さてさて、世の論調はBEVの失速論がすっかり主流になり、勢いのあまり「BEVはオワコン」とさえ主張する人がいる。
しかし本連載で何度も言ってきたとおり、これも間違いである。BEVは緩やかに技術進歩しながら、30%程度まではシェアを増やしていく。あくまでも持続的イノベーションであって、ある日を境に景色が一変するような破壊的イノベーションではないことがはっきりしてきただけである。
日本車第三勢力、マツダとスバルの「生きる道」…とは?【短期集中連載:第六回 クルマ界はどこへ向かうのか】
文/池田直渡、画像/AdobeStock、矢野経済研究所、日本自動車工業会、スバル
■池田直渡の「脱炭素の闇と光」シリーズ
■怪しげな予言を乱発して問題から目をそむけ続けただけだった
30%から先がどうなるかは要素が多すぎて予測が難しい。
戸建ての自宅充電以外に、長時間占有可能な普通充電環境(たとえば出先の民間駐車場などへの設備設置)が進むのか、あるいは急速充電器の性能と料金プランが、事業者と利用者双方に納得できるサステイナブルなものになるのかなど、インフラだけでなくコスト構造や利用者の習慣、原材料採掘に関する環境技術など、長足の技術的進歩がないと難しい要素が多い。
ただし、要素が多いということは、それらのいくつかが解決すればそのぶんBEVの普及は進むのだ、という考え方もできる。
結局のところ、「内燃機関(ICE)の滅亡が目前」と言っていた人が間違っていただけで、BEVは横たわる多くの問題を、時間をかけて解決しながらまだまだ進化していくことは何も変わっていない。
普及の障害となる問題を安易に過小評価していた結果、そのペースを読み間違っていただけだ。
次世代技術車としてめざましい普及を続けるBEV(バッテリーEV)だが、ここ半年で世論もすっかり「普及したとしても当面は世界販売の20~30%程度か」という認識が一般的になった
破壊的イノベーション論者は、無自覚な規制万能論であり、規制によって世界を変えられると考えている。具体的に言えば「ICE禁止」とすればすべてがBEVになるという考えである。しかしすでに述べたとおり、BEVがICEに置き換わるには技術的な進歩が充分ではない。
BEV普及への障害としては、車両価格が最も顕著だったが、2020年時点でICEとの比較において、2倍から3倍もの高コストであったにも関わらず「2022年にはICEを購入する経済合理性はなくなる」とか「EVの価格は1/5に下がる」などと、理由も現状分析もない怪しげな予言を乱発して、彼らは問題からひたすらに目をそむけ続けた。
現実を直視せず、言霊に頼ったのである。
「市場に不足しているレアアースに一気に需要が殺到すれば高騰する」と考えるのが経済の常識で、EV需要が増えれば増えるほど長期的トレンドは値上がり基調にしかならないといくら説明しても、「新しい技術についていけない旧弊な理論だ」と鼻で笑われたものである。
しかしながら、結果を見れば、2024年の現在もBEVは消費者に選ばれるにはいまだにコストパフォーマンスが悪いし、その高コストの源であるバッテリーに関して言えば、100%BEV化を目指すにはバッテリー原材料の増産が壊滅的に間に合わない。
劇的な価格低減の見込みはだいぶ歩みが鈍く、よほどの技術的ブレークスルーがない限り、当分現状は変わらない。
それらの理由によって市場の多数派がBEVを選択できない以上、ICEが禁止されれば、クルマの所有を諦める人が続出してグローバルなクルマの総数が減る。モビリティのシュリンクである。
2035年のグローバル自動車販売は約1億1000万台と言われているが、2023年のバッテリー生産実績は1000万台ぶんに過ぎず、仮にそれまでに生産量を3倍に増やしたところで、不足する8000万台はBEV以外の低炭素動力源に頼らなければならなくなる。
ゆえに、モビリティは社会に必要なものであるという前提に立てば、ICEを搭載した、つまりHEVやPHEVを併用しなければグローバルな実需に応えることができない。
矢野経済研究所が2023年4月に公表した四輪車世界市場に関する調査によると、2030年の世界四輪車販売台数は約9857万台(うち電動車は35-47.7%)、2035年は1億603万台(同45.4-66.1%)と予測された
■日本は「コンプラなど知ったことか」というスタンスはとれない
一歩引いてみれば、規制万能派の主張は計画経済思想であり、有能な当局がすべを計画し、規制を作れば世界は計画どおりに変わるという考え方だ。ソビエトがどうやって崩壊したのか、そして中国が鄧小平の改革開放経済で市場経済主義を導入してから経済発展が始まったという歴史と整合が取れない。
歴史上、計画経済は長期的に成功したことがない。「人類がまだ到達したことのない可能性に賭ける」というなら話は別だが、普通に考えれば、G7各国を筆頭に成功例が圧倒的に多い市場経済の延長で未来を考えるほうが自然である。
