村上春樹の小説「ドライブ・マイ・カー」は、主となる物語のかたわらで、クルマを運転する素朴なよろこびのある生活スタイルを描いている。それに触発されて、もっとも安価でもっとも豊かなクルマの素朴なよろこびを、それぞれにちがうかたちでもたらす3台の「過去」のクルマを引っ張りだした。未来の(自動車)世界が個性の住まう場所であることを願って。
何よりも彼はその車に個人的な愛着を持っていた。
冬でも夏でも、車の屋根を開けて運転するのが好きだった。冬には分厚いコートを着てマフラーを首に巻き、夏には帽子をかぶって濃いサングラスをかけ、ハンドルを握った。
シフトの上げ下げを楽しみながら都内の道路を移動し、信号待ちのあいだにのんびり空を眺めた。
流れる雲や、電線にとまった鳥たちを観察した。そういうのが彼の生活スタイルの欠かせない一部になっていた。
「ドライブ・マイ・カー」(村上春樹『女のいない男たち』所収)より
村上春樹の小説「ドライブ・マイ・カー」の作中人物の家福(かふく)は、所有車であるマニュアル・シフトのサーブ900コンバーティブルの専属運転手を探しているとき、渡利(わたり)みさきという20代の半ばの女性を、知り合いの自動車修理工場の経営者の大場から紹介される。
運転の腕は確かか、と家福に尋ねられた大場は、「女性にしてはとかそういうんじゃなくて、ただひたすらうまいんです」と太鼓判を押し、みさきは家福が課した簡単な実技テストに合格して俳優である家福の運転手になる。
「大場の保証したとおり、彼女は優秀なドライバーだった。運転操作は常に滑らかで、ぎくしゃくしたところはまるでなかった」と家福は述べる。
「道路は混んでいて、信号待ちをすることも多かったが、彼女はエンジンの回転数を一定に保つことを心がけているようだった。視線の動きを見ているとそれがわかった。しかしいったん目を閉じると、シフトチェンジが繰り返されていることは、家福にはほとんど感知できなかった。エンジンの音の変化に耳を澄ませて、ようやくギア比の違いがわかるくらいだ。アクセルやブレーキの踏み方も柔らかく注意深かった」
みさきは「エンジンの回転数を一定に保つことを心がけているようだった」というところを読んで、彼女が、もっとも有効なトルクが発揮される回転域、すなわち「トルク・バンド」内にエンジン・スピードを保つためにギア・チェンジを繰り返していた、と理解する読者は自動車通である。みさきがレヴ・カウンターに目をやる「視線の動きを見て」家福はそれを理解したわけだけれど、自動車にかんしてかれが、かなり踏み込んだ知識を持つ人物であることがわかる。というか、村上春樹がそうなのだ。ちなみに、サーブ900が積んでいた2リッター4気筒ターボの場合、トルク・バンドはおおむね3000rpm近辺にあったはずだ。クルマが好きな読者は、小説冒頭近くのこのあたりで、家福(ということは村上春樹)にたいして、たちどころに共感をもつにちがいないし、じっさい、僕もそういう読者のひとりであった。
生活スタイルの欠かせない一部
さて、家福が運転手を必要としたのは、接触事故を起こして免許停止処分を受け、そのかんに緑内障の兆候が見つかって視野にブラインドスポットのあることがわかったことがきっかけだった。けれど、サーブを運転しながらカセット・テープを聴いて、声を出して台詞の練習をするのが常だった家福にとって、タクシーや電車のなかではそれをつづけることはかなわない。専属の運転手が必要になったのである。
家福はサーブ900コンバーティブルを十数年まえに新車で購入している。そのとき、女優だった妻はまだ存命していて、ボディーカラーの黄色は彼女が選んだものだった。そして、彼女は運転しなかった。運転はいつも家福がした。妻が亡くなって10年近くになろうとしているいまにいたるまでのうちに、黄色いサーブの黒い幌を降ろして、「冬は分厚いコートを着てマフラーを首に巻き、夏には帽子をかぶって濃いサングラスをかけ」てハンドルを握り、「シフトの上げ下げを楽しみながら都内の道路を移動し、信号待ちのあいだにのんびり空を眺め」、「流れる雲や、電線にとまった鳥たちを観察」することは、かれの「生活スタイルの欠かせない一部になっていた」。
この小説は2013年12月号の『文藝春秋』にまずもって掲載されたものだけれど、そのころすでにサーブ900は過去のクルマになっていた。900のデビューは1978年のことで、それは、小変更を繰り返しながら1993年までつくられた。サーブは1990年には米GMの傘下に入っており、1993年に代替わりして2代目となった900は、GMグループ会社のオペルの主要コンポーネンツを装備して1997年まで生産されたけれど、スウェーデンの、五木寛之にも愛されたどこかゆかしい自動車メーカーは、骨肉相食む世界自動車永久戦争の敗者となって2016年をかぎりに消滅している。
