もくじ
ー 破壊的デザイナー 新たなデザインビジョン
ー サイクル・オブ・ライフ
ー 変化が必要 大きなチャンス
ー コンセプトモデルはこれからも 新たなデザインフェーズ
ー 番外編1:ヴァン・デン・アッカーに訊く
ー 番外編2:重要なモデルたち
英国試乗 マツダ3(日本名アクセラ)正常進化を確認 もう少しパワーが欲しい
破壊的デザイナー 新たなデザインビジョン
ルノーのデザイントップを務める、物腰の柔らかな長身のローレンス・ヴァン・デン・アッカーを見ても、決して革新的なデザイナーだとは思わないかも知れないが、彼は、過去10年でもっとも影響力のある、破壊的なデザイナーのひとりだと評価されている。
2009年にルノーへ移籍すると、この人懐っこい53歳のオランダ人は数週間のうちに、30カ国、総勢550人の才能あふれるデザインチームをまとめ上げて、ルノーデザインの新たな方向性を創り出すとともに、金融危機の影響に苦しむ経営チームに、その見事な成果を認めさせることに成功している。
驚異的なペースで、彼はすべてのルノー製モデルのスタイリングを刷新し、数々の見事なルックスを持つモデルをデビューさせると(と同時に、それまでのスタイリングを過去のものにしている)、このフランスのカージャイアントに、彼でなければ成し得なかった復活の道筋を与えている。
さらに、ヴァン・デン・アッカーと彼のチームは、ルノーが長く信奉していたものの、近年失われていた、エモーショナルなデザインの価値を復活させるべく、素晴らしいコンセプトモデルたち発表しており、その流れはいまも続いている。
「われわれのコンセプトモデルというのは、これからもエモーショナルなデザインで、お客様を魅了し続けるという、ルノーの意志の表れです」とヴァン・デン・アッカーは話す。
革新的な自動車デザインという考え方は、決して目新しいものではない。通常、新しく就任したデザイナーは、扱い易いモデルから新たなデザインの適用を始め、保つのが難しいスタイリングの一貫性というものを期待しながら、モデルレンジ全般へと広げていくものだが、ヴァン・デン・アッカーがもたらした重要なイノベーションであり、彼が、これまで数々の偉大なデザイナーたちに与えられてきた2019年のスターメーアワードを受賞する理由となったものこそ、彼が創造し、ルノーの全モデルへと適用したデザインビジョンに他ならない。
サイクル・オブ・ライフ
ルノー製モデルは「voitures ・・ vivre/cars for living(ともに生きるクルマ)」として、すべてのモデルが、家族にとって特別な役割を果たしているのだと、彼は話す。
ヴァン・デン・アッカーの中心となるデザインビジョンによれば、人生のさまざまなステージは、人生そのものを中心に持つ、「サイクル・オブ・ライフ」というマーガレットの6つの花びらで表現することができると言う。
最初の花びらが表すのは「愛」であり、人生を前進させるものであり、さらに「冒険」から、「結婚」、「家族」、「仕事」、「バカンス」、そして「経験」へと繋がっている。それぞれがルノーのモデルと関連しており、そのすべてがそれぞれ関係している。つまり、商用車のルノー・マスターはクリオやエスパスといったモデルとも繋がっており、トゥインゴやキャプター、その他さまざまなモデルとも、関連しているということだ。
ヴァン・デン・アッカーのルノーでの挑戦は、2008年後半、マツダで見事なキャリアを築いていた時、突然ルノーからデザイントップのポジションをオファーされたことがきっかけだった。世界中が過去数十年で最悪の金融危機に苦しんでおり、不確実性が広がるなか、ヴァン・デン・アッカーは当時ルノーのトップを務めていたパトリック・ペラタからの、「偉大なクルマを作って欲しい」という、シンプルな依頼に触発されたのだ。
ペラタのオファーは完ぺきだった。2009年2月に彼はルノーへの移籍を決断し、(1カ月間フランス語に磨きをかけた後の)5月からは退任するデザイン責任者のパトリック・ルケマンからの引継ぎを受けるとともに、9月には後任の座に就いている。
「ルノーのデザインは驚くほど高い評価を受けています」とヴァン・デン・アッカーは話す。「すでに初日から、素晴らしい才能を持ったひとびとが揃っていることが分かりました。パトリック・ルケマンがルノーのデザインを一段高いレベルへと引き上げています」
「デザイナーはエンジニアリングや商品開発に責任を持つ立場ではありませんが、CEO直轄の部隊です。しかし、非常に厳しい時でもあり、まるで、世界がひっくり返るかのように感じていました。そして、長年ルノーを愛してくれたお客様が、ルノーのモデルから離れていってしまっていたのです」
変化が必要 大きなチャンス
ルノーの見事なコンセプトモデルと、まったくそれとはかけ離れた市販モデルとの違いを批判するひとびともいた。
