1962年にアバルトはフィアット1000ビアルベロGTによってFIAおよびイタリア国内のレースで222勝し、世界選手権シリーズにおいてメイクス・チャンピオン・タイトルを獲得する。そして1963年、アバルトはシリーズIIの1000ビアルベロ(ツインカム)GTとシングルカムの1000モノミッレGTを発表する。いずれも、リア・デッキがめくれ上がったような「ダック・テール」様のリア・スポイラーを有して、スタビリティを高めた。
1000モノミッレGTはよりストリート寄りで、ドアの内張り、シート表地、巻き上げ式ドア・ウィンドウ、バケット・シート、ガラスのウィンドシールド、より多くの計器を装備し、内外ともに美しく「文明的」だ。Bピラーから長くなだらかにテールへと向かって落ちていくリア・クオーター部の繊細なファストバックがとくに美しい。
ステルヴィオの名は伊達じゃない!ルーツとなった“世界最高のワインディングロード”でその実力をテスト
写真のサングラスの紳士が半世紀以上このアバルトを所有する小坂士朗さん。小さくて、そして完璧なかたちこれは1台の、「小さな、完璧な形をまとったクルマ」の話である。
その名を、フィアット・アバルト1000モノミッレGTというこのクルマを所有するのは、イタリア車、とりわけアバルト車のコレクターとして名高い小坂士朗さんという日本の紳士で、ちなみに氏は、70代後半を迎えたいまも、現役のグラフィック・デザイナーとして活躍する。
【1938 LANCIA ASTURA SERIE IVCabriolet by Pinin Farina】一般投票第1位。3リッターV8を積む4座カブリオレはピニン・ファリーナ製。3.3メートルと長大なホイールベースゆえの優雅なデザインだ。【1967 Lamborghini Marzal Four-Seater Coupé by Bertone】16歳以下による一般投票第1位。直列6気筒175psをリアに積む4座クーペ。デザインはガンディーニ。ガルウィング・ドアも見ものだ。【2019 Bugatti La Voiture Noire】コンセプト・カー&プロトタイプ・デザイン賞の一般投票によるウィナー。1930年代のタイプ57SCアトランティークが着想源のプロト。【1925 Vauxhall 30/38 Type OE Boattail Tourer】「クラスA」の優勝車。ヴォグソールはこのスポーティな4座のツアラーの完成直後にGMに買収されたので、これが最後の高性能車になった。アバルトの1964年型の小さなスポーツカーは、全長3480mm、全幅1410mm、全高1165mmに過ぎず、日本の軽自動車枠に、全長以外は難なく収まるほど小さい。そして、今年の「ヴィラ・デステ」に小坂氏が持ち込んだシルヴァーグレイの個体は、「クラスC」部門のウィナーという栄冠をかちとった。世界中のトップ・ノッチのクラシック・カー・コレクターがしのぎをけずって自動車美を競い合う、この、もっとも権威のあるクラシック・カー・コンクールの「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」の2019年版において、である。
【1937 Alfa Romeo 8C 2900BBerlinetta by Touring】総合優勝車にして「クラスB」優勝車。「早送りの時代:進歩の四半世紀」がクラスBのテーマ。モノポストのグランプリ・レーサーがベース。【1937 Bugatti 57S Four-Seater Sports Tourer by Vanden Plas】クラスBの準優勝車。ブガッティのタイプ57SのSはスポーツではなく〝surbaisse〟=「低い」という意味。ヴァンデン・プラがつくった。【1953 Abarth 205 Sport 1100Berlinetta by Ghia】クラスCの準優勝車もアバルトだった。フィアット1100のシャシーをベースに4気筒の1.1ℓをスープアップし75psを発揮したスプリンター。【1954 Mercedes-Benz 300SL Coupe】クラスD「新しい夜明け:ロックンロール時代へ」の優勝車。シャシーナンバー19のこの個体はジャーナリストのテスト車として活躍した。小坂氏が東京・神田の「山田輪盛館」(1968年に廃業)が輸入した新車のアバルト1000モノミッレGTに出合ったのは、東京オリンピックが開かれた1964年にさかのぼる。すぐにでも欲しかったが、インポーターはデモ・カーとしてほぼ1年手元に置いた。その年の年末だったか年を越したばかりの65年だったか記憶ははっきりしないというが、小坂さんのところに来たとき、シルヴァーのモノミッレのオドメーターは約2600kmを刻んでいたという。とはいえ、ほぼ新車みたいなものである。小坂さんはこれを半世紀を超えて所有しつづけ、そのかん3500kmほど距離を積み増しし、現在、距離計は6100kmあまりという数字を示している。内外装はすべて55年前とおなじである。もちろん理想的な温度・湿度管理のもとでの屋内保管で、いつでも走ることのできる状態にしておいた箱入り娘ならぬ箱入り韋駄天だ。レア中のレアな1台である。
【1953 Siata 208S Spider Motto】クラスDの準優勝車は、Siata(1926-1970)の美しい2人乗りのオープン・スポーツ。デザインしたのはジョヴァンニ・ミケロッティ。【1961 Ferrari 250GT California Spyder by Pininfarina】クラスE「不可能はない」部門の優勝車は1961年のフェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダーSWB。2015年発見の納屋物が蘇った。【1960 Ferrari 250GT Berlinetta SWB Competizione by Pininfarina】クラスE準優勝車もフェラーリ250GTで、こちらは1960年にグレアム・ホワイトヘッドがル・マン24時間にエントリーしたクルマそのもの。【1988 Porsche 959 Coupé】クラスF「ベイビー、オレのクルマに乗っていいぜ:音楽スターのクルマ」部門の準優勝車は指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンの959。このクルマがクラシック・カー通のあいだでどんな評価を受けているかを知るのにうってつけの資料がある。1999年からコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステの後援者を買ってでている「BMWグループ・クラシック」が編集した2019年版の大会資料本である。いささか長くなるけれど、引く。
