ホンダ シビック のみんなの質問

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ドリフト行為の歴史とは…30年前は峠でのローリング行為、ゼロヨンやシグナルGPなどの走り屋が流行り出した頃、モータースポーツでいう観客(ギャラリー)が走り屋に憧れを持つ人も多かったのでは?

所構わずキーキー騒音を立てる飛ばし屋は住民からすると暴走族と同じ分類とされる。
ほとんどのギャラリーや走り屋の皆さんは周りからは迷惑と思われてることを自覚していますが。ギャラリー=
走り屋っていうのには疑問符がつきますが、ギャラリーから走り屋へ、実際なる人も多かったと思います。
F1中継が全盛期の時代(1991年)って、街道レーサーの大物になることを志すよりも、走り屋としてテクニックを披露してた人がまだまだ多かった方でしょうか。
90年代公道レースのルーツ
元年〜1993年は違法レースは情報も90年代半ばほど流通しておらず、公道で飛ばす(飛ばし屋)が2輪と4輪のローリング族が各地から集まってきたので特に分類はなくゼロヨンを楽しむ者と駐車場でのスピンターンを楽しむツイスト族に分類されます。ルールは地域によって違うのかもしれませんが
90年代初頭は世界各国でガソリンが高騰していたため、ジムカーナやサーキットなどの競技場に行くお金をチューンやガソリンに多く費やしてしまう傾向にあった。「湾岸戦争の影響」
古典的なストリートレースとして有名なのは信号が変わったら発進するドライバー(グリッド、ルマン式スタート含む)シグナルGPX族。なぜかシビック、AE86といったルーレット族御用達の車が多い。海外でいうスポーツコンパクト(別名ライスバーナー)
当時の若者はスキーブームだったので冬になるとデートカーでスキー場へ行くなど中にはセリカRCやパルサーGTIなどのラリー屋も地域によって存在した。
93年以降は峠や埠頭でのローリング行為はドリフト走行をしてテクニックよりパフォーマンスを重視とする(魅せり屋)も登場する。
やがて走り屋の中でも軟派へと移り変わるドリフト族は日本のハイラックスやビッグホーンをはじめとしたSUVブームに乗り出した免許を取りたての若者が県道から山頂へ行きつけの麓の湖に行く間際に走り屋の車と遭遇したことでドリフトとカスタムといったカルチャーが定着する。
一方ギャラリーの若者は野次馬から度胸試しと思う人もいればジェットコースターやお化け屋敷などデートスポットとして峠に来る人が急増。女性で走り屋をやってる人も現れはじめる。
その時代は湾岸族を醸し出させる突出したリアスポイラーとピンクやマジョーラカラーといった派手なオールペンボデーに中古タイヤが特徴。
それ以降はしばらくドリフトするならFR車とされるが、後のWRCブームでランサーやWRXなどが注目され、それまで低迷しつつあったターマック4WD車が峠にも集まるようになる。
一方でドリフト族が流行り出した当時、それまで故意にロードレイジを狙ってパーツや金銭を要求する潰し屋もスポットに向かい単独事故に駆けつけては商売をする。(待機屋)になる傾向があった。
飛ばし屋、魅せり屋の大きな違いはギャラリーがいるかいないかということにある。
ギャラリーがいる場所に限り、一定の区間内でいかに観客を湧かせるかのコーナーが設けられている。例えるならWRCのロードセクションタイムSSなどをPP(パフォーマンスポイント)に置き換えたようなもの。
対して飛ばし屋は目的地も区間も不特定でドライブ中にタイヤを温める、腕試しという事例が多い。
なので飛ばし屋は基本、ギャラリーがいない中で行います。

キーワード
若者の車離れ ビッグホーン ガソリンスタンド ドリフト ゼロヨン WRC ジムカーナ 走り屋 ギャラリー SUVブーム 90年代 F1 ラリー ジェットコースター FR 4WD

