、そのチ-ム名として冠していたのが愛娘メルセデスの名前だ。この名前は後にイェリネックが購入したダイムラー車そのものの名前となった。そして、1902年9月26日、「メルセデス」が商標として登録される事となったのである。

クルマ造りのパイオニアであるゴットリーブ・ダイムラーの息子であるパウルとアドルフ兄弟は、1900年3月に死去した父親が以前、母親宛に書いた星の絵葉書をよく覚えていた。この絵葉書はケルンの街並みであったが、父親はその中央上部に星を描き「この星が、私の会社の上で輝く日がいつかやってくる」と書いたのであった。アドルフ・ダイムラーはこの星をモチーフに、自身でアイコンをデザインした。星が指し示す頂点は、即ち「陸・海・空」を意味し、ゴットリーブ・ダイムラーが掲げたモータリーゼーションのビジョン(交通手段の全てにダイムラー製のエンジンを搭載しようと)を象徴するものであった。そして、1909年6月24日にダイムラー社はこのトレードマークをドイツの特許庁へ申請、1911年に権利を取得している。

一方、ベンツ社は「BENZ」の文字を含んだアイコンを1909年8月6日に商標申請。1910年10月に商標登録としている。実はそれ以前「BENZ」の文字を囲んでいたのは歯車のフレームだったが、マンハイムで立ち上げたベンツ社のモータースポーツにおける成功を象徴して、月桂冠へと変更された(レースの覇者を意味)。

特に、1930年代の770グロッサー・メルセデスシリーズには「国家のシンボル」が掲げられていた。1931年の旧ドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム2世の770プルマン・カブリオレF(旧ドイツ皇帝の家紋=ホーエンツォレルン家)や1935年の昭和天皇の770プルマン・リムジン(天皇家の菊の御紋)が有名である。ちなみに、マスコットではないが、有名なオーストリアのテノール歌手リヒャルド・タウバーはタイプ630ツアラーのラジエーターグリルに自分の名前Richard Tauberの文字を飾っていたのは有名だ。

安全の為にはマスコットすら頭を下げる

「スリーポインテッドスター」をよく眺めてみると、ラジエーターグリルから立っているのではなく、ボンネットの塗装面に立っていることに気づく。実は1991年のSクラス/W140からラジエーターグリルからボンネットへと移動している。

昔はラジエーターキャップがクルマの外に露出しており、その上にマスコットを立ててキャップを回し易くするという機能に加え、メーカーのシンボルを誇っていた。ラジエーターがボンネットの中に完全に収納されるようになっても、このマスコットはシンボルとして生き残ってきた。

また、このスリーポインテッドスターのマスコットは、360度どこから力が加わっても倒れるようになっている。メルセデス・ベンツの場合、安全のためにはマスコットすら頭を下げる。

ロールス・ロイスのスピリット・オブ・エクスタシー

この美しい女神像は、ロールス・ロイス社の広告イラストも手掛けていた芸術家、チャールズ・ロビンソン・サイクスの作品だ。ロールス・ロイス社の創始者であるチャールズ・ロールス卿及びクロード・ジョンソンとも旧知の仲であった英国王立自動車クラブ(RAC)の初代会長であり、イギリスの貴族であるジョン・ダグラス・スコット・モンターギュ卿が、自身の1909年式シルバー・ゴーストを注文する際に、友人である彫刻家チャールズ・ロビンソン・サイクスに製作してもらったものが原型となったと言われている。

モデルとなったのは、公私ともにモンターギュ卿を支えた女性秘書で今なおロールス・ロイスの「ミューズ」として敬愛されるエレノア・ヴェラスコ・ソーントンだった。原型の「ウィスパー(ささやき)」と命名された立像は、人差し指を唇に当てているエレノアの姿で、密かな情事をほのめかしていた。

その後、今から112年前の1911年に、モンターギュ卿のシルバー・ゴーストと共に誕生したのち、早くも翌1912年には全てのロールス・ロイス車のラジエーターに備え付けられる事になったこのマスコットは、「フライングレディ」と呼ばれて世界中の尊敬と憧れの的となった(唇に人差し指は当てられていなかった)。

