この記事をまとめると
■日産で初めて量産されたFF車「チェリー」を振り返る
見た目はまったく違うけど「2000GT」には弟分が存在していた! マニアでも知らない「トヨタ1600GT」ってナニモノ?
■当時の日本車では採用車種が少ないFF駆動を取り入れたモデルだった
■クーペモデルの「X1-R」はスポーツモデルとして愛されていた
日産初の量産FF車を知っているか?
みなさんは「チェリー」と聞いてまず何が思い浮かびましたか? 直球で答えるなら果物の「さくらんぼ」でしょう? いまの若者なら「チェリーピース」? 楽曲なら圧倒的多数でスピッツの「チェリー」ですよね。人によっていろいろなイメージがあると思いますが、日産の車種で「チェリー」という名前があったことはご存じでしょうか? だいたいいまの40歳後半以上の人なら知っている可能性は高いと思います。
いまではなくなってしまった車種なので、若い人には馴染みのない車種名だと思いますが、掘り返してみるとなかなかにドラマがあり、意欲的に作られた車種で、ここではその「チェリー」というクルマについて話してみましょう。
■いまでも根強いファンがいる、初代「チェリー」の誕生
いまやFF(フロントエンジン&フロントドライブ)のレイアウトはメインストリームですが、この「チェリー」が誕生した1970年代の初頭まではFRが圧倒的多数であり、FFは得体の知れない「馬の骨」扱いのレイアウトだったようです。その認識にクサビを打ち込んだのがこの「チェリー」なのです。
誕生年は1970年。先行して発売されていた「サニー」がライバルの「カローラ」との排気量競争に乗って1200ccへとサイズアップしていくなかで、ポジションが空いた小排気量の入門クラスに、1000ccのエンジンを搭載して市場に投入されました。
当時はかなり斬新でエポックメイキングなFFレイアウトを引っ提げてインパクトのあるデビューをした「チェリー」は、じつはその発売以前に吸収合併された「プリンス自動車」が密かに開発していたクルマでした。
自動車先進国だった欧州やアメリカの高性能車を開発の指針としていた日本のメーカーは、ほとんどの車種がFRのレイアウトを採用していましたが、よりコンパクトな車体で最大限の居住空間をというコンセプトの元で、イギリスの「ミニ」の構造を参考にしながら、日本の市場と道に適したクルマとして「プリンス自動車」が自動車市場の意識を変えてやろうという強い意欲で開発されていたそうです。
そして日産と合併し、エンジンには「サニー」と共通の「A型」が採用されました。日産で同じ型式のエンジンが搭載されているということでサニーの派生モデルという認識の人も少なからずいると思いますが、じつは開発段階から別の道を辿ってきた車種なのです。
■新しすぎた!? 初代「チェリー」のメカニズム
基本的な構成はイギリスの「BMC」が開発した「ミニ」に倣って開発をスタートしたものとのことですが、当時の日本車のなかでは採用例が少なかったFFタイプのレイアウトは、さまざまな点で困難な壁があったのではないかと想像します。
エンジンは、元々FR車の「サニー」用に開発されたOHV方式の「A型エンジン」を採用し、それを横置きにレイアウトしました。FF方式ですからそこで前輪へと駆動を持っていくわけですが、途中にミッションとデフというかさばる装置を納めないとなりません。一方で居住空間を広く取るという大きな目的もありますので、前後長はなるべく抑えたい、というせめぎ合いを解決する手法として、これも「ミニ」に倣って採用されたのがエンジンの下にミッションとデフを収めてしまう方式です。
おかげでエンジンの前後長はかなり短く抑えられ、その分室内を少し大きいサイズの「サニー」より広くすることができました。
サスペンションも、前がストラット式、後ろがトレーリングアーム式と、入門車種としては贅沢な4輪独立懸架式を採用。「サニー」はリヤがリーフリジットというオーソドックスな方式でしたので、メカニズム的にも「サニー」を凌ぐ装備で、当時の日産とプリンスの関係性が少し垣間見える気がします。
ちなみにこのFFレイアウトの特性なのか、あるいはフロントデフのセッティングのせいなのか、コーナリング中にアクセルを踏むと片方に駆動が偏る、いわゆる「トルクステア」というクセがあるという評価もありますが、現役当時はレースでそれなりの勝率を上げていたという実績がありますので、一概に悪いとも言い切れないのではないでしょうか。
そして、そのレースでの速さにも関わる運動性能に貢献するファクターとして、車体の軽さが挙げられます。1000ccの少ない排気量で、格上の車両にも負けない走りを、という狙いで無駄をそぎ落とされまとめられたボディは、同世代の「サニー」より車体重量で30kgも軽く仕上げられていました。
さらには内装も入門車種とは思えない凝ったものが奢られていました。ダッシュボードのデザインは、その後に発売される3代目スカイライン、通称「ハコスカ」を思わせるスポーティなもので、当時の若者にはさぞウケたことだろうと思います。
レースでも活躍したスポーツモデルも登場
■「チェリー」のイメージをさらに押し上げた「X-1R」
初代「チェリー」で忘れてはならないのは、モデルの後期に販売された「X-1R」というグレードです。
それに先行して当時かなりアバンギャルドなデザインと評されたクーペモデルが登場しました。ルーフのラインが水平に後方に伸びて下がっていく、ワゴンを思わせる独特なリヤのボリュームのあるスタイリングが、それまでの国産車には無い個性を主張。すぐさま当時の若者の心を捉えスマッシュヒットました。
余談ですが、そのクーペのテールに配置された丸目2灯のテールランプは、その後にほかの車種のテールに流用されてイメージを変えるという手法が流行しました。通称「チェリー・テール」と呼ばれています。
レースにおいてもそのクーペボディが採用されるようになり、よりスポーツイメージが強く確立されました。
そのイメージをまた市販車にフィードバックして発売されたのが「X1-R」グレードです。排気量が大きい1400ccの「A14型」エンジンが搭載されたトップグレードの「X-1」をベースにして、レースイメージのオーバーフェンダーが装着されたホットなモデルです。
旧車好きの人でも「チェリー」というとこの「X1-R」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。この「X1-R」の登場でさらに「チェリー」の人気が高まり、販売台数の伸びに貢献したようです。
■今の旧車ブームのなかの「チェリー」
短い4年のモデルイヤーの間で22万台ほどを売り上げヒットした初代「チェリー」ですが、いま現在残っている台数はかなり少なくなってしまったようで、旧車のイベントでも見かけるのは、多くても数台という割合です。
市場価格はほかの人気車種ほどはハネ上がっていないようですが、台数自体が少ないために販売している個体に出逢えることが稀という状況で、購入することが難しい車種にあたるでしょう。
もし気になって購入を検討したいという人がいたら、長い目でじっくり探す構えが吉かもしれません。
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みんなのコメント
初代チェリーは1200cc迄で、A12型のツインキャブ仕様です。1400ccは、チェリーFⅡになってからのエンジンですね。
70年代初頭のTSレースでは、雨の日にFFの底力を
まざまざと見せつけてくれた初代チェリー…。
そのチェリーからパルサーに至るまで、プリンス時代から
FF一筋で開発の陣頭指揮をとってきた千野甫氏の功績も
忘れることはできません。