小説のなかで「コンバーティブル」として言及されていたモデルは、日本では「カブリオレ」という呼称のもとに販売されていた。家福が「新車で購入した」のが初代だったか2代目だったかはわからないけれど、いずれにせよ、マニュアル・シフトのカブリオレは珍しかったにちがいない。
ついこのあいだの8月下旬にこの小説を原作とした同名の映画が公開されて話題沸騰中だけれど、そこではカブリオレではなく、左ハンドルの、2ドア・ハッチバックのサーブ900が使われている。予告編で確認したかぎりでは、映画のなかのサーブのボディ・カラーは黄色ではなく赤で、初代の900ターボ16Sのようにも見えた。それが5段マニュアル車なのか4段AT車なのかまではわからなかったが、この映画が今年のカンヌ国際映画祭で日本映画として初となる脚本賞を受賞したおかげで、「ドライブ・マイ・カー」の小説を収めた『女のいない男たち』(2014年、文藝春秋)を書棚から引っ張り出して再読し、家福の、というか作者の村上春樹の、自動車への「個人的な愛着」への共感を新たにできたのはさいわいだった。「シフトの上げ下げを楽しみながら」移動し、信号待ちのあいだに「のんびり流れる雲」を眺めることは、僕にとっても「生活スタイルの欠かせない一部」だから。そして、そんなふうに、ただ運転することそれじたいの素朴なよろこびというものが、マニュアル・シフトによるギア・チェンジはおろか、ハンドルすら不要になりそうなこれからのクルマからは引き出せそうにないことが、ますますもってあきらかになりつつある当世だから。
3台の「過去」のクルマたち
この特集のテーマである「ヴィンテージ」に寄せて、僕はシトロエン2CVとモーガン4/4とミニという、いずれももはや生産されることのなくなった3台を取り上げた。ファッションや時計やクルマやその他のモノだったりコトだったりする世界で、ますます多くの「過去」が見直されてきていることに注目したからだ。
この過去の見直しにはもちろん理由がある。生活の隅々にまでデジタルが行きわたり、僕たちの生活スタイルが激変中で、しかも、この激変は、昨年来のコロナ禍によって加速していることと関係がある。未来がどういう顔を見せるのか、僕たちはまだ知らないけれど、僕たちがその顔をよく知っているひとつの時代が、急速に後景にしりぞきつつあるなかで、置き去りにされるとばかりおもわれていた大小さまざまな「過去」が、むしろ、魅力を増してきているという逆説的な並行現象が生起しはじめ、古着や旧いクルマや昔の時計やヴィニル・レコードやCDや家具や玩具などなどのポップでカルチュラルなもろもろが、世界的に人気を高めているのだ。これはむろん、それらが希少になってきているからだけれど、それは商品経済的分析であるにすぎない。高度にデジタル化され標準化され、シームレスにネットワーク化されて、僕たちの欲望すらもがAIに巧妙にデータ管理されるようになるにつれて、起伏に富み、標準化することがむずかしく、シームレスにオーガナイズされることのなかった表情ゆたかなひとりひとりの個性的だった過去が、多くの人に呼び戻されている、と見るべきだ。フロイト流に、デジタルに抑圧されたプレ・デジタルの回帰、といってもいい。
クルマに即していうなら、デジタル・ネットワーク化とデジタル制御技術の高度化・広汎化は、自動運転車という名の、事実上の「軌道運転車」が猖獗をきわめる未来の可能性に、ますます現実味を与えている。人間が自動車を運転していた最後の時代といってもいい1980年代や1990年代前半ごろの、いわゆるヤングタイマーをふくむ「旧車」の、このところの人気の盛り上がりは、表情ゆたかだった「過去」を捨て去って訪れつつあるかに見えるのっぺらぼうな「未来」への、ささやかな異議申し立てにほかならない、と僕はおもう。
トルクの山谷のない一本調子の電気自動車や、シフティングやブレーキングや微妙なスロットルワークなどの運転技術をことごとく無化しようとする電子制御技術に乗っ取られた「自動・自動車」にくらべるなら、かつての「手動・自動車」は、どれほどファン・トゥ・ドライブであったことか。
ドリブン・バイ・マン