1934年には、ひざまずいた姿勢をとる「スピリット・オブ・エクスタシー」が同じサイクスの作で登場。顧客の注文に応じて「フライングレディ」と共に選択可能とされたこちらは「ニールレディ(Kneel Lady」と呼ばれている。ニールレディについてロールス・ロイス社の正式見解では、フロントフードの低いスポーティなボディに合わせて選択可能としたとされている。しかし、宗教的、道徳的な見地から、裸身の女性像を高貴な身分である乗員の眼面に置くのは好ましくないとする顧客のリクエストがあったからとする説もあるようだ。

当初17.5センチの高さであった「フライングレディ」は何度かモデルチェンジが行われ、2022年のモデルチェンジでかなり小さくなっている。エアロダイナミクスの進化は単に小型化に止まることなく、右足だけ少し前に出し、膝を少し曲げて上半身を傾けた姿勢で、前方=未来を見据える「集中力」と、そこにさらに突き進んでいこうとするエネルギーの「溜め」を表現している。

ベントレーのFlyingB(フライングB)

ロールス・ロイスと並ぶ高級車のベントレーには「FlyingB(フライングB)」と呼ばれる羽根付きのエンブレムが装備されている。これはベントレーの創始者、Walter Owen Bentleyの頭文字である「B」をあしらったものだ。

開祖W.O.の時代、純然たるスポーツカー専業だった時代のベントレーは、ラジエーターキャップもレースでの使用に向けたクイックフィラー型が主流で、マスコットを置く事例はあまり多くなかった。しかし、ロ-ルス・ロイス「40/50HPファントムII」と同じマ-ケットを狙って開発され、1930年に投入された最高級車「8Litre」では、同じくチャールズ・ロビンソン・サイクスに依頼した「FlyingB(フライングB)」を初めて採用する事となる。これはロ-ルス・ロイス社に買収される以前の話だが、1931年にロールス・ロイス傘下となった後にも、デザインを変えた「フライングB」が採用され続けることになる。

ジャガーの躍動感あふれる立像

走りの良い高級車を造ることで知られるジャガーのボンネットに付くマスコットも、多くの人を魅了している。有名なのは、自動車画家フレデリック・ゴードン・クロスビーがデザインした躍動感あふれるジャガーの立像だ。

「ザ・リーピング・ジャガー」、又は「リーピング・キャット」の名で親しまれ、一世を風靡した。しかし、1970年代にアメリカの安全基準が厳しくなった為、可倒式のマスコットが着いていたが、オプションになり、現在では「ジャガーの顔」を描いたエンブレムがラジエーターグルに取り付けられ、マスコットを横に向けて2次元にしたエンブレムが「JAGUAR」の文字と共にトランクフードに埋め込まれるような形に姿を変えている。

イスパノ・スイザ

第2次大戦前にはロールス・ロイスのライバルだった高級車メーカー、スペイン発祥で後にフランスに拠点を移したイスパノ・スイザにはアルザス地方を象徴する「シゴーニュ・ヴォラント(飛び立つコウノトリ)」がモチーフにされており、ロールス・ロイスの「スピリット・オブ・エクスタシー」と双璧を成すアイコン的アートと称された。

ブガッティ

ブガッティは「T41ロワイヤル」や「T50」などの超高級プレステージモデル用として、創設者エットーレ・ブガッティの弟で彫刻家のレンブランド・ブガッティが原型を製作し、立ち上がる巨象をラジエーター上に設置していた。また、創設者エットーレ・ブガッティのイニシャルを図案化して60個の真珠で縁取ったブガッティの楕円形のロゴは、長年に亘って個性とエレガンスを表していた。

キャデラックとリンカーン

大西洋を挟んだアメリカでは、キャデラックの「フライングレディ(あるいはフライングゴッデス)」が代表格だ。瘦身のグレイハウンド犬を象ったリンカーンのマスコットも有名だ。

他のフードマスコット:百花繚乱

一方、こちらはメーカー純正指定というわけではないが、イスパノ・スイザやブガッティと同じくフランスで第2次世界大戦の前後に活躍した高級車ブランドのドラージュやタルボ・ラーゴには、クリスタルガラス工芸の大家ルネ・ラリックの作品。例えば勝利の女神の頭部を象った「ヴィクトワール」や「ル・コック(雄鶏)」などと名付けられた素晴らしいクリスタルアートがオーナ-の希望によって取り付けられていた。

