■「トラック」のライバル「鉄道貨物輸送」で「新車」が運ばれていた時代
自動車メーカーの工場から出荷される新車の輸送。大型船への積み込みシーンや、街道や高速道路を走るキャリアカー(車載専用車)が走っているのを見たことがある人は多いでしょう。
しかも以前は、クルマの「ライバル」である鉄道が運んでいたこともありました。
鉄道貨物合理化の波で消えてしまった「車運車」の歴史について、貴重な写真とともに振り返ります。
【画像】「懐かしい!」 ブルトレカラーのEF65がけん引する「車運車」の貴重な写真を見る(11枚)
明治5年(1872年)10月14日、新橋と横浜の間に鉄道が開通してから、2022年で150年が経過しました。
明治維新以降、日本の近代化や経済成長とともに発展してきた鉄道は、旅客輸送のみならず、全国の物流を支える貨物輸送も大きな柱です。
戦後の急速なモータリゼーションの進展で、トラックによる貨物輸送は「ライバル」ともいえる関係ですが、そんな鉄道貨物で「クルマ」が輸送されていた時代もありました。
クルマの鉄道輸送がスタートしたのは、国産乗用車が出現する前の1950年代。
黎明期の自動車輸送は、無蓋車(むがいしゃ:いわゆる屋根のない貨車)にそのまま載せるという方法でしたが、積載効率が悪くコストがかかるため、輸送手段として普及しませんでした。
1960年代にマイカー時代が到来すると、トヨタや日産などの国内自動車メーカーは、鉄道の活用による輸送コスト削減に期待して、新車輸送用貨車の検討を開始します。
そして1962年に登場したのが、トヨタの小型車「パブリカ」の輸送専用に開発されたトヨタの私有貨車(国鉄が保有する貨車に対して、メーカーが所有する貨車は、私有貨車と呼ばれる)「シム1000形」でした。
全長8.7mの2軸貨車で、下段に4台、上段に2台を、縦積み(レール方向)に載せることができました。
翌年には、ダイハツが所有する「シム2000形」が誕生。全長10mに満たない小さな貨車にクルマを横向き(枕木方向)に積むという方法で、「ハイゼット」などの360cc軽自動車を6台、小型車の「コンパーノ」なら4台積載可能でした。
続いて1965年、三菱重工業(1970年に三菱自動車工業へ独立化)が自動車輸送向けに自社開発・製造した「シム3000形」では、下段に軽自動車を6台横積みし、上段に3台縦積みする合計9台の積載を実現しました。
このほか、日産は「ブルーバード」を12台載せられる「ク300形」を、マツダは一般的な無蓋車「トラ30000形」を改造した貨車を、数両所有していました。
なお1965年に各車運車は、形式を「クム1000」「クム2000」「クム3000」に改めています。
しかしこれらの貨車は、積み降ろしに時間がかかる(シム1000形では、積み降ろしにクレーンを要した)ことや、積載するクルマが限定されていたこと、モデルチェンジに合わせて固定装置の対応が都度必要だったこと、後述の新型車運車「ク5000形」登場などの理由から、活躍の機会はいずれも短期間で終わりました。
なおシムの「シ」は、大きな貨物を運ぶ「大物車」を意味し、「ク」は「車運車」を指します。「ム」は貨車の重量記号で、14t未満は無表記、それ以降は重たい順に「ム」「ラ」「サ」「キ」が与えられます。
■「マイカー」時代の到来とともに1960年代に急速な発展を遂げた鉄道貨物「車運車」
1960年代、各自動車メーカーごとに開発された車種専用貨車車両は輸送効率が悪かったのですが、一方で1960年代の自動車生産台数の増加は顕著でした。
そこで国鉄自身が、自動車輸送に乗り出すことになり、1966年に「ク9000形」を試作しています。
自動車メーカーからの意見も取り入れて開発されたク9000形では、全長を約20mまで拡大し、構造も上下2層式とし、車種も限定せずに積載可能となりました。
貨車にクルマを載せる方法も、駅に設けた固定式のスロープや、スロープを載せた「自動車積卸装置」を用い、クルマが自走する方法に進化。しかも貨車の間に渡り板を敷くことで、隣の貨車にもクルマを容易に載せられるように発展しました。
ク9000形は試験運用に向け2両が製造され、愛知県の笠寺駅と東京の東小金井駅間で、プリンス自動車と三菱のクルマを運びました。
