隣国、中国の年間新車生産台数は2522万5242台と世界1位の自動車大国(ちなみに2位のアメリカは882万2399台、3位の日本は806万7557台、4位のドイツは374万2454台)。食品や服と同じように、中国製のクルマも日本でも走り回っていてもよさそうなものですが、まったく見かけません。なぜなのでしょうか?
そんなところへ約50万円のEV、宏光ミニEVが中国で販売された、というニュースがありました。こんなに安い中国製EV、なんとか日本に並行輸入し、ナンバーを取って乗ることはできないのでしょうか?
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中国は隣国なので近く、輸入する船積み費用などはアメリカや欧州よりも当然安いはずなので、日本にもじゃんじゃん輸入されてもよさそうなはずですが……。
なぜ中国製自動車が日本に輸入されていないのか? 約50万円の宏光ミニEVをなんとかして日本で登録して公道を走れないのか、自動車生活ジャーナリストの加藤久美子さんが解説します。
文/加藤久美子
写真/加藤博人、@YutaPon9051、WULING MOTORS、トヨタ
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■中国で販売されている車両を日本に並行輸入して日本のナンバーをつけることはなぜできないのか?
中国で上汽通用五菱汽車が販売する全長2920mmの宏光ミニEVは約45万円から。最高速度は105km/h、1充電あたりの実用航続距離は100kmだという
こちらはトヨタが企業や自治体向けに2020年12月25日から165万~171万6000円で限定販売している超小型EV、C+pod(シーポッド)。2022年には一般向けの販売が始まるが宏光ミニEVの約3倍の価格である
海外から自動車を輸入する方法は大きくわけて2つある。インポーター(正規輸入販売元など)を通じて輸入する「正規輸入」と並行輸入業者が海外のディーラー等から買い付けたクルマを輸入する「並行輸入」の2つだ。
これ以外に駐在員が海外で使っていたクルマを日本に持って帰って来るケースもある。
また正規輸入ではありえないが、並行輸入であれば現地で流通する中古車の輸入も可能となる。俗にいう「中古並行」「中並」などと呼ばれる車両だ。並行輸入というと素性が分かりづらいと思われそうだが、車両の修復歴や水没歴などを調べたい人は『CARFAX』などを利用すればかなり詳細に履歴を調べることができる。
並行輸入の良さは正規輸入では入っていない車種やグレードを購入できることで、並行輸入全盛期?のバブル時代はとくに正規輸入に比べて価格が安いことや納車が速いことなどの利点が重宝された。
しかし、近年は並行輸入車を日本で登録することは以前ほど、簡単なものではなくなっている。それぞれの国や地域での生産販売計画やPL法、リコール対策などを理由に自動車メーカーは並行輸入を嫌う向きもある。
また、新しい動きとしては今年7月1日より独立行政法人自動車技術総合機構によって並行輸入車の審査規程が改訂されており、『並行輸入自動車の事前審査書面等の明確化』もスタートした。販売国や車種によって事情が異なる面もあるが、全般的に並行輸入車両登録までのハードルが上がったのは確かだ。
さらに、2024年から正式にスタートする新しい車検システムにおいてはエーミングなどの「特定整備」の部分で並行輸入車の扱いが不明瞭となるなど、明るい材料がない状況である。
しかし、多少ハードルは高くなったにしても、日本は左ハンドルでも右ハンドルでも、新車でも中古車でもほぼ何の制限もなく輸入登録が認められている。自動車メーカーを複数擁する国としては世界に他にあまり例がない。
アメリカでは製造から25年経過しないと右ハンドル車の中古車輸入は原則ダメだし、中国では海外からの中古車の輸入を原則認めていない。
日本は先進国のなかでは、選択肢が非常に多い自由な自動車輸入が許される稀有な国なのである。そのような門戸を広く開放している日本にも輸入が難しい国の車両がある。その代表格が中国だ。
