電気自動車(EV)の技術について、いまさら聞きにくい基本的なことから詳しく丁寧に説明していく本コラム。今回は高いと言われるEVの新車価格について、その理由を解説する。
半分になった軽自動車EVの新車価格
知って役立つEV知識・基礎の基礎/御堀 直嗣 第7回:電気自動車を支える基本骨格
電気自動車(EV)の新車価格は、エンジン車に比べれば、なお高い傾向にある。それでも、次第に下がりはじめているのも事実だ。
2009年に量産市販EVとして初めて売り出された三菱「i-MiEV」は、消費税5%込みで当時459.9万円だった。昨年発売された三菱「eKクロスEV」は、消費税10%込みで239.8~293.26万円である。消費税額をそれぞれ引いた車両本体価格で比較すると約46%の値下がりで、13年で軽EVの値段が半額近くになったことになる。
2010年に発売された初代日産「リーフ」は、当時376.425~406.035万円だった。現在の2代目リーフは408.1~444.84万円で、ニスモやオーテックの仕様になるとさらに高額になる。初代リーフ時代の消費税は5%で、現在は10%なので、消費税額を引いた車両本体価格で比較すると、廉価車種のX同士で28万円ほど現行リーフが割高な計算になる。
ただし、初代リーフの前期型は、リチウムイオン・バッテリー(以下、LiB)搭載容量が24kWhであるのに対し、現行リーフは40kWhなので1.6倍になり、これによって一充電走行距離が初代リーフ時代のJC08モード比較で2倍に伸びている。車載バッテリー容量の増加だけでなく、LiB自体も、正極(+)材料が、初代はマンガン酸リチウムであったが、現行車は三元系と呼ばれる、コバルト/ニッケル/マンガンの元素を組み合わせた高性能仕様となっている。このことが車載バッテリーの容量増大だけでなく、一充電走行距離を2倍に伸ばした背景になる。
バッテリーの進化については、三菱の「i-MiEV」と「eKクロスEV」の例でも同様で、バッテリーの正極材料がいまは新しくなっている。
リチウムイオン・バッテリーをいかに安く入手するか
EVの新車価格は、製造原価の多くを占めるLiBに左右されるといわれている。車両原価の約20%がバッテリー代だとの話もあり、駆動用のバッテリーをいかに安く調達できるかによって、EV価格は左右される傾向が強い。
まず思い浮かぶのは、安い材料を電極に使うバッテリー材料の開拓だ。そのひとつが、三元系と呼ばれるバッテリー素材の燐酸鉄への切り替えや、ほかにナトリウムイオン・バッテリーの模索という将来構想もある。
もうひとつは、eKクロスEVがi-MiEVより大幅に安くなった背景に、三元系のLiBを使いながら、リーフと同じバッテリーを流用しているので、日産「サクラ」を含めた大量生産の効果も効いてくることがある。世界的に“ギガファクトリー”と呼ばれ、LiBを大量生産する工場建設が進んでいるのも、原価が高いとされるLiBをいかに安く手に入れるかという戦略における投資だ。LiB自体の原価も、高価な材料を使いながら量産効果などもあって、2010年からの6年間で一気に1/4に下がったとの報告も出ている。
加えて、生産工場が世界的に広がることにより、製造されたバッテリーの輸送費を抑えられるようになったことも理由のひとつといえるのではないか。
2021年に、米国テスラが「モデル3」の価格を廉価車種で約82万円安くし、500万円を切る429万円になって、日本での販売台数を急速に増やしたことがある。値下げの理由は、中国の上海にギガファクトリーが完成し、そこから日本へ完成車両を輸出したため、米国からの輸出に比べ輸送費が大幅に減ったと説明している。逆に、中国から遠い米国に出荷されたモデル3は、値上がりになったという話だ。
製造戦略のカギとなるバッテリーの現地調達
そもそも、バッテリーはワッセナー条約(通常兵器および関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント)の対象品で、国家間の輸出入を禁じられる製品だ。ワッセナー条約とは、かつてのココム(対共産圏輸出統制委員会)と同様の規制である。
したがって、EVは基本的にバッテリー製造工場のある地域で完成車を生産し、商品として市場へ運ばなければならない。世界各地にバッテリー工場があることにより、完成車の輸送費用がさがり、新車価格を抑えることにつながる。
自動車メーカーが自らバッテリー生産工場を持つだけでなく、EVを売りたい地域に生産工場を持つバッテリーメーカーとの契約が新車価格を左右する。単にバッテリーをどれだけ仕入れられるかといった量の確保のための投資や契約だけでなく、現地生産化のためのバッテリー入手が、価格競争において不可欠になるのだ。
仕入れ先と生産工場の地理的関係性という点において、EVはエンジン車と違った製造戦略が求められる。ここに出遅れれば、販売台数の確保はもとより、販売価格で商品力を失うことになる。
EVの新車価格を抑える難しさ
もうひとつは、生産工場での製造効率だ。
eKクロスEVとサクラがかつてのi-MiEVの半額近くで売り出せた理由のひとつは、i-MiEVを製造してきた三菱自動車工業の水島工場で生産していることが貢献している。
水島工場では、エンジン車の「i(アイ)」とi-MiEVを同じ生産ラインで混流生産してきた経験を10年以上持つ。その知見を活かし、限られた設備の改良でeKクロスEVとサクラを生産できるようにした。つまり、生産工場への新たな投資を抑えて市販できているのである。
製造効率の点においても、従来、エンジン車での車種違いによる混流生産の経験はあっても、車載部品の異なるEVとエンジン車やハイブリッド車との混流生産をしようとするなら、そう簡単に生産ラインの調整はできないのである。そのための投資が余計にかかれば、製造原価という点で新車価格を下げるのが難しくなる。いち早くEV生産への着手が望まれるのは、このためだ。
テスラが、新車価格をそのときに応じて自在に上下できるのは、EVしか生産していないからだけではなく、世界各地でバッテリー生産のギガファクトリー建設に投資してきたからだ。中国のBYDが、高い商品性を持ちながら競合他社に比べ身近な価格で販売できているのは、元々バッテリー企業であり、加えて半導体を含め電装部品を自社生産しているので、自ら原価の調整ができるのが競争力ある価格での販売につながっている。
以上のように、EVを開発してつくることはできたとしても、競争力ある新車価格を達成するのは一朝一夕にはいかない。日本がEV戦略で後手に回っていると指摘される理由がそこにある。
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