デイトナSP3は単なるレトロリバイバルではない
2021年11月。マラネロが衝撃的な名前とデザインの限定車を発表した。イーコナシリーズ第3弾、その名もデイトナSP3。60年代のプロトタイプレーシング黄金期にそのデザインモチーフを求めた世界限定599台というロードゴーイング・ハイパーカーだ。
それゆえ、グローバルメディアテストドライブという晴れ舞台の設えも凝りまくっていた。なんと当時のスクーデリア・フェラーリが(F1ではなく)耐久プロトタイプレーシングカーで活躍した欧州のサーキット、例えばル・マン、ゾルダー、スパ、ホッケンハイム、ニュルブルクリンクを、メディアがリレー形式でテストドライブするという壮大な試みだったのだ。日本から招待されたメディア関係者は筆者を含めて3名。担当はル・マン、ゾルダー、そして筆者のスパ・フランコルシャン。 イーコナシリーズは2018年、マラネロが立ち上げた新たなシリーズだ。デザインモチーフをマラネロの豊富なヘリテージに求め、単なるレトロリバイバルではなく、新たなデザイン解釈とモダンなパフォーマンスで実現する、全く新しいモデルカテゴリーである。
第1弾/第2弾は限定生産(500台以下)のSP1/SP2モンツァだった。至極のV12エンジンをフロントミッドに積んだシングルシーター(SP1)もしくは2シーター(SP2)のトップレスモデルで、モチーフとなったのは166MMなどブランド黎明期のバルケッタ。新たなシリーズは熱心なコレクターから大歓迎され、マラネロはすぐさま第3弾デイトナSP3を企画したというわけだった。
フェラーリ デイトナといえばこのようなミッドシップスタイルではなく、たいていはロングノーズ・ショートデッキのFRクーペを思い浮かべるはず。実はマラネロが車名としてデイトナを公式に使うのは今回が初めてだ。
FRクーペの“デイトナ”は正式名を365GTB/4という。デビュー前年の67年にフェラーリがデイトナ24時間レースにおいて1-2-3フィニッシュを果たした(対フォード、ル・マン24時間の雪辱を晴らす)ことを記念し、アメリカ市場を意識してデイトナというニックネームを後から授けたものだ。
一方のSP3に関していえば、そのエクステリアデザインのインスピレーションを67年のデイトナを頂点とした60年代のスポーツプロトタイプレーシングカー“Pシリーズ”のすべてから得ている。どちらが果たしてデイトナを名乗るにふさわしいのか。オーソリティに聞くまでもないはずだ。 リアミッドに搭載されたV12自然吸気エンジンもまたスタイリングとともにデイトナSP3の注目ポイントだろう。812コンペティツィオーネ用のF140HBユニットをベースにリアミッド用へと再設計したもので、圧縮比の変更や吸排気系の見直しにより840psもの最高出力を実現。型式名も新たにF140HCとした。
カーボンモノコックボディは基本的にラ フェラーリ アペルタ用を開発の出発点に選んでいる。とはいえドア周りに加えて各所のデザイン変更、最新マテリアルへのグレードアップなどが施されており、白紙からの設計ではないというだけで、ほとんど新設計だ。これにより新たなインパクトテストを回避できたことがメリットで、生産コストを抑えることに成功した。
ハイブリッドシステムを採用していた「ラ フェラーリ」に比べるとパワートレーンのシステム総合スペックこそ見劣りする。けれども軽量化や空力の向上、そして12気筒エンジンのパワーアップで、同じタルガトップの「ラ フェラーリ アペルタ」と同等の動的パフォーマンスを達成した。ちなみに、タルガトップパネルはカーボン製でわずかに8kg。 筆者に与えられたのは、レッドメタリックに内装ブルーの個体だった。フィレンツェでのワールドプレミアに現れた個体と同じ仕様だ。バタフライドアを開けて尻から潜り込む。シート位置の調整ができない代わりにペダルボックスが前後に動く。シート下のつまみを引き上げると油圧で動くという仕掛けだ。
着座位置がとても低いにもかかわらず、前方の視界はすこぶる良好だ。両フェンダーの膨らみが美しく見えているのはマラネロ製スポーツカーの伝統的な美点だろう。ミラーの高さが左右で違う理由も座って見れば納得する。そうしないとミラーが見えないからだ!
