BMWアルピナのフラグシップサルーン「B7リムジン」に今尾直樹が試乗した。
混じり気のない精緻さ
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アルピナ・ブルーのボディ色に、アルピナ・クラシックという名称の超大径軽量鍛造ホイール。控えめなエアロ・パーツはいかにもアルピナ流で、ボディ・サイドのストライプとALPINAの文字が、特別なBMW……アルピナであることを主張している。
しかして、いくらこれが「ごく少数の自動車グルメのためのクルマ」を自認するアルピナのフラッグシップ・セダンとはいえ、ベースが7シリーズのロング・ボディで、全長5270×1900×1520mmという巨体である。
ホイールベースは3210mmもあって、前輪と後輪のあいだに、オリジナル・ミニがすっぽり入って、まだ余裕があるほどに長いのだ。
ガラス越しにリアのキャビンを覗いてみると、レッグ・ルームがものすごく広くて、後席は左右独立式、前席背後にはそれぞれにインフォテインメントのディスプレイを装備している。典型的なショーファー・ドリブン仕様を、アルピナがつくっちゃうとはなぁ……。
現行B7は2019年に、ベースのBMW7シリーズがマイナーチェンジでグリルが大きくなったりしたのに伴ってアップデートしたモデルで、筆者は見るのも試乗するのも初めてだった。7シリーズをベースとするアルピナもじつは初体験だったのですけれど。
ところが、筆者の疑心暗鬼はドライバーズ・シートに着座した途端、きれいさっぱり吹き飛んだ。ステアリング・ホイールの中央にはいかにもヨーロッパの紋章と思わせるアルピナのマークが鎮座し、アルピナ独特のピカピカのウッド・パネルが眼前に広がっている。自分のシートは座っちゃうと見えなくなるけれど、助手席も、後席も、ドアの内張からセンター・コンソールまで、凝ったスティッチが施された上質なレザーで覆われていて、スタンダードの7シリーズ以上にリッチな心持ちになってくる。
でもってスターターをそっと押してやると、乾いた爆裂音が控えめに聞こえてきてニンマリ。走り始めるや、もうビックリ! エレガントさとスポーティさがアルピナ流に融合している!!
あいにく筆者はベースとなったとおぼしき750Liのステアリングを握ったことはないけれど、6.6リッターV12を搭載する760Liならテストずみだ。だから、走り出してすぐ、あのV12みたいにトルクがある、と、思った。ところが、あのV12より圧倒的に軽やかで、しかも混じり気のない精緻さがステアリングホイールや乗り心地から伝わってくる。
もちろんBMWはすばらしいクルマだけれど、そのBMWの素材を使いつつ、よりフレッシュなのを厳選するとか、煮込むときに丁寧にアク抜きするとか、ひと手間もふた手間もかけて調理している。というような洗練を感じさせる。
硬いのにしなやか
まずもってエンジン。750Liの4394ccV8ツイン・ターボは、最高出力530ps/5500rpmが608ps/5500~6500rpmに、最大トルク750Nm/1800~4600rpmは800Nm /2000~5000rpmに強化されている。ターボ径を大きくし、冷却系を強化、ロム・チューンによって、78psと50Nmの増加を、より広い回転域から引き出しているのだ。
760Liの6591ccV12ツイン・ターボは609ps/5500rpmと850Nm/1550=5000rpmだから、アルピナはV8でV12に迫るパワーとトルクを引き出していることになる。それゆえ、だろう。ZFの8速オートマチック・トランスミッションは、750ではなくて、760とそっくり同じギア比になっている。1速と2速がやや離れ、2速から7速まではクロース・レシオになっている。
アルピナ独自の超軽量鍛造ホイールの採用によるバネ下重量の軽減もかかわっているだろうけれど、なにより6.6リッターV12並みのパワーとトルクを生み出す4.4リッターV8こそが、すぐれて軽やかな感覚の源泉だ。車重は車検証で2240kgと、絶対的には重い。
でも、760Liはカタログ数値で2320kgある。アルピナは80kg軽くて、4気筒少ない分、ノーズが軽い。重いものを豪快に走らせるのが12気筒であるとすると、B7はそれより軽いものを豪快に走らせていることになる。これぞ“モダン”ということだろう。