「変化が必要なことは明らかでした」とヴァン・デン・アッカーは話す。「わたしは新参者であり、時間も限られていました。ルノーの本質を理解するために時間をかけているような余裕はなかったのです。何かが必要でしたが、同時に、ハネムーン期間があるだろうとも思っていました。それでも、金融市場の状況を考えれば、それも決して長いものではないと思っていましたが、一方で、最初のアイデアが受け入れられないことなどないことも、経験上分かっていました」
「このチャンスを、もっとも早くインパクトを与えることのできるコンセプトモデルという形で、最大限活用しようと決めました。新たな方向性と、新たなデザインのDNAを示す必要があったのです。さらに、将来に対する自信を表現する必要もありました。その結果、誕生したのがデジールと呼ばれた2シーターのコンセプトスポーツカーであり、就任した最初の年の後半には、パリのモーターショーで公開することができたのです」
デジールは大きな注目を集めることに成功している。それまでのルノーの量産モデルとはまったく異なる、美しく、現代的なクーペモデルであり、繊細な曲線と人体のような滑らかなボディが特徴だった。このコンセプトモデルとともに、ヴァン・デン・アッカーは彼の「サイクル・オブ・ライフ」というアイデアを明らかにしており、このクルマは「愛」を象徴するものだと彼は話している。
「驚きをもたらすために、デジールは必要なモデルでした」とヴァン・デン・アッカーは言う。「理知的なモデルではなく、単に美しいモデルであれば良かったのです。チームには、ふたりのための豪華なデザインにして欲しいと頼みました。そして、彼らからの回答がこのモデルだったのです」
なかには、危機にあって、こんなエキゾチックなコンセプトモデルに何の意味があるのかと批判する声もあったが、ヴァン・デン・アッカーは、デジールと、将来的なルノー製モデルの関連を示すことで、そうした声を抑えむことに成功している。
「ドイツ車はまさにゲルマン的です」と彼は説明している。「そして、フォードやヒュンダイは非常に動的なデザインを持っています。ですが、主要なモデルのなかで、かつてはアルファ・ロメオやフィアットが得意としていた、官能的でゴージャスなデザインというものが失われており、われわれにとっては大きなチャンスでした」
「幸いにも」と、ヴァン・デン・アッカーは言うが、彼がルノーのデザイントップに就任した時、4代目クリオの開発は初期段階にあり、まさに、ルノーの新たなデザインを表現するには完ぺきなタイミングが揃っていた。デジールのコンセプトは、ルノーのベストセラーであるクリオで最初に試されることで、まさに最高のテストとなった。「人気モデルになるといのうは大変なことです」と彼は言う。
「ポルシェのデザインだけをやりたがるようなひとびともいますが、最初にクリオで試すことができたのは幸いでした」
コンセプトモデルはこれからも 新たなデザインフェーズ
2012年、新型クリオが熱烈な歓迎のなかデビューすると、デジール公開から2年後となる2013年には、クリオをベースとしたキャプチャーが登場し、さらに大きな喝さいを受けている。キャプチャーは、クリオのデザイン言語を、急速に拡大するBセグメントSUVクラスのモデルとして見事に表現することで、すぐにクラス最高のデザインと評価され、ルノーの販売回復に貢献することとなった。
ヴァン・デン・アッカーの「サイクル・オブ・ライフ」という人生とクルマに対する考え方は、いきなりすべてのルノー製モデルでも見られるようになり、「愛」から「冒険」、そして「家族」へと繋がっている。
それでも、トゥインゴやゾエ、エスパス、トラフィックといった、ルノーのモデルすべてで、同じように「サイクル・オブ・ライフ」のデザインが活かされているというわけではなく、デジールとクリオ、そしてキャプチャーという、最初にヴァン・デン・アッカーのコンセプトが反映された3台と比べると、以降のモデルには、より控え目で、より常識的なデザインが採用されていることに気が付くだろう。
ヴァン・デン・アッカーのもとからは、数々の魅力的なコンセプトモデルも登場しており、当初は、2010年のデジールにように、新たなスタイリングとデザイン哲学を知らしめるためのものだったが、後に、こうしたデザインの進化はこれからも続くことが明らかにされている(2016年のトレザーと2018年のEZ-GOがそうだ)。
さらに、数カ月前からは、新たなデザインフェーズが始まっており、市場をリードするという意志と、ヴァン・デン・アッカーに対する敬意で深く結びついた、彼と彼のデザインチームは、初めて自らのデザイン言語を再構築したモデルとなる、5代目クリオを登場させている。それでも、ヴァン・デン・アッカーは、自らの作品を見つめ直す機会は貴重だと語る。