もはや公道を走っていいカタチにはまるで見えないマシンであるにも関わらず、「さぁ、楽しんでらっしゃい」というPRチームのカジュアルな掛け声のおかげで全く気負わずにスタートした。 ホテルを出てまずは小さな街を抜けていく。視界の良さに加えて、車体の軽さも明らかで、微妙なスロットルにも適切に反応する柔軟さをパワートレインが備えているから、想像していた以上に乗りやすい。なんならラ フェラーリを駆ったときよりも緊張感に乏しい。微速域から走りに一体感のあることも功を奏している。
ほどなくして高速道路に入った。早速、加速フィールを確かめる。マネッティーノ(ドライブモード)をRACEにして右足を踏み込んだ。エンジン反応の鋭さとともに車体の瞬発力の早さにも驚く。加速中の安定感はこのうえなく、視線がまるでブレない。そんなに良い舗装でもないのに。後輪がわずかにスリップした後の加速でも視線が揺らぐことがほとんどなかった。レブカウンターはあっという間に9000回転オーバー。V12エンジンはまるでストレスもなくスムーズかつ一気呵成に吹け上がる。全域で官能的なサウンドをコックピットに響かせていたけれども、6000回転台が最も美味しい音色だった。
8速DCTの変速もまたドライバーの走る意欲を盛り立てる。瞬間的であるのはもちろんのこと、エンジンカットの切れ味がたまらなく鋭く、ダイレクトなギアチェンジに気分はノリノリだ。
高速ドライブ中の乗り心地は良好だった。WETモードを試してみれば、ステアリングフィールが実にしっとりと落ち着く。いつもであればそのままWETで高速をクルーズするところなのだが、今回ばかりはエンジンの感動を忘れることができず、すぐさまRACEに戻した。
高速道路を降りるとそこはもう欧州の典型的なカントリーサイドで、ほどよいワインディングが続く。念のためモードだけはSPORTに切り替える。あいにくここに来て猛暑から一転、小雨がぱらつき始めた。少し濡れ始めのアスファルト、しかも新しい油っぽい舗装にミッドシップのハイパワー超高額モデル、となれば怖気づいて当然のシチュエーションだったが……。
半時間ほどの高速ドライブですっかりマシンに対する信頼ができあがっていたからだろう、見知らぬカントリーロードを踊るように走り抜けた。これぞ、まさにダンス。制御とバランスがもたらす絶大なる安心感のもと、V12をむさぼりながら右へ左へとリズミカルにノーズを向け、先へ先へとマシンは進む。ステアリングフィールは行きも戻りも驚くほど正確。常に前輪の様子を手応えとしてしっかりと伝えてくれるうえに、急な展開のブレーキングでもマシンの動きはドライバーの感覚を裏切るということがない。
知らず知らずのうちにペースアップし、小一時間もドライブすれば驚くような速さで駆け抜けるようになっていた。
たどり着いたスパ・フランコルシャン。多くのアマチュアドライバーから羨望の眼差しを浴びながらドライブする。優れたエアロダイナミクスのもたらす超安定した走りと、官能的なサウンド、そして希にみるドライバーとの一体感。それらをすべて味わいながら、60年代のレーサーになった気分を安全に味わった。 文/西川淳 写真/フェラーリジャパン
現行型フラッグシップ、812シリーズの中古車市場は?
写真はデイトナSP3のエンジンのベースとなった6.5L V12自然吸気エンジンをフロントミッドに搭載した、FRの2シーターモデルの812スーパーファスト。この後にリトラクタブルハードルーフを採用したオープンバージョンの812GTSが登場している。
2017年に登場した812スーパーファストの流通量は20台前後。中古車平均価格は約4350万円となっており、初期型なら4000万円前後で探すことができる。なお、812GTSは現状では1台のみと、ほとんど流通していない。まもなく新車では買えなくなるであろう大排気量自然吸気V12エンジン搭載モデルだけに、中古車のV12モデル動向は要チェックだろう。 812スーパーファストと812GTSの中古車を探す▼検索条件812スーパーファスト、812GTS× 全国文/編集部、写真/フェラーリジャパン
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