2026年からホンダと組むことになり、日本でも注目を集めるアストンマーティンF1。2023年は躍進を遂げ、フェルナンド・アロンソが表彰台の常連となった。しかし2024年は苦労しており、トップ4チームには離されてしまっている。
このアストンマーティンを率いるのが、マイク・クラック代表である。彼は、エンジニア出身の新しいタイプのチーム代表かもしれない。しかしF1での経験は20年以上……そのため自分自身は”恐竜”みたいなもの……つまり時代遅れの人間だと表現する。
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そんなクラック代表に、今年のモナコGPで話を訊く機会があった。前戦エミリア・ロマーニャGPの後、数日間ファクトリーで過ごした後、木曜日の夜にモナコへ到着。そして金曜日の朝、GPレーシングの取材に応じた。
クラック代表はメディア対応を行なうよりも、ガレージにいて本来の仕事をこなしていた方が落ち着くという。しかしそれでも、コミュニケーションに関しては明確な戦略があるようだ。
アストンマーティンには、ローレンス・ストロール会長やフェルナンド・アロンソといった、個性的な人物が集まるF1の世界の中でも特に個性豊かな人物がいる。しかしそんなチームにも、冷静沈着な人物が必要不可欠。それには、クラック代表はうってつけの人物である。
本当の意味での表彰台の常連になるためには、まだまだ長い道のりがあることを、クラック代表は十分に認識している。そしてクラック代表は、興奮しすぎたり、逆に気を荒立てたりすることもほとんどない。そんな殊勝な存在である。しかしF1での経験が長いにも関わらず、彼の経歴や考え方については、これまであまり知られていない。
時は2000年代初めに遡る。当時のクラックは、ザウバーのテクニカルディレクターを務めていたウィリー・ランプに、数ヵ月間毎週のように電話をかけ、そしてF1での仕事を手にした。当時のザウバーはBMWに買収されたが、クラックはここで約10年間働いた。しかしBMWがF1から撤退したのとほぼ同時にF1を離れ、他のカテゴリーでキャリアを積み重ねた。それから14年後、アストンのオファーを受け入れ、エンジニアとしてではなくマネージャーとしてF1に復帰した。クラック代表の目には、かつてのF1と今のF1は、全く異なるモノとして映っているようだ。
GPレーシング(以下GPR):マイク、F1からどのくらいの間離れていたのか、正確な時間を知っていますか?
マイク・クラック(以下MK):2008年12月から2022年3月まで……つまり13年と3ヵ月だ。
GPR:我々は『F1の今と昔:マイク・クラック版』のようなことをやりたいと思っていました。あなたが他のことに忙しかった間に、F1がどう変化してきたのか、語ってもらいたいんです。
MK:実に興味深いテーマだね。誰もそういうことについて尋ねてこないよ。
GPR:では、マシンの話から始めていこうと思います。
MK:その間にレギュレーションが大きく変わったから、比較するのは大変難しい。しかし最も大きな変化のひとつは、空力に応じてマシンの表面がどう変化したのかということだ。以前、マシンの表面は丸か四角だった。でも今では全ての領域が洗練され、全てに曲面がある。これは風洞技術、視覚化技術、CFD(計算流体力学)などの進歩によるものだ。多くのジオメトリに関する作業が可能になり、15年前には測定とか精度の面で実現できなかったディテールを得られるようになったからだ。
現在のパーツは、許容範囲、重量の面でも、信じられないほどハイレベルになっている。そして残念ながらコストの面でもね。過小評価されることも多いが、例えばフロアをボルトで固定するだけではダメだ。パーツを期待通りに機能させるためには、大変な品質管理が必要だ。鈴鹿でアップデートを投入した時、現場での作業の90%がチェックだけだった。
パーツが届く状態は、以前とは全く異なっている。昔は、新しいパーツが届くと、グラインダーの音が夜中ずっと聞こえたものだ。門限もなかったしね。グラインダーで削って、マシンに嵌め込もうとしていたんだ。でも今ではグラインダーを使うことはない。コースに持ち込まれるパーツは、事前に全てチェックされているからだ。作業時間が制限されているから、準備をしっかりと整えておく必要がある。そして修理も……イモラでは、基本的には2時間で新しいマシンを1台組み上げた。事前の準備がなければ、決して間に合わなかっただろう。
GPR:テクノロジーに関してはどうでしょうか?
