自動車電動化が大いに波紋を呼んでいる。
発端は2020年末、12月3日に政府が「2030年代半ばまでにガソリンエンジン車の販売を禁止する」との方針を表明したことにある。これを受けて東京都は「2030年に、都内で販売する新車を電動車のみとする」方針を明らかにしたこともあり、一気に「電動車化=脱ガソリン車」論議が加速したのだった。
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政府も東京都も「脱ガソリン車」という表現をしているが、これは純内燃機関車両(ICE車)を意味しており、純EV(電気自動車)のみではなく、マイルドハイブリッドを含めたハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)などを包括する。
この背景には「2050年カーボンニュートラル」があり、その前段階として施行される『2030年度燃費基準』がある。各メーカーの新車販売の平均燃費を25.4km/L以上にしなければ達成できない厳しい燃費基準で、発電時や生産時のCO2排出量も加算される「W to W」の考え方を導入し、EVやPHEVも規制の対象に含まれるのがポイント。現実問題として、ストロングハイブリッドやPHEV、さらにはEVの販売比率を高めないかぎり、到底達成できない数値基準なのだ。
簡単にEV化へ向かっていいものか? 水野和敏氏が、その問題に切り込む!
CO2排出量を低減するという、地球環境問題を考えれば、当然無視できない問題であることは言うまでもないのだが、一方で自動車の内燃機関を削減させれば、本当に地球全体でのCO2排出量を劇的に削減できるのか? という視点は確実に検証され、慎重に論議されるべきだろう。
2030年燃費基準でも盛り込まれる「W to W」の観点はとても重要になってくる。EVは走行する場面にかぎってみればCO2排出はゼロだが、では充電のための電力発電時のCO2はどうなっているのか? 大容量リチウムイオンバッテリーの製造時や廃却時の膨大なCO2排出はどうカウントされるのか? といった問題だ。
ちなみに、国内のCO2全排出量のなかで自動車が占める排出割合は約15.9%。最も多いのは発電用で約40%である。さらに、日本の発電方法は福島の原発問題もあり、現在は火力発電が主体で80%を超えていて圧倒的。
国内電力発電比率(2020年9月分)
燃料はLNGが44%と増えつつあるが、石炭火力発電も約32%と多い。水力や太陽光などの自然エネルギーによる発電はすべて合わせても15%程度に過ぎないのが現状だ。火力発電は多くのCO2を排出する。自動車の脱内燃機関=電動化が、必ずしもCO2削減に向けた“切り札”ではないということを、まずは冷静に認識する必要がある。
さて、ここからは水野和敏氏が「脱内燃機関自動車」に向けた問題点を指摘する。
※本稿は2021年1月のものです
文/水野和敏
写真/ベストカー編集部、Adobe Stock
初出/ベストカー2021年2月26日号
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■水野和敏が提言する3つの問題点
こんにちは、水野和敏です。日本政府は「2030年代半ばまでに内燃機関自動車の新車販売を禁止し、電動車のみにする」との方針を示した。さらに東京都は「2030年に都内で販売する新車をすべて電動車とする」と、さらに時期を早めて電動車化を推進することを表明した。
ここで言う「電動車」とは、ピュアEVだけを指すのではなく、燃料電池車(FCV)はもちろんのこと、マイルドハイブリッドを含めたハイブリッド車(HV)までを指す。つまり、脱内燃機関とはいうものの、内燃機関(ICE)をまったく使わない自動車だけにするのではないということはまず、しっかりと認識しておく必要がある。
この前提になっているのは2050年のカーボンニュートラルだ。自動車のゼロエミッション(ZEV)化に向けたステップとして、まずは「電動車」の普及を後押ししようということだ。
世界的にはもっと厳しく、英国では2035年にHVのみならずPHEVも販売を禁止する方針だし、ドイツではさらに5年早い2030年にHV、PHEVも含めたICE車の新車販売全面禁止を掲げている。東京都でも、2030年にZEV50%の方針に変更はないという。
つまり日欧米諸国の進む道として、ここ数年は「移行期間」としてHVの販売も認めるが、今後10~15年を目処にピュアEVを中心としたZEVへ完全移行する、ということだ。FCVもあるだろうが、水素供給インフラ整備を考えると、飛躍的な普及は短期間では難しいだろう。
脱内燃機関自動車はすなわちピュアEV化と言っても間違いないだろう。私自身、EVをはじめとした新エネルギーによるパワートレーンには大いに興味があるし、EVそのものを否定する気持ちはまったくない。むしろ、技術的に「進化幅」がたくさんあり、エンジニアとしては大いに取り組みたい分野である。
この大前提をもってしても、10年後にEV普及率が飛躍的に高められるのかというと、大いに疑問があるし、今のままでは「無理」と言いたい。その理由は大きく3つあると私は考えている。以下、具体的に解説していこう。
■【1】EVの進化と普及には抜本的な産業構造の改革が必須
日産『初代リーフ』が登場したのは2010年。すでに10年が経過しているが、この10年でEVの根本的な技術的進化はほとんどない。
航続距離を延ばした主体は大型の大容量バッテリーを搭載したに過ぎず、言わばガソリン車のタンク容量を増やしたと同じことで、充電の電力供給量を増やしたに過ぎない。発熱で無駄に捨てる電気を減らした高効率バッテリーやモーターを開発するといった、10年間の技術進歩は少なく、今の大型化したバッテリーと高出力モーターは、ガソリン車並みのラジエターを搭載して電気の発熱を冷却し、無駄に捨てているのだ。
なにより、モーターで直接タイヤを駆動するという基本構造が変わらず進化がない!
