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ロールス・ロイスと南仏で考えた「ラグジュアリーはステキだ!」──新型ファントム試乗記(後編)

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ロールス・ロイスと南仏で考えた「ラグジュアリーはステキだ!」──新型ファントム試乗記(後編)

ロールス・ロイスの最上級モデル「ファントム」がマイナーチェンジを受けた。南仏で試乗した今尾直樹がレポートする。後編は、モナコの背後の山中の狭いワインディング・ロードを「センチメンタリスト」で駆け巡った。

エフォートレスな走り

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南仏で開催されたロールス・ロイスの国際試乗会。コート・ダジュールは2日目も好天に恵まれた。朝食を済ませて、9時にホテルの玄関に行ってみると、“センチメンタリスト”がとまっていた。あとで知ったことだけれど、じつは先述の10種類の新型ファントムがテスト・カー用としてフレンチ・リヴィエラに持ち込まれていた。このうちの3台は「エクステンデッド・ホイールベース」と呼ばれるロング・ホイールベース版であった。

たまさかセンチメンタリストでドライブに行くことになったわけだけれど、ローズ・ゴールドのスピリット・オブ・エクスタシーと、ローズ・ゴールドのアートっぽい作品がダッシュボードの助手席側に飾られているのを見て、う~む。これは趣味がいいのだろうか……という疑念を密かに筆者は抱いた。

コースは往路がホテルから「フランスでもっとも美しい村」と呼ばれているグールドンという村までおよそ60km、1時間ほどの、復路はグールドンから終点のニース港まで、やっぱり1時間ほどのドライブで、私は往路を担当した。

ホテルの前のラナバウトをぐるっと回って山道に入り、対向車を気にしながら上り道を走る。右側は山側の壁で、対向車線はあるけれど、その左側は崖である。ファントムは全長×全幅×全高=5762×2018×1646mm、ホイールベース3552mmという巨体。全幅は2mを超えている! 無理でしょ、と思った。

しばらく走ると、誰が落としたのか知らねど、右のドア・ミラーが路肩に落ちていた。それはファントムより小さいクルマのものに違いなく、ファントムより小さいクルマだって、ときにドア・ミラーを落とすほど狭い道なのである。イヤだなぁ。ぶつけたら、どうしよう……という心配が先に立つ。

オートルートA8に上がってしまえば楽ちんだろうと思ったけれど、それも甘かった。やっぱりファントムには、もうちょっと広いとありがたい。内心、ビクビクだった。

それでも、そうやっておっかなびっくりで運転しているうち、徐々に慣れてきて、観察する余裕が生まれてきた。機械的な変更はないというけれど、もしかして日本で乗ったシリーズI、筆者が何年か前に試乗したのはホイールベースが3772mmもあるエクステンデッド・ホイールベース、略称EWBだったけれど、そのEWBより乗り心地がスムーズになっている。日本の道路よりフランスの道路のほうが路面がよい、ということはあるかもしれない。

6749ccのV12ツイン・ターボ・エンジンが、2.5トン以上もある重くてでっかい図体をしずしずと走らせる。パワーそれ自体も571ps/5000rpmとスーパーカー級で、最大トルクは900Nmという途方もない数字で示されている。その分厚いトルクを1750rpmの低回転からエフォートレス(努力知らず)に生み出す。

この巨大なトルクでもって、あらゆる速度域でスムーズな走行を可能にしている。これをひとことで表すことばが「ワフタビリティwaftability」である。英和辞書によると、waftは他動詞で「漂わせる」「ふわりと運ぶ」、自動詞で「(空中を)漂う」という意味だとされる。

ワフタビリティは1906年、のちに「シルヴァー・ゴースト」と名づけられるロールス・ロイスの新しい6気筒モデルをテストした「オートカー」の記者が初めて使った、とWikipediaにはある。なるほど、私はふわりと運ばれている。最新ファントムもまたワフタビリティの持ち主なのだ。

これぞマイ・ファントム!

後輪駆動でリア・アクスル・ステア、いわゆる4WSを備えており、そのおかげもあって、手に余りそうなのにそうでもない。

とはいえ、大きなクルマである。無理やり俊敏に動かすようなことはしてはいけない。大きなクルマは大きなクルマを扱うように、より丁寧に運転すべきなのだ。そうすれば、ファントムは大きなクルマにふさわしく、そこいらの大きなクルマとはちがって、エレガントに応えてくれる。

あまりにスムーズな乗り心地だったので、エンジニアのひとにお茶のあと、「足まわりも駆動系も、ホントになにも変えていないのか?」と質問してみた。「変えていない」という素っ気ない答だった。直径22インチもある巨大なホイールに、前255/45、後ろは285/40なんぞという、ワイドで超扁平タイヤを組み合わせているというのに、分厚いレッド・カーペットの上を走っている感覚を終始伴う。

エア・サスペンションと可変ダンパーに加え、カメラで先の路面を読み取り、予測しながら足まわりを制御しているはずだから、もしかしたらそのソフトウェアが改良されているのでは……と筆者は内心思ったりもするけれど、変更はないというのだから信じるほかない。