「1世代で成功したくらいでは、強いブランドを創り出すことなどできないのです」とヴァン・デン・アッカーは言う。「最低でも2世代は必要です。最初の世代で課題を克服し、次の世代で安定と力を得ることで、お客先にさらなる魅力を提供することが可能になります」
では、その後はどうなるのだろう? 「3世代目を手掛けることになるかも知れませんし、他のデザイナーに新たな息吹を吹き込んでもらうかも知れません。デザイナーはつねに謙虚さを失ってはいけないのです。わたしがこのまま3世代目をデザインすべきかどうか、検討する必要があります。ですが、いまはまだその時期ではないでしょう」
番外編1:ヴァン・デン・アッカーに訊く
キャリアにおける挑戦
「いままでのキャリア全体が挑戦だったと言えるでしょう。ドイツではデザインを、日本ではマネージメントを学びました。マツダでの日々は素晴らしいものでしたが、ルノーには大きな可能性がありました。わたしで良かったのでしょうか?」
デジールのデザイン
「チーム全体でデザインを始め、7つの案からすぐに4つに絞り込み、最終的にそのなかのひとつを採用しました。最初のコンセプトモデルとして、ゴージャスなものである必要がありました。デジールとクリオの作業は並行して進めています」
ルノーにおける初期の課題
「何が間違っているのかを把握する必要がありました。スタッフ? 社内政治? マネージメント? 多くのひとびとがルノーを愛していましたが、その対象を失っていたのです」
「サイクル・オブ・ライフ」
「最初の2週間でこのコンセプトを創り出しました。新参者として、時間的な余裕はなく、一刻の猶予も許されませんでした。24時間全力で取り組めば、多くのことを成し遂げることができます」
ルノートップへのデザイン提案
「パトリック・ペラタには直接会って、サイクル・オブ・ライフのアイデアを説明しました。彼は怪訝そうな表情を見せましたが、何も言いませんでした。ノーと言わなければ、それはイエスであることを学んだのです」
フランスらしさとは
「働くのはフランスが7カ国目です。しばらくすれば、つねに質問し続けるよりも、努力して文化を理解したほうが、より早く仕事を進めることができ、より充実感が得られるということが分かるようになります」
仕事の厳しさ
「550人のチームで、同時に50から60のプロジェクトを並行して進めています。フェイスリフトや、ショーモデル、先行プロジェクト、そしてニューモデルなど、やるべきことは大量にあるのです」
ハッピー・ルノー
「最初にルノーはつまらない、悲しく、灰色だと言われました。ですから、豊かな色彩を取り戻す必要があると確信したのです。ルノーは人生に楽しみをもたらす存在でなければなりません」
デザインの成果
「ルノーにとって、なにか素晴らしい仕事をしたとすれば、それはサイクル・オブ・ライフのコンセプトを創り出したことだと思います。このコンセプトが、ニューモデルで成し遂げることのできた成功のもととなったのです」
失敗
「カーデザイナーというのは芸術家ではありません。会社と状況に応じたデザインをするのであり、自分自身のためではありません。そのことを理解するにはしばらく時間が必要でした。その成果はあきらかです」
番外編2:重要なモデルたち
ルノー・デジール
ヴァン・デン・アッカーが最初に創り出したこのゴージャスなコンセプトモデルは、2010年以降のルノーデザインの方向性を示すとともに、すべてのモデルレンジに適用される、「サイクル・オブ・ライフ」のアイデアを表現していた。
ルノー・クリオ4
デジールのデザインから影響を受けた最初の量産モデルであり、市場から熱狂的に受け入れられたモデルだ。「簡単に見えるかも知れませんが、実際はそうではありませんでした」とヴァン・デン・アッカーは話す。
ルノー・キャプチャー
BセグメントSUV市場を創り出したこのモデルは、クリオとデジールの持つ高いデザイン価値が、いかにこの小さなソフトローダーにも反映することができるかを見事に証明しており、大成功を収めている。
ルノー・トレザー
もうひとつの2シーターコンセプトモデルだが、デジールよりもはるかに先進的な存在として、電動パワートレインと自律運転機能を備えている。刺激的な未来を象徴するデザインだ。
ルノーEZ-GO
2018年発表のこのコンセプトモデルは、携帯電話で呼び出し可能な、四輪操舵システムを備えた6シーターのアーバンシャトルだった。自律運転モデルのデザインも、決してつまらないものではないということを示している。
ルノー・クリオ5
ヴァン・デン・アッカーがルノーで初めて手掛けたクリオ4に替わるこの5代目では、先代の強みをさらに活かすとともに、「課題の克服」を目指している。完ぺきなデザインなど存在しないと、このクルマのデザイナーは言う。
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