今回編集部から与えられたお題は「日本は、2035年までに電動車販売100%(純ガソリン車販売禁止)は現実的に可能か? 可能だとしてやったほうがいいのか? 日本政府は現状を把握しており将来のロードマップが描けているのか?」というもの。
文/池田直渡、写真/AdobeStock、ベストカー編集部
日本は本当に本気で2035年「電動車100%」を達成できるか?【短期集中連載:第四回 クルマ界はどこへ向かうのか】
■池田直渡の「脱炭素の闇と光」シリーズ
■2035年までに電動車販売100%は可能なのか?
ここで言う「電動車新車販売100%」は、ハイブリッド車を含むのだが、それは妥協の結果である。議論の出発点はパリ協定(2015年に実施された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)にて採択された、国際的な枠組み)であり、パリ協定の理念は「化石燃料全廃」である。
温室効果ガスの排出を止めなければ地球上の生物の存続が危ぶまれるので、2050年までに、「産業革命以前の気温を基準にしてプラス2.0℃以内」を必須。努力目標として「プラス1.5℃」を目指す、というものだ。これに賛同できるかどうかは別として、パリ協定ではそういうことが決められた。
パリ協定を受けて、内燃機関(ICE)の完全廃止を目指してスタートした菅義偉内閣の方針に対し、自工会をはじめとする現実路線派から「ハイブリッドも認めないのは過度な理想主義であり、現実的ではない」という反論が出た。産業側と議論を決裂・頓挫させないための折衷案として、日本国内の議論は、暫定的に純ICE車両のみを禁止対象とする着地点に落ち着いた。
ただし、この時点では商用車を含まず、ディーゼル車にも言及がない。現状の認識も技術進化の道筋も、いろんなことがわからないまま、拙速に議論が始まり、そういう意味では「大変だ、なにかやらなくちゃ」という混乱が思いつきレベルで文章化されただけで、熟慮の上での決定とは程遠い。
根底にあるのは「ルールを決めれば結果を支配できる」という考え方で、本当にそれが機能するのであれば、ぜひ、法律で地震や伝染病を禁止して欲しいものだ。
いずれにせよ関係各所で慎重に議論を進め、実現可能な形にアップデートしないと意味がないと思われる。
化石燃料とは、地中に堆積した動植物の死骸が長い年月をかけて変成し、利用可能になった燃料を指す。石炭、石油、天然ガスなど。現時点でCO2排出を削減する必要があることは、多くの人が同意する。ではどのような方法がいいか、というところに議論が足りていない
■文明と長寿を支えてきた化石燃料
原理原則としては、化石燃料がCO2の増加を招いていることは疑う余地がない。石炭や石油は3億6000万年前から2億8600万年前、石炭期と呼ばれる「植物と植物性プランクトンの大繁殖時代」に、当時の大気からCO2を吸収したそれらがCO2を抱えたまま地底で泥炭化したもの。今よりはるかにCO2濃度が高かった当時の大気から大量のCO2を植物が吸収して地中に隔離した結果、現在の大気組成ができている。なので、これを掘り出せばどんどん石炭期以前の大気成分に戻ってしまう。
一方で、産業革命とはエネルギー革命であり、人類が化石燃料の利用によって、快適で健康的な生活を手に入れたもの。なので、化石燃料の利用をやめれば、それらが失われることは当然の話である。最初に確認しなくてはならないのは、「その痛みをどの程度支払うつもりがあるのか」という点だ。
つまり「できるかどうか」は、「払う犠牲の程度」による。
化石燃料の採掘をしない世界はどうなるのか? エネルギーと同時に考えるべきは石油由来の樹脂の問題である。植物由来のバイオマスプラスチックが残るが、現在の石油由来の樹脂の全量を置き換えるのは簡単ではない。
樹脂がないとどうなるか。パソコンやスマホは樹脂なしでは成立しないし、通信に必要なケーブルの被膜も樹脂である。まずデジタルガジェットとそれを使うインフラは大幅な影響を受けるだろう。
もっと深刻なのは医療の世界だ。注射器も点滴のパックやチューブも医薬品のパックも全部アウト。ガラスや金属などに戻すならば、例えば注射器は使い捨てではなくなって、加熱滅菌作業が必要になる。加熱に要するエネルギーは不本意にもCO2を増大させるだろうし、再利用のための滅菌など現場で発生する仕事量は、当然医療のキャパシティを大いに損なう。