これらのラリック作品の芸術価値は高く評価され、後のラリック社が自らクリスタルガラス製のレプリカを製作・販売し、今でもアンティークや美術品として高値で取引されているようだ。ちなみに、トヨタ博物館はラリックが手掛けた作品を全て収蔵している世界的にも稀有な存在となっている。

日本の今年2023年は兎年であるが、日本車でも採用例は結構あり、第2次世界大戦前のダットサンには「脱兎のごとく」という言葉に車名を掛け合わせた可愛いウサギのフードマスコットが装着されていた。

またトヨタ車には漢字の豊田をあしらったフードマスコットが付いていた。第2次世界大戦後もトヨタは初代クラウンにフードマスコットを採用していた。だが、2代目からは「王冠」をモチ-フにしたエンブレムをフロントグリルの中に張り込んだ。但し、上級モデルのマジェスタにはフードマスコットが用意されていた。

日産も規制される2004年までにセドリックとグロリアの高級車には立体的なフードマスコットを設定していた。1960年に誕生したセドリックには日産の頭文字である「N」をモチーフにしたデザインをフードマスコットに、グロリアは羽根を広げた鶴がモチーフだった。また、シーマにはギリシャの国花である「アカンサス」という植物の葉をモチ-フにした豪華なフードマスコットが装着されていた。

安全性、空力、デザイン、いずれの面でも過去のものに

このフードマスコットが安全面で衝突した時に歩行者やクルマを傷つけるという事で、可倒式、格納式になり、消えていった。決定的になったのは21世紀を前に1970年代のアメリカを中心として世界中の自動車メーカーが安全性向上のために国際統一規格を設けようと団結した事である。これを受け、日本では2001年6月に国際基準となる「乗用車の外部突起(協定規則第26号)」が導入され、これ以降、新型車の多くはフードマスコットを廃止するようになった。

しかし、メルセデス・ベンツは自動車の安全性がルールとして取りざたされるずっと以前から車の設計思想には安全性が大きな地位を占めていた。つまり、1939年から自動車の安全技術開発がスタートを切り、安全な車造りをしてきた。1956年180/W120以来、このスリーポインテッドスターは可倒式を採用し、人やクルマが当たっても凶器にならないよう安全性を最重要視した車造りをしてきた(外的安全性:対人・対物に安全な設計)。

なお、伝説の名車「300SL」以降スポーツタイプにはラジエーターグリルの真ん中に大きなスリーポインテッドスターが置かれ、最近ではそれがスタンダードになりつつあるが、衝突回避、運転支援のためのセンサーがぎっしりと埋め込まれている。ロールス・ロイスについてはドアロックで収納されるという凝った造りになっていて、盗難防止を含む安全性に配慮している。

自動車が上流階級の乗り物から、大量生産する工業製品となり、没個性化。そして安全性のために突起物でもあるマスコットは減っていく一方になってしまった。それはとても残念でならない。しかし、今後クルマの自動運転機能が進化して、交通事故が著しく減った暁にはボンネットにマスコットを着けるムーブメントが起きるのではないだろうか。

TEXT:妻谷裕二PHOTO:メルセデス・ベンツAG/ミュージアム、ロールス・ロイスモーターカーズ、ベントレーモーターズ、Cars&Motorbikes Stars of the Golden era、日産自動車、トヨタ自動車/博物館、妻谷コレクション。

【筆者の紹介】 妻谷裕二(Hiroji Tsumatani) 1949年生まれ。幼少の頃から車に興味を持ち、1972年ヤナセに入社以来、40年間に亘り販売促進・営業管理・教育訓練に従事。特に輸入販売促進企画やセールスの経験を生かし、メーカーに基づいた日本版カタログや販売教育資料等を制作。また、メルセデス・ベンツよもやま話全88話の執筆と安全性の独自講演会も実施。趣味はクラシックカーとプラモデル。現在は大阪日独協会会員。

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