歴代スカイラインで唯一、サーキットで戦うことができなかったケンメリGT-R
1964年に鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリにおいて、ポルシェ904を相手に健闘、一時はトップに立って見せたことで、モータースポーツにおける栄光の歴史を刻み始めた名車がスカイラインです。
中でも、69年に登場したスカイラインGT-Rは、デビューレースの当日、全国紙の朝刊に『今日デビュー!』と謳った全面広告を掲載するほどパブリシティにも力が入れられていました。実際のレース展開ではトヨタ・ワークスドライバー、高橋晴邦選手が駆るトヨタ1600GTがトップチェッカーを受けたものの、日産サイドのアピールによって走路妨害のペナルティが課され、結果的に1-2フィニッシュを飾るという、いわく付きでしたが、何とかデビューレースウィンを飾っています。
そしてそこからGT-Rの快進撃が始まることになっていきます。70年には2ドアハードトップ(H/T)が登場しH/Tに移行したGT-Rはレースでも大活躍。マツダのロータリー軍団と死闘を繰り広げ、最終的にはこれに敗れてしまいますが、栄光の歴史を刻んだのは間違いありません。
モデルチェンジでより大きくのケンメリが登場したが
ベースモデルから4か月遅れて2ドアH/TのGT-Rが登場することになるのですが、実はその3か月前、72年の10月に行われた第19回東京モーターショーにはレース仕様のGT-Rが参考出品されていました。
先代のGT-R(PGC10とKPGC10)は70~71年に、2年連続でツーリングカーレースを制圧していましたが、72年のモーターショーでは70年にシリーズ全戦で優勝を飾り、パーフェクトで全日本ツーリングカーチャンピオンに輝いていた高橋国光選手もプロモーションに参加していました。
その時に用意され振る舞われた、レーシングスーツ姿の国光選手とレース仕様のケンメリの2ショットに彼のサインが入った下敷き。それを田舎のモーターショーで手に入れたレース小僧の高校生だった小生にとっては、大変な宝物となったことを、今でも鮮明に覚えています。
それはともかくケンメリGT-Rです。メカニズムを紹介していくと、フロントがマクファーソンストラット、リアがセミトレーリングアームをコイルで吊った4輪独立懸架。サスペンションは先代モデルの基本デザインを踏襲し4気筒モデルではリアがリーフリジッドというのもC10系と同様でした。GT-Rに関していえばブレーキが、先代のディスク/ドラムから強化され4輪ディスクブレーキが奢られていました。ちなみに4輪ディスクブレーキを採用したのは国産車ではこれが初めてでした。
3サイズは全長=4460mm×全幅=1695mm×全高=1380mmで、ホイールベースは2610mm。これは先代GT-R(2ドアH/TのKPGC10)に比べて、それぞれ130mm×30mm×10mmサイズアップされ、ホイールベースも40mm延長されていました。そして気になる車両重量は1145kgでこれも45kgも重くなってしまいました。
ロードゴーイングの世界ではともかく、レースにおいてはボディのサイズアップと重量増加はマイナスポイントで、しかも先代のGT-Rで4ドアセダンから2ドアH/Tに移行した際に全長/ホイールベースをそれぞれ70mmずつ切り詰めたことで「(2ドアH/Tの)ハンドリングは最高だった」とワークスドライバーの多くが高く評価していた操縦性能に関してはネガティブ要素ではありました。
激戦のレース現場での対応策
実はそれから20年余り経ちスカイラインが8代目のR32系から9代目のR33系に移行した際にも、これと似たような状況があります。名車の誉れ高いR32GT-RはGr.A仕様で戦われた全日本ツーリングカー選手権で29戦29勝、N1耐久シリーズで29戦28勝と他を圧倒する成績を挙げ、まさにツーリングカーレースの王者に君臨していました。その後継モデルとして95年の1月にR33GT-Rが登場したのですが、一回り大きくなったボディと約100kg重くなった車重がネガティブな評価に繋がったのです。
ただし実際には様々な電子デバイスが進化し、またレースではクルマの改造範囲がGr.Aに比べて大きく広げられている全日本GT選手権(JGTC)を主戦場としていたことで、パワフルで十分なパフォーマンスを発揮しながらも大きく重いというネガな要素を持ったRB26DETTエンジンを後方の低位置にマウントし、ミッションをデフと一体化してリアアクスル上に移動してトランスアクスル化するなど、いろいろな手法を用いて競技車両としてのパフォーマンスを高めていったのです。その結果、JGTCではライバルと激戦の末、95年と98年にシリーズチャンピオンを獲得しています。
ケンメリGT-Rは実戦にすら臨めず
しかし、2代目となるケンメリGT-Rの場合はサイズアップ重量増への対応策は簡単にはいきませんでした。そもそも当時のレースでは参戦するカテゴリーが特殊ツーリングカー(TS。FIAの規定ではグループ2)でしたから、エンジンの搭載位置を変えることなど認められていませんでした。また電子デバイスなどもまだまだ一般化されておらず、エンジンをチューニングしてパワーアップし、ボディに軽量化を施すとともに、サスペンションを固めてロール剛性を高めることくらいしか、手を施すことができなかったのです。
それでも、当時のモータースポーツ専門紙には富士で日産ワークスがテストを行った、との情報もありました。日産ファンやスカイライン/GT-Rファンにとっては新たに登場するケンメリGT-Rが、ライバルのロータリー軍団に一矢報いる日を心待ちにする日々が続いていたのです。
しかし結局、ケンメリGT-Rがレースに出場することはありませんでした。そもそものポテンシャルが云々される以前に、当時のメーカーにとっては排気ガスの浄化など、クルマそのものに関しての対策が急務とされていたのでした。
時代の流れや一般ユーザーの趣向もあって、モデルチェンジを機に大きく重くなったケンメリGT-Rは、移り変わる時代に翻弄されるように、サーキットに姿を現しレースで活躍する機会さえ与えられませんでした。
「空力的には先代に比べて有利だったのでは?」との説もあり、先代も得意にしていた、そしてライバルが比較的に苦手としていた富士のフルコースでは、マツダRX3達のロータリー軍団との好勝負を見せてくれたのでは、と当時の国内レース界への想いが蘇ってきます。そして、それを想うと、レース参戦の機会さえ与えられなかったケンメリGT-Rが不憫ですらあります。とまぁこれは、年老いたレース小僧の繰り言かもしれませんが…。
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みんなのコメント
たぶんGT-Rがレースに出てもサバンナには勝てなかっただろうし、出てたら此処までの人気にはならなかったと思う。