MK:主な原動力は、コンピュータの能力だと思う。全てがはるかに洗練され、研究されている。例えばたわみに関する検査だ。以前は、複合材の積層がどのような動きをするのか、予測することは不可能だった。しかし今ではそれは標準的な手法になっている。特定の負荷をかけると何が起きるか、温度の変化によって何が起きるのかが分かる。事前に、より深く理解することができるんだ。レースの戦略も、それに近いものだ。
以前は、予選中の燃料積載量や残り時間など、走行計画を確実に守るために、エクセルのスプレッドシートを使っていた。それはうまく機能していたんだ。でも多くの人間が介入する必要があったんだ。でも今では、全てが自動化されている。例えばセッション中に赤旗が提示された場合には、我々が手にしているソフトウェアで、新しい走行計画が即座に計算される。
エンジニアには、昔と今では異なるスキルも求められる。我々かつて、もっと万能だったんだ。しかし正直に言って、タイヤについてはまったく知らなかった。タイヤは丸くて黒くて、温度と内圧を正しく調整する必要があることは知っていた。でも、それだけだ。タイヤのエンジニアリングに関する現在チームのモデリングと専門知識を見ると、行なわれていることは信じられないほどだった。
今ではあらゆる分野にスペシャリストがいる。かつて毎戦チームに帯同するのは、25人ほどだった。今では100人にもなっている。
GPR:それはチームの規模にも関係していますね!
MK:私がF1を離れた時、チームにいる人数の総数は約400人だった。それでも我々(BMWザウバー)は、当時大きな部類のチームだった。今では、最も小さなチームでも400人を超えていると思う。チームの規模は爆発的に拡大した。また商業面でもね。我々は技術面や製造の面ではよく話すが、商業的な面でも、F1は爆発的に成長したと思う。以前はコミュニケーション担当者がひとり、コマーシャル担当者がふたりか3人で、ゲストを案内していた。今では、全体的にもっと多くの経験を行なうことができるようになった。
GPR:最後に、関わっている人々について……彼らは以前と同じですか?
MK:いや、完全に異なる世代の人たちになっている。誤解してほしくないのだが、過去の方が全て良かったと言っているわけではない。そういう話では全くない。しかし、今とは全然違った。テストやレースの時、1日平均2時間しか眠れないというのは、普通のことだったんだ。
我々は今、年間に24レースを戦う。でも今の人たちは、24レースなんて絶対にやりたがらない。面接した時、最初に質問されることのひとつは『どのくらいテレワークできますか?』ということなんだ。世代も変わったし、仕事環境全体が変わった。我々にとっては、24レースできるかどうかなんて、問題ですらなかった。24レースだけなんだ。たとえ30レースだったとしても……そうだね。我々は恐竜みたいな時代遅れの存在だ。
GPR:フランツ・トスト(昨年までのアルファタウリのチーム代表)が引退したので、そういう時代の人がひとり減りました。でも、なぜ仕事ができる時間が限られているのか、それが理解できない人はまだ大勢残っています。彼らは、ずっとサーキットで過ごしたいわけですからね。あなたもそういうひとりですか?
MK:フランツは極端な例だ! でも、私もそういう人間だ。一方で、時代は変化しているということを受け入れなければいけない。それは、日常生活の中でも分かる。我々は(F1という)バブルの中で日々過ごしているが、15年もバブルの外で過ごすと、見方がまったく変わる。過去に囚われてはいけない。昔はたしかに良い時代だった。でも、時代が移り変わっていく。当時そういうことを話していたら、ジェームス・ハントがいた頃の方がずっと楽しかったと誰もが言ったことだろう。でも、それも時代が違うってだけのことだったんだ。
イモラでのF1チーム代表陣だけのディナーでも、そのことについて話していたんだ。今の世代のジェームス・ハントって誰だろうねと。でもSNSがあるせいで、誰もそういう存在にはなれないということにも気づいたんだ。やることは全て記録されてしまい、どこに行ってもカメラがあるからね。
GPR:今はジェームス・ハントのようなドライバーはいないのですか?