いまの交通環境下で日常の使用に十分に耐えることができて、しかももっとも低いコストで、もっとも環境負荷の小さいかたちで、それゆえ、もっともデモクラティックにファン・トゥ・ドライブを享受できるのが、ここに登場した車型の異なる3台のポピュラー・カーである、と僕は信じる。この3台は、レーシング・ブリードのサラブレッドではない。自動車をドライブすることによって得られる素朴な楽しみと素朴な利便を、できるだけ多くの人にわがものとしてもらうために生まれ、存在してきた3台である。
1台はドライビングの開放性をとことん追求した2人乗りの、バナナの葉っぱのようなぺらぺらのヴィニル幌が非常用についてくるだけの平凡な動力性能のロードスターのモーガン4/4であり、次の1台は、「こうもり傘の下に4つの車輪をつけただけの自動車」というコンセプトに基づいて開発された可能なかぎりシンプルで合理的な、4人乗り・4枚ドアの、「みにくいアヒルの子」のあだ名を頂戴する実用車のシトロエン2CV (CVはフランスの税制における課税馬力)であり、そして最後の1台は、全長×全幅×全高が10×4×4フィート(3×1.2×1.2メートル)の箱の中に収まり、全長の60%にあたる6フィート(1.8メートル)を居室とする「正しいミニアチュア・カー」を開発せよという号令のもとに生まれた2ドア・セダンの、その名もMINI=ミニである。
ここに集まった3台の概要を要約するなら、まず、1935年に祖型となったモデルがデビューし、2018年に生産を終えたフロント・ミドに1.6リッター4気筒のフォード・シグマ110馬力(PS)エンジンを積んだ2座オープンのモーガン4/4(4/4は4気筒の四輪車という意味だ)は2010年製の、5段MTを組み合わせる最終型で、木骨フレームの810kgの戦前型に酷似したボディの後輪を駆動する。
1948年にデビューして1990年に生産を終えたシトロエン2CVの1990年型である取材車は、空冷の水平対向2気筒602cc、29馬力のエンジンと4段MTにより610kgの嵩高の車体の前輪を駆動する。そして、1959年に誕生し、2000年までつくられた2ドア・サルーンのミニのここでの個体は、1999年製のローバー・ミニ・クーパーで、1.3リッターの4気筒62馬力が4段MTを介して、わずか720kgの、愛くるしくも小さな車体の前輪を駆動する。
デジタル制御技術の急速な発展によって、いまでは運転初心者すら1000馬力ごえの超高性能車を動かすことぐらいはできるようになった時代を迎えたけれど、ここに取り上げた3台の超低性能車はどれも、一定の訓練を経たドライバーでなければ動かすことさえ容易ではない。なぜなら、それらにそれぞれの性能を遺憾なく発揮させるには、3つのペダルを両足をつかって、必要とあらば同時に操作し、クラッチ・ペダルを踏む左足とアクセル・ペダルを踏む右足との協調した動きに合わせて手動で最適のシフトを選択しつづけ、シフトの上げ下げにおいては渡利みさきの手腕をもって臨まなければならないからだ。ここに集った3台は、そのどれもが、そのルックスにおいて、その走りかたにおいて、それが運転者に与える世界のありかたにおいて、まったく異なる。荒れた路面でのモーガン4/4の野蛮な乗り心地が、ミニの落ち着きのない絶えざる上下動が、そして2CVのかもしかのようにしなやかな身のこなしが、僕の感激をそれぞれ誘う。それぞれの自動車が、これほどまでにそれぞれ自由なありかたをもつことを知ることは、ひとつの啓示だ。そして、それらの背後に、僕たち人間がいる。かんがえかたも思想も異なるひとりひとりの人間が。僕たちが過去において、これだけちがう自動車をもつほどにゆたかだったことを知ることは、ゆたかで自由な未来(の自動車と世界)への、希望を語ることばを与えるのだ、とおもう。
Photos 望月浩彦 Hirohiko Mochizuki / Words 鈴木正文 Masafumi Suzuki@GQ
COLUMN
「こころざし」の塊は、いまこそファッショナブル
By 今尾直樹この3台、運転するとものすごく楽しい。今回、私がいちばん長く乗った最終型ミニ・クーパーを例にとると、現代の軽自動車よりもちっちゃいボディに、1271ccの直4OHVを搭載する。62psと数字的には非力だけれど、トルクが下からあって、車重720kgと軽いから、アクセルを踏むほどにレスポンスよく快音を発し、弾けるように加速する。信号が見えないほど着座位置が低いから、実速度はたいしたことがなくても速く感じる。ステアリングはクイックで、乗り心地はサスペンションがないも同然。いい路面ではいいけれど、路面と路面とのつなぎ目などではガツンとショックがきて、フロントがジャンプし、一瞬ロデオをやっている気分になる。なんたるライブ感。なんたる冒険。騒音と振動ほど、オモシロイものはない!
