マクラーレン・オートモーティブが世界限定500台、約1億円で世に送り出した世界最高峰のスーパースポーツ、マクラーレン・セナ。2018年5月に日本で初披露された時点で限定500台はすでに完売、最後の1台はチャリティオークションに出品されたが、なんと約3億円(!?)で落札されている。
この、音速の貴公子の故アイルトン・セナの名を冠したスーパースポーツカー、果たして実力はいかほどなのか? はたしてセナの名にふさわしいモデルなのか? ポルトガル・エストリルサーキットで、モータージャーナリスト大谷達也が徹底試乗!
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文/大谷達也 写真/マクラーレン・ジャパン
初出/ベストカー2018年8月10日号
■ポルトガルで「セナ」を試す
マクラーレン・ホンダで3度ワールド・チャンピオンに輝き、アラン・プロストとともにマクラーレンの黄金期を築いた伝説のドライバー、アイルトン・セナ。その名を冠したスーパースポーツカーがマクラーレンから登場した。果たしてその価値はあるのか。ポルトガルで試乗した。
試乗の舞台となったのは、セナがF1初優勝を飾ったエストリルサーキット。いっぽう、クルマのほうの〝セナ〟はナンバー付きで公道も走れるが、その本領はサーキットで発揮されるという。今回サーキットのみの試乗となったのは、このためだ。
セナの最高出力は800ps。おかげで0→100km/h加速は2.7秒、0→400m加速は9.9秒、最高速度は340km/hと、もはやなにがなんだかワケがわからないくらいの速さだが、最近は700ps超えのスーパースポーツカーが少なくない。おかげでこちらの感覚も少しマヒしているようで、驚くほど加速が鋭いとまでは思わなかった。
それよりビックリしたのがわずかな操作にも機敏に反応するレスポンスのよさだった。ハンドルをちょっと切っただけで前輪の向きが変わり、ここで生み出された力が実際にクルマの向きを変えるまでの時間がとにかく短い。この素早さはレーシングカー並みか、それよりもはるかに小型軽量で反応が鋭いレーシングカートのようだ。
でも、だからといって過敏すぎて扱いにくいということはない。それよりも、リアタイヤが滑り始めてカウンターステアが必要になった時に、セナのレスポンスのよさが生きてくる。とにかくクルマが俊敏に反応してくれるから、「タイヤが滑った!」と思ってからカウンターをあてても充分に間に合う。意外かもしれないが、この点では、セダンベースのスポーツモデルよりもはるかに扱いやすいと感じたくらいだ。
■乾燥重量はアクアやフィットよりちょっと重い程度
こうした俊敏性はマクラーレン自慢の軽量設計によるところが大きい。その乾燥重量は1198kgでトヨタアクアやホンダフィットよりちょっと重い程度。モノコックを含む主要部品はカーボン製で、フロントフェンダーの厚さは1mm以下でたったの660gしかない。持ってみると、まるで紙のような軽さだ。
こうした驚くべき軽量設計に勝るとも劣らないのが空力設計である。しかも、前後に取り付けられた空力部品は電子制御で走行中もピョコピョコと動く。例えば、リアウィングはフルブレーキング時に25度まで起き上がって巨大な空気抵抗を敢えて発生。
これにより、空気の力を一種のブレーキとして活用できるうえ、浮き上がりそうになる後輪をしっかりと路面に押しつけてブレーキの能力を最大限引き出してくれるのだ。
■280km/hオーバーからのフルブレーキで身体が浮き上がる
このブレーキ能力が、セナはずば抜けている。私も多くの高性能車でサーキットを走ったことがあるが、最初のうちはセナが持っているブレーキ能力の一部しか使えなかったほど。
しかし、助手席に腰かけたインストラクターに励まされて280km/hオーバーの超高速域からフルブレーキングを敢行。すると、6点式シートベルトでしっかり縛り付けられていたはずの身体が浮き上がってしまうほどの減速Gを発生して私を驚かせた。こんな経験は、これまで一度もしたことがない。
正直、今回はブレーキの印象が強すぎて、サーキット1周をしっかり攻めきるところまではいかなかった。でも、あれだけコントロール性が高ければ、私でも、ものの1時間でコースを覚えて、それなりの限界でエストリルを走り抜けられたはずだ。
残念ながらすでに完売してしまったが、もっと攻めたい。もっと走りたい。ドライバーをそんな気持ちにさせる〝ウルトラ〟スーパースポーツカーのセナは、やはり伝説的ドライバーの名にふさわしいモデルといえるだろう。
■マクラーレンの歴代14モデルを振り返る
続いてほぼすべてのマクラーレンに試乗している大谷達也氏にマクラーレンの過去のモデルについて振り返ってもらうことにした。
「F1マシンを開発するのは3年間だけ。それが終わったら私をクビにするか、マクラーレンでロードカー(公道を走れる量産車)を作らせてほしい」。
ファンカーや表面冷却といった奇想天外なアイデアを生み出した天才F1デザイナーのゴードン・マーレイは、当時マクラーレンF1チームの代表だったロン・デニスから移籍を打診されると、そう応えたという。
マーレイが手がけたマクラーレン・ホンダは1988~1990年のF1GPを席巻。アイルトン・セナやアラン・プロストをチャンピオンに押し上げたことはご存じのとおりだ。いっぽうでマーレイはデニスとの約束を取り下げず、1991年以降はF1チームに関わらないと明言。デニスもこの約束を守ってマクラーレン・カーズを設立すると、その技術部門の責任者にマーレイを据えた。
こうして1993年に完成したのが伝説的なスーパースポーツカー、マクラーレンF1だった。以降、単に〝F1〟という場合は、このマクラーレンロードカーのことを指す。
F1の特徴はカーボンモノコックを用いた超軽量設計(V12、6Lエンジンを搭載しながらわずかに1140kg)と高度なエアロダイナミクスにあり、純粋なドライビングの楽しさを追求したハンドリングは多くのマニアを魅了。
