トヨタのスポーツカーブランド「GR」。直近では500台限定のGRMNヤリスに予約が殺到したことでも話題だが、「TOYOTA GAZOO Racing(トヨタガズーレーシング)」のレース活動で得たノウハウも投入され、いま国内メーカーで最も活発なスポーツモデルブランドと言っても過言ではない。
GRは、日産「NISMO」、スバル「STI」など国産メーカーのスポーツブランドとは違う何かを持っている。ほかのスポーツブランドにはない、そしてGRにはあるものとは何か、さまざまな角度から解説と考察をしていく。
GRカローラも登場間近!! 脱スポーツカー時代の希望の星? 「GR」の独自性と今後の期待値
文/御堀直嗣、写真/TOYOTA
トヨタGRブランドの誕生秘話がここに
GR(GAZOO Racing:ガズー・レーシング)は、トヨタのスポーツカーブランドだ。しかし、たとえば日産自動車のNISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル:ニスモ)や、SUBARUのSTI(スバル・テクニカ・インターナショナル)などとは、やや違った印象がある。
GRも、NISMOもSTIも、モータースポーツ活動と結びつきの深いブランドであることは共通といえるだろう。では、何がGRに別の印象をもたらすのだろうか。
発端は、トヨタのマスターテストドライバーであった故・成瀬弘が、社内のテストドライバーやメカニックの有志を集め、ドイツのニュルブルクリンク24時間レースに挑戦し、いっそうの技術向上を目指した活動であると伝えられる。
また、現社長である当時の豊田章男副社長も、成瀬の指導を得ながら参戦した。ただしその活動はメーカー主導のレースチームという体制ではなかったことから、予算は限られたとされる。
その後はプロフェッショナルなレーシングドライバーを加えての参戦となったが、なお、社内の技術者やメカニックの手で車両整備を支えた。こうした活動を通じてクルマを鍛え上げ、豊田社長が提唱した「もっといいクルマをつくろうよ」というトヨタのクルマづくりにつながっていくことになる。
モータースポーツ活動では、世界選手権のほか、クルマ好きが楽しめる入門レースまで、幅広く関わっている。近年は、豊田社長自ら運転する水素エンジン車での耐久レース参戦もはじめた。ほかに、トヨタ社員による5大陸走破なども2020年まで実施していた。
トヨタ以外の国内メーカースポーツブランドの魅力
こうしたGRの活動に比べると、ニスモは、1960~70年代にかけて日産の宣伝部に所属するレースチーム(大森ワークスチームと呼ばれた)を母体とし、84年に設立された。トヨタも日産も、1960年代にはメーカーの威信をかけレースで雌雄を決したが、70年代の排出ガス規制対応で一線から退き、以後、自動車メーカーが主体となる活動は控えられた。
そうしたなか、かつてのメーカー主導と同様に企業を代表するモータースポーツ活動の体制としてニスモは位置付けられた。日産直系といえるモータースポーツの職業集団だ。モータースポーツ活動で得た技術は市販車に適応され、それがニスモのロードカーであり、やがて日産車のサブブランドとして車種構成に加えられるようにもなる。
STIは、1988年に設立された。はじめは、89年にそれまでのレオーネに替わって発売されたレガシィの10万km世界速度記録挑戦を担った。90年には、バブル経済の勢いを得て、水平対向12気筒エンジンでF1参戦も試みている。
また、英国のプロドライブ社と提携し、世界ラリー選手権(WRC)に打って出て、95~97年にはメーカー選手権を獲得した。現在も、ニュルブルクリンク24時間レースへの参戦を続け、クラス優勝を果たしている。基本的にはモータースポーツを軸に、市販車のための高性能部品や、高性能車種の開発に関わってきた経緯がある。
ほかにも、現在の会社名としてはM-TECを名乗る無限は、ホンダの創業者である本田宗一郎の息子の本田博俊らが1973年に設立し、2輪や4輪の高性能部品の開発と販売を行いながら、92年にはホンダの第2期F1活動でのエンジンを引き継ぎ、F1活動をはじめた。2003年に社名をM-TECへ変更し、無限の名は商標として使用している。
こちらも、母体は技術を売りとした集団で、F1をはじめとするモータースポーツとの関りを通じて、その技術を市販車に適用する立場をとる。