MK:可能性のある人物はひとりいるよ。でも、その名前は秘密にしておこう。
GPR:最近のトレンドでは、エンジニア出身の人物がチーム代表になることが多いように思います。あなたもそのひとりです。アンドレア・ステラ(マクラーレン)やジェームス・ボウルズ(ウイリアムズ)、そして小松礼雄(ハース)もそうです。その理由は何だと思いますか?
MK:昔を振り返ると、チームにとっては商業的に生き残ることが重要だった。オーナーは自分の会社を管理し、自分のお金を使わねばならなかった。それは、他人のお金を使うこととは異なる。でもリバティ・メディアがF1を買収したことで、コスト上限が導入され、テレビやスポンサーシップの収入も上がり、賞金額も増えた……財政面はそれほど心配する必要はないんだ。今は「どうやって生き残っていくか」ではなく、「どうすればこの仕事からもっと多くの成果を得ることができるか」ということが重要なんだ。
最も重要なのは、競争力をつけることだ。それが、多くのお金を稼ぐことに繋がるんだ。そしてそれをどう実現するのか? それは早く行動して、賞金を多く獲得することに他ならない。それを実現する唯一の方法は、パフォーマンスを発揮することなんだ。そのパフォーマンスはエンジニアによって生み出される。それが、エンジニア出身のチーム代表が増えている理由のひとつかもしれない。
GPR:しかし外から見ると、みなさんには共通している点があるように思います。エンジニアは、どんなことがあっても冷静でいられる素晴らしい能力を持っていて、感情のコントロールでさえもパフォーマンス要因のひとつに見えます。
MK:正直に言うと、面接の時にそれを問われたことはなかった。私がこの仕事を始めた時、誰も『君は冷静で落ち着いているか?』とは尋ねなかった。エンジニアだって、感情的になることはあるよ。
GPR:昨年のサンパウロGPで、フェルナンドが最終ラップでセルジオ・ペレス(レッドブル)を抜き、表彰台に上がった時、レース後のメディアセッションでも、あなたは興奮しているようには見えなかった。
MK:いったいどんなことを期待していたんだい?
GPR:ある種の興奮のようなモノですね。
MK:でもそれは戦略的なモノではないんだ。むしろ、そもそもどんな人間なのかということだ。私自身は、困難な時にもそういうポジションいいなければいけない。物事がうまくいっている時、我々が成功している時には、必要のない存在なんだ。彼ら(チームスタッフ)が祝えばいい。私も感情的な人間だけど、みんなに祝うように言う必要なんてないんだ。でも、悪い結果が続く時には、そこにいなければいけない。それは人間的な側面だね。エンジニア的な役割は横に置いておいて、誰かにどう感じているかを尋ねる必要がある。結局のところ、私にはやるべき仕事がある。公衆やメディアの面前に、自分のことを晒す必要はないんだ。
GPR:露出というのも、以前とは変わった面のひとつですよね?
MK:まったくその通りだ。過去とは全く異なるアプローチだね。知識豊富なジャーナリズムも、恐竜のように絶滅しつつある。今日の人々は、主にネガティブなことに興味を持っているようだ。イモラでの最初の質問が『アップデートが機能しないのですか?』というモノだった時、私は衝撃を受けた。それでも、私は冷静でいなければいけない。メディアを取り巻く状況は、大きく変わった。
メディアの影響力は非常に強いから、それをしっかりとマネジメントする必要がある。クリスチャン・ホーナーの件(今年はじめ、不適切な行為があったとしてレッドブルのホーナー代表が女性従業員から訴えられた事件。今もその問題が尾を引いている)を考えてみてほしい。一般的に告発があったり、それが話題になってしまった場合、訴えられた方が無実を証明しなければいけない。無実を証明したとしても、メディアは誰も、自分が間違っていたとか、申し訳なかったということを書こうとはしない。その問題は忘れ去られ、次のネガティブな話題を探しはじめる。
最近は何もかもがものすごく早く起こるんだ。子供達を見てほしい。見るのは、15秒程度のビデオばかりだ。物語は、どんどん短くしなければいけない。3ページの記事を読みたいなんていう人は誰もいないんだ。
GPR:フェルナンド・アロンソについても聞かせてください。彼はこれまで、扱いにくいとか、政治的だとか、色々と言われてきた。彼と1年半共に働いてきた今、その理由がわかりますか?
