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もはや博物館 広大な森の中で見つけたクラシックカー 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

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もはや博物館 広大な森の中で見つけたクラシックカー 40選(前編) ジャンクヤード探訪記

米国の巨大自動車解体ヤードを探索

1931年に設立されたジョージア州ホワイト群の『オールドカー・シティ(Old Car City)』は、世界最大のクラシックカーコレクションを誇っている。そして、2日間かけて現地を歩き回ったAUTOCAR英国編集部も、その規模には驚きを禁じ得なかった。

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敷地内は3つのエリアに分かれている。まず、1950年代と1960年代のクルマやトラックが置かれている森林エリアがあるが、車両の多くはあまり良い状態ではない。次に、最も古い湖エリアがある。ひどく荒れ果てたこのエリアには、1930年代のクルマが置かれているが、立ち入りは固く禁じられている。

とはいえ、毒のある昆虫や爬虫類に襲われても文句を言わないという免責事項に署名した上で、取材班は何時間かそこで過ごすことはできた。最後に、道路から見えるエリアであるフロントヤード(前庭)があり、雑草の中から引きずり出された200台ほどのクルマが並んでいる。これらは修復が比較的容易なクルマで、一点物として販売されている。数年前に訪問した際に見つけたクルマをいくつか紹介しよう。

1959年製AMCランブラー

4つの目がすべて曇り、みすぼらしい姿になった1959年型AMCランブラーがジョージア州の自然にゆっくりと飲み込まれつつある。まるで腐りかけの果実のように朽ち果てているが、歪みのないまっすぐなグリルやバンパーなど、まだまだ使える部品はたくさんある。

1942年製S&Sキャデラック救急車

この超レアな1942年製S&Sキャデラック救急車は、赤色灯も含めて100%完全な状態であるように見える。このクルマは、ヤードの中心部分にある古い納屋に置かれている。S&Sは1876年にセイヤーズ・アンド・スコヴィル社として設立され、馬車製造から自動車製造へ移行した企業だ。現在はS&Sコーチ・カンパニーとして知られ、今も健在である。

オースチン・アメリカ

1968年から1972年の間に、英国製の約6万台のオースチン・アメリカが米国で販売された。オースチン1300のリバッジモデルで、フォルクスワーゲンビートルと直接競合する2ドアのコンパクトカーであった。この車両はオーバーライダーにゴムパッドがなく、フロントとリアのフェンダーにサイドライトがないことから、1960年代後半の製造であることがわかる。オールドカー・シティには小さな欧州車コーナーがあり、アメリカのすぐ後ろに英国製のフォード・アングリアがあるのが見える。

1953年型シボレーのステーションワゴン

1953年型のシボレーステーションワゴンは、今ではそれほど多くは残っていないため、これはかなり珍しい発見だ。残念ながら、この個体は少なくとも40年間は森の中に放置されていたため、湿気によりボディがかなり傷んでいる。オールドカー・シティを訪れるなら、とても静かな日を選んだ方がいいだろう。そうすれば、このクルマが錆びていく音が聞こえるかもしれない……。

1966年型ポンティアック・カタリナ

1966年型ポンティアック・カタリナ・コンバーチブルは1万5000台未満しか製造されておらず、もしまともな1台を手に入れたいのであれば、5万ドル(約730万円)近くを支払わなければならない。あるいは、もちろん、初期費用を抑えて、このみすぼらしい個体を購入し、残りの人生を修理に費やすという手もある。言うまでもなく、これは不動車で、内装も完全に新調する必要がある。

カタリナのベースとなったGMのBプラットフォームは、なんと1926年から1996年まで使用されていた(ただし、少なくとも12回は再設計されている)。1965年から1970年にかけてのバージョンは、フォルクスワーゲン・ビートル、フォード・モデルT、ラーダ・リーヴァに次いで歴史上4番目に売れた自動車プラットフォームである。

1972年型ダッジ・チャージャー

この1972年型ダッジチャージャーは保存する価値がある。少なくとも、森の真ん中に放置されていなければ、の話だが。36エーカー(約14万5000平方メートル)の敷地の広大なエリアが完全に草木に覆われており、クルマを引きずり出す前に多くの木を伐採しなければならない。チェーンソーを用意しよう……。

フォルクスワーゲンT1バス

フォルクスワーゲンファンの皆さん、こちらをご覧ください。この珍しいスプリットウィンドウ(分割式窓)のT1バスは、ホイールアーチから生えた数本の木によって文字通り地面から浮いている。オールドカー・シティには木と一体化したクルマが何台もあり、ある木の幹にはマスタングのハブキャップが埋め込まれていた。

1955年型シボレー・ベルエア

オールドカー・シティには、1955年型シボレー・ベルエアが数多く展示されている。編集部が訪れた際には、正面の駐車場に10台並んでいただけでなく、裏手の雑木林にもたくさん隠れていた。実際、1955年型が19台、1956年型が12台、1957年型が19台あったが、草木の中にはもっとたくさん隠れているかもしれない。フロントガラスのサインによると、この1955年型の2ドア・ベルエアは「格安」だという。