モーターの駆動力を走行条件に合わせて効率よく使うトランスミッションなどがないため(ポルシェ『タイカン』のリアモーターには2速ギアがある)、加速性能を上げようとすればモーターの数を増やすか出力をアップし、消費電力を増加させる。航続距離を延ばすためにさらに大きなバッテリーを載せる。大きなバッテリーはますます車両重量を増やし、無駄な発熱の冷却量も増える。スペースも必要だ。なにより、製造や廃却時に使う膨大な電力と走行用の充電量増加で排出するCO2も増加していく。
対照的に内燃機関(ICE)ベースのパワートレーンの環境対応への進化は凄い!
高効率ダウンサイジングターボなどで熱効率は40%を超え、多段化したトランスミッションや48V小型モーターと合理的に特性を組み合わせ、10年前には想像もできなかった排気量の低減を実現した。今や1.5Lのエンジンでメルセデスベンツ『Eクラス』が売られている。
1995年辺りに35%程度だった量産車のICE単体熱効率は、現在40%を超えるのが普通になっている。単にフリクションを低減するのではなく、大元の燃焼理論そのものが進化しているのも特徴。現行のF1で言えば、50%の大台に乗っているとも言われている
この背景には、産業構造や開発体制の問題がある。エンジンやミッションは自動車会社がすべてを決定して自身で好きなように開発ができる。
しかしEVはモーター、バッテリーといった基幹部品は電機メーカーが押さえており、自動車メーカーはすべての決定や開発の本当の意味での主導権は握れていない。電機メーカー側が開発したモノに頼ってクルマの仕様を合わせているのが現状なのだ。だから進化が遅い。
現在、バッテリーやモーターを自動車と一体化して、自由に自社で一括して決定や開発ができているのが米国のテスラ社だ。だからテスラだけが売れまくり、どんどん進化している。
つまり、これは産業構造の改革を含めて解決が必要な問題。EVの技術をあと10年で抜本的、かつ飛躍的に進化させなければ、真の意味での「脱内燃機関自動車」時代などは実現不可能というのが私の考えだ。
例えば経産省主導で電機メーカーと自動車メーカーの合弁会社を新たに作り、テスラ社のようにEVを一括して開発、生産できる体制の構築も必須だ。トヨタとパナソニックの合弁会社にしても単なるバッテリー製造会社であって、EVを一括して開発する「自動車メーカー」ではない。
さらに日産が撤退して日が経つが、国内での大容量バッテリー大量生産は現実的には不可能。レアアースの大部分は中国が握っているし、生産時の電力消費など、コストを含めたインフラ対応もできていない。現状ではEV生産台数の増加、それは中国メーカーの利益向上と直結している。バッテリーというエネルギーを握られることは、国策としてはとても危険なことである。
■【2】EV推進は中国の覇権拡大と国策に振り回されることになる⁉
バッテリーだけではない。EV拡大に積極的なのが中国だが、この背景には中国の国策の手が打たれている。
パリ協定の問題点は「CO2の排出量を売買できる」ことにある。中国が経済拡大戦略で推し進めている『一帯一路』。これがポイントで、中国と欧州を繋ぐ「中央アジアをヨーロッパに貫く陸上物流網」と、「東南アジアや北アフリカまでも含めた海上物流網」を構築するもので、現代のシルクロードなどと言われている。
このために中国は、関連した経済的に厳しい後進諸国に多額の経済融資を投入して道路、港湾などインフラ整備をしている。
中国は投入した融資の返済が滞る場合、港の管理権を手にして海軍の寄港地とするなど各種利権での返済を求めている。その利権のなかにはCO2排出量の取引も予想される。一帯一路融資の返済が滞る国のCO2排出権を中国が代償として求めることも可能なのだ。
これにより、中国のCO2排出量には余裕ができる。つまり、バッテリーなどの製造時や充電用の電力を、先進国より1.6倍も多くCO2を排出する石炭火力発電所で作っても、手に入る「CO2枠」で対応できてしまう。将来のための後進国の枠取りを、今使ってしまうことにもなる。
