今週末、6月7日(金)から始まる2024年第9戦ミド・オハイオから、NTTインディカー・シリーズは新たにハイブリッドシステムを搭載したマシンで争われる。
シーズン途中でマシンスペックが大幅に変わるのは前代未聞。戦いが開幕8戦とはまったく異なる流れになる可能性もゼロではない。現在のポイントリーダーはアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ・レーシング)だが、彼はこのまま逃げ切ることができるだろうか。
インディカーが新型ハイブリッドエンジンをテスト。ミルウォーキー・マイルで20台が周回重ねる
インディカーのエンジンは、ホンダとシボレーの2メーカーがエンジンを供給しており、ハイブリッドシステムによってさらにパワーアップされることで、おもしろさが増すことが期待されている。新システムのトラブル多発でチャンピオン争いから脱落、などという展開がないことをただただ祈るばかり…でもある。
インディカーが新たに導入するハイブリッドシステムは、このシーズン前半戦まで使って来ている2.2リッターV6ツインターボエンジンに、60馬力のモーターを接続したものだ。
なお、導入初期こそ60馬力での運用とされるが、このモーターは150馬力ほどまで出力を上げることが可能だと言われている。モーター兼ジェネレーターで作られたパワーは、バッテリーよりも効率の高いスーパーキャパシターに貯蔵される。
モーターとスーパーキャパシターが搭載されるのは、エンジンとギヤボックスの間のベルハウジング内。昨年までアルミニウム製だったベルハウジングは、ハイブリッド化で重量が増すマシンを軽くする目的でマグネシウム製に変更されている。
その内部下側にマウントされるのが、イルモア・エンジニアリング(シボレーのエンジンを手掛ける)がエンペル社と開発したモーター・ジェネレーターで、同じくベルハウジング内上部に収められるのがHRC USがスケルトン社と開発したスーパーキャパシターだ。
同じようにハイブリッドを採用しているF1は各パワーユニットサプライヤーが独自のものを供給し、IMSAでは全マニュファクチャラーが同一のシステムをそれぞれのエンジンと組み合わせて使うルールとされているが、インディカーはIMSAと同じく全エントラントが同一のシステムを使うルールだ。
ただ、インディカーのシステムが独特なのは、モーターで作り出されるエネルギーの貯蔵が自動的にも、ドライバーの操作によるマニュアルでも行われ、その出力がドライバーの意思によってマニュアル操作で行われる点だろう。
F1とIMSAのものはエンジンパワーとモーターのパワー、両方がつねに最大限発せられるように作られており、ドライバーがエクストラのパワーを使える状況を選ぶことはできない。インディカーでは、そのエネルギーの貯蔵および出力を行うスイッチがステアリングホイールに装備される。それがステアリング背面のパドル式になるのか、表側のボタンになるのかなどは、チームやドライバーの好みに任される。
ハイブリッド導入による出力の増加は、現行エンジンのターボブースト圧がコースの種類によって異なるものの、もっとも高いブースト圧がかけられるのはストリート/ロードコース(とインディ500の予選時)で発揮される750馬力以上で、ハイブリッドシステムがプラスされると最大パワーは800馬力を超える。さらに、すでに搭載されているプッシュ・トゥ・パスで約50馬力を加えると、最大パワーは900馬力近くにもなる。
プッシュ・トゥ・パスについては単独で使うことができ、ハイブリッドモーターの使用時に重ねて使用することも可能だ。つまり、このシステムを有効に使えばオーバーテイクはこれまでよりもずっと簡単に行えると考えられる。エンジンだけでの走行時より100馬力近くも大きなパワーが得られるからだ。
エネルギーの貯蔵(リジェ二ング)は、減速時に自動的に行われる。スロットルを一定量、もしくは一定時間戻した時、あるいは、ブレーキペダルにかかるプレッシャーが一定の数値に達したところでソフトウェアが稼働され、リジェニングが行われる。ドライバーがステアリングホイール裏に装備されたパドルを操作することで、減速時以外にもリジェ二ングを行うことは可能とされる。
減速時に捨てていたパワーを蓄え、それを再利用するのだからエネルギー効率は向上する。その上に、ハイパワー化がなされるためドライバーにとっては、より操りがいのある、トップカテゴリーに相応しいマシンとなり、ファンはパワフルマシンによるさらにエキサイティングなバトルを楽しむことができる…。という目算通りの展開に果たしてなるのか、ならないのか、今週末ミド・オハイオ戦が楽しみだ。
■戦略性はより細密に。求められる新たなドライビング
ハイブリッドシステムの導入は、レースの戦い方を大きく変えることになるだろう。ドライバーたちはパワーを蓄えることと、パワーを使うこと、その両方を上手にコントロールしながら戦うことが求められるからだ。
ドライバーたちには選択肢が増え、それらをいかに使うかという順応性、創造性といった能力が試される。この辺りは、これからレースを重ねていかないと最良の戦い方というのは見えてこないのかもしれない。
また、各チームはライバルのエネルギー状況をどれだけ見ることができるのか、さらに外から見る観客にはどの程度まで情報がオープンにされるのかもわかっていない。従来までのブーストシステムであるプッシュ・トゥ・パスの場合は、残量と各ラップでの使用量がライバルにも明らかになるシステムとされていたが……。
いずれにせよ、ハイブリッド・システムによる追加パワーのクレバーな使用法を早く見つけたチームやドライバーが、シーズン後半戦でアドバンテージを得ることとなるだろう。
しかし、そこにはハイブリッド搭載によって変化するマシンセッティングへの対応、ハイブリッドシステムが引き起こすハンドリングの変化を利用したり、影響を及ぼさせないようにシステムをコントロールする能力なども関わってくることになるだろう。
