80年代にダカールラリー4連覇を成し遂げ、向かう所敵なしの強さを誇ったホンダワークスのダカールラリー専用車「NXR750」。一体どんなマシンだったのでしょうか。
ホンダがダカールラリー2連覇、1-2フィニッシュを達成した2021年の今、34年前に「2連覇&1-2フィニッシュ」を決めた1987年型NXR750の写真とともに振り返っていきます。
ホンダ NXR750はデビュー後4連覇という偉業を達成
【写真17点】パリダカ連覇マシン・ホンダNXR750のコクピットなどを貴重な当時写真で解説
世界で最も過酷な競走「ダカールラリー」が、南米からサウジアラビアに舞台を移して2年目。
第43回大会の今年2021年は、二輪車部門でホンダCRF450ラリーが2連覇を果たしました。それも1987年以来の1-2位。優勝はケビン・べナビデス選手、2位は前回優勝のリッキー・ブラベック選手でした。
過去のダカールラリーでは、ホンダはアフリカ時代(パリ・ダカールラリー)の第4回 1982年にシリル・ヌブー選手がXR500(550cc)で、第8~11回 1986~1989年はシリル・ヌブー選手、シリル・ヌブー選手、エディ・オリオリ選手、ジル・ラレイ選手が優勝していますが、当時は今とレギュレーションも総走行距離も随分違っていました。
アフリカ時代(第1回 1979年~第29回 2007年。第30回 2008年は中止)は総距離が1万~1万5000kmと長く、特に1980年代はルート設定も厳しく、時間内の完走車がわずか20数台という大会もありました。
80年代ダカールラリーはエンジン型式・排気量とも各社バラバラだった
そんな1980年代後半、パリダカを圧倒していたのがホンダ NXR750です。
現在のマシンレギュレーションでは450ccの1、2気筒ですが、1980年代のプロトタイプクラスは何でもアリで、排気量も無制限でした(1994年から市販車ベースになります)。
なので、BMWは空冷フラットツインOHV2バルブで1000cc、ヤマハは単気筒では苦しいと、何と水冷並列4気筒DOHC5バルブのFZ750テネレ(750cc)やYZE920テネレ(911cc)を投入します。それでも結果が出ず、単気筒DOHC5 バルブの750ccプロトタイプマシンのYZE750テネレ(756cc)を出します。
カジバはドカティの空冷LツインOHC2バルブ860ccのカジバ・エレファント、スズキもプロトタイプの800cc単気筒(OHC4バルブ)を投入しました。
対するホンダ NXR750は水冷45度VツインOHC4バルブ、ボア×ストローク83mm×72mmの排気量779.1ccで、排気量は参戦中の4年間変更がありませんでした。
45度Vツインですが、90度位相クランクを使っているので一次往復部振動はキャンセルされます。45度Vツインを採用したのは、単気筒よりもパワーがあり(最高出力は69.3~75馬力を発揮)、マスの集中化、単気筒並みにスリム・コンパクトとする……などの条件を満たすためです。
ホンダ NXR750は水冷V型2気筒を選択
並列2気筒、水平対向2気筒、上下に気筒を配置した垂直対向2気筒(これは机上の検討のみ)なども検討されたようです。また、同時にシャフトドライブ駆動も検討されましたが、メカニカルロスが増大するのでこれは却下(特に横置きクランクでは90度動力伝達方向が変わるため)。
3度パリダカを制した砂漠の王者BMWが、縦置きクランク空冷水平対向2気筒・シャフトドライブを採用していたので、それに影響されてこの駆動案が出されたのでしょう。
エンジンを水冷か空冷にするかに関しては、意見が分かれたようです。
空冷派は「砂漠に水はない、第二次世界大戦時に砂漠で活躍したドイツ軍の戦車は空冷だ……」ともっともらしい論法で推しましたが、4輪では水冷で問題ない状況だったため、パワーで圧倒的に有利な水冷が無事採用されました。
さらにNXR750ではふたつのラジエーターは独立した配管になっていて、片側が破損しても最低限の冷却性能を確保するようになっています。
また、圧縮比が8.0~8.5:1と低く設定されていますが、これは現地のガソリンのオクタン価が異常に低いためです。
オクタン価80台も珍しくなく、こんなガソリンとも灯油ともつかない燃料では、高圧縮比だとノッキング・デトネーションを起こしてしまいますから、高出力化に不利なのを承知であえて低圧縮比に設定したのです。
45度Vツインに決まったところで、HRC開発陣の独創性とコダワリが発揮されます。
