スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2021年の第6回は、現在も唯一のハイブリッド車両としてシリーズを戦い、規約変更の2019年からはFR車両となった31号車『TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT』が登場。
生みの苦しみを味わったデビューイヤーを経て、シャシーコンポーネントを共有する兄弟車『トヨタGRスープラGT』が誕生した2020年、そして“ファミリー大増殖”を果たした2021年は、その長男としてFR化後の初優勝も達成した。そこへ到達するまでの成長物語を、ご存知チーム代表兼車両設計者でもあるaprの金曽裕人監督に聞いた。
GT300マシンフォーカス:プリウス史上最悪だった2019年。名門aprのFR型プリウスが大苦戦した理由
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毎年のようにタイトル戦線に絡む実績を残したミッドシップ版のZVW51型プリウスから、FRの新型マシン開発に踏み切った背景にはシリーズ規定の変更があった。2019年より、4WDからFR、FFからFRのようにエンジン搭載位置変更を伴わない駆動方式の変更は認められるものの「ベース車両からのエンジン搭載位置変更不可」という条文が実効となったのだ。
これに合わせ、プラグインハイブリッドを採用するZVW52型のプリウスPHVをベースとしたFRのGT車両を設計したaprは、これまでリヤバルクヘッドの背後に背負っていたレース専用開発の3.4リッターV8自然吸気のRV8Kから、レクサスRC F GT3などに搭載される5.4リッターの2UR-GSEをベースとする汎用型V型8気筒にスイッチ。そこに従来と同様、トヨタが開発を主導する専用ハイブリッドシステムをドッキングした。
「まずミッドシップのハイブリッドシステムから基本的に大きく変わっていないものが、FRのこのクルマにも載っています。たとえばS耐などの他カテゴリーで作ったことはあっても、FRというクルマをスーパーGT用の完全なJAF-GT(現:GTA-GT300規定)車両として作るのは、aprにとっても2019年が初めてだった」と、当時を振り返った金曽監督。
シャシー製作初年度という点と、ノウハウ的に蓄積が不十分なFR車両という基礎に加え、新規のエンジン開発、ハイブリッドとの協調、プリウスPHVの空力的素性の見極め、そして後述するブレーキシステムの開発など、2019年は開発項目が一気に増えるかたちとなってしまった。
「今考えれば5つぐらい同時並行で進めたものだから、結論から言うと『何が何だかわからなくなった』というのが正直なところ。そのなかで、もちろんハイブリッドはミッドシップ時代からどんどん突き詰めていったものだし、トヨタがスポーツハイブリッドとして一生懸命開発しているモノだから、僕らが何か手を付けられるモノでもない。なのでここまでの3年間、ハイブリッド関連のトラブルは一切出てないのですよ。それで止まったとかはなく、単に『なんか、おっせーぞあのクルマ』っていう状態が延々と続いてきた」
さらに新規のエンジンも、開幕からすぐに当時のJAF-GT規定に適合させた状態で走り出すことは時間的猶予からも難しく、開幕から数戦は特認車両扱いでの参戦となり、ベースの6連スロットルからツインのビッグスロットル化と、その吸気と燃焼の制御、さらにJAF-GT300規定に完全適合したリストリクターを装着し、晴れてエンジンへの縛りが解けたのは第6戦のオートポリスからとなった。
そんな厳しい状況下ながら、FRのハイブリッドプリウスは毎戦毎戦、毎レース毎レースの週末セッションでテストを重ねていった。
「フリー走行、予選、20分走行(ウォームアップ)、それに下手したら決勝中にも1回入れてマップを変えたり“いらんこと”したこともあるしね。それぐらいシンドいクルマだった」と苦笑いの金曽監督。しかし、その努力は翌2020年シーズンに早くも実ることとなる。
埼玉トヨペットGreen Braveのオリジナルマシンとして登場し、トヨタカスタマイジング&ディベロップメント(TCD)やaprなどのサプライヤーが開発協力として名を連ねるGT300規定GRスープラの52号車埼玉トヨペットGB GR Supra GTが、デビューウインを含む年間2勝を挙げる実績を残したのだ。