ナビゲーション・システムと連動して最適のギアを選んでいるはずの8速オートマチックの変速もまったくもってスムーズで、これもまたワフタビリティにひと役買っていることだろう。

新型ファントムは困難に思えた、筆者担当のおよそ60kmの山道主体のテスト・コースをたやすく走破した。もちろん冷静に考えれば、走破できないテスト・コースが設定されるなんてアホな話はないわけである。「世界一美しい村」グールドンへと至る手前の山道には、自転車でのぼるサイクリストにときどき出会った。そんなときも、軽く右足に力を込めるだけで、安全に、たやすく加速して抜き去ることができたのだった。

グールドン村の眺望の開けたカフェで一服し、再びセンチメンタリストに戻ってくると、最初、不可思議なモノにしか見えなかったローズ・ゴールドのスピリット・オブ・エクスタシーも、助手席の前のインスタレーションのような作品も違和感がなくなっていた。

これぞマイ・ファントム!と思うようになっていた。つまるところ私は、新型ファントム・シリーズ2の“センチメンタリスト”がいつの間にか好きになっていた。大きすぎるから、アクセルを急激に踏み込んで無理に動かそうとすると無理が出ることはある。そこがまたカワイイ。ドライバーの側にも、相手を思いやる気持ちが必要なのだ。

ボリュームは追わない

試乗を終えてロールス・ロイスのスタッフに、こんなに大きすぎるクルマで、こんなに狭すぎる山道を、世界各国からやってきたひとたちにドライブさせて、事故はないのか?と訊ねたら、事故は1件もないということだった。ホイールを傷つけることはあった、というから、さもありなん。

けれど、「ファントム・ランデヴー」が始まってから2週間も経っていたというのに無事故というのはすばらしい。このことは移動の道具としてのファントムの優秀性を示していると筆者は思う。

ホテルに戻り、晩餐の前にロールス・ロイスのトーステン・ミュラー・エトヴェシュ(Torsten Müller-Ötvös)CEOのグループ・インタビューが行われた。2013年にR-Rのトップに就任し、1000台に過ぎなかった年産を2021年は5586台、前年比49%増に飛躍させた立役者である。およそ13年間で5倍! もちろんこれはロールス・ロイス117年の歴史において最高の数字だ。昨年の大幅な飛躍は、2020年発表の新型ゴーストの生産がフル・イヤーを迎えたこと、ゴーストにブラック・バッジが追加されたこと、カリナンほかのモデルも好調だったことがあげられている。

筆者は3つの質問を投げかけた。一問一答を記せば、次のようになる。

Q  あなたのCEO時代に年産は何台ぐらいにまで増やしたいと考えていますか?

A あなたの質問のポイントはエクスクルーシヴィティとボリュームの関係をどうとらえるかということだと思います。価格を下げればボリュームは増える。でも、それはしません。われわれはボリュームは追わない。われわれはいまの体制を変えるつもりはまったくない。ある日、もしかして年産6000台、7000台になるかもしれない。でも、それは自然な発展であって、数字だけを増やそうとしているわけではありません。

この日のランチのとき、筆者はビスポーク部門の担当者に、新型ゴースト・ベースの2ドア・クーペの「レイス」、ドロップ・ヘッド・クーペの「ドーン」の2代目は予定しているのか?と訊ねた。答は「ノー」だった。ああ、やっぱり、そうなのかと思った。

ロールス・ロイスは、2021年5月に設立が発表されたコーチビルディング部門によって、クーペやオープン・モデルといった、より個性的なモデルを望む声に応えていくつもりなのだ。2017年発表の8代目ファントム、つまり現行ファントム以来、2019年の「カリナン」、そして2020年のゴーストと、すべて共通のオール・アルミニウム・スペースフレーム・シャシーをもとにしている。スペースフレームは一品生産、もしくは少数生産のコーチビルディングに適してもいる。法外な価格になるけれど、相手は法外なひとたちだから、それは問題にならない、ということなのだろう。

さらに新型ゴースト・ベースでベイビー・カリナンをつくる計画は? 絶対売れるでしょう、と質問してみたけれど、これも「ノー」だった。私だったらやるのに……、ロールス・ロイスはボリュームは追わないのだ。

Q トーステンさんも子どもの頃からクルマ好きだったと思うのですが、ロールス・ロイスのCEOになるなんてことを想像しましたか?

A ははは。ノー。そんなこと、不可能です。たまたまチャンスに恵まれたのです。ご存じだと思いますが、私は1999年から2004年までミニを担当していました。ブリティッシュ・ブランドと近い関係にあった。それで、ある日、トーステン、ロールス・ロイスモーター・カーズの後をつぐことを想像できるか?と聞かれたのです。それはもう名誉なことです。もう13年近くになりますが、毎日、謙虚な気持ちになります。この際立ったブランドのため働くのは、本当に名誉なことです。

ちなみにトーステンさんが最初に買ったのは、1960年代初期のモーリス・ミニ850だった。このほか、TVRやモーガンの名前が出てくるほど、ブリティッシュ・ブランドの大ファンなのだ。

3つ目の質問は通訳の方を介して、こんなことを訊いてもらった。

Q これはあなたの責任ではありませんが、世界中で貧富の差が広がっています。そのことについて世界最高のラグジュアリー・プロダクトのCEOとして思うところはありますか?

