マツダ カペラ のみんなの質問

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マツダにおける暗黒時代は、次のうちどちらだと思われますか?

第一次、第二次オイルショックの時期に、当時7車種も展開していたRE車が高性能を誇っていたものの燃費の悪さが諸刃の剣となり、販売不振に陥ってしまった時。

バブル期にトヨタや日産の真似をして、マツダ、アンフィニ、オートラマ、ユーノス、オートザムという5系列の販売店舗を展開したが、急展開に伴う商品力の弱さとバブル崩壊に伴う不況の波をもろに被って販売不振に陥ってしまった時。

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ベストアンサーに選ばれた回答

どっちもキツかったでしょうね(^^ゞ
排気ガスがクリーンだともてはやされてたらオイルショックで一気に悪者扱いですからね(・_・;)
「ロータリーはもう乗れない」って言ってた方も多かったそうです。
なんせ当時のサバンナ、カペラあたりでちょっと踏めばリッター5km以下は普通でしたから。

バブル期もヒドかったですね~(^_^;)
車種増やさなきゃいけないからやっつけで作った車がまあボロいこと。
ロードスターのドア内側のノブなんて軽でもないぞって思えるぐらいヒドいクオリティでしたし。
20Bのユーノス・コスモ試乗してその加速は驚きでしたけど。
どっちがより苦しかっただろ(?_?)
バブルかなやっぱ、真剣に会社危なかったと思いますので。

その他の回答 (2件)

  • やはりバブル期の多チャンネル化失敗でしょうね。地域によっては今で言うレクサスの様な高級販売店も有りましたから、その店舗の一月の電気代金が数百万円…って当時の店長に教えて貰った記憶が有ります。
    その店でコスモ20Bを購入しましたが、満タン82L(ハイオク)で走行距離は200kmチョイしか走れませんでしたから…車もバブルでした…。あの時代やロータリーにこだわらなければ、今頃はもっと大きな会社になっていたでしょうね。

  • 多チャンネル化の時期です。まさにバブルでした。次々と兄弟車を出し、販売店を増やしてました。結構いい場所に構えたり、ショッピングモールのようなところにあったりね。車自体は悪くなかったし、デザインも良かったんで得られたものもあったけどね。

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