「普通、あの当時のクルマ(プリウス)を見て『欲しい』とは思わない(笑)。でもそれをずっと待ってくれて『あなた方のクルマは良いし、今ある問題をクリアしたら、絶対に勝つと思う』って彼らは言ってくれた。それで『開幕から勝つかな~』とは思うけど(笑)、1番の理解者はやっぱり埼玉トヨペットさんだし、素直に『スゲ~なこの人ら』とは思ったね」
このGRスープラとプリウスPHVでは、こちらも規定により「ベースとなる生産車のホイールベースが2600mm以下の場合、5%の延長が認められる」との条文を受け、2470mmが基本のGRスープラは2590mmに。一方のプリウスPHVは2750mmまで延長されている。
こうした差異はあれど、ハイブリッド非搭載の30号車プリウスを含め2020年は実質的な“3台体制”で戦ったシーズンを経て、翌2021年はダンロップタイヤ装着の60号車SYNTIUM LMcorsa GR Supra GT、ヨコハマタイヤ装着の244号車たかのこの湯 GR Supra GTが加わり、一気に大所帯となった。
「僕らはここ2年、走らせる側よりも作り手側としての意識が強かった。そちらに徹していたから、(31号車に関して)シャシーの伸び代ってのがあまりなかったし、本音で言えばセットアップの領域に労力を割く余裕がなかった」と明かす金曽監督。
「そこが今度、2021年に(旧知の仲でもある土屋)武士が加わって。すぐに弱点を指摘して対策してくれるようになったし、SYNTIUM LMcorsa GR Supra GTの小藤くん(純一チーフエンジニア)とは、昔同じアパートに住んでた仲だからね。もうこの3者は素晴らしいですね。それで気がついたときに『うわ、長男であるはずのプリウスがスッゲー取り残されてる』って状態になった」と、HKSを経てつちやエンジニアリングで“丁稚奉公”として修行を積んだ経歴も持つ金曽監督は語った。
■『ブレーキの足し算』が合っていなかった。“滑空テスト”で見えた解決策
車体に関しては、ジオメトリー計算や解析結果、7ポストリグや風洞で出た数値などはすべてオープンに開示し、トラブル案件なども情報共有する体制を構築した。すると、シャシーに対する走らせ方のシェアが進んだことで、2019年には『何が何だかわからなくなった』車体の全体像が実を結び始め、どんどんとノウハウが蓄積されていった。そこで見えてきたプリウスPHVの課題こそ、ブレーキとの組み合わせでハイブリッドを有効活用する、新しい方法論だった。
「よくよく考えてみれば、トヨタが得意として今まで開発してきたスポーツハイブリッドって、WEC世界耐久選手権も含めてみんなミッドシップだった。夏ぐらいまではハイブリッドの熱問題、クーリングの問題、そして現時点ではボッシュ製の汎用品を採用しているものの、当初からアドヴィックスさんとABSの開発も続けてきていた」と金曽監督。
「そこに、4駆でもなくリヤにモーターを入れて、フロント回生じゃなくてリヤ側で……FRとして回生するハイブリッドを仕上げるのも初めてだった。トヨタ側もエンジンやブレーキの開発状況を知っているから『ハイブリッドは既存のままで問題ないですね』って言ってはいたけれど、あるとき『あれ、このFRのハイブリッドってすごく回生でエネルギー取れるんだな』ってことがわかってきた」と続ける金曽監督。
これまでのプリウスは重量物であるエンジンをミッドシップに搭載し、リヤで回生する方式を採ってきた。しかしこのFRプリウスでは、レース序盤のタイヤグリップが効く期間はまだ良いものの、ドロップが始まる10周程度を過ぎると「誰かが“サイドブレーキを引き始める”わけですよ(笑)」と表現するほど、ブレーキング~シフトダウンの状況でリヤがロックアップするナーバスな挙動を示してきた。
それゆえ、通常はフロント側のロール剛性を確保すべく「異常なほどガチガチ」に硬めた、やや異質なセットアップを採用せざるを得ない状況が続いていた。ゆえに、2020年の第3戦鈴鹿では、そうした方向性がプラスに作用してのポールポジション獲得……の一幕もあった。
「2019年シーズンの最終戦後にDTMドイツ・ツーリングカー選手権が来て、その際にGT300のスプリント戦(auto sport Web Sprint Cup)があったじゃないですか。実はそのときにリヤのミッション上のフレームに50kgぐらいわざと積んで“アホみたいに重い状態”で、重量配分だけ変えてレースしてみた。そうすると、実はブレーキがイケていた。そこをどう勘違いしたかっていうと『やはり、リヤのダウンフォース量が足らないんだ』という方に行ってしまった」と明かす金曽監督。
