マセラティの収支を黒字化させる重責を担った戦略的モデル、クアトロポルテ。スポーティーで硬派、かつスタイリッシュな大型サルーンとして開発が進められた。その開発秘話とその後を追ってみよう。
5代目はフルサイズのラグジュアリーサルーンに
まさしくフェラーリの名が相応しい1台である──新型296GTBを徹底解説!(後編)
フェラーリマネージメントとなったマセラティがはじめてゼロから開発を進めたモデルが5代目のクアトロポルテだ。それは販売数量を大幅にスケールアップし、マセラティを黒字化させるという重責を課された戦略的モデルでもあった。前編で書いたように、この新しいクアトロポルテのキャラクターをどのように設定するか、その開発にあたって様々な意見が飛び交った。当初はヨーロッパ市場をターゲットとしたコンパクトなプランが優勢であった。しかし、最終的には主力の北米マーケットの意向を重視したフルサイズ・クラスのラグジュアリーなモデルとして仕上げることが決定された。
「全長はメルセデス・ベンツ Sクラスだが、キャビンサイズはBMW 5シリーズあたりで、ドライバー優先。動力性能、ハンドリングはフェラーリのブランドに相応しい高いレベルを持つ」。このようなコンセプトが開発チームによって設定されたのだ。
キャラクターは「4ドア版フェラーリ」
このキャラクターは当時の4ドアサルーンとしてはかなりユニークであった。初代クアトロポルテへの回帰とも考えられるが、このようなスポーティーで硬派、かつスタイリッシュな大型サルーンは市場になかったからだ。
大型ボディを持ちながらも開放感というより、適度な包まれ感を重視したキャビン。エンジンは大きく後退したフロントミッドマウント・レイアウトであり、必然的にフロントオーバーハングは短くなる。さらにギアボックスは後部車軸側に置くトランスアクスル・レイアウトを採用し、前後の重量配分が47:53という理想的な数値を実現した。エンジンはフェラーリF430と基本設計を同じくするクーペ、グランスポーツに採用されたV型8気筒4.2リッターがセレクトされた。サルーンだからといって全くデチューンされることなく、ドライサンプ仕様の高回転エンジンが搭載されたのも見逃せない。
さらに特徴的なのはデュオセレクトと称されるシングルクラッチのセミオートマチック・トランスミッションが採用されたことだ。このシステムはフェラーリのF1トランスミッション、マセラティ クーペ等に採用されたカンビオコルサと同等のもので、デフォルト状態で自動変速モードが設定されること、坂道発進時において後退することがないようにヒルホルダー機能が付加されたことが特徴である。2トンを超える大型サルーンに、ここまで走りにこだわったスペックを採用することは類を見ない考え方であった。これはまさに4ドア版フェラーリだった。
何故、ピニンファリーナのスタイリング案が採用されたのか?
そのスタイリング開発に関しても、喧々諤々の議論があったようだ。それまでのデ・トマソ色を払拭することが1つのテーマであったから、先代(クアトロポルテIV)とは全く異なったモノが要求された。イタルデザインのジウジアーロ、エンリコ・フミア、そしてピニンファリーナなどがそのコンペに参加し、最終的にはピニンファリーナ案が採用された。
フェラーリとピニンファリーナというエンツォ・フェラーリ時代からの強い絆は周知の事実であったから、その関係性で採用されたに違いないとこのあたりの事情をよく知る皆様は考えるかもしれない。しかし、それは必ずしも真実とは言えない。モンテゼーモロはピニンファリーナとの関係性に関して厳しい見方をすることがしばしばあった。フェラーリ エンツォ・フェラーリの開発時にも、ピニンファリーナへは相当なプレッシャーを掛けたことも知られているし、逆にジウジアーロへの評価が非常に高かった。つまりピニンファリーナとは蜜月どころか、逆風が吹いていたとも言える緊張関係にあった。
それではなぜピニンファリーナ案が勝利を収めたのか?