1954年型キャデラック・フリートウッド

これは、自動車解体業者の素晴らしい宣伝になるのではないだろうか? 古いクルマを専門に扱う業者の多くは、クロスリーやヘンリーJ(後述)を看板代わりに道路沿いに掲げる傾向があるが、オールドカー・シティでは、この美しい1954年型キャデラック・フリートウッドを使って通行人の目を引いている。1954年に同車を4680ドルで購入した幸運な人はわずか1万6200人だった。

1956年型シボレー

この1956年型シボレーは、間違いなく良い時代を過ごしてきたはずだが、残念ながら、ボディパネルにはかなりの腐食が見られる。クルマを森の中に駐車しておくのは、保管としてはあまり良い方法とは言えない。湿った葉がクルマに降り積もり、あらゆる隙間に入り込んでしまう。そして、上部の厚い葉が太陽の光を遮り、金属部分が乾くのを妨げてしまうのだ。

1948年型ハドソン

ヤマアラシのような変装をしているが、この1948年型ハドソンを見間違えることはない。ナンバープレート周辺から判断すると、この個体はジョージア州アトランタのJWゴールドスミス社から供給されたものと思われる。同社は1909年から1954年まで営業していた米国最古のハドソンディーラーであり、また2番目に成功したディーラーでもある。最も多くハドソンを販売したのは、シカゴのコーテシー・モータース社だ。

1967年型ビュイック・リビエラ

敷地の中心にある湖のほとりに、1967年型ビュイック・リビエラが停まっていた。1967年型における大きな改良点は、最高出力360psを発生し、0-97km/h加速わずか8.2秒を誇る430立方インチ(7.0L)の新型V8エンジンが導入されたことだ。

1950年型オールズモビル・フューチュラミック88

この1950年型オールズモビル・フューチュラミック88では、クロームメッキが塗装よりもはるかに長持ちしている。フューチュラミックは、同年に新登場した高圧縮比のOHV V8エンジンを搭載しており、デトロイト初のベストセラー・マッスルカーと広く考えられている。実際に、NASCARでは数シーズンにわたって圧倒的な強さを誇った。

カイザー

34エーカー(約13万7000平方メートル)の森林地帯には長さ10kmの道が敷かれ、歩いていると次に何が出てくるかわからない。この珍しい1947年/48年のカイザーもその1つ。40年近くも雑木林に放置されていたにもかかわらず、驚くほどしっかりしている。レストアは十分に可能だろう。1946年から1955年の間に、約76万台のカイザーが製造された。

1969年型プリムス・サテライト

非常に人気が高い、ほぼ完璧な状態の1969年型プリムス・サテライトだ。V8エンジンによって、0-97km/h加速タイムは6.3秒から10.5秒であった。

1962年型マーキュリー・コメット

下の1962年型マーキュリー・コメットか、それとも屋根の上に載っている1963年型フォード・フェアレーン500か。好きな方を選べと言われたら、どちらを持って帰るだろうか? これほど広々としたヤードに、クルマが何台も積み重ねられている光景は珍しい。

1970年型キャデラック・フリートウッド75

正体を示す手がかりはあまり多くないが、編集部の見立てでは、草木の下に1970年型キャデラック・フリートウッド75が隠れているようだ。このクルマは1970年当時、最上級の贅沢さを誇っていた。標準装備はかなり充実しており、パワーステアリング、エアコン、そしてこの巨体を最高190km/hまで引っ張り、0-97km/h加速9秒を実現する最高出力375psのV8エンジンがあった。オプションも数多くあり、クルーズコントロールや、対向車が近づくとヘッドライトを暗くするガイドマチック(Guide-Matic)というシステムも用意されていた。

AMCジャベリン

AMCジャベリンは米国、メキシコ、ベネズエラ、ドイツ、オーストラリアの合計5か国で製造された。この個体はワシントン州ケノーシャの工場から出荷されたものだ。AMCがフォード・マスタングに対抗して送り出したモデルで、1967年から1974年にかけて製造されていた。

1970-1/2シボレー・カマロ

この1970-1/2カマロを購入した勇者がその後いるかどうか、ぜひ知りたいところだ。編集部が訪れた際には、オールドカー・シティでは1595ドル(約25万円)で販売していたが、もちろんかなりの修理が必要だ。

カマロは1969年型の販売が振るわなかったため、新型車の発売は1970年2月まで延期された。GMは、ディーラーが旧モデルの在庫を売り切るまで新型車の発売を待つことにしたのだ。そして、1970年のモデルイヤーの途中で導入されたことから、1970-1/2という名称で呼ばれるようになった。

1953年型シボレー・ベルエア

1台のベルエアがゆっくりと自然に還っていく。ベルエアという名称は1950年に初めて登場し、シボレーのモデルレンジにおける2ドア・ハードトップを識別するために使用された。しかし、このモデルが製造された1953年には、上級仕様のトリムを示すものとして使用されていた。その後、ベルエアの名称は1970年代半ばまで使用された。

(翻訳者注釈:この記事は「後編」へと続きます。お楽しみに)

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