マクラーレン セナ のみんなの質問

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F1でHONDAが凄かった事はわかりました。

優勝チームが何連覇かして、また優勝チームが変わって連覇する規則的な結果になってるのは何故ですか。

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連覇したチームのドライバーと車としてのハードが合致して他の追随を許さなかったからとしか言いようがないです。要素についてはそのときどきで違います。

①添付画像はデイモンヒルがチャンピオン(ウィリアムズ)の1996年から始まってますが、無敵のウィリアムズルノーの時代は1992年から始まってます。この時期については、91年から空力のスペシャリストデザイナーのエイドリアンニューウェイがウィリアムズに加入し、アクティブサスペンションを実戦でも安定して使えるレベルにし空力的に他のチームの追随を許さないシャシーを作り上げました。また、89年からのターボエンジン禁止の影響でパワーよりもコーナーリングスピードが重要になった時期に、アイリアムズのアクティブサスペンションとシャーシバランスのコーナーリング性能が時代に合致したので94年と95年を除き97年までのウィリアムズ黄金期となりました。(94年からアクティブサスは禁止となりましたが、3年間のアクティブサス時代にコレのお陰で空力データーを知り尽くし金属バネになってもこのデータを生かし空力に優れたシャシーを作ることができました。)
ただ94年については、この年からマクラーレンからアイルトンセナが移籍しました。ニューウェイはアクティブサスとのバランスで優れた空力を引き出していたシャーシであり、普通のサスをこの車体に使うと非常にピーキーとなる為本来はデサインを見直すべきところを最強のセナであればこのピーキーな車体も乗りこなしてくれるという過信から、空力にはそれほど手を加えなかったです。これが原因でセナは開幕から3戦連続で単独スピンリタイヤとなり本人も扱いにくいとコメントしていました。4戦目に単独でコースアウト大破の事故によりセナは亡くなりました。

②フェラーリの黄金期については、96年にセナ亡き後の最強ドライバーのシューマッハがフェラーリにベネトン時代からの優秀かつ馬の合うロスブラウンとロリーバーンの2名のエンジアとともに移籍し、長年のイタリア人のいい加減気質チームを徹底的に立て直すとともにシューマッハ好みの車を開発するなどこの3人のトロイカ独裁体制が成功したのが要因です。いくらトップドライバーであってもここまでチームの運営とマシンのハード面を好きにできることは極めて稀です。逆に言うと、シューマッハ曰くあこがれのフェラーリチームは加入してみると目眩がするレベルのいい加減なチームで、3人のトロイカ独裁体制でも常勝チームにするのに4年間かかったっていうことです。

③レッドブル時代については一言でいえば、エンジンのレギュレーションが2.4ℓV8ともっとも非力なエンジンとなり空力がよりモノをいう時代にエイドリアンニューウェイを加入させて、空力で差をつけセバスチャンベッテルの絶頂期と合致した結果です。

④メルセデスについては、F1エンジンがハイブリッドとなったときにメルセデスのパワーユニットが最強であり、キャリアと実力のあるルイスハミルトンがこの車に乗れば、そりゃ~そうでしょって結果だと思います。

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