戦略変更のため敵の密集海域を乗り越えることに
今年は第二次世界大戦の終戦から80周年の節目の年となります。この大戦では、明らかにに無謀そうに見えて「なぜこの作戦が成功?」と思うような不思議な戦いもいくつかありました。そのひとつともいえるのが、ドイツ軍が実施した「ツェルベロス(ケルベロス)作戦」です。
【現在も残る…】これが、ビキニ環礁に眠る「プリンツ・オイゲン」(画像)
1942年2月に実施されたこの作戦は別名を「チャンネルダッシュ」とも言われます。それは、イギリス海峡(イングリッシュ・チャンネル)を猛速でドイツ艦艇が通過したからです。
1940年6月以降、フランスまで支配下に置いたドイツは、商船などを対象とした通商破壊を戦艦や重巡洋艦など、比較的大型な艦にも担わせていました。しかしこれらの作戦行動は、圧倒的な海軍力を持っていたイギリス海軍と対峙するということでもありました。
1941年5月にドイツは崩壊の危機を脱したイギリス軍相手に、手痛い打撃を受けることになります。大西洋上の交通を遮断しようと実施したライン演習作戦では、イギリス軍の戦艦と空母の集中攻撃を受け戦艦「ビスマルク」を失い、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」も満足な結果を出すことなくフランスのブレスト港に引き返しました。
日を追うごとに強くなるイギリス海軍の圧力に、ドイツの総統ヒトラーは、これ以上自国の軍艦を失うわけにはいかないと、通商破壊は潜水艦(Uボート)中心に切り替え、フランスのブレスト港を母港として北大西洋で活躍していた巡洋戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」などの大型艦をドイツのキール港に移動させるように命じました。これが「ツェルベルス作戦」です。
出航直後に捕捉されるが運が味方する
しかしこの作戦には大きな問題がひとつありました。
ブレスト港からキール港までを最短で結ぶルートは、イギリスとフランスの間にあるイギリス海峡を通過しなければなりません。同海峡内で最も狭いドーバー海峡のフォーランド・パ=ド=カレー間は幅約34kmしかありません。河川ならばともかく、海の場合は目と鼻の先です。そこにイギリス側は、艦艇や航空機だけではなく、沿岸砲まで装備する厳戒態勢を敷いていました。このような状況のなか、ドイツの艦艇は自国に帰らなければならない事態に陥ったのです。
当然、ドイツ海軍の将校たちは「ツェルベルス作戦」の中止を求めました。同海峡の制海権は既にイギリスにあり海域の中央突破など成功するはずもなく、成功したとしても大損害は免れないと予想できたからです。
しかし、ノルウェーの支配維持のために海軍力が欲しいヒトラーは、どうしても首を縦に振りませんでした。こうして、ドイツ海軍は、困難な海峡突破に挑むことになったのです。
1942年2月11日夜、巡洋戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」と6隻の駆逐艦は、ブレストの港を出港しました。前述のようにドイツ海軍高官はこの作戦に最初反対でしたが、ブレスト港もすでにイギリス空軍の爆撃圏内に入っており、連日爆撃にさらされていたため、最終的には“イチかバチか”でこの作戦を実行することになります。
そのようななか、同作戦の唯一の望みはドイツ空軍の支援でした、当時のドイツはまだソ連侵攻を始めておらず、海峡突破のために有力な空軍力を割くことができました。
とはいえこれだけ大規模な艦隊を隠密的に航行させることは困難で、ブレスト港を出た直後にイギリスの偵察機に捕捉されます。しかし、ここでドイツ軍に幸運が味方します。
偵察機のレーダーが故障(無線を傍受される危険回避のために帰還語報告したという話もあり)しており、無線での連絡をできなかったのです。偵察機が帰還する間に、ドイツ艦隊は貴重な時間を稼ぐことができ先に進むことができました。
偶然がかさなり奇跡的にキールに到着するも…
翌日12日午前10時には、ドーバー海峡突入直前で偵察していた「スピットファイア」に発見されます。偵察機の報告を受けたイギリス海軍はただちに高速魚雷艇を発進させるも攻撃は失敗。さらに、魚雷を積んだ雷撃機の「ソードフィッシュ」6機も出撃しますが、これらの飛行速度が遅かったため、迎撃態勢を整えたドイツの戦闘機と艦艇による対空砲火の前に全機が撃墜されます。また沿岸砲からの砲撃も実施しましたが、これも視界不良で命中させることができませんでした。
そして14時30分過ぎ、ドイツ軍艦隊はドーバー海峡を通過します。海峡突破の際に、「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」が触雷しましたが、奇跡的に損害は軽微。さらに応急修理の間に、イギリス空軍の爆撃部隊に襲われるも、爆撃による損害はゼロという結果でした。
いくつもの奇跡のような出来事が重なり、ドイツ軍艦隊は白昼堂々ドーバー海峡の突破に成功。キールの港に帰還しました。対するイギリス軍の面目は丸つぶれで、市民からは非難の声が殺到したため、この戦いに参加したパイロットに勲章を与えるなどして、その面目を保つために躍起になったといいます。
こうして、自国に戻り、戦力の立て直しを図ることになったドイツ海軍ですが、実際そううまくはいきませんでした。キールの港は細い海路の奥にあり、海軍力に勝るイギリスとの艦隊決戦を避けるため、ほとんど“袋のネズミ”状態であった艦艇はブレスト港と同様、やはりここでも爆撃の憂き目にあってしまうのでした。
このツェルベロス作戦は戦術的には奇跡の大勝利を収めたといっても過言ではありません。しかし、戦略的にみると大失敗でした。「グナイゼナウ」は、キールで空襲を受けて大破し、その後廃艦に。「シャルンホルスト」と「プリンツ・オイゲン」は空襲を恐れて別の港に退避しますが、その後は大きな活躍もなく、終戦を迎えることになりました。
ちなみに、同作戦に参加した「プリンツ・オイゲン」は戦艦「長門」と共に戦後、アメリカ軍のクロスロード作戦で核実験の標的になった艦でもあります。
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みんなのコメント
長門とゆかりなんて、こじ付け過ぎ。
明らかに無理でしょ。
キール軍港への移動は賭けとはいえ、成功すれば次の一手に繋がる筈でした。
そういった意味ではヒットラーの命令は『総統』という立場から見れば、まともだったと思います。
が、問題は制海権がイギリスに握られた大西洋では、活躍の場が限定的だったこと・・・
また、ビスマルクの同型艦であるティルピッツを含め残存艦艇の損失を恐れるあまり、作戦らしい作戦に従事させず、宝の持ち腐れ状態にしてしまった事がドイツ海軍、最大の汚点でしょうね。
尚、ドイツも日本も首都が焼け野原になるまで戦争を続けましたが、そうなる前に降伏する機会はあったのにと、思わずにはいられませんね・・・