EVを中心としたZEV推進の目的は、地球全体のCO2排出量を削減すること。しかし、CO2排出権の取引システムを使った経済の覇権争いや、原発を数多く持つ国の産業対抗政策化など、本来の目的と異なる政治的な道具に使われすぎている。このことを忘れてはならない。
■【3】日本国内での電動化にはインフラが追いついてない
そして最後の問題点は日本国内での電力供給インフラだ。現状でも「冬の暖房や夏の冷房での電力不足」が叫ばれている。
現在、日本国内には乗用車だけでも約6200万台の自動車がある。このうちマイルドも含めたハイブリッド車は約930万台で、EVは11万7000万台あまり。EVの占める比率はわずか0.19%に過ぎない。
EVが走行するための電力消費量は莫大だ。自動車メーカーはV to Hなどと言って、災害時などにEVのバッテリーが家庭の電力に供給できることを謳っており、リーフ1台で一般的な家庭の電力4~5日分を賄えるとしている。逆の視点から言えば、リーフが東京~名古屋の片道300km程度走るためには、一般家庭で4日分の電力が必要ということ。総務省統計局のデータによれば3~4人世帯の電力消費量は平均すると13kWh程度なので、40kWhのバッテリーを搭載するリーフなら3日分、62kWh仕様だったら4.8日分に相当する。
電動化自動車が与える電力消費量へのインパクト
資源エネルギー庁の試算によれば、2030年にはEVとPHEV合わせて964万台になるとみている。おおよそ国内乗用車の15%が電動車になるということである。
毎日全車がフル充電することはないだろうから、仮にバッテリー稼働率を30%としよう。2030年時点の電動車のバッテリー容量平均値を50kWhとして、毎日15kWhが消費されるとしたら、1億4460万kWhだ。実に1112万世帯分の電力消費量を電動車が毎日使うことになるわけだ。日本の世帯数は5097万1519世帯(2020年1月1日現在:総務省データ)。つまり、電力消費量的には国内世帯数が約1.2倍に増えることになるということだ。
一般家庭での電力消費量の平均
EVが東京~名古屋を移動する電力で、一般的な家庭の電力4日分を消費する。EV普及が電力消費量に与えるインパクトは莫大なのだ
この増加分を賄える電力インフラは整備できるのだろうか? 現在の国内事情を考えれば原発増設は現実的ではない。水力発電は10%にも満たないし、太陽光や風力発電などの新電源はすべて合わせても5.4%程度に過ぎない。日本の発電は80%以上が火力発電だ。必然的にCO2を排出する。燃料はLNGが44%程度で、次いで石炭が約32%。電力消費が増えれば、火力発電が増強されることになろう。
日本国内のCO2排出量の比率
結局、現状の電力供給事情のままでは、EVやPHEVといった電動車が増えれば、電力供給の増加に伴うCO2排出量が増えることになる。だから、インフラ整備と並行して電動自動車推進論は行う必要があるのだ。
太陽光発電は自然エネルギーと言われているが、発電パネルの製造、廃棄時にはCO2を排出する。また、メガソーラーが自然環境破壊につながるとの指摘もある(beeboys@Adobe Stock)
■まとめ
最後に技術的な話をしよう。
冒頭、EVの技術が進化していない点を指摘したが、モーターの効率は8000rpmあたりが限界点。しかし現在のEVは1万2000~1万5000rpmもモーターを回している。バッテリーもモーターも発熱するためガソリン車並みのラジエターで冷却している。この冷却はエネルギーの無駄な使い捨て。
モーターは高回転になればなるほど、高調波や渦電流による鉄損が増加し、効率が落ちる。全車速での性能/効率を最大化したいなら、多段ギア化は必須だ
ガソリン車は変速ギアがあるから60L程度のガソリンで何百kmも走れる。EVでも変速ギアとの組み合わせは必須。効率のいい回転域でモーターを使えば電気消費量は減らせる。バッテリーは小さく、充電量も少なく、車体も軽く、音や冷却も少なくできる。
今のようにバッテリーを大きくする走行性能の向上はやめ、消費電力の削減を徹底してほしい。ここにこそ、本当の電動化推進がある。
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