足まわりは7シリーズのxDriveシステムを含むメカニズムをそのまま用いているというのだからたまげる。アルピナがやっているのは、別注のホイールとタイヤを別にすると、電子制御のソフトウェアを書き換えているだけなのだ。AWD、エア・サスペンション、可変ダンピング、ロール制御、それにインテグレイテッド・アクティブ・ステアリングという名称の後輪操舵のパーツ等々は基本的に純正品で、それらを統合制御するプログラムを変えることで、洗練の度合いを引き上げているのである。
アルピナ独自のホイールとタイヤも、ドライビング・フィールに多大な影響を与えているにちがいない。B7のスタンダードは20インチだけれど、試乗車はオプションの21インチを装着している。タイヤはミシュランがアルピナB7用にあつらえたパイロット・スポーツで、スーパーカーもビックリ、というかスーパーカーなんですね、このスーパー・サルーンは。前255/35、後295/30という極薄、極太サイズである。
こんなに薄いのだから硬めなのは当たり前としても、ミシュランの貢献もあって、ゴツゴツ感は皆無で、硬いのにしなやか。本家BMWとは異なりランフラットを採用していないこともあるかもしれない。
ともかく硬いプリンとか硬い綿菓子、あるいは、しなやかな氷とか……世の中に実在するものでいえば、竹です。竹のような硬さ、強さと、しなやかさを両立した乗り心地。乗るほどに竹のようなさわやかさを感じもする。乗るほどに、自分が竹を割ったような性格のひとになったような心持ちすらする。ま、違うんですけど。
超一流の名品へと昇華
それにしても、BMWのような自動車メーカーの開発部隊がつくったハードウェアをベースにして、アルピナのような小所帯のスペシャリストがいったいどうやって、BMWが田舎料理、あるいは駄馬にも思えてくるような洗練をくわえているのか。それも、ソフトウェアの書き換えだけで!
現行7シリーズなんて、それこそ電子制御の塊で、カメラで路面をとらえて足まわりを最適にする、ロード・プレビュー機能付きのアクティブ・コンフォート・ドライブなんてものを備えてもいる。
だから、凸凹道のワインディング・ロードも、驚くべき上質さでもって駆け抜けることができてしまう。電子制御の4WDはほとんど4WDを意識させない。まるで後輪駆動のように、コーナーでスムーズにノーズが入り、たぶん後輪駆動より安定してコーナーを速く、安定して脱出する。こんなに巨体なのにサイズを感じさせないのは後輪操舵が適切に舵を切っているおかげだろう。
アルピナ社はじつに特異な自動車メーカーである。創業1965年というから、はや50年以上の歴史をもつ。BMW車をベースに高性能化を図り、内外装に独自の意匠を施して、年間1700台ほどを製造・販売している。日本での人気は高く、ドイツに次いで、イギリス、フランスと2位争いをしているという。
いまやアルピナはアッセンブリー工場を持っていない。BMWとの協力関係のもと、アルピナの専用部品をBMWの工場に持ち込み、ベース車両とおなじラインで、そのほとんどを組み立ててもらっているのだ。
B7の試乗車のシートや内装は、アルピナのマークが入ったものは別にして、BMWインディヴィデュアルというBMWのカスタマイズ・プログラムのオプション・リストから選んだものだそうである。アルピナが仕立てると、こんなにゴージャスな内装が出来上がる。自動車の世界にも、富裕層相手にスタイリストという職業が成立するのではあるまいか。
輸入元のニコルとしては、このBMWアルピナB7を、メルセデスAMG「S63」はもちろん、ベントレー「フライング・スパー」とかロールス・ロイス「ゴースト」のオウナー層にもアピールしたいと考えている。
だけど、うーむ。アルピナはしかし、控えめで、知るひとぞ知る的存在なところがいいわけだから、それだったら、ロールス・ロイスのアルピナをつくられたどうでしょう……と、例によって筆者は無責任なことを輸入元の方に申し上げたのですけれど、それはともかく、読者のみなさん、今度ロールス・ロイスとかベントレーを買おうかな……という御仁がお知り合いにいらっしゃったら、BMWアルピナB7もリストに入れておくべきでしょう、と進言されてはいかがでしょう。
スポーツ・サルーンづくりの手練れであり、名人、名手、達人であるBMW。その名人が生み出す名品が、アルピナの手にかかると、超一流の名品へと昇華する。嗜好品としての自動車の奥深さを秘めた至高の逸品、ショーファー・ドリブンにもできる究極のドライバーズ・カーがコレだ。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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良い訳だ。