乗り心地という点では、シトロエン2CVのほうが設計年次は古いけれど、はるかに快適で、よく風の通る木陰でハンモックに揺られながら箱根の山道を走っている、というような気分になる。といって、眠ってしまいたい気持ちよさではない。目が覚める。この気持ちよさは結局、2CVでしか味わえない。ということに改めて気づいた。
モーガン4/4は、見かけとは違って、ごくフツーに運転できる。ごくフツーだけれど、サイド・スクリーンも外して、ロードスター本来の姿で走ってみると、高原の夏の空気と爽快かつ痛快にたわむれられる。モーガンはいいなぁ。と、これまた改めて思った。
振り返ってみると、1980~90年代はまだ戦後の理想主義が残っていて、それを僕らは現役で味わうことができた。その意味では幸せな時代だった。あ、モーガン4/4は基本設計こそ戦前にさかのぼるけれど、モーガンがモーガンたり得たのは、2代目のピーター・モーガンが、60年代に入ってMGBやトライアンフTR4などのモダン・スポーツカーとの競争にさらされ、方針を転換したからだ。ライバルへの対抗策として、モーガンはプラス4プラスというファイバー・ボディのクローズド・クーペを送り出す。ところが、このモダンなモーガンより、同時期に発売した4/4にV8を搭載した+8に注目が集まる。以来、ピーターは2003年に83歳で亡くなるまで、モデルチェンジというものを一切やめてしまった。
英国病が蔓延した70年代、ピーターは従業員を家族同様に思い、連帯を打ち出すことで乗り切った。利潤の拡大を望まず、年産1000台程度をハンド・メイドするファミリー・ビジネスを頑なに守り、流行を無視することでイギリスのアイコンのひとつとなった。
2CVもミニも、大衆の生活をよりよくすベく開発されたベーシック・カーだった。これら3台はそれぞれ「こころざし」の塊で、だからこそ愛された。いずれも半世紀近い長寿を誇り、ファッショナブルな存在にもなった。おまけに、いま、運転しても楽しい! 20世紀が生み出した傑作たちである。私も欲しい。
なんとも素敵なシーラカンスたち
By 武田公実今回集められた3台、1990年型シトロエン2CVと1999年型ローバー・ミニ・クーパー、そして2010年型のモーガン4/4には、重要な共通点がある。それは長年にわたって生産された名車の最終期にあたるクルマであること。現役時代には、生ける化石といわれる「シーラカンス」にも喩えられた傍らで、それぞれの愛好家にとっては唯一無二の存在となってきた。
モーガン4/4は、第1次大戦前から三輪乗用車/スポーツカーを製造していたモーガン社が、初めての4輪スポーツカーとして1935年にデビューさせた。現在の丸みを帯びた意匠のノーズは、1950年に高性能版の「プラス4」が追加された際に、初めて採用されたものが現代まで継承されているが、さる2020年にプラス4が史上初、実に70年ぶりとなるモデルチェンジを果たしたのと同時に、初代にあたる4/4はフェードアウトとなった。
いっぽうミニは、より低燃費な小型車を求める市場の要望に応えて1959年に誕生したモデル。F1GPで大活躍したレーシングカー・コンストラクターの「クーパー」とのコラボのもと、61年から追加された高性能版の「ミニ・クーパー」は、モータースポーツでも大活躍したいっぽう、ミニという存在自体がザ・ビートルズやミニスカートとともに「60年代ポップカルチャーの象徴」とも称されつつ、1999年まで丸々40年も愛され続けることになった。
そしてシトロエン2CVは、第2次大戦終結後間もない1948年に、それまで自動車を持てなかった農民たちの需要に応えるクルマとして登場したという。ところが、その徹底した合理主義と個性的なファッション性は、パリをはじめとする都市部の人々にも愛され、いつしか自由な精神やフランス的エスプリを体現するアイコンとして、全世界に熱烈なファンを持つに至った。こちらもポルトガル工場生産分を含めると1990年まで、つまり52年の長寿を誇った。
このように氏育ちもキャラクターもまったく異なる3台だが、今回乗せていただいたことで、極上のドライビングプレジャーというもう一つの共通項に気がついた。しかし、もとよりスポーツカーとして誕生したモーガンのみならず、実用セダンから転じてラリーカーやレーシングカーとしても一世を風靡したミニ・クーパーが運転して愉しいというのは、至極当たり前のことかもしれない。でも生活民具、ある意味では農機具の延長として生み出されたはずのシトロエン2CVが、もう声を出して笑ってしまうほどに愉しいというのは、長年クルマに携わってきた筆者としても、とても嬉しい誤算だった。
パワーユニットの電動化や運転の自動化への機運が、否応なしに高まっている現代。そのいっぽうで、こんなエッセンシャルなクルマたちとともに自身のカーライフを完遂したいという想いは、全面的な賛同に値するものといえよう。
そして、これから誕生する未来のクルマたちにも、この3台の「シーラカンス」のごとき本質的な楽しさの追求を継続してくれることを、心より願ってやまないのだ。
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