マツダスピードは、1968年にマツダオート東京がモータースポーツ相談室を設けることにはじまり、モータースポーツ参戦の支援を行いながら、やがてル・マン24時間レースへ参戦するようになって、日本の自動車メーカーとしてはじめて91年に勝利を収めるなど、モータースポーツが活躍の中心になっていた。
三菱自動車工業のラリーアートは、三菱のラリー活動を支えるため1984年に設立された。そして三菱の高性能車種に、ラリーアートの称号を与えられた。
GRはクルマ好きから愛されるブランドとしての地位を持っているのか
「お客様を虜にするカローラを取り戻したい!」という豊田社長の強い思いで、開発が始まったGRカローラ。写真は豊田社長自らが試作車のハンドルを握り、強くこだわりを持つ野性味を追求した「モリゾウエディション」
それぞれの背景に多少の違いはあっても、モータースポーツ活動を軸に誕生したブランドであるのに比べ、GRは、当初の中心人物であった故・成瀬が、トヨタのクルマをよくしたいとの思いからはじまったところに独自性がありそうだ。
市販車をよくするための延長にモータースポーツがあり、今日では、スポーツカーとしての名称であったり、世界選手権などでのモータースポーツ活動であったりしている。そして故・成瀬の志を継承しようとする豊田社長の思いが強く働いていそうだ。
したがって、その目線の先にあるのは、クルマ好きな消費者ではないか。たとえばGR86とBRZを乗り比べると、乗り味の違いが明確だ。GR86は誰もがスポーツカーと意識しやすい硬い乗り味や、運転操作に素早く応答する感覚を重視した狙いを感じる。GRヤリスは、世界ラリー選手権に参戦するヤリスの姿を容易に重ね合わせることができ、特別な存在であることが一目でわかる。
幅広い消費者に身近に思わせるスポーツカーブランドをGRは目指しているのだろう。マスタードライバーである豊田社長の感性も活かされていると思うことができ、熱烈な支援者が誕生しているようだ。
その豊田社長は、2021年12月に開かれたBEV戦略説明会で、記者の質問に答え「いままでのトヨタのBEV(バッテリーEV:燃料電池車と区別するための呼称)には興味がなかった」と、苦笑をまじえながら述べた。しかし続けて、「これからのBEVには興味がある」と付け加えている。
ドイツのスポーツメーカーであるポルシェは、タイカンというEVを売り出した。プレミアムブランドを自認するアウディは、ダカールラリーにe-tronで参戦し、総合成績は9位であったが、区間タイムで最速を記録した。その姿を、2022年の覇者であるトヨタのチームは目撃しているだろう。
欧米のクルマ好きは、エンジン車であろうがEVであろうが、乗って楽しめれば共通の仲間であり、あるいは俊足の腕前でなくても、たまにサーキットを走るといえば、会話が弾む。
いっぽう、日本では、クルマ好きといえば、エンジンの仕様や馬力、あるいは変速機の段数やサスペンションの仕組みなどに詳しい愛好家を指すことが多い。そしてEVは、単なるモーターとバッテリーの組み合わせで、排気音もなくつまらないものと排除しかねない言葉を耳にすることがある。サーキット走行の話になれば、何秒で周回できたかで腕前がはかられ、単にサーキット走行を楽しむだけでは素人と見下す空気を感じることもある。
豊田社長はマスタードライバーであるのだから、EVという新しい挑戦に自ら「面白いEVの走りはこれだ」と示せばいいのではないだろうか。そうした潜在能力を掘り出してこそ、単なる評価ドライバーではなく、マスターの称号を与えられるのだろう。故・成瀬も、クルマとは、という理想的な全体像を描いていたのではないか。
現在、GRはGR/GRスポーツ/GRMNとして9車種を揃え、軽自動車からピックアップトラックやSUV(スポーツ多目的車)も含まれる。そこにGRbZ4Xが加わるなら、動力や仕様を問わず、GRが存在することでクルマの未来は明るいものと思えるのではないか。
EVは、エンジンの1/100ともいわれる応答に優れたモーターと、床下にバッテリーを車載することによる低重心、そして前後重量配分を均等に近づけられるという、根本的な潜在能力がある。マスタードライバーの豊田社長に、ぜひその本質的魅力を引き出していただきたいものだ。
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