当時はGRスープラの開発も並行している時期と重なり、プリウスと同時にTCDの空力エンジニアと協業し「バンバン、風洞試験を掛けて」いた。それだけに、GTA-GT300車両のフラットボトムと低容量ディフューザーの組み合わせから、車体上面で効くエアロ効率で両車に“天と地”ほどの差があることを数値で体感していた。そのことが、現実に起きている実態を見抜く際のマスクになったとも言える。
「風洞で数値も見るから、僕らはスープラとの違いをまさしく“リヤの空力”だと思ってた。だって彼らは同じローターとパットで止まれてるわけだし、でもそれも違った、ってこと。単なる『ブレーキの足し算』が合っていなかった。でも回生側は調整できる話でもないし、レギュレーションで取れる量と吐く量が全部決まってる。だったらこの必要以上のリヤブレーキを『落としていいんじゃないか』という話をして。それでプライベートテストで……8月の頭かな? ブリヂストンさんにも本当に協力を仰いで、オートポリスで2日間スポーツ走行枠を走った。みんなが天候が悪くて走れなかった2日間の前々日で、そこは“ドピーカン”というミラクルな2日間だったのですよ」
トヨタ、apr、そしてブレーキコンポーネントを担当するエンドレスなど関係各所が集まってデータ解析を進めたところ、その「ブレーキを改善するだけでどうも景色が変わりそうだね」という結論に達し、その後に富士スピードウェイで実施したスポーツ走行枠のテストでは、焦点を絞った項目も確認した。
「もちろんトヨタもパラメータを全部提供してくれるから。あとは“滑空テスト”って言って、ブレーキを踏まずにハイブリッドの回生だけでクルマを止めようってやってみたら、これがえらい勢いで止まるんだよ(笑)。ということは『こんなの(従来型のブレーキコンポーネント)必要ないじゃん!』って」
そこでエンドレスはすぐさま専用品の開発に乗り出し、リヤ側の径を332mmとした小型ローターと、専用の磨材を採用したHV用ブレーキパッドを用意した。現状、GT300の主流はフロント側で390~380mm、リヤ側で380~345mmのローター径が一般的(GRスープラGTは345mm)だという。この332mm径は欧州では採用実績があるものの、日本のGTでは「誰も着けていない」ほど小径。その実戦投入が間に合ったのが、この2021年第6戦オートポリスだった。
「HV専用の“効かせ方を変えた”パッドを、プリウス専用で作ってくれた。エンドレスさんもトヨタの技術陣と綿密にコミュニケーションを取ってくれて、回生のデータだとかを見て『ここで出始めるから、僕らの方は滑らせてもう少し奥で効かせましょうか』とか、詰めてくれた。なので今回の初優勝の功労者として、個人的にエンドレスさんの存在も大きかったと感じてます」
こうして物理的な対応でブレーキング時のナーバスな挙動を改善した31号車は、結果としてフロント側でバネレートもダンパーの減衰値も「ガチガチに硬めていた」セットアップから解放され「オーリンズさんも専用の、減衰値だけでなくバルブも含め中身を作り直した」という新ダンパーを採用した。「減衰グラフの作り方で言うと、もっとスカスカにした。値で言うと下がる方向。これまでは下げられなかったところを下げた」ことにより、リヤで軽くなったバネ下重量とも併せて、トヨタ/apr流のエボサスも活かしタイヤを上手く使えるセットアップに舵を切ることができた。改めて、金曽監督にFRプリウス初優勝までの道のりを総括してもらうことにしよう。
「トヨタのハイブリッド開発チームとしても、FRのハイブリッドって『こういうクセを持ってて、こう使えば良いのか』だとかが、データとしてしっかり採れてきた。国内のモータースポーツでも、今後さらにハイブリッド化だとか、EV化だとかが進んできたときに、誰かがもう悩まなくていい。ブレーキ屋さんも、ダンパー屋さんも、トヨタ側も、みんなデータを採れている。そこが僕らコンストラクターとしてやらなきゃいけない大事なところ」
「たとえば今後、誰かが『レクサスLCのハイブリッドでやりたい』と言っても対応できるし、トヨタが新型ハイブリッドスポーツを出したら、それで『やりたい』って話が出ても大丈夫。そのときでも『ハイブリッドって結構、面白いよね』ってところに持っていけるのは、この2年間の成果だと思う」
「僕ら的には“闇から明かりが見えた”だけで面白いし、周りにも面白いと思う人が増えて『スープラに積んでもいいですよ』とか『新規のシャシーに載せて良いですよ』とか、レギュレーションがそうなっていったら、モータースポーツ業界も産業的にも、日本の最高峰レースが先を見据えて動いてるって示せると思ってます」
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