幕張メッセで開催中(1/13-15)の東京オートサロン2023(以下TAS2023)にて、トヨタの豊田章男社長が壇上で発した、「クルマ好きだからこそできるカーボンニュートラルの道がある」、「クルマ好きを誰ひとり置いていきたくない」のフレーズとともに公開された2台のAE86レビン/トレノ。
40年以上も前のオリジナルデザインのまま、パワーユニットを、それぞれ水素エンジンにしたトレノと、バッテリーEVにしたレビンは、トヨタブースの中でもひときわ輝いていた。しかも運転を楽しめるよう、マニュアルトランスミッションもそのまま残されているという(BEVレビンは車内にだけエキゾーストノートが鳴るよう設計されているという。凝ってる!!!)。
「できるだけオリジナルを残して」中古車を買って製作わずか3ヵ月!! 鶴の一声で作ったハチロク電動車の裏舞台
「こうしたコンバージョンの先にカーボンニュートラルの実現がある」というのは、旧車オーナーやクルマ好きにはまさに待ち望んでいた世界。てっきり長い時間をかけて温めてきたアイディアなのかと思ったら、(トヨタブースで取材したところ)この話が登場したのはわずか4か月前だったそう。以下、オートサロン会場で取材した内容をお届けします。
文:吉川賢一
写真:TOYOTA、エムスリープロダクション
ハチロクの中古車が手元に届いたのが3か月前
「愛車のデザインはそのままに、中身を最新のユニットにして乗りたい。できればマニュアルトランスミッションで!!」という長年のクルマ好きの願いを、今回実現してくれたトヨタ。今回のAE86電動化プロジェクトに参加したレクサス電動化チームの新居謙治主査によると、この話が登場したのは昨年(2022年)9月に行われた、打ち合わせの場だったという。
豊田章男社長から、「新車ではなく、保有車の中身を、水素エンジンやバッテリーEVにする企画はどうか。カーボンニュートラルの切り札となるかもしれない。ただし、できるだけオリジナルを維持すること、もうひとつ、操る楽しみを残すためマニュアルトランスミッションを残すこと」というハードな指令が下り、新居主査はとしては「マジか」というのが率直な感想だったそう。そこからは納期との闘いでもあったそうだ。
新居主査によると、「AE86の中古車を探した出したのが9月、我々の手に実車が届いたのが10月でした。その時点ですでに残り3か月。届いた中古車の状態はなかなかの傷み具合で、最終的にスポーツ走行までさせるためには、大きな補修が必要でした。まずボディ本体に傷みが多くあったので、その補修のため、内装、外装、エンジン、トランスミッションなどをいったん下ろして、全塗装するところからやりました」とのこと。
多くの設計開発者、試作担当者による「突貫プロジェクト」として立ち上がった今回の企画だが、どうにかこの日(2023年1月13日のTAS初日プレス発表)を迎えられたという。
TAS2023に登壇した豊田章男社長。「クルマ好きだからこそできるカーボンニュートラルの道がある」、「クルマ好きを誰ひとり置いていきたくない」のフレーズと共に、2台のAE86が公開された(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)
BEVユニットはプリウスPHVのユニット、製作担当はレクサス電動化チーム
水素エンジンのトレノは、レース活動で実証済みである、水素エンジンのGRカローラの開発技術がある程度活かせたそう。エンジンユニットは純正である4A-Gを流用しており、水素エンジンに合わせた専用の排気管や水素燃料タンクを新設(このクルマのために一品ものの排気管を作製している)、それ以外の部分については、できるだけ現車に手を入れないようにしたそうだ。
新車のようにリフレッシュされているトレノのエンジンルーム。ブルーに塗装されたヘッドカバーは水素エンジンの証拠だ
ただ、BEVのレビンについては、そもそもBEVとマニュアルミッションとの組み合わせ実績がない。担当したのはレクサス電動化グループだったそうだ。その理由は、レビンに積んだBEVのユニット(プリウスPHVのもの)が、レクサスRZに向けに製作したユニットが起点だったためだ。レビンの荷室に積まれたバッテリーに、レクサスのエンブレムが入っていたのは、そのためだ。
BEVユニットも含めて、トヨタがすでに世の中に出しているユニットをなるべく流用した(ただしモーターの向きは、FRのAE86に合わせて縦置きとされている)今回のコンバート。できるだけ既存部品を流用しながら、AE86の長所である「軽さ」を守りつつ、かつマニュアルトランスミッションもあえて残した。
「クルマを動かすだけならば、本当はマニュアルトランスミッションなんていらないのです。ただ、操る楽しさというところをやりたかったので、マニュアルとモーターのドッキングにチャレンジしました」と、新居主査は自慢げだった。
BEVレビンのエンジンルーム。エンジン用の補器が無くなるためスカスカ。後輪駆動なのでモーターの向きは「縦置き」となる
レビンの荷室に積まれたバッテリーに、レクサスのエンブレムが入っていたのは、レビンに積んだBEVのユニット(実際にはプリウスPHVのもの)が、レクサスRZに向けに製作したユニットが起点だったため
ドライブフィールは上々!! モーターの良さが活かせる加速も!!
モーター+マニュアルトランスミッションの操作感がどうなるのかは、大変気になるところ。新居主査によると、なんと「通常のマニュアルトランスミッションと同じ感覚でドライブできます。我々も驚きました」とのこと。
しかも、アクセルを踏んだ時の加速フィールは、ガソリンエンジンよりもダイレクト感があってコントロールもしやすく、マニュアル車の長所である楽しさも、しっかり残っているそうだ。たとえば、クラッチのミートを間違えるとガクガクしたり、アクセル操作をラフに扱うとギクシャクくしたりもするところもあえて残してあるそう。失敗もありうるところは、操る楽しみだ。
ただしエンストはせず、クラッチをミスってもギクシャクして終わり、とのこと。回転を上げて急発進もできるし、レスポンスとモータートルクが強いので、ドリフトもできるそうだ(実際にYoutubeではレーシングドライバーの佐々木雅弘選手が富士スピードウェイでドリフト走行も実演していた)。
「製作は大変でしたが、とても面白かったです。新しいBEVの楽しさがあると思う。最終的には、もう少しパワーを上げたいと思っています」と話してくれた新居主査。こうしたチューニングができる要素も、クルマ好きが楽しみにしているひとつだろう。
燃料の給油口だった場所には、充電プラグが仕込まれている
カーボンニュートラル社会と素直に向き合える手段をみせてくれた!!
これまでも、旧車のパーツを復刻販売したり(トヨタ、日産)、旧車を新品同様にまでリフレッシュしたり(マツダ、ホンダなど)と、自動車メーカーが企画してきたレストア企画はあったのだが、あくまで原状復帰が目的であり、カーボンニュートラルな社会とはイマイチ繋がっておらず、先細り状態でもあったように思う。だが今回、最も現実的で、望まれている正解が見えたような気がして、クルマ好きのひとりとして、嬉しさが爆発しそうだ。
こうなると、既存のどんなクルマであってもコンバートしてもらいたくなる。トヨタがみせてくれた、今回の大いなる選択肢は、将来のカーボンニュートラル社会と素直に向き合える手段として、期待せずにはいられない。
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みんなのコメント
日本にトヨタがあって良かった。
さすがトヨタ。
こうした心がとても好きだ。