結局のところ、製品そのものが市場に選ばれた結果、競争原理が働いて社会は発展していくものだ。それは「経済学の父」である英国のアダム・スミスが18世紀に説いた経済学の基礎中の基礎である「神の見えざる手」の話であって、それぞれが自己利益を追求することで社会資源の適正な配分が行われるという原則どおりのものである。
補足をすれば、のちに19世紀に同じく英国の経済学者、アーサー・セシル・ピグーが説いた「外部不経済」の考え方が「神の見えざる手」を補完する役割を果たす。
たとえば、公害をものともせず、排水や排気で環境をガンガン汚染しながら作られた製品は、それらにきちんと対応した製品より対策コストがないぶん安価になる。生産者と消費者の二者だけで合理的選択をすると、公害は加速度的に蔓延してしまう。
こういう、二者間の取引の外部に与える「不経済」を当局が税の形で取引に反映し、適正配分を補正する考え方が、ピグーの説いた「ピグー税」である。
問題は、現在の中国は、世界で決めたルールを無視して「外部不経済」を隠蔽しながらコスト競争を行うことである。これは公害だけでなく、労働基準や製品の安全性など多方面で同時多発的に起こっている可視化できない問題である。
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現実世界ではピグー税や環境規制をコンプライアンスとして課せられる先進諸国と、外部不経済の隠蔽が可能な中国を含む新興国の間で、アンフェアな競争になっている。
先進国の企業においてはコンプライアンスに抵触すれば大スキャンダルになって企業の存続が危うくなるが、新興国ではほとんど問題にならない。コンプライアンスに対するリスクが国によって異なり過ぎているのだ。
だからと言って、日本の自動車メーカーは「コンプラなど知ったことか」というスタンスは取れない。きっちりとコンプラを守りつつ、市場経済で戦っていかなくてはならない。
■BEVの開発を支えるのはICE(+ハイブリッド)
さて話は先ほどのバッテリー生産量の話に戻る。
3000万台のBEVマーケットと8000万台のICEバリエーションのマーケットを前提として考えれば、たとえばグローバルシェアの11%ほどを持つトヨタは、従来のシェアを保つにはBEVを330万台、ICE系を880万台生産することになる。
両睨みの戦術が取れるトヨタはそれでよいし、まさに2021年の年末に行ったトヨタの発表でのBEV販売目標台数350万台(2030年時点)はそれを踏まえたものだ。
では規模がもっと小さく、「資金的にも人的にも限界があるマツダとスバルはどうしていくべきか」となれば、トヨタ並みの両睨み戦術はやりたくともできない。現実的選択肢としては母数の大きいICE系を主戦場にするほかない。
日本自動車工業会が2024年からの重点的に取り組むと発表した「7つの課題」。電動化への布石だけでなく、「(6)競争力のあるクリーンエネルギー」などマルチパスウェイを見込んだ内容
実は2023年のグローバルな新車販売実績は9000万台弱で、2035年のICE販売台数予測の8000万台と大きくは変わらない。逆に言えば、マツダとスバルはICE系をしっかりやっていれば、充分な勝算が持てることになる。
ただし、これまで繰り返し述べてきたとおり、BEVは長期的には問題点が解決されるに連れて、ゆっくりとではあるがシェアを上げていくと考えるのが順当で、マツダもスバルも、長期的にBEVのシェアがゼロのままではじりじりとシェアを失っていく可能性がある。
当然の話として、長期的にはBEVの開発を進め、技術と原材料調達のルートを確保しておかなければならない。
そのためにどうするべきかといえば、ICE系の商品群をまず充実させ、それらの利益率を高めることで、BEVの研究開発費をしっかり捻出しておくことだ。
投資には原資が必要である以上、マルチパスウェイ戦略の基本は、EVシフトの進捗ペースに留意しながら、ICE系でしっかり稼ぎ、その利益をBEVに投資するという戦術にならざるをえない。BEVの開発を支えるのはICEなのだ。
8000万台のICEマーケットを捨てて、BEVに全振りすれば、BEVの時代がやってくる前に息が続かなくなって倒れてしまう。GMやアウディは一足早くそういう状況を迎えて、方針転換を発表しているのだ。
マツダは、スモールプラットフォームとラージプラットフォームという2つのプラットフォームで戦う。いずれもマルチパスウェイに対応したプラットフォームであり、純ICE、MHEV、PHEV、BEVのどれもがスコープに入ったプラットフォームになっている。
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■マツダのロータリーHVがトヨタ次期MR2に載る未来
基本になるのは、スモールに用意されたロータリーと、ラージに用意されたディーゼル6気筒のICEである。スモールの中核を担うのはロータリーユニットを発電専用に使うシリーズハイブリッドであり、駆動は100%モーターである。