A いやあ(ため息)。それはいい質問です。答があるとすれば、だからといって、ラグジュアリー・プロダクトの生産をやめるということではないということです。その方面で私ができることは、働いているひとびとに平均以上の給料を払うこと、しっかりトレーニングし、彼らのこころをつなぎ止めること、ロールス・ロイスのスタッフ、ピープルがわれわれのビジネスに疑いをもたないようにすること、ぐらいです。でも、私は、われわれの顧客たちについて理解することも必要だと思います。彼らのなかには社会に対していろいろと考え、個人的に活動しているひとたちも多いのです。

ほかのひとの質問だけれど、質問も含めて興味深いのでご紹介したい。

Q ロールス・ロイスのCEOとして、仕事に対する哲学は?

A 完璧のためにできることはすべてやる。完璧というのは基本的に達成することはできない。ゴールはありません。つねに改良し続けること。毎朝私が起きて思うのは、この信念です。少しでも完璧を目指す。それが私の哲学です。それをお客さまも望んでいると思います。

Q その哲学のためにルーティンでやっていることはありますか?

A われわれはチームです。われわれロールス・ロイスモーター・カーズのチームはつねに自分にもチャレンジしています。そして、いつも正しいソリューションを見つけています。私はいつも、私より私の仲間たちのほうが正しいと思っています。結論を出す前に、テーブルの上にあらゆる意見を出し、一度決定したら、そこに向かって走ります。それが会社の利益になると思います。

Q 運転できる芸術作品ですか?

A 100%、イエスです。興味深いことに、同時にわれわれの製品はコレクターズ・アイテムでもある。クライアントのガレージを見たことがあります。それはもうアート・ギャラリーのようでした。すばらしい建築で、単に駐車するためではなくて、ディスプレイのためなのです。

筆者も、もうひとつ質問していた。

Q ラグジュアリー・ブランドの将来は明るい。ですよね、もちろん。

A そう思います。自らを止まることなく見つめ直して、これでいいと思ってはならない。成功は与えられるものではありません。クライアントと近い関係を築き、彼らから学び、たえず発展させ開発していくことが重要です。

これもいい質問だったので、ひとのですけれど、付け足しておく。

Q CEOになって、自分自身で変わったことはありますか?

A CEOだって、雇用されているに過ぎません。エゴをむき出しにするのではなく、つねにオープン・マインドで、人生に好奇心をもち、そう、変わったといえば、以前よりもコスモポリタンになりました。異なるカルチャーを愛しています。パンデミックでしばらく行けませんでしたが、10月に日本にまた行けます。これはたぶん、もっとも大きな変化です。私はグローバル・シティズンになっている。

ロールス・ロイスの現在の顧客の平均年齢は43歳で、前にも触れたけれど、20代もいれば60代もいる。多様性に富んでいる。それが現在のロールス・ロイスの強みだとCEOは考えている。因習にとらわれない、新しいアイディアに満ちた多様な成功者たちと関係を築き、彼らの声に耳を澄ませ、ラグジュアリーのなんたるかを学ぶことによって、ロールス・ロイスはラグジュアリーのピナクル(頂点)に君臨している。ラグジュアリーのピナクルのグローバルなソサエティを築き上げつつあるのだ。

体験がより人生を豊かに楽しくする

では、私たちフツウのピープルにとって、ラグジュアリーとはなんなのか? 今回のイベントで、筆者は水族館で中途半端ではあったけれど、海洋について学び、3日目にモンテカルロのオテル・ド・パリの隣にあるワイン・セラー訪問という体験をさせてもらった。

1874に設立されたこの地下セラーには35万本ものグラン・クリュが眠っていて、モンテカルロのカジノからアラン・デュカスの3つ星レストラン、ルイ15世まで、Société des Bain de Mer de Monaco(直訳すると「モナコ海水浴協会」)が認めたレストランやホテルに供給している。シャンパーニュから、シャブリ、ブルゴーニュの白のグラン・クリュまで、4種類の試飲もできて、ここではマスター・ソムリエからワインについて学んだ。

「ロールス・ロイスエクスペリエンス」と題して用意されたプログラムは、このほか香水や陶器、マチスとシャガールの美術館めぐり、そしてフリーダイビングなど、生活をエンジョイするための、ある意味、お勉強ばかりだった。

してみると、ロールス・ロイスが私たちに伝えたかったのは、体験がより人生を豊かに楽しくするという、ごくシンプルなものだったとは言えまいか。世界にはだって、生命という神秘的なもの、美しいもの、おいしいものがいっぱいある。ラグジュアリーとは、それらを積極的に体験し、ライフ、生活をより積極的に楽しむ態度であり、そこから得られるなにかスペシャルなもののことなのだ。

というような独りよがりはこれぐらいにして、最後にこう申し上げたい。ラグジュアリーはステキだ。

文・今尾直樹

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