正確に言うと、中国製の車両が困難なのではなく、中国で販売されている車両を並行輸入で日本に入れて日本のナンバーをつけることが困難なのである。
つまり、レクサスLMやトヨタシエナなどトヨタ自動車が日本国内で生産しているクルマであっても、中国で販売されている車両を並行輸入で持ってきて登録することは大変難しい(できなくはないが1台あたり数百万円という莫大な費用が掛かる)。これは「58協定」と呼ばれる協定に中国が参加していないことに主な理由がある。
■中国は58協定の加盟国ではない。そもそも何なの「58協定」って
「58協定」という言葉を初めてお聞きになった方もいらっしゃるだろう。58協定は日本も参加している「国連の車両等の相互承認協定(1958年協定)」のことである。2021 年6 月現在、56ヵ国、1地域が加入しており、装置ごとに 160 の協定規則(基準)が制定されている。日本はこのうち乗用車の制動装置、警音器、幼児拘束装置等 94 の規則を採用している。
相互承認とはどういうことなのか? 身近な例としてチャイルドシートを例に挙げて説明してみたい。日本は2012年7月以降、国連協定規則ECE R44/04またはECE R129という基準をクリアしていないチャイルドシートを新規で販売することは認められていない。
認証を得られたチャイルドシートにはオレンジ色のEマークが貼られる。
58協定加盟国のいずれかの国でテストを受け合格し認証を与えられたチャイルドシートはオレンジ色のEマークが貼られる
第一汽車認定の正規輸入車だったため、日本でナンバーを取得できた紅旗H9。中国製ショーファードリブンとして注目を集めたが、輸入への障壁は意外に高い(写真/加藤博人)
58協定加盟国のいずれかの国でテストを受け合格し認証を与えられたチャイルドシートであれば、日本に輸入する場合も国交省の試験を受ける必要がない。このようなシステムが「58協定の相互認証」である。
2021年2月、中国製高級車として初めて日本に紅旗H9が上陸した際、すぐさま加速騒音試験と排ガス検査を受け何の問題もなくパスした。
が、実際にナンバーがついたのは約3ヵ月後の5月上旬だった。それでもナンバーが取得できたのは、日本で販売される紅旗H9が第一汽車公認の正規輸入車という扱いになるからだ。
並行輸入であればそもそもナンバー自体が付くことは不可能だろうが58協定に入っていない国のクルマであっても、製造する自動車メーカーが対象となる装置に関して国連協定規則に基づく安全基準と同等の安全性を有する事を証明できれば日本のナンバーは付けられる(かなりの時間と手間を必要とする場合もあるが)。
その証明書をメーカーから得ることができない場合はクラッシュテストをはじめ、ひとつひとつ安全性の認証を行うことになり莫大な費用が掛かるため事実上、中国で販売されているクルマにナンバーをつけるのは非現実的ということになる。
■格安の中国製EVは日本のナンバーはつくか?
2021年6月、日本のイベントで公開された宏光ミニEV。コスト優先のため、直線的なボディだが、50万円台とは思えない外観だ(写真/加藤博人)
4人乗りのインテリア。日常の移動手段として割り切れば、4人も乗れる便利なアシである。リアシートは低コスト車では定石となる一体可倒式だ
中国で2020年7月に発売された宏光MINI EVというクルマをご存知だろうか。45万円~60万円という衝撃の低価格で発売されたマイクロミニサイズのEVである。
発売されるやいなや、爆発的な売れ行きを見せそれまで中国でもっとも販売台数が多かったテスラモデル3をあっさり抜き、2021年第2四半期においてはEVを含む乗用車でも僅差でカローラを上回り、1位の日産 / シルフィに続く2位に名前を連ねた。発売からわずか1年で世界一の自動車市場で猛烈な勢いで売れ続けているのだ。
この宏光MINI EVを並行輸入で日本に持ち込んで販売することはできないのだろうか? 50万円でEVが乗れるなら欲しい人も大勢いるはず!