ハイブリッドシステム搭載によって、マシンは40kgほど重くなる。そのため、ギヤボックスケーシングとベルハウジングをマグネシウム化し、ウインドスクリーンの素材変更やフレーム部の設計変更による軽量化も行ったが、マシン後方の重量増が大きいため、重量配分はこれまでのものから大きく変わる。
当然ハンドリングは変化し、マシンセッティングに少なからぬ調整が必要になるだろう。タイヤは今年の開幕戦より重量増のマシンに合わせたものが使われており、シーズン前半戦はハイブリッド用タイヤでハイブリッドシステムを搭載していないマシンを走らせるという、ミスマッチな状況にあったが、ミド・オハイオからはマシンにフィットしたタイヤによる戦いが繰り広げられることになる。
シーズンの折り返しでハイブリッドが導入されれば、開発に携わって来たチーム(ホンダはチップ・ガナッシ・レーシング、シボレーはチーム・ペンスキー)が有利になるのは当然。新システムにもっとも習熟しており、多くのデータも持っている。
これからライバル勢がハイブリッドの使用法を探り始めるなか、この2チームは実走行を通じて検討を続けてきているため、シーズン後半戦をライバル勢よりも数歩前からスタートできるのだ。
もっとも、今シーズン前半もすでに彼らの戦闘力は突出しており、ポイント争いではアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ・レーシング)がトップ、2番手はウィル・パワー(チーム・ペンスキー)、3番手はスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)と、すでにチャンピオン争いはこの2チームの真っ向勝負と決まっているようなものだ。
もちろん、4番手のコルトン・ハータ(アンドレッティ・グローバル)、5番手のカイル・カークウッド(アンドレッティ・グローバル)、6番手のパト・オワード(アロウ・マクラーレン)、7番手のアレクサンダー・ロッシ(アロウ・マクラーレン)らにもまだまだチャンスはあるが、新システムに関する知識や習熟度でチップ・ガナッシ・レーシングとチーム・ペンスキーに劣る彼らの戦いはシーズン前半以上に厳しいものとなるかもしれない。
そのため、ポイント8、9番手につけているスコット・マクラフラン、ジョセフ・ニューガーデン(ともにチーム・ペンスキー)が彼らを抜いてランキング上位へ進出してくる可能性は十分にある。
一方、若いドライバーたちが躍動する流れとなっても不思議ではない。例えば、アンドレッティ・グローバルのハータやカークウッド、アロウ・マクラーレンのオワードらが新システムの利用でアドバンテージを掴むパターンがそうだろう。
若いドライバーといえば、チップ・ガナッシ・レーシングには4人(パロウ、マーカス・アームストロング、リヌス・ルンドクヴィスト、キッフィン・シンプソン)もいるが、ペンスキーには皆無。彼らと提携しているA.J.フォイト・エンタープライゼスのラインナップは若いが、あまり大きな期待を寄せられるものとは言い難い。
いち早くテストに取りかかったトップ2チームに対し、ホンダ側はアンドレッティ・グローバル、シボレー側はアロウ・マクラーレンが今春までのテストに少しだけ加わっている。しかしその他のチームは、3月末にインディアナポリス・モータースピードウェイのロードコースで行われた1日間のテストが初走行で、第7戦ロード・アメリカの後にミルウォーキー・マイルの1マイルオーバルで行われた1日間のテストが2回目と、絶対的に走行距離が少ない。
第8戦ラグナ・セカの後にアイオワでチームテストを行ったチームは、そこでハイブリッドマシンを走らせたようだが、そちらもまたオーバルでの使用。ロードコースであるミド・オハイオ戦に向けてのテストは、3月のインディのロードコースのみという心もとない状況だ。こんな不公平な状況が、よく全チームに受け入れられたものである。
ホンダ側は、テストを担当していたチップ・ガナッシ・レーシングがシリーズ最大の5台体制とあって、シーズン後半戦にホンダ陣営をリードしていくと見て間違いない。同じくホンダ勢のアンドレッティ・グローバルとメイヤー・シャンク・レーシングは技術提携関係にあるので、こちらも5台のデータでマシンを進歩させていくだろう。
一方シボレー勢のなかでも、今年からチーム・ペンスキーと共闘関係になっているA.J.フォイト・エンタープライゼスは、ハイブリッド導入時に技術提携のもっとも大きな恩恵を受けるチームだろう。とくにサンティノ・フェルッチは、シーズン後半戦に多くスケジュールされているオーバルレースで好パフォーマンスを見せるかもしれない。
さて、シーズン後半に計6戦が残されているオーバルレースにおいて、ハイブリッドシステムはどのような変化をもたらすのか、あるいはもたらさないのか。ミド・オハイオの次戦、アイオワ・スピードウェイでのダブルヘッダーでそれは明らかになるだろう。
シーズン後半のオーバルレースは、アイオワのダブルヘッダーに続いてゲートウェイ(WWTR)、ミルウォーキー(ダブルヘッダー)、さらには最終戦のナッシュビルとあるため、チャンピオン争いではハイブリッドマシンでいかにオーバルで速く走れるかが大きなポイントになる。
なお、昨年のゲートウェイでは史上初めてオーバルでもプライマリー(ハード)とオルタネート(ソフト)の2種類のタイヤが使われたが、今年のオーバルレースで使われるタイヤはどのコースでも1種類のみとなる予定だ。
シーズン後半へ向けて前代未聞の方向転換を迎えるインディカー。まずは次戦ミド・オハイオにてハイブリッド時代の新たな戦い方を、そして続くアイオワのダブルヘッダーではハイブリッドマシンでのオーバルバトルの状況を見ていく必要があるだろう。
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