2021年にトップカテゴリーのドライバーを退き、その後TGR-E(トヨタGAZOO Racing・ヨーロッパ)の副会長に就任、WEC世界耐久選手権の現場への帯同のみならず、国内外のさまざまなカテゴリーの現場に足を運んでいる中嶋一貴氏。
とりわけ2024年に入ってからは、国内でダブル・タイトルを獲得して欧州に渡った宮田莉朋や、WECのドライバーを務めながらマクラーレンF1のリザーブ任務もこなす平川亮らをサポートする姿から、トヨタのモータースポーツ活動における重要な役割を果たしていることが伝わってくる。
ロペス代役起用の裏にあった“リザーブ”宮田莉朋への配慮。経緯とテストデーでの走行予定を中嶋一貴副会長が説明
一貴副会長の仕事の“実際”、そしてそのなかで急速に重要度が増しているというドライバー育成について、WEC第4戦ル・マンの現場で聞いた。
■若手が「目指したい」と思う環境づくりの重要性
──TGR-E副会長に就任して2年半ほど経ちましたが、このポジション、あるいはドライバーではない立場で働くことについては、慣れましたか?
一貴副会長:慣れてはきていると思います。とはいえ、いろいろなトピックが常に出てくるのがモータースポーツの世界ですから、『その都度、いろいろなことに対応していく』という面では、慣れるものではないのかもしれません。
自分が乗っていないことについては、最初から違和感があったかというとそうでもありません。ただ、実際(自分で)乗ることもまだまだありますからね。変わったような、変わっていないような、というのが正直なところですかね。
──そういえば、2022年にはライセンス取得のためニュルブルクリンク耐久に出場していましたが、その後レースには出ていないのですか?
一貴副会長:レースには出ていませんが、市販車とかでニュルを走ったりというのはまったくないわけではありません。コースを忘れてはいませんよ、という感じでしょうか。
──では現在の一貴さんの、日々の業務のアウトラインを教えてください。
一貴副会長:去年から今年にかけて非常に大きくなってきている役割は、ドライバー育成という部分です。莉朋がヨーロッパに来たことはもちろん大きいですが、彼だけでなくて、その先の部分も含めての話です。
僕自身や(WECチーム代表兼ドライバーの小林)可夢偉もそうですが、やっぱり世界のトップを目指してキャリアを積める機会があったからこそ成長できたし、ドライバーとしてだけでなく、マネジメントとしてもこうやって仕事をやらせていただけているのだと感じます。
日本人として、こういった役割を担えるだけの経験をさせてもらえた身からすると、後に続くドライバーやその先の役割もできるようなドライバーを育てていきたいし、(若手ドライバーに)「そうなりたい」と思ってもらわないといけません。それがこの5年10年、できていなかったと思うんですよね。それをもう1回、作り直したいというか。
自分たちが育ってきたような環境・そこを目指したいと思ってもらえるような環境を作りたいという僕自身の思いもありますし、平川のF1での活動を見てもらっても分かるとおり、やっぱりモリゾウさん(豊田章男トヨタ自動車会長)も、子どもたちが夢を見られるような環境であったり、憧れてもらえるようなドライバーになっていってもらいたい、という想いがあるなかで、いろいろなチャレンジができる環境にあります。そういった状況下で、自分の仕事としてはドライバー育成のウエイトがだいぶ高まってきていると思います。
あとはWECに限らずですが、TGR-Eとして、モータースポーツを通じて鍛えてきた技術や人、知見といったものを、トヨタのなかの市販車やレース以外の部分にいかに展開して貢献するかというのも、ひとつ大きなミッションだと思っています。
WECではハイブリッド(技術)を鍛えてきて、そのなかではできたこともあるのですが、もっとできたこともあると思っていますし、もっともっとそれを広げていかなくてはいけません。いまはより市販車にダイレクトにリンクしているGT4もありますし、だから自分が富士24時間に出たというのもあります。
ハイパーカーがあり、GT3ではRC Fがあり、GT4としてはスープラがあるなかで、ここで鍛えたものを波及させていくという観点でいくと、自分がドライバーとしてそこに貢献できることもまだまだあると思いますし、最近ではその手の話も増えてきています。アウトラインとしては、そのような形ですかね。
──マネジメントとして、TGR-Eの経営上の意思決定にも関わっているのですか。
一貴副会長:もちろん、関わっていますね。週のなかで自分が出るミーティングは決まっていますし、それ以外はその都度ですけど……いろいろあります。ドライバーのときよりも忙しいのは間違いないです(笑)。
──結構、大変そうですが……。
一貴副会長:昔からそうですが、僕、移動中は絶対に休むので。そういう意味では、まだ大丈夫です。もし移動中も仕事しなければいけなくなったら、ちょっと厳しいかもしれません(笑)。
■本来なら日本人にも代役出場のチャンスがあったル・マン
──ドライバー育成の部分については、一貴さんの責任範囲というのはどのあたりまでなのでしょうか? たとえば日本国内のシート決定などについても、関わっているのですか?