それにはこのような伏線があった。フェラーリ、マセラティのマネージメントにおいて親会社フィアットの意向は私達が想像するよりはるかに強いものであり、当時のフィアットのCEOのパオロ・カンタレーラはスタイリングを含めた開発プロセスに強い発言力をもっていた。実は、1997年のジュネーブモーターショーでピニンファリーナが提案したプジョー ノーチラスのスタイリングを彼は絶賛し、そのアイデアを新しいマセラティへ採用したいと考えたのだ。果たしてこの低いフロントフードと柔らかなイメージでまとめられたコンセプトが、新しいクアトロポルテのスタイリングのベースとなった。そのスタイリングを描いた人物こそ、ピニンファリーナに在籍していた奥山清行であった。
この無駄のないラインでまとめられた美しいプロポーションはピニンファリーナのDNAをまさしく引き継ぐものであった。特に奥山は1953年に発表されたマセラティの限定生産モデルであるA6GCS/53ベルリネッタ・ピニンファリーナのモチーフを効果的に活かすことに成功した。この世界で一番美しいマセラティと称されたモデルの存在感ある大型フロントグリルのモチーフがこのクアトロポルテに採用され、それはその後のマセラティ各モデルにおける重要なDNAとなった。この短いオーバーハングと大型のフロントグリルのコンビネーションは、世界の自動車デザインのトレンドにも大きな影響を与えた。
「シャシーはフェラーリが手がけた612スカリエッティがベースとなりました。しかし大量生産に向けて、作業工程も勘案したモノコックのボックスフレームとして多くの部分を再設計しました。コストの点を考えてアルミなどの素材をスチールへと変えています。ハイパワーエンジンをフロントミッドに搭載する612スカリエッティの設計がベースですから、サルーン用としては剛性も充分に備えた素晴らしいシャシーであったと自負しています」と、チーフエンジニアとして活躍したロベルト・コラーディは語る。
大量生産のための細かい設計と治具作りは、マセラティ、フェラーリ双方にとって新たな取り組みであり、そこには多くのコストが掛かった。ボディ製造はゴールデンカーに委託されたのだが、現在の基準でいえばかなりの分量の手作業が行なわれていた。プレスでは再現が難しい微妙な曲面を美しく出すためのこだわりでもあり、そこにはピニンファリーナのノウハウが大きく活かされたという。
大成功を収めたラグジュアリーサルーン
このクアトロポルテのスタイリングがはじめて”リーク”されたのはほかならぬ日本であった。2002年東京現代美術館にて開催された“アルテディナミカ~フェラーリ&マセラティ特別展示”において1/8モデルの2案がサプライズとして発表されたのだ。
そして、翌2003年のフランクフルトショーにて5代目クアトロポルテはデビューを飾った。それは大きな反響を呼び、オーダーが殺到した。大成功である。2000台そこそこであったマセラティの年間生産台数はクアトロポルテの好セールスで飛躍的に拡大した。2004年には4590台、2008年には8000台を突破した。2007年には念願の黒字化を達成している。
当初はシングルグレードであったクアトロポルテだが、バリエーションも拡大していった。2007年にはトルクコンバーター式の6速オートマチック・トランスミッションが採用され、その翌年には4.7リッターエンジンの追加と、フェイスリフトが行われた。
このクアトロポルテにおいて当初採用されたセミオートマチック・トランスミッションに賛否があったのは事実だ。マニュアル・トランスミッションに慣れたユーザーであれば問題なかったが、オートマチックに慣れたフツウのオーナーには少し荷が重くもあった。発進時などにおいて、半クラッチ状態でスロットルをあおりすぎてしまい、一気にクラッチを焼き付かせてしまうといったトラブルも発生していた。この高回転型エンジンのポテンシャルを十二分に発揮させるためにはベストなコンビネーションではあったのだが……。この背景には、フェラーリ製の高回転型エンジンとマッチする特性を持ったトルクコンバーター式ミッションの開発が間に合わなかったという事情も実はあったようだ。
クアトロポルテはそのユニークな存在感で、ニッチマーケットを攻略することに成功した訳だが、市場のリサーチをしてみるなら、当初の戦略は少しズレていたことも解った。つまり、フェラーリオーナーのセカンドカーとしてのニーズ、硬派なスポーツカーとしてのスペックの要求は決してマジョリティではなかったのだ。ユーザーはよりラグジュアリーさを求めていた。トルクコンバーター式オートマチック・トランスミッションや豪華指向の装備の導入はこういった分析の結果であった。
マセラティは再びフィアット傘下へ
2005年、マセラティのマネージメントには大きな変化があったことを忘れてはならない。フェラーリ傘下を離れ、再びフィアット(FCA)の傘下へと戻ることになったのだ。ここにはFCAグループの舵取りを任された故セルジオ・マルキオンネの思惑があった。それはマセラティをニッチブランドから脱却させ、FCAグループの中核となる中規模生産量を持つブランドへとステップアップするという構想だ。年間数千台クラスから10万台近いレベルまで年間販売数量を一気に拡大しようという大胆なプランであった。
事実、当時のフェラーリは年間数千台を生産することに最適化した開発、生産手法を特徴としていた。クアトロポルテにもフェラーリとの共用パーツが多く用いられたが、それは少量生産ゆえ、部品単価も高価であり、そのままでは大量生産のメリットが活かせなかった。また、フェラーリのコントロールする予算ではそういった大きな構造改革を行うことも不可能であったから、FCAグループの舵取りの下に戻るのは必然的なことでもあった。
いずれにしても生産開始以来、10年にもなろうという5代目クアトロポルテの後を継ぐニューモデルの開発は急務であった。大ヒットしたモデルの後継の開発ほど難しいものはない。さて、彼らはどういう戦略でこれに臨もうと考えたのであろうか。(続く)
文・越湖信一 編集・iconic
Photo & Text Shinichi Ekko EKKO PROJECT
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みんなのコメント
コレデザインしたのケン奥山だよな
ピニンファリーナの恥。凡庸極まり無いな、コイツ