ガソリン車からEV(電気自動車)に切り替わることで、国内部品メーカーの約300万人の就業者のうち30万人の雇用が失われると言われている。これは民間のコンサルティング会社「アーサー・デイ・リトル」が試算し、今年3月に公表した数字だ。自動車関連産業の全就業人口は542万人(2020年度)なので、実にその5.5%にあたる。
今、EV化によって何が起こっているのか? 海外メーカーがどんな影響を日本に及ぼすのか? 日本の基幹産業における雇用を念頭に、それらをレポートしたい。
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文/鈴木喜生、写真/トヨタ、テスラ、日産、三菱、写真AC
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集中管理型「ECU」への移行により、エンジンが消滅する!?
クロスオーバーSUV、テスラ・モデルY。生産工程が簡素化されることでプライスダウンを図った。しかし、行程の簡素化は、生産に関わる要員の削減に直結する可能性も!?
EV化によって雇用が減退するのは、ご存じのとおりEVのパーツ点数が少ないためだ。
EV化で不要となる部品は、エンジン、トランスミッション、燃料タンク、マフラー、ラジエターなど。ガソリン車の部品点数が3万点、EVでは2万点という見方もあるが、厳密にはエンジンだけで7000から1万点の部品から成り立っており、その基準でカウントした場合、ガソリン車の部品点数は10万点近くなる。
また、昨今の自動車にはECU(電子制御ユニット)が欠かせない。これはエンジン、トランスミッション、ブレーキ、サスペンション、パワーステアリングなどなど、あらゆるシステムを個々に制御するための電子部品だ。従来のガソリン車では車体のあらゆる箇所に60~100個の専用ECUが搭載されている。
しかし、EVになるとECUは大幅に減る。日産「リーフ」では30個、テスラ「モデル3」に至ってはわずか5個。これは自動運転装置の搭載によってECUが集中管理型に移行しているためでもある。カメラやセンサーなどの情報を一極集中し、その伝達遅延を減らすことが主な目的だが、その結果、配線が簡略化され、パーツ点数が減るのだ。
さらに、テスラは最新車種「モデルY」の製造ラインに「ギガ・プレス」の導入を始めた。これは車体のアンダーボディなどを一体成型できる巨大なダイキャストマシンで、従来では70個のパーツをプレス加工・溶接していた部位が、たった一度のプレスで成型できるようになる。
イーロン・マスクはこのマシンの導入によって、同社の製造ラインに1000台あるロボットのうち300台が減らせる、と語っている。
このように、部品点数が少ないEVの、さらなるスリム化が進められている。それはすべて部品点数の減少と、それらを製造する下請けメーカーへの発注量減を意味している。
中国の格安EVが続々と日本に上陸
いっぽう、中国では「宏光ミニEV」というマイクロEVの販売が開始された。価格は日本円でなんと45万円(廉価モデル)。徹底的に無駄が排除された車体は、部品点数が極めて少ない。
また、日本の物流会社が中国製のEVの導入を続々と決定している。今年4月には、「佐川急便」が中国の広西汽車集団製の小型配送用EVを7200台採用することを決定。10月31日には、国内の大手物流会社「SBSホールディングス」が東風汽車集団製の1トンクラスの小型EVトラックを1万台導入することを発表した。その販売価格は380万円ほど。このモデルは日本のスタートアップ企業「フォロフライ」(本社:京都)が設計し、中国で生産したものを輸入・販売する。
こうした状況のなか環境省は、軽EVの普及に向けて購入補助を2022年度から開始する。すでに施行されている経済産業省のEVの購入補助金に上積みして、購入者の負担額を200万円以下まで下げることを目指している。経済産業省の補助金の対象に輸入車は含まれないが、環境省では特定の輸入車に対してそれを適用する予定だ。
今年1月には日本電産の永守重信会長が、「2030年までにはクルマの価格は1/5になる」と発言して話題になった。国産EVにおいても軽EVの計画は進んでいる。しかし、価格競争においては今のところ中国に太刀打ちできそうもない。
環境省の補助金の枠にこれら格安中国EVが加わることになれば、国産EVが200万円を切る頃、中国製EVの価格は永守氏の予言どおり「1/5」になっているかもしれない。
雇用喪失はすでに始まっている!