【1971 Lamborghini Miura P 400SCoupé Bertone】イタリアのエルヴィス・プレスリーといわれたロックン・ローラー、リトル・トニーの3台目のミウラであるP 400S。塗色はアズーロ・メキシコ。【1949 Ferrari 166 Mille Miglia Barchetta by Touring】クラスG「時間との競争:耐久レースのレジェンド」部門の優勝車。ロード・カーとしてもレーシング・カーとしても抜群のデキだった。【1953 OSCA MT4 1450Barchetta by Frua】クラスGの準優勝車。マゼラーティ3兄弟が1937年に会社を売却したあとボローニャ近郊のサン・ラッザーロに設立したのがOSCA。【1965 Vivant 77 Roaster】クラスH「夢見る勇気:自動車界を揺るがすコンセプト」部門の準優勝車。ポンティアックの開発エンジニアのハーブ・アダムズの作品。「このイキがよくて、ポケットに入ってしまうくらいのサイズのスポーツカーが証し立てるのは、プロダクション・モデルでありながらも、これほど少数しか生産されなかった例がある、ということだ。フィアット・アバルト・モノミッレGTはアバルト社の価格表に2年間にわたってその価格が掲載されていただけでなく、セールス用カタログもあり、そこには4、5カ国語が併記されていた。しかし、このカタログ通りの形で生産された台数は、おそらく5台程度であったと思われる。かくも少数だったのは、その価格のせいでもあっただろう。アルミ製のボディの、このスポーツ・クーペのベースとなった車両は、100万台単位でつくられていたフィアット600である。しかし、その価格は、アルファ・ロメオ・ジュリアの、実質上2台分であった。好奇心をそそらずにはおかないこの価格差をもってすれば、アバルト・モノミッレGTを購入するのは、ありふれた人物ではあり得なかった。シロー・コサカのように。彼はアバルトの日本におけるインポーターであった東京のヤマダリンセイカンから、これを購入した。そして、その後、売却することはなかった。2019年、その名の通り排気量1リッターで、シングル・カムシャフトのモノミッレGTを、彼はコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステに持ち込む。それは愛情を込めて大事にされてきた宝石である。同じオウナーのもとに50年以上とどまり、走行距離は6000kmとちょっとでしかない」
【1928 Lancia Lambda Serie VIIIFour-Seater Torpedo】トロフェオFIVAベスト・プリザーヴド車戦前部門優勝車。自動車史上もっとも先進的な1台とされるランチア・ラムダの1928年型。【1964 CD Panhard LM64 Coupé Aérodynamique by Chappe et Gessalin】トロフェオASIベスト・プリザーヴド車戦後部門優勝車。Cd=0.12という驚異的な抗力係数を有するコンペティション・カーとしてル・マンに出た。【1966 Maserati Mistral 4000 Spider by Frua】トロフェオBMWグループ・クラシック受賞車。マゼラーティの2ドア車、ミストラルのフルア製スパイダー。塗色はヴェルデ・アクア(緑青)。【1914 Rolls-Royce 40/50 HP Silver Ghost】トロフェオ・ロールス・ロイス受賞車。パリのコーチビルダー、ケルネール製のトルピード型フェートンのボディを載せている。コンクールへの参加車の1台1台が、晴れのレッド・カーペット上を自走して観衆のまえに登場するとき、MCと紹介役を務めたのは、例年通り、イギリスのクラシック・カー・ジャーナリストで、コレクターで、クラシック・カーのディーラーも営むサイモン・キドソンだったが、アバルト1000モノミッレGTの番がくると、かれは聴衆にむかってこう語った。
【1966 Ferrari 275 GTB CompetizioneBerlinetta by Pininfarina】トロフェオ・フランケン・ポメリー、ベスト・アイコニック賞受賞車。これはアルミ板厚を半減した軽量ボディを武器に数多のGTレースに出撃した。【1970 Ferrari 512S Modulo Coupé by Pininfarina】トロフェオ・オート&デザインのモスト・エキサイティング・デザイン賞受賞車。レーシング・スポーツのフェラーリ512Sのシャシーに架装された。【1938 Delahaye 135M Roadster by Carlton】トロフェオRAKEベスト・ドレスト・エントラント賞受賞者の出品車。フレンチ・ラグジュアリー・ツアラーの代表格。レースにも強かった。【1967 Gyro-X】この奇妙なシングル・シーターにはいかなる賞も与えられなかったが、コードやタッカーなどをデザインした米工業デザイナー、アレックス・トレマリスの作。「シロー・コサカ、そしてモノミッレ、ウェルカム! この人が有名なミスター・アバルトです。かれは49台ものアバルトをコレクションしています。1960年代のはじめ、かれはまだ学生でした。そしてグラフィック・デザイナーとして成功を収めていました。このクルマの写真を見ていてこれを買おうと思ったということです。このクルマは信じられないほどの希少車です。同じものは6台あるだけです。いつもながら素晴らしい判断のもとに、(このクルマで)参加してくれてありがとう、シロー」
2019年の「ベスト・イン・ショウ」をもぎ取ったのは、1937年にトゥリングが製作したアルファ・ロメオ8C2900Bだった。アルミ・ブロックの直列8気筒はツインカム、ツイン・スーパーチャージャー、シャシーは4輪独立懸架。所有者は米国のデイヴィド・サイドリック氏。→1台のアバルトとコンクール・デレガンス【後編】へ続く
Words 鈴木正文 Masafumi Suzuki@GQ / Photos 矢嶋 修 Osamu Yajima / 協力 A.ランゲ&ゾーネ
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