まず、普通はVツインなので組み立てクランクを使うところを、強度優先で一体クランクを採用したのです。すると大端ベアリングはプレーンメタルになり、組み立てコンロッドになるのが普通ですが(現代の並列4気筒エンジンがそうです)、悪路で飛んだり跳ねたりしても大端部が油膜切れを起こさないように、ニードルローラーベアリングを採用したのです
ただ、通常の組み立てコンロッド(大端部が分割しコンロッドボルトで組み立てます)ではニードルローラーベアリングに必要な真円が確保できないため、当時は特殊で二輪車には用いられていなかったクラッキングコンロッド=破断面コンロッドを採用(通称「かち割りコンロッド」)。
かち割りコンロッドは、ある条件下で打撃を加えて大端部を2分割したもので、破断面がぴったり合うため、組み立て後も真円になる特殊なコンロッドです。こうして一体クランク+大端部ニードルローラーベアリング+かち割りコンロッドという組み合わせが完成したのです。
NXR750はフルカウル装備の先駆的オフロードモデルだった
NXR750の特筆すべき点はまだあります。
オフロードマシンとして、初めてフレームマウントのフルカウルを装備しました。オフロードマシンでも、空力性能は無視できませんし、敵は空気ばかりではありません。
砂からライダーを守るのもフルカウルの役目です。また、クラッシュしたときに、マシンの機能部分を守るためにもフルカウルは有効な手法です。この利点も認められ、NXR750登場以降、ビッグオフローダーやアドベンチャーモデルはフルカウルが定番スタイルとなっていきます。
フルカウルと一体になって形成されるのは、フューエルタンクです。しかも必要とされる容量は、いわゆる「ビッグタンク」のレベルではありません。
当時のレギュレーションでは、無給油で450km走れることが求められ、目標燃費が9.1km/Lなので49Lは必要でした(実燃費は10km/Lを達成)。
そこでタンクはフロント部を左右で分割して計35L、シート部をモノコック構造として22Lの容量を設けて合計57Lとしました(1988年型は58L、1989年型は59Lと拡大)。
3つのタンクは独立経路を持っていて、コックで切り替えができます。また、キャブレターへの供給はダイアフラム式の燃料ポンプで行われます。燃料ポンプをダイアフラム式としたのは、キックの力だけで機能するようにしたためです。
ホンダ NXR750のフレーム&足まわり
フレームはセミダブルクレードル型です。サスはフロントが正立43mm径フォーク(1988年型から45mm径)、リヤはプロリンクの組み合わせで、前後ともストロークは約300mm。
シート高は標準で1mもあり、小柄なシリル・ヌブー選手の仕様でも960mmもありました。
タイヤはフロント21インチ、リヤ18インチですが、1988年型からフロントは19インチも選択できるようになっています。19インチの方はクイックなハンドリングになり、路面の良いステージでは有利とされたためでした。
また、ミシュラン製のタイヤはチューブ入りとムース(ビブ・ムース:チューブの代わりにスポンジ状の特殊ゴムを入れる)を選択できました。
当時はGPSなどない時代で、一番苦労したのがナビゲーションです。
コンパスに頼るしかなく、HRCは当初フランスのジェット戦闘機ミラージュ用を使っていましたが、北アフリカでは最大で19度も狂ってしまうことが判明。
徹底して地磁気を測定し、北アフリカの偏差を確認するなど試行錯誤して、1988年型からデジタルナビゲーションシステムを投入しました。
これは一大革命でした。
車重は189~196kg(ガソリン抜き)。
これだけの装備でこの車重ですから、軽量だと言えます。ちなみにエンジン単体重量は単気筒600ccのXL600L改より約10kg増しの57~61.5kgに仕上がっています。
NXR750のDNAはアフリカツインやCRF450ラリーに引き継がれる
こうしてNXR750は、デビューした1986年から参戦最終年の1989年まで無敗を誇りました。
そしてロブストネス(環境に適応するタフさ)とライダーへの優しさを具現化したNXR750の大いなる遺産は、現在のワークスマシンCRF450ラリー、市販車で「NXRの公道版」と言われたかつてのアフリカツインや最新CRF1100Lアフリカツインにも色濃く受け継がれていますね。
レポート●石橋知也 写真●八重洲出版/ホンダ 編集●上野茂岐
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