資料/著者作成
大手自動車メーカーの工場閉鎖によって、EV化による雇用喪失はすでに始まっている。
トヨタ自動車東日本株式会社(本社:宮城県)は、昨年12月に「東富士工場」(静岡県)を閉鎖した。従業員約1100人のうち約700人は東北の3工場などに順次異動したが、約400人は定年、または静岡県内での転職などを希望して退職している。
三菱自動車の子会社「パジェロ製造」は、2021年8月31日に岐阜県坂祝町にある工場を閉鎖。これによって「パジェロ」の生産も中止された。全従業員988人のうち希望退職者は278人、地元の近隣企業への再就職者は361人。つまり、65%の人々が「三菱」から離職したことになる。残る349人は生産機能が移転された三菱自動車の岡崎製作所へ移籍している。
ホンダは2021年度中に「狭山工場」を閉鎖し、その機能を寄居工場(ともに埼玉県)に集約する。また、2025年末までに「真岡工場」(栃木県)を閉鎖し、その約900人の従業員を配置転換する。同時にホンダは、55歳以上の正社員を対象に同社全体で2000人超の社員を早期退職で減らす予定だ。
大企業においては、他工場への移動、グループ会社への出向、または地元関連企業への転職などへの斡旋が行われるケースが多い。しかし、従業員の新たな就業先を手配する体力、または能力がない中小零細の下請け企業における雇用は、さらに深刻な事態となり得る。
自動車メーカーに部品を直接納品する一次取引先は7500社、そこに部品を納める二次取引先は1万5000社に達する。
国内の一次取引先には一部上場を果たす大規模企業も多く、その場合、商品ラインナップも幅広い。電子機器、サスペンション、内装など、EVでも必要な部品を扱っていればEV化に適応し、その転換期をチャンスに変えることも可能だろう。
しかし、ガソリン車特有の部品に特化してきた中小零細の企業の場合は、そうはいかない。最も危ういのは内燃機関、バルブなどを得意とする企業だ。その技術を他所に転用できなければ、EV化の余波もっとも強烈に受けることになる。
こうした状況のなか、近年では「事業再生ADR」が話題にあがることが多くなった。
企業経営の持続が難しくなった場合、民事再生法の適用を受けるのが一般的だ。このケースの場合、あらゆる取引先が債権者となる。しかしこの事業再生ADRの場合、債務カットをする対象は金融機関だけ。一般債権者に迷惑をかけることはない。これは「裁判外」の紛争解決手続きの一種である。
技術転用の可能性がある中小零細企業の場合、この手続きで倒産までの時間をかせぎ、即財に人員削減することなく、活路を見出せる可能性もあるだろう。
新興産業によって新しい雇用は創出される
参考/総務省「労働力調査」、経済産業省
EV化によって淘汰される企業があれば、新たに生まれる産業もある。
その象徴たる新興企業がテスラだ。2010年にカリフォルニア州で車体製造を開始して以来、バッテリーや蓄電池などを製造する広大な工場「ギガ・ファクトリー」を、ネバダ州(2015年)、ニューヨーク州(2017年)、上海(2019年)で操業し、さらに今年2021年にはベルリン、2022年にはテキサス州オースティンでの生産もスタートさせる。ベルリン工場では1万2000人の雇用が創出されるが、それを聞いた元独メルケル首相は大いに喜んだという。
国内においても、EV化に向けて新たな雇用は創出される。
バッテリーや半導体は、現在まったく供給が足りてない。今年10月14日には、台湾のTSMC社が熊本に半導体工場を建設することを発表したばかり。この工場では自動車の制御に使われる大規模集積回路LSIも製造される予定だ。雇用人数は2000人が見込まれている。
トヨタはEV、HV(ハイブリッド車)、FCV(燃料電池自動車)のほか、水素エンジン車の開発を進めているが、この方針も雇用問題に直結している。燃料電池車は水素を電気分解することで蓄電してモーターを回すが、水素エンジンでは、エンジンの中で水素を直接燃やして動力とする。つまり、長年に渡って培ってきたエンジン技術を活用しつつ、その製造に関わる多くの雇用を維持しようとしているのだ。
また日本国内においては、EV化や水素化に対応したステーションの設置が驚くほど進んでいない。さらに、EV化や自動運転によって、これまでとは違うリース業、サービス業が生まれるだろう。こうした分野では、全国的に雇用が生まれるはずだ。
自動車の「製造部門」に直接関われる機会は減少するかもしれないが、上表が示すとおり、運輸やリースなどの「利用部門」、ステーションなどの「関連部門」、電子部品、デバイス製造業、工作機械製造業をはじめとした「資材部門」、「販売・整備部門」など、関連事業は多い。職種に対する個々人の指向性はあるものの、「30万人の雇用喪失」はこれらの関連産業によって、ある程度は補完されるはずだ。
雇用を守るために、国と自動車メーカーがすべきこと
10月29日にトヨタは、ルーフソーラーパネルを装着することでエネルギーを作り出すこともできるBEV、bZ4Xのプロトタイプ車両を発表。こうしたクルマの台頭により、今後新しい雇用が創出される可能性もある
世界各国がカーボンフリーに関する数値目標を掲げるなか、国内大手自動車メーカーも具体的な施策を発表している。
トヨタは2030年までに、EVやHV(ハイブリッド)の販売台数を現在の4倍弱の約800万台にするとし、スバルは同年までに全世界販売台数の40%以上をEVとHVにする目標を発表した。
また、日産は2030年代の早期に、ホンダは2040年までに、新型車をすべてEVにする計画を掲げている。欧米メーカーの動きも同様だ。
つまり、新型コロナ禍に突然晒された航空・旅行業界に比べれば、時間はまだある。明日突然30万人のリストラが発生するわけではない。100年に一度と言われるこのEV化の大波に対処しつつ、それに対応した雇用調整を行うことは十分に可能だ。おまけにEV化を促進するこうしたメーカー企業は2021年、株価や時価総額を大きく上げている。
企業として利益を確保しつつ、EV化への緩やかなシフトと、在職者を活かす新たな事業転換を図ることが、リーディング・カンパニーたる自動車メーカーに託された課題であり、腕の見せどころだろう。
今年1月、トヨタ社長である豊田章男氏は、日本自動車工業会の報道関係者とのオンライン懇談会の場で、「カーボンフリーは、サプライチェーン全体で取りかからないといけない。でなければ国際競争力を失う。そのためには国家のエネルギー政策の大変革なしに達成は難しい」と語った。
EV化の局面において、自動車メーカーはすでに技術革新を急ぎ、その他さまざまな重責を担い、対応に追われている。対して国がすべきことは、財政政策による電気・水素のステーション建設の推進だけには留まらない。
衆院選も終わった。政府においてはこの一大事に、より明確なカタチで、早急に対処する必要がある。
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センサーの間違いだろ。