しかし、その答えは残念ながらNOである。先に説明した中国は58協定のメンバーではないことが主たる理由だ。そもそも莫大な費用をかけて日本のナンバーが付いたとしても、日本での販売価格はもちろん50万円では無理で、100万円超は当然。うまくいけば100万円台半ば~後半に落ち着くかどうか、といったところだろう。
中国車の並行輸入が難しい理由はお分かりいただけただろうか? 輸入だけなら可能だが、ナンバーをつけるとなると大変なのである。
■上汽通用五菱 宏光MINI EV
全長×全幅×全高:2917×1493×1621mm
ホイールベース:1940mm
サスペンション:前/マクファーソン・ストラット、後/3リンク・リジッド
ブレーキ:前:ディスク、後:ドラム
最小回転半径:4.2m
駆動方式:後輪駆動
モーター最高出力:20kW
最大トルク:85Nm
バッテリー:リチウムイオン
容量:9.3kWh(上級グレード:13.9kWh)
乗車定員:4名
車重:665kg(上級グレード:705kg)
最高速度:100km/h
一充電走行距離:120km
充電時間:─
価格:2万8800元(約45万円)
エアコン付きの中級グレードで3万2800元(約50万円)
バッテリー容量が13.9kWhの上級グレードで3万8800(約60万円)
■アメリカで販売される新型シエナが並行輸入で登録できない理由とは
北米や中国でも販売されたトヨタの大型ミニバン、シエナ。2021年10月、トレッサ横浜で展示された米国仕様のトヨタシエナ(写真/@YutaPon9051)
しかし、実は並行輸入が難しいのは中国車だけではない。まったく別の理由で中国以外の国で販売される並行輸入車の登録はかなり厳しい状況となっている。
2020年7月にアメリカで発売されたトヨタシエナがその筆頭だ。先代モデルまでは、新車でも中古車でもアメリカのトヨタ販売店などから購入したシエナを日本に持ってきて販売することは難しくはなかった。
しかし、2020年夏にフルモデルチェンジを受け4代目となった以降に、状況がガラッと変わった。理由は4代目にフルモデルチェンジした新型シエナがハイブリッドのみのラインナップとなったことにある。
実はこちらも前述した58協定の加盟国が制定した協定規則UN/ECE R100)が関わっている。R100はハイブリッドやEVなど電動車の駆動用バッテリーに関する安全基準で、日本で登録するにはこれをクリアしている証明が必要だ。
アメリカで販売されているクルマを日本で並行輸入車として登録する場合、車体に貼られた「FMVSS」(連邦保安基準)のラベルによって日本の保安基準も満たしているとみなされる。しかし、電動車の場合はFMVSSラベルに加えて、駆動用バッテリーに関する各種の基準を満たしている必要がある。
アメリカで同じく定番のカムリにも通じるシエナのリアスタイル。大柄なアメリカ人がゆったり座れる広大な居住空間を確保しようとすると、5mを超すボディサイズとなるのだろう
この駆動用バッテリーがR100の認証を得ていると証明できる書類などがトヨタ自動車から出されれば並行輸入車のシエナであっても、問題なく日本のナンバーが付く。
しかし、トヨタ自動車が並行業者のために書類を出すなどありえないので、事実上ハイブリッドのみになったシエナの並行輸入はかなり難易度が高いということになる。
とはいえ、全く方法がないわけではない。日本の試験機関で火あぶり試験をはじめR100の認証を受けるためのテストに合格すれば並行輸入のシエナも日本での登録が可能となる。ある試験機関によると、試験に合格してバッテリーの認証を得よう(=新型シエナを並行輸入登録すること)と頑張っている輸入業者もいるとのことだ。
2021年10月16~17日横浜市港北区の大規模商業施設『トレッサ横浜』のオートモール内に米国仕様のシエナが特別展示された。
トヨタ自動車が日本での反応を見るために試験的に展示したとのこと。リアガラスには車庫証明ステッカーも貼られ、化粧プレートの下にはしっかり日本のナンバーがついていた。まあ、当然と言えば当然だが。
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