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  • 非常に長い質問文なんで私なりの見解書いてみます。(;_;)
    シグナルグランプリは群馬県のある地域でやってましたね、夜間の農道の信号機のある道路で。私の個人的な知り合いの親族の人が参加してたそうですがどこからともなく集まり出してきては自然と始まったそうです。信号機が青に変わると二台揃って発進するゼロヨンレースと言ってました。
    峠の走り屋連中も知ってます。
    茨城県の筑波山とか赤城山の麓辺りでは
    週末の夜間は盛んにやってたそうですが
    。昭和から平成の始め辺りに盛んにやってた人が多いけど所謂ベース車輌(180SX.シルビア、Rx-7、86.ランエボ、等)が中古車として見付かり難い時代になっちゃったし最近の車はメーカーが大人しく作り過ぎたようですからあまり面白みが無いのでしょうね。
    警察の取り締まりも厳しくなり道路自体
    ドリフト出来にくい舗装道路にしちゃってるし。(;_;)
    SUVにしてもスパルタンな仕様車が無く
    インテリ気取りが気軽に扱えるような車輌しか無いですねぇ、やたら高価格帯になっちゃって。(;_;)うちの実家の父親が嘆いてました、三菱ジープの新車ねーかなあ、って。昔は三菱ジープはディーラーで買えたらしいけど。
    ランドクルーザー(80系、70系)なんか
    安価仕様車もあったらしいけど。
    スバル(昔は富士重工)だってレオーネ
    (バンタイプとセダンタイプがあった)4WDは有名だったようですがマイアと言う実用性重視の安価仕様車が販売されてたみたいだけどね。三菱はコルディアとかトルディア?のバン仕様の4WD車輌もあったし。デリカスターワゴンの安価仕様車(4ナンバー仕様車)もあったし。
    私の親族が自動車整備工場経営してたから(今は経営権を他人に譲渡しちゃったらしいけど)何となく書けますが。
    私が幼い頃によく遊びに行ってた記憶が有ります。自動車整備工場に。雇われ整備士の人に遊び相手してもらった記憶は有りますけどね、、何故だか?。(;_;)

  • 歴史って定義するのは難しいと思います。
    『人が2人いれば競争する』
    というのを何かで読んだことがあり、自然発生的なものではないでしょうか?
    日本だけでなく、海外でも大きなレースだけでなく、草レースから峠を攻めるといったものはありますし(むしろ海外の方が盛り上がって、そのままレースイベントになったものとかもありますし)。

  • 昔はタイヤのグリップも低く、舗装状態も良くなく、空力もなかったので、ドリフトするのは当たり前だっただけでは。

  • 30年前から走ってた者ですが、「そんなヤツいたの?聞いたこと無い」と思うようなのがかなり混ざってますね。

    書かれてるのだから存在したのかも知れないけれど、ルマン式スタートのシグナルGPなんて全然知らないし、駐車場のスピンターンなんて単なるドリフト初心者の練習で、ツイスト族なんて初めて聞きました。

    ローリング族とかも取り締まる側やマスコミがそう呼んでいただけで、走ってた連中は「そんな恥ずかしい名前つけるなよwww」的な感覚でしたしね。

    ギャラリーから走り側に憧れる人も多かったけど、走ってるヤツも自分のいつものコースではないコースをギャラリーしに行くようなことは普通にあったから、ギャラリー車には走り系の車も結構な数いたしね。

    印象として、当時走ってた方ではなく、何らかの資料で当時のことを調べた方?

    多分リアルに走ってた人には違和感ありありだと思いますよ。

    ドリフトはD1等の競技でもFRばかり。

    ドリフトしたくて4WDマシンに注目する人はガチ派にはほぼいないのではないかな?

    いるとしたら漫画でハチロクとバトルしてる4WDドリフトで勘違いしてしまったとか。

    なんか色々違う気がします。

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