食品のパッケージなどもそうだが、使い捨ての樹脂は現代の衛生環境に大きく寄与している。医療や食品ジャンルで樹脂が使えなくなると、衛生水準は大幅に後退する。ついでに言えば、クルマも樹脂部品なしで成立するかどうか。
■「健康のためなら死んでも良い」にならないために
エネルギーの面で言えば、航空機は極めて深刻である。エネルギー密度的にバッテリーで大型旅客機を飛ばすことは不可能だからだ。合成航空燃料が安価かつ大量に作れるようになれば話は変わってくるかもしれないが、価格面でも供給量の面でもまだ課題が多い。拙速に進めれば燃料不足によって移動は制限され、コストは跳ね上がるだろう。
世界のありとあらゆる所で、こうした問題は発生し、その結果、我々は産業革命以降に培ってきた文明のかなりを失う。
ただ「不便になる」ということではない。人が死ぬ。産業革命以前、つまり石炭や石油を使う社会を迎える以前の江戸時代の日本の平均寿命は35~40歳。医療が未発達なため乳幼児の死亡率が高まって平均を引き下げるからだが、それと同じとまでは言わなくとも、まあ少なくとも今の寿命の長さはなくなる。
つまりこれまで石油や石炭に依存してきたエネルギーと樹脂をカーボンニュートラル化技術で置き換える準備ができたかどうかが、化石燃料の削減の議論の本丸なのだ。
「技術はやがて進歩するのだから、即決して化石燃料を禁止しよう」という強引な話は多いが、準備を疎かにして実行すれば、すでに述べたように、人命レベルの代償が求められる。
本来気候変動問題は、人類の存続のためだったはずということから振り返ると、いつのまにやら「健康のためなら死んでも良い」という話にすり替わっているように思える。
■2035年前に新車販売BEV100%は不可能
さて本題の、「2035年までにクルマを全部BEV化できるか」だが、それはまず無理だ。
現在自動車の動力用バッテリーの生産量は世界で年間1000万台分。2035年の年間自動車販売台数は1億1000万台と予想されている。果たして今から10年足らずで11倍の増産が可能だろうか? 特にバッテリー資源採掘の増加は厳しい。
突然レアメタルの必要量が増えたところで、採掘機材も、技師も、労働力も、全部足りない。それらの増強を終えてからでないと、増産はできない。しかも「急ぐので環境対策は後回し、多少の環境汚染をしてでも早く採掘しろ」というわけには行かない。きちんと環境対策を行って、可能な限り低負荷で採掘をしなくてはならない。
たとえばコンゴ民主共和国(DRC)は世界最貧国のひとつであり、何十年も内戦や政情不安に苦しんでいるが、皮肉なことにPCやスマホ、電気自動車に必須のレアメタルの鉱脈が豊富であることがわかっている。その多くが「手掘り」で採掘されており、アムネスティにより児童労働も問題視されている
そういう調達や兵站の話を置き去りにして、「いいからやれ」とブラック企業のような進め方をすれば、なんのためのパリ協定かわからなくなるのだ。
さらに経路充電に必須である「高速充電のビジネス化」がまだ雲を掴むような話であることも大きい。世界の誰も、まだ高速充電をビジネス化できていない。現存するすべてのサービスが公的資金か私企業の先行投資に依存して成り立っているのだ。
永遠に続く補助金やフリーサービスはあり得ない。サステイナブルな事業として成立しない限り、経路充電が維持できない。ひいてはBEVが普及しない。
大前提としてBEVは自宅での普通充電で運用されるため、高速充電器は年に数回の長距離移動でのみ必要になるだけだ。つまり利用頻度の低いサービスのわりにイニシャルの設備投資費用や、電力契約、保守などのランニングコストが高い。
そして長距離移動は連休などのタイミングに集中するため、その需要集中に応えるために、数も求められる。ピーク需要は大きいにも関わらず、それ以外のアイドルタイムでの落ち込みが大きい事業は採算性が難しい。
そして上に書いたとおり、BEVは自宅充電が大原則という点に鑑みれば、集合住宅や月極の駐車場を利用している人にはそもそも平時の運用が難しい。
