クルマ好きとしても知られる村上春樹原作の映画
「積ん読」にしたままだった初版の単行本が見当たらず、急遽、本屋へ走り、文庫本化された「女のいない男たち」を見つけてきた。もちろん、カンヌ映画祭で4冠をモノにし話題となった映画「ドライブ・マイ・カー」の原作を読み返すためだ。村上春樹作品には一時期のめり込んだクチだが、ジックリと読むのは(といっても短編だから一瞬で読了)一体どれくらいぶりか?
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ついでなのでビートルズの「ラバー・ソウル」(「ノルウェイの森」といい、タイトル付けの法則、根拠は知らないが、村上氏はこのアルバムが余程お好きなのか)ではなく、ストーリーの最初のほうにベートーベンの弦楽四重奏曲が出てきたので、自宅のiMacのミュージックライブラリの中から探し、「第一番ヘ長調作品18−1」を手始めのBGMに読んでみた。すると「劇中車」としてサーブ900は、まあ妥当なところかな、と思った。
原作の小説ではオープンカー仕様だった
ストーリー中に登場するのは「黄色のサーブ900コンバーティブル」で、手元のカタログの年式(1992年)にモンテカルロ・イエローの「900ターボ16Sコンバーチブル」がある。
一方で映画では(観ていないが予告編などで判断する限り)アルミホイールのデザインなどから、同年式、同グレードの3ドアが使われているものと思われる。いずれにしてもカタログでわかったのは、少なくとも正規輸入車の900ターボ16Sは左ハンドルの設定のみで、5速MT車はコンバーチブルには設定がなく3ドアのみだったということ。ストーリー中の「みさき」の、目を閉じていると感知できないような上手なシフトチェンジを描写するならマニュアル車が必須で、そういう事情から、実写版の映画ではクローズドボディの3ドアが使われたのかもしれない。
航空機がルーツのスウェーデンの自動車メーカー
ところでサーブは知られているようにルーツは航空機メーカーで、航空エンジニアが最初のサーブ車を設計したとされる。コンパクトなエンジンルーム、広いキャビン、クルマの重心近くに置かれたドライバーのヒップポイントなどが特徴のひと目でサーブとわかるユニークなフォルムは、1940年代半ばの最初の「サーブ92」以降、「900」に至るまで基本的に踏襲されたものだった。
また1976年に乗用車で初めてターボを実用化したのもサーブだったし、エアバッグ登場前から衝撃吸収の機能を持たせた網目状のステアリングコラムなど、独自の安全技術も採用。イグニッションキーのシリンダーがセンターコンソールに備わるのもサーブの特徴のひとつだったが、これは万一の際にドライバーの膝に当たらないように考えた安全思想が根底にあった。
サーブ独自のコダワリが凝縮された「900」
そして「ドライブ……」にも登場した「サーブ900」は、元を正せば1967年に登場した「99」をベースとしたモデルで、最初に登場したのが1978年。とはいえ、やがて「9-3」へと発展した2代目の「900」登場まで、まるでキッコーマンの特選丸大豆しょうゆのガラス瓶のように基本設計を変えず四半世紀以上、サーブの代名詞的なモデルとして存続した。
ちなみに筆者は1980年代なかごろに「900」に試乗した経験があるが、同じスウェーデンのボルボとはまた趣きの異なる、何ともスノッブなムードが強く印象に残っている。フロントガラスは俯瞰では大きくラウンドしつつもAピラーが立っていることで天地が広くなくクラシカルな雰囲気だった。さらに、乗り味もステアリングフィールも、それからアクセルを踏みこむとジワリと回転を上げるエンジン(ターボ車は踏み込むとギューン! と目覚ましい反応を見せた)など、スタイリングだけでなく走りっぷりにも強い個性を発揮していた。ターボ(2L)は1992年式のカタログの諸元表によれば、最高出力160ps/5500rpm、最大トルク26.0kg−m/3000rpmのスペック。
それと「ドライブ……」の原作に登場したカブリオレにも試乗した憶えがあるが、そのときは都心でリヤシートにも座り、キャンバストップを下ろした状態では、低い着座位置に対してソフトトップが高い位置で畳まれ、その後ろにエリマキトカゲのようなスポイラーもあったことから、バスダブに深く沈み込んだような包まれ感というか、沈み感を味わった。
残念ながらサーブは2011年に消滅
「900」で言えば、2代目以降、GMアライアンスでオペルのプラットフォームを使うクルマとなり、やがて残念なことにブランド自体が消滅することに。日本でも西武自動車に始まり、三和、ヤナセと輸入代理権が移り、当時のオーナーはいささか不便な思いをされたと思う。北米市場では「スバル・インプレッサ」をベースにマスクをサーブ車に仕立てたクルマも存在した。最後期の「9-5エステート」など、それはなめらかで心地いい走りに魅了させられたものだ。
車種ごとに個別に用意されていたカタログは今も残っている。それぞれグラフィックも装丁もスマートで作りが丁寧で、手に取って眺めているだけでもサーブの誠実な世界観が伝わってくる……そんな好きなカタログだ。たとえ映画の出演者になれなくても、サーブは、もう一度乗ってみたいブランドのひとつだ。
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イグニッションキーがセンターにあるのはドライバーに何かあっても助手席の人がキーをオフに出来るためです。