MK:いや、分からないね。
GPR:本当に?
MK:うん。理解できないよ。私にとっては、とても単純なことだ。彼は率直で正直な人だ。そして彼も、他の人たちにそうあってほしいと思っている。本当にそれだけだ。
GPR:あなたが彼に対して率直で正直であれば、彼も同じだということですか? それが、契約延長に合意するのに、それほど時間がかからなかった理由でしょうか?
MK:そうだと思う。それは私だけでなく、チーム全員にとってだ。なぜなら当時(2022年)、私はレースのためにブダペストにいた。ファクトリーにはマーティン(ウィットマーシュ/グループCEO)がいて、そこにローレンスとフラビオ(ブリアトーレ/アロンソのマネージャー)もいた。もっと大きなグループが関わっていたんだ。
フェルナンドは、こういうことが簡単にできるタイプではない。彼のこれまでのキャリアを考えると、契約は非常に複雑だ。これは実際の話だ。作り話ではない。でも契約の更新は非常にシンプルだった。彼が求めるものを定め、そして我々も期待するものを定めた。そしてそれが実行されたんだ。
GPR:ランスはどうですか? 外部から見ると、彼の気持ちは読みにくい。
MK:あなたは、彼のことをまったく知らないと思う。彼はとても親切で親しみやすく、ユーモアのセンスもある。そして働き者だ。昨年のバーレーンで彼は、(シーズン開幕前に負った怪我から)マシンに戻るために奮闘した。負傷からカムバックを果たし、彼が本当に戦士であることを証明したと思う。
GPR:フェルナンドにとって、ローレンスがこのチームを率いているということは、重要だと思いますか?
MK:間違いなくそう思うね。ローレンスは非常に説得力がある。ローレンスは言葉だけではない。事実も作り上げたんだ。彼はそこに立っている、強い男なんだ。彼は『私がやる』と言って、本当にそれをやり遂げる。ファクトリーも、風洞も……これら全ては、彼のように決意と野心を持った人がいなければ不可能だ。企業の世界では、人々はそれほど勇敢でもないだろう。リスクを取るよりも前に、自分のキャリアを心配してしまう。ローレンスとは全く違う。
GPR:アストンマーティンは、約1年前に新しいファクトリーに移転しました。新しいベルリンの空港の話って、聞いたことありますか?
MK:ベルリンの空港の話はよく知ってるよ。
GPR:ベルリンの新空港は、建物の完成から正式なオープンまで、ほぼ10年かかった。これは意味深いと思います。大規模な組織を、ひとつの建物から別の建物に移すのは、簡単なことではないです。
MK:アストンマーティンで効果を発揮するのは、マーティンとローレンスの起業家精神なんだ。彼らが『この日までに入る』と言うと、それは譲れないことなんだ。リーダーたちがこういう目標を設定すると、チームの全員がそれに向かって努力するだけだ。企業の世界のように『リスク管理』について話すことはない。移転することに全てのエネルギーを注ぎ込むのではなくて、『何が問題になるか』ということにもっと多くの時間を追加することもできる。
正直に言って、そのことから多くのことを学んだ。私は以前企業にいたわけだが、そこではリスクマネジメントについて考え、その分析を行なうことに本当に多くの時間を費やしたからだ。そこでは途中で欠陥を修正するだけだった。
それが我々とベルリンの事例の違いだ。ベルリンでは、『ああ、これが準備できていない。あれもまだ準備できていない。だからまだ入れない』という感じだったはずだ。我々はただ入って、準備できていないものがあればできるだけ早く準備しなければいけない……そういう状況だった。そして何かがうまくいかない場合は、それを修正するんだ。
GPR:次のステップは何ですか?
MK:風洞は年末には完成する。建物はすぐに完成している。そこに引っ越さなければいけない。
GPR:これは2026年のプロジェクトにとって重要ですよね。
MK:まさにその通りだ。これも前進できるかどうかの要因のひとつになるはずだ。2026年のマシンを作るためには、そこにいなければならない。(この8月には)シャットダウン期間があり、シャットダウンが明けると、中間の建物が出来上がる。ここは社交的な建物で、レストランやジム、シミュレータなどが設置される。そして年末には風洞だ。その後は、未来に向かって全速力で前進するだけだ。
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