このシステムは、かなり理想的なマルチパスウェイプラットフォームだ。ロータリーを下ろしてバッテリー容量を増やせばBEVになるし、雑食性の高いロータリーは合成燃料や水素への対応力も高い。将来どの方向へ進もうと対応できる。
一方ラージの主力は、マツダ得意のディーゼルユニットを用いたマイルドハイブリッドだ。果たしてマイルドハイブリッドでどの程度の燃費が出せるのかという危惧を打ち払ったことには大いに敬意を表したい。WLTCで21km/Lというスペックは、長年燃費のチャンピオンとして君臨してきたトヨタTHS IIと比べても遜色ない。クラウンクロスオーバーの2.5L、THS II搭載モデルはWLTCで22.4km/L。2.4Lのデュアルブーストハイブリッドはハイオク仕様で15.7km/Lである。
2023年ジャパンモビリティショーに出展された「マツダアイコニックSP」。R-EVと名付けられたロータリーエンジン(2ローター)を使ったシリーズ式ハイブリッド車
燃費はCO2排出量に直結するので、少なくともハイブリッド戦線においてマツダは第一線級のパワートレーンを手に入れたことになる。しかもロータリー同様、ディーゼルはICEとして高い雑食性を持ち、合成燃料への対応が容易である点も見逃せない。
こうして手堅い事業戦略を見せてきたマツダだが、冒険的なモデルも手掛けている。ジャパンモビリティショーで発表されたMAZDA ICONIC SPは、新時代のハイブリッドスポーツの形を示唆するものになっていた。分類上のシステムとしてみれば「シリーズハイブリッド式のPHEV」であり、MX-30 R-EV同様、ユーザーの運用上は「ほとんどBEV」として走行するだろう。
駆動はモーターなので、クルマの基本はほぼBEVである。システム出力は370ps、パワーウェイトレシオ3.9kg/ps、車両重量1450kgというスペックは、どこから見ても本格的スポーツカーのものだ。
さらにアルミダイキャストのXバックボーンフレームに2ローター発電機を、従来のICEでは不可能なほど奥に押し込んでみせた。コンパクトなロータリーとトランスミッションがないメリットを重量配分に活かしたシステムである。
問題はこれを量産して、設備投資を回収できるかどうかだが、おそらくそこにはトヨタとのアライアンスが効いてくるのだと思う。たとえば、Xバックボーンを前後逆に使えば、ミドシップのハイブリッドスポーツができあがる。
仮にトヨタがこれを電動化時代の新型MR2として販売するのであれば、投資回収の目処が一気に好転する。
そもそもロータリーのレンジエクステンダーシステムはトヨタから見て魅力的であり、さまざまなクルマに搭載が可能になる。スバルが86/BRZやbZ4X/ソルテラでアライアンスを活かした商品をラインナップしたのと同様、マツダもアライアンスを活かした商品展開ができる可能性が広がる。
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■スバル水平対向4気筒HVの鍵を握るのは「燃費」
スバルはどうか。実はスバルはかなりの秘密主義で、おそらく裏側ではさまざまな手を打っていると思われるのだが、それを説明しない。かろうじて発表したのはBEVの製造ラインに投資するという話だけである。
しかしこれまで述べてきたとおり、昨今の流れを見る限り当分はICE系の車両で稼ぎながら、需要を睨んでBEVの投入を進めていく形にならざるを得ないはず。ICE系というのは荒っぽく言えばHEVである。スバルがどのようなHEVで販売を支えていくかが発表されるまで、全体図が見えてこない。
販売台数の少ないスバルが、今からHEVを新規開発しても、開発費の回収が難しいことは想像できる。
常識的に考えて、おそらくはトヨタのTHS IIの供給を受け、これをスバルのフラット4と組み合わせて使うのだと思う。実際北米では少量ながらそういうモデルの販売実績もある。
問題はそのフラット4のHEVがどの程度の燃費を達成できるかである。20km/Lを超えてくるのであればスバルにも勝機が出てくるのだが、果たしてどうなるか。
スバルは2026年末までにSUVの電気自動車(BEV)を、現行型ソルテラのほかにさらに3車種、グローバルで発表する…という経営計画を明らかにしている
マツダにしてもスバルにしても、こうした巨額資本が求められる大変革期を単独で生き残っていくことは難しい。ゆえに、トヨタアライアンスに加盟したのだろう。
BEVはもちろんだが、HEVにもバッテリーは必要だ。つまりバッテリー原材料を確保しておかないと、この先に進めない。
おそらくそこはアライアンスを活かした共同調達の方向に向かっていくのではないかと思う。協調領域と競争領域をしっかり区別し、独自性の高い競争領域で、マツダらしさ、スバルらしさをしっかり主張して行くことが大事だ。
個性も独自性もない会社は、アライアンスにとって必要がない。
両社にはさらなる個性的な技術開発が求められて行くだろう。
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