わずか64台しか生産されなかったこともあり、新車当時は1億円だった価格は現在10億円とも20億円ともいわれるまで高騰している。
F1はレースでも活躍。1995年には関谷正徳選手らが乗るF1が初出場のルマン24時間で優勝する金字塔を打ち立てた。この時の気持ちを、後にマーレイは「F1グランプリで10回チャンピオンになるよりルマンで1回勝つほうが嬉しい」と語っている。
●1993年 マクラーレンF1(6.1LV12、636ps/66.4kgm)
発売当時価格約1億円
■新生マクラーレンの出発点、MP4-12C
その後、マクラーレンはメルセデスベンツと共同でメルセデスベンツSLRマクラーレンを世に送り出すが、この関係を解消すると2010年に新たなロードカー〝MP4-12C〟を作り上げ、再び独立独歩の道を歩み始める。
現在に続くマクラーレン・オートモーティブは、この時を出発点にしているといって間違いない。
ただし、新生マクラーレンはマーレイが生み出したF1の精神を正しく受け継いでいる。それはカーボンモノコックを用いた超軽量設計、F1マシンの開発で養った高度なエアロダイナミクスの活用などに表われている。また、スーパースポーツカーにしては乗り心地と視界が優れている点もF1と共通するマクラーレンロードカーの美点だ。
●2010年 MP4-12Cクーペ/スパイダー
3.8L、V8ツインターボ(600ps/61.2kgm)
発売当時価格:3000万円(クーペ)
■究極を意味するアルティメットシリーズの第一弾、P1
2013年には〝究極〟を意味するアルティメット・シリーズの第一弾、P1を発売。12Cをベースにしていながらも、カーボンモノコック、エアロダイナミクス、サスペンションなどを徹底的に改良。
さらに3.8LV8ターボエンジンにはハイブリッド・システムまで装備して916psを生み出すという、まさに〝究極〟の1台だった。
続いてP1をサーキット専用モデルに仕立て直したP1 GTRをリリース。これはオーナーだけを対象にした特別なサーキット走行会でドライビングの腕を磨けるほか、マクラーレンの本拠地にある高度なドライビングシミュレーターを体験できるなど、ソフト面の充実ぶりでも注目を集めることとなった。
さらに12Cの後継モデルである650Sを投入すると、これをベースにした高性能版の675LTを開発。12C、650S、675LTの3モデルはスーパーシリーズと名付けられ、マクラーレンロードカーの奔流と位置づけられることになった。
●2013年 P1
3.8L、V8ツインターボ+モーター
システム出力916ps/91.8kgm
発売当時価格9661万5000円
●2013年 P1GTR
3.8L、V8ツインターボ+モーター、エンジン
800ps/モーター200ps
58台限定生産、価格約4億円
●2014年 650Sクーペ/スパイダー
3.8L、V8ツインターボ(650ps/69.1kgm)
発売当時価格3400万円(スパイダー)
●2015年 675LTクーペ/スパイダー
3.8L、V8ツインターボ(675ps/71.4kgm)
発売当時価格4353万円(クーペ)
■価格が手頃なスポーツシリーズ
これよりも価格が手ごろで、日常的な使い勝手のよさも追求したのがスポーツシリーズで、まずは2015年に570Sと540Cがデビュー。2016年にはマクラーレン初のグランドツアラーとなる750GTが誕生した。
スポーツシリーズでは、カーボンモノコックの形状が見直されて乗り降りがより容易になったほか、小物入れが充実して実用性が向上。いっぽうで高度な可変制御ダンパー・システムや可変エアロダイナミクスを省くことでスーパーシリーズよりも低廉な価格を実現していた。
これに続いて昨年デビューした720Sはスーパーシリーズの第2世代というべきモデルで、エンジンを4Lに拡大。カーボンモノコックはスポーツシリーズの思想を採り入れて乗降性を改善したものが採用された。
そして今年、セナが華々しくデビュー。そのサーキット専用モデルであるセナGTRの登場も予告されたが、なぜマクラーレンはこうも矢継ぎ早にニューモデルを投入するのだろうか?
●2015年 570Sクーペ/スパイダー
3.8L、V8ツインターボ(570ps/61.2kgm)
発売当時価格2556万円(クーペ)
●2016年、570GT
3.8L、V8ツインターボ(570ps/61.2kgm)
発売当時価格/2750万円
■2022年までに合計15車種の新型車を発表すると発表済み
実は、彼らは2016年に中期計画のトラック22を発表。そのなかで2022年までに合計15の新型車を発表すると予告している。このうち、すでに4モデルがデビューしているので、あと4年間で11モデルが登場する見通し。そのバイタリティには驚くばかりだ。
ちなみに、セナに続いて登場するのは、同じアルティメット・シリーズの〝BP23〟となることが明らかにされている。そのコンセプトは超高速クルーザーで、F1が記録した当時の量産車記録391kmを上回る最高速度をマークする模様。
しかも、F1と同じ「センター・ステアリングの3シート・レイアウト」が採用されるので、30年の時を超えてあのF1が復活するといってもいいだろう。
●2015年 540Cクーペ
3.8L、V8ツインターボ(540ps/55.1kgm)
発売当時価格2188万円
●2017年 720sクーペ
4L、V8ツインターボ(720ps/78.5kgm)
発売当時価格3338万3000円
●2018年6月28日発表 600LT
3.8L、V8ツインターボ(600ps/63.2kgm)
価格約2780万円
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