大林宣彦監督が手がけた映画「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」のロケ地となったことでも知られる広島県尾道市。JR尾道駅の南側には、海ながら幅が狭い「尾道水道」が流れ、対岸の「向島(むかいしま)」と本土を結ぶ渡船が運航されていますが、その一つ「福本渡船」が2025年3月末をもって廃業する予定です。
尾道水道を行き交う渡船は江戸時代から航行されて、最盛期には9つの航路が存在しました(尾道水道を南北に運航しない渡しを含めると、最大で12航路)。
しかし、1968(昭和43)年に尾道と向島を陸続きにした「尾道大橋」が開通。大型トラックなどが橋を経由するようになって、渡船の経営に大きな影響を与えました。その後平成に入って「浄土寺渡し(玉里渡船)」「有井渡し(玉里渡船)」「岸本渡し(しまなみフェリー)」「桑田渡し(宮本汽船)」が相次いで廃止。
2025年2月末現在では、「駅前渡し(おのみち渡し船)」「兼吉渡し(おのみち渡し船)」、「1円ぽっぽ(福本渡船)」の3航路が残るのみとなっています。
この3航路とも、驚かされるのはその高頻度運航です。時刻表は存在せず、おおむね6時台から20~22時台まで、約10分~12分間隔でひっきりなしに運航されています。しかも運賃も格安で、大人1名で50円~100円、全長5m以内の普通車ならわずか100円~130円ほどで利用可能です。
その中で、135年もの歴史を持つ福本渡船は、施設の老朽化・燃料費高騰・利用客減少などを理由に、2025年3月末での事業廃止を決定。長きにわたり気軽に利用できる人々の足として活躍しただけに、その廃止を惜しむ声が寄せられています。
そこで筆者も、愛車の1987(昭和62)年式、“日産製のフォルクスワーゲン”である「サンタナ」を渡船に乗せてみたい!と思いつき、3月の初旬、東京を出発して尾道へ陸路で向かうことにしました。
昭和なクルマで昭和な船に乗るという愉悦
福本渡船の乗船場は尾道駅から約400m、歩いて10分かからない場所にあります。桟橋の手前には数台のクルマが待機できるスペースがあり、まずはここにクルマを停めます。
運賃は船上で係員に渡す方式です。その運賃は徒歩なら大人60円・子ども30円、自転車10円・バイク20円、3m~4m未満の車両90円、4m~5m未満の車両100円(しかも運転者1名の旅客運賃込み!)というびっくりの安さです。支払いは現金のみですので、小銭を用意しましょう。
なお福本渡船の運航時間は、始発が朝6時30分、最終は向島発尾道行きが20時、尾道発向島行きが20時10分。日曜日は運航しないので注意が必要です。
訪問日はモヤがかかったあいにくの天候でしたが、それでも250mほどしかない対岸を出港した船の姿が確認できます。そして尾道駅側の桟橋に、この日運航されていたフェリー「第拾五小浦丸」が着岸。船首のゲートが降り、積まれていたクルマが浮き桟橋を渡って上陸してきました。
入れ替わるように、係員の指示に従って人や自転車、クルマが乗船します。乗客は乗りなれた電車やバスのように、特に迷いなく利用しており、ビジターには非日常的でも、ここでは日常の“あたりまえ”のことだと実感しました。それだけでも、旅情がかき立てられます。
第拾五小浦丸は、1984(昭和59年)に尾道の備後造船で竣工。全長約20m・全幅9.5m、総トン数92tの大きさは、3航路の中では抜群のビッグサイズです。車両搭載時の旅客定員は78名・最大搭載重量36tを誇り、小型車なら10台以上積めそうな広い甲板を持っています。
1987(昭和62)年製の筆者のクルマと年代の親和性はバッチリで、その当時に訪れたらきっとこんな光景だったろうな、という雰囲気を作ることができました。昭和時代の船は淘汰が進み、現役ではあまり残っていないため、昭和のクルマで昭和のフェリーに乗船できるのは、今や貴重な体験かもしれません。
と、興奮してサンタナと船の写真を撮っている間に、早くも向島の小歌島(おかじま)桟橋に到着です。乗船時間はわずか3分。
向島で名物のお好み焼きを食べ、再びサンタナと一緒に船で戻ろうと小歌島桟橋の手前でクルマを停めて待っていると、すぐに第拾五小浦丸がやってきました。約10分間隔のフリークエンシー運航ながら、各便とも常にクルマが載っており、地元客がクルマを積む頻度の高さが伺えます。
わずか3分の船旅ですが、船、とくに愛車と乗るフェリー体験は格別です。最後の下船時には、もう2度とこの船に乗れないという寂しさと、名残惜しさで胸がいっぱいになりました。
残る2航路にも乗ってみた
さらに筆者は、尾道―向島間を結ぶ福本渡船以外の渡船にも乗ってみることにしました。 まずは駅前渡船ののりばに向かいます。
1946(昭和21)年から運行を開始している駅前渡船は、その名の通り尾道駅前ロータリーの眼前に桟橋があり、駅からは徒歩3分。アクセス性は極めて良好です。
駅前渡船では1999年に尾道の神原造船で造られた「むかいしまI」と「むかいしまII」が用いられており、この日は後者が運航していました。神社仏閣のような操舵室を持つユニークな外観が特徴です。総トン数は19トンと小さく、クルマや125cc以上のバイクは載せられないので気をつけましょう。運賃は大人100円・子ども50円、自転車10円・バイク10円。支払いは現金のみです。
駅前渡船と福本渡船の航路はクロスしており、船上から福本渡船の小歌島桟橋を眺めることができます。そのまま細い水路を進むと、駅前渡船の向島側、富浜桟橋が見えてきます。距離は尾道側から650m、時間にして約5分の乗船です。
渡船のりばには自転車置き場や待合室があり、タクシーも客待ちをしているほか、バス停もあります。バスは土日運休ですが、向島支所(旧向島町役場)行きのバスは平日なら1時間あたり1~2本運転されています。のりばの目の前には巨大なJFE商事造船加工の工場が建ち、小歌島桟橋よりも旧向島町の中心街に近いため、利用客は多く活気が感じられました。
続いて尾道渡船(兼吉渡し)ののりばへ。駅から東側に向かって徒歩15分かかる、ちょっと離れた場所に桟橋を構えています。
その歴史は「200年以上」!?