諸々の状態を考えれば、日本のBEVの普及は30%を超えることはなかなかないと思われる。
対数を取れば、70%はハイブリッドを含むICE車両ということになる。「BEVに出遅れれば滅びる」という意見は相変わらず多いが、30%のBEVで10%のシェアを取っても3%。
対するICEの10%は7%。別に日本がガラパゴスだからという話ではなく、よっぽど特殊な国でない限り、2035年までにBEVが過半になる国はない。全体としてみればおそらく30%前後なのではないか。
2035年の電気自動車(BEV)の普及はどの程度か。「新車販売で30%」というのが池田氏の予測。本誌もそれくらいだと思います
もちろん30%がBEVになる世界でBEVにノータッチとなれば、メーカーはシェアを失うだろうが、それで失うシェアと今すぐICEから撤退することで失うシェアを比べれば、どちらが企業経営に打撃を与えるかは明らかであり、だからこそマルチソリューションだよねという話になる。
■既存エンジンの「バイオ燃料対応化費用」は数万円
BEVはマルチソリューションの重要な一角ではあるが、すべての解決策になるわけではないのは、これまで述べてきたとおりである。
しかし一方で、人類存続のために2050年にカーボンニュートラルは達成しなければならないとするならば、BEVのみならず、他の複数の選択肢を発展させるしかないことになる。それが合成燃料の話だ。
2023年10月のジャパンモビリティショーでレクサスが出品したLF-ZC。BEVはこうしたスーパースポーツには向いている
はじめに断っておくが、合成燃料の話はまだ可能性の話であり、BEV同様技術的進歩や課題解決なしに実現しえない。将来のポテンシャルの話であり、今すぐできることではない。さらにいえばそのうえで、たとえばバイオエタノール(に限らないけど)は大量消費される場面で新たな問題が出ないとも限らない。
それでも可能性のひとつとして注目したいのは、ブラジルの事例である。ブラジルではすでにバイオエタノールが普及しており。バイオエタノール100%の燃料が、ガソリンに対する価格競争力を備えている。
また、ブラジルで販売されるすべての新車は、バイオエタノール対応が済んでおり、この対応に要する費用も新車生産時に1万~2万円とわずか。さらに既存のガソリンと「ちゃんぽん」にしても走れる。
ブラジルではこのバイオエタノールをさとうきびから生産しており、政府は生産余力を国内需要の6倍程度と言っている。つまりブラジルは産油国になったということである。ブラジルの例を見る限り、石油系燃料の代替燃料として唯一今すぐ使える選択肢に見える。ゲームチェンジャーに最も近い候補である。
そもそもバイオエタノールとは要するにアルコールなので、酒が作れる原材料なら、麦でも米でもとうもろこしでも稷(きび)や粟でも甜菜(砂糖大根)でも可能であり、もっと言えば脱穀ゴミや林業の間伐材や枝打ち、製材のゴミ、道端の草刈りゴミでも、残飯、糞尿など、要するに「発酵するもの」ならなんでも原材料になる。
国内でもさまざまな取り組みが行われてきたが、これまでの取り組みはコスト面で断念されてきた。しかし本当に2050年カーボンニュートラルを目指すのならばブラジルを手本に実用化を目指すしかない。
上手く行けば、長らく手詰まりだった農業振興にもつながる可能性がある。食用ではないので見た目は問わない。とすれば従来のような労働集約的農業ではなく、企業による大規模な機械化農業に向いているかもしれない。
そもそも「2035年までにICEの禁止」という話は、車両の寿命を考えると、2050年にカーボンニュートラルを達成するには、その15年前にはCO2を排出する車両の生産をやめなければならないという計算に基づいている。
しかし、合成燃料によるカーボンニュートラル化を取り入れるのであれば、保有車両も含めて脱炭素が可能になり、これまでの2035年の縛りがなくなる。
車検の際にレトロフィットで合成燃料対応改造を施していけば、ガソリンへの合成燃料の混合率を徐々に高めていき、最終的に2050年までに100%にすればいいことになる。それに見合うバイオエタノールやe-FUELの生産が間に合うかどうