■墓地の移転が難航 どうする? 昭和の「超ビックリ」解決策とは
東京都練馬区内で、都市計画道路の建設が「墓地」の移転問題で進んでいないという案件が、全国的に話題になりました。
いっぽうで、墓地があるにもかかわらず「そのまま道路を開通させた」ケースが、都心にあります。一体どういうことなのでしょうか。
【画像】えっ…!? これが都心にある「超無理やり開通させた道路」のビックリ風景です
今回話題になったのは、新宿区から関越道へのアクセスを担う「目白通り」をそのまま延伸する区間です。
戦後すぐからある都市計画道路「放射第7号線」として、練馬ICからまっすぐ西進し、大泉学園を経由してそのまま新座市、西東京市方面へ伸びていく、東京・埼玉の東西軸を担うことが期待されています。
その延伸区間、ほとんどの用地取得は終わったにもかかわらず、1件の墓地が道路予定にかかっていて、その移転交渉が難航しており、なかなか開通に至っていないのです。
交渉の主軸は、道路用地の移転はいいものの、用地にかからない残りの墓地もあわせて移転補償すべきだ、このままでは寺の境内が分断されてしまうというもの。東京都はあくまで道路用地部分しか補償できないとして、話が平行線を辿っています。
都側が折れて移転補償に応じるのか、寺側が「境内分断」を受け入れるのか、今後の動向が注目されています。
ところで、同じように都市計画道路のど真ん中に墓地があったものの、強引に開通に漕ぎつけた道路があります。
それは、明治神宮と国立競技場をむすぶ道路にある「千駄ヶ谷トンネル」です。
ここには山があるわけでなく、墓地の真下を通っていることでトンネルになっています。その事情から「心霊スポット」として取り上げられることもありますが、そのトンネルの歴史は60年前にさかのぼります。
千駄ヶ谷トンネルの開通は1964年、当時の東京オリンピックに間に合わせて、国立競技場アクセス道路として整備されました。
戦後復興の日本の威信をかけたオリンピック対応として、「やっぱり間に合いませんでした」ということは絶対あり得なかったのかもしれません。
墓地を所有する寺院側は道路整備そのものに反対で、移転交渉は難航。結局「ウルトラC」な解決策として、墓地の真下に道路を通すことに決定されたのでした。
頭上にある「仙壽院」は、道路の北側に本堂があり、道路を挟んで南側にも墓地が広がっています。もしこの案件で「道路用地だけ移転補償します」となれば、やはり境内は完全分断になっていたかもしれません。
戦後急速に都市化が進行した東京都。終戦からの「都市再建」として、1946年にさっそく壮大な都市計画道路網を策定しましたが、約80年が経過した今でも、多くの計画が道半ばのままで残されています。
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みんなのコメント
各所にあるのだから技術的に難しいわけでもなし、この道路が開通することによるもろもろのメリットを考慮するとね。