一貴副会長:国内については、片岡さん(片岡龍也TGR-DCレーシングスクール校長)がいらっしゃるので、責任を持ってやってくださっています。ただ、「海外を目指すためには、こういった準備がいるよね」という意味では、日本で必要な部分もありますし、そういうところは連携して、日本にいるうちにできることもなにかあるよな、と思っています。
あとは今回もFIA F4のドライバーがふたり来ていますが、4輪の世界に入ってきた段階で、もう少し海外も視野に入れてもらえるような活動も含めてやっています。また、日本でレースをしているドライバーに海外でのテストのチャンスを(与える)、というのもできるだけやっていきたいと思いますし、逆にヨーロッパのドライバーを日本のレースに送り込む、といったことなど、アイデアはいろいろとあるんですよ。何をやっているかは、もうちょっとするといろいろと見えてくると思うので、楽しみにしていただければな、と思います(笑)。
──実際、今年もIMSAに出場するベン・バーニコート選手が急遽スーパーフォーミュラに参戦したりといった動きもありましたしね。
一貴副会長:そうですね、いまはありがたいことに、加地さん(加地雅哉TGRモータースポーツ担当部長/技術室室長)がグローバルに全部見ているということで、拠点ごとの連携はすごくしやすくなってきています。
いままでであれば、WEC、IMSA、日本とそれぞれの場所で活動しているドライバーにとって、お互いはそれほどスコープに入って来なかったと思うんですよ。たとえばWECで何かあったときに、日本のドライバーを乗せよう、とか。でも徐々にそういったことができるようになってきていますし、将来に向けていろいろな可能性をドライバーに対して生み出せるようにしていきたいですね。
今回のル・マンだって、(マイク・コンウェイの負傷でホセ・マリア・ロペスがハイパーカーに乗ることによって)GT3のシートが空いたときに、別に日本のドライバーを乗せて悪いわけではないんですよ。準備さえできていれば。ただ、準備ができている人があまりいないということが問題なので、そういうところに日本人が何の心配もなくポンと乗れる環境を作っていきたいというのもありますね。(編註:ロペスの代役はIMSAに出場するジャック・ホークスワースが務めた)
■福住・笹原が世界を目指す場合の、「足りない経験」
──たとえば現在の日本のトップカテゴリーでも、福住仁嶺選手や笹原右京選手など、海外指向の強いドライバーはいると思いますが、彼らが海外に出たいとなったときにその受け皿がどこまであるのか、あるいはそこはあくまで競争の原理のなかで本当に力のある者だけがチャンスを得るのか、そのあたりはいかがでしょうか。
一貴副会長:基本的には競争の原理だと思うので、日本でやっているドライバーに『いろいろな要素も含めての実力』があれば、なにも問題はないと思います。ただ、フラットな目線で見て、いますぐに連れてきて即戦力でやれるのかというと疑問が残るところもあるし、足りない経験もあると思っています。
ちょっと難しいと感じるのは、日本で一線級まで上り詰めているドライバーが、どうやってヨーロッパで経験を積むのか、という部分ですね。日本のカテゴリーをどこに置くのかという問題もありますが、莉朋が今年やっていること(FIA F2/ELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズのLMP2)も、目線によっては(スーパーフォーミュラ/GT500と比べて)ダウングレードしているように見えることもあると思うんですよね。
でも結局、いま莉朋がやっていることをどこかで経験しないと、F1にしろWEC(ハイパーカー)にしろ、世界のトップのカテゴリーにはなかなか行けないのが現実だと思います。
だから、たとえば仁嶺や右京が(海外に出たい)、ということであれば、それはどこかで必要になってくると思うので、もし本当にそういう希望が本人たちにあって、それだけの適性があるとなった場合は、僕個人的にはそれ(F2やELMS)を経験しないと難しいかな、というのはあります。
──とくに福住選手の場合、一度FIA F2には出ていますし、もう一度それをやる意味がどこにあるのか、という話にもなってきそうです。
一貴副会長:そうですね、ELMSだって「モチベーション的にどうなの?」という見方はあるとは思いますが、僕としては必要な経験でもあると思います。やっぱり、レースのプロシージャー(手順)なども含めて、日本とは全然違う複雑さもありますし、英語ネイティブにとっても訳が分からないような(苦笑)複雑なルールもあるなかで、いきなりハイパーカーに安心して放り込めるかというと、やっぱり結構難しい部分もありますね。
日本人のドライバーを育てていくことについては、僕らだけでなく(WECの)チームメンバーを含めてすごく前向きなんですよ。とくにデビッド(・フルーリー/テクニカルディレクター)なんかは、そこはすごくオープンでサポーティブですし、今年莉朋をリザーブに置くというのは、チームの判断でそうしていますから。そういったメンタリティは、チームのなかにすごく大きくあるので、チャンスはいくらでもあると思います。
ただ、日本でレースをしているだけでは足りないものがたくさんあるので、バックグラウンドで、個人の努力でやれることはやっておいてほしいですね。莉朋に関しては、日本でしかレースしていない割には頑張って努力してきた部分も見えたので、今年(の参戦プログラム)があるという部分はありますが、それでもヨーロッパに来てみれば、まだまだ足りないところはたくさんあるので、こればっかりは経験を積むしかないと思います。その経験を積む機会をできるだけ作っていってあげるということが、自分たちの役割かなと思っています。
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