名車「スカイライン」などで知られたプリンスは、のちに日産に吸収合併されますが、この2社はその後も、鉄道を用いた自動車輸送の主力となりました。
試験結果が良好だったことを受け、国鉄は、1966年10月のダイヤ改正から、本格的な鉄道による自動車輸送をスタートすることを決定。そこでク9000形の「量産型」ともいえるク5000形が同年に登場しました。
乗用車が8台から10台、軽自動車なら12台という積載台数と、最高時速85km/h対応という性能を生かし、日産、三菱、トヨタ、ダイハツ、富士重工(現スバル)、いすゞの各社が、首都圏、中部、関西エリアなどで乗用車輸送を開始しました。
1962年には、ク5000形のみで編成を組んだ列車や、特急貨物列車「アロー号」が首都圏から九州地区で運転を開始。
さらに東北・北陸方面、北海道道内での輸送も始まり、日本各地に自動車輸送用の基地の設置が逐次行われました。
この頃には、国内の全乗用車メーカーが鉄道輸送を利用するように。当時まだ道路網の整備が進んでいなかったという事情もあり、輸送規模は年々拡大していきましたが、それほどに自動車生産が急増していたことも示しています。
ク5000形の量産も順調に進み、最終的には、1973年までに932両が製造されました。
■専用の車運車による輸送のピークは1972年! 最後まで続いた「日産」も廃止へ
国鉄の自動車輸送は、1972年にピークを迎えます。
この頃には輸送基地も29か所を数え、国内における乗用車生産台数の3割にあたる約80万台が、鉄道によって運ばれるほどでした。
しかし翌年からは、急に自動車の輸送量が減少に転じます。
この頃の国鉄で相次いだ労働争議によるストライキ頻発や、相次ぐ運賃値上げにより、自動車メーカーが鉄道への依存を見直し、船舶輸送やキャリアカーでの輸送を始めたためでした。
新車の輸出が増加して、国内の輸送量が減少したことも要因でした。
鉄道による自動車輸送の黄金期が、わずか数年だったのは意外です。
衰退は数字を見ても明らかでした。
各地の基地は順次閉鎖、列車本数・貨車の使用回数も年々減っていき、ピーク時の224万トンに比べ、1977年には75万トンまで減少しています。
用途が限定されているク5000形は他の貨物輸送への転用も難しいため、各地で留置されるようになりました。
しかし国鉄は、この厳しい状況の中、1978年に宇都宮貨物ターミナル駅(栃木県)から本牧埠頭駅(神奈川県)間で「ニッサン号」の運転をスタートしています。
その名の通り、荷主は長年の顧客である日産で、栃木工場(上三川町)で生産された輸出向け小型車「パルサー」をメインに運んでいました。
1981年にはそれまで16両だった編成を21両に増やし、輸送量を増強しています。
日産 栃木工場と本牧の輸出積出し港を結ぶ「ニッサン号」は1985年にいったん廃止されるも、翌年には復活しています。
1987年には国鉄が分割民営化を受けてJRとなり、貨物部門はJR貨物が引き継ぎました。
この頃、ク5000形は大幅に廃車が進み、JRが引き継いだ両数はわずか64両に留まっています。
なおJR化後もク5000形を使って自動車輸送を続けたのは日産のみでした。
JR化後は、ク5000形の塗装を赤と青、もしくは赤、青、白のトリコロールカラーに変更。後者は、日産をイメージさせるカラーでもありました。
1989年には、栃木工場で生産する高級車「インフィニティQ45」の輸送も可能なように改造を実施しています。
また、輸出以外の「セドリック」「グロリア」や、さらには栃木工場以外の生産車の輸送も全国的に行われたため、車運車ク5000形が足りなくなり、廃車されず留置されていた車両の一部を復活。
最終的には合計93両が用いられました。
※ ※ ※
鉄道による自動車輸送は、1992年には2.4万台を運びましたが、専用の車運車から専用コンテナ(カーパック)による輸送へ移行したこともあり、1996年にはク5000形による自動車輸送は完全に終了。全車両が廃車され、形式消滅しています。
なお日産 栃木工場からの新車の鉄道コンテナ輸送は、高速道路の整備や積出し港の変更などがおこなわれたことで、2010年頃には終了しています。
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