「兼吉渡し」こと尾道渡船は、江戸時代の寛政~文化期(1800年代前後)から歴史を刻む、尾道の渡船では最古の航路です。かつては地域の市区町村による公営、そして1984(昭和59)年の民間売却後は尾道渡船が運航していましたが、2021年に前述の駅前渡しとともに歌戸運航へ譲渡。さらに歌戸運航は、第三セクターの「おのみち渡し船」に社名を変え、現在に至っています。
尾道渡船もクルマを運べますが、福本渡船のフェリーに比べると船はかなり小ぶり。ここでは1998年と2003年に尾道の石田造船でそれぞれ竣工した「第二歌戸丸」と「にゅうしまなみ」が運用されています。どちらも総トン数は19tです。この日は第二歌戸丸が使われており、最大搭載人員は車両積載時で37名・車両積載台数は4t積みトラック2台・乗用車6台と書かれていました。
クルマを積み込むと、船はすぐさま対岸の兼吉桟橋へと出航。運行距離は300m、時間にして5分ほどですので、こちらもあっという間の到着です。兼吉桟橋の近くにもバス路線が通っていますが、本数は少なく、土日運休です。航路は福本渡船・駅前渡船よりもかなり東側に位置しますが、利用客はそれなりに多く、旧向島町の中心町域東側の住民にとって大切な足となっているようです。
運賃は大人100円・子ども50円、自転車10円・バイク10円なのは駅前渡船と同じ。クルマを運ぶ場合は4m未満120円、5m未満なら130円(運転者1名分の旅客運賃込み)で、こちらも支払いは現金のみです。
自転車で渡っちゃダメ!と自治体が念押しする尾道大橋の実情
最後に、前述のように渡船に大打撃を与えたという尾道大橋を渡ってきました。
尾道から四国の愛媛県今治市の間には、「世界7大サイクリングルート」に選定されている「しまなみ街道サイクリングロード」が整備されており、数多くのサイクリストが訪れる「サイクリストの聖地」となっています。尾道大橋はその起点となる橋に見えます。
しかし尾道市のホームページでは、尾道水道を渡る際は尾道大橋ではなく渡船の利用を推奨しています。その理由は、尾道大橋の車道幅が7.5mしかない片側1車線で交通量も多く、歩道を走行するとしても、歩道自体が狭いだけでなくケーブルの基部が歩道上に置かれているため、事実上自転車の走行が困難というもの。
実際に歩道を歩いてみましたが、たしかにケーブルが歩道の真ん中から生えている状態で、自転車で走るのは難しいことがわかりました。
※ ※ ※
福本渡船のスタッフに話を聞いたところ、往時に比べると利用者は大きく減っているものの、現在でも1日あたり歩行者約400人、車両約600台が乗っているといいます。
ここまで記してきたように、3航路は発着する桟橋が異なっていて、それぞれの渡しにそれぞれの利用客がいる状況です。中でも福本渡船は、少々大回りになる上に渋滞もある尾道大橋を嫌って、尾道水道を手軽に渡船でクルマを渡したい利用客と、運賃の安さから利用していた通勤通学客などに重宝されていました。
今後は125cc以上のバイクユーザーも、遠い尾道大橋か兼吉渡しに迂回する必要があります。たしかに2航路と尾道大橋が残るため、福本渡船の代替は可能なのかもしれませんが、不便を強いられる人は少なくないと思われます。しかし尾道市では、福本渡船をおのみち渡し船には引き継がせないと明言しています。
福本渡船の廃止まで残りあとわずか。日常に渡船がごくありふれた輸送手段として存在し、街のいち風景となっている尾道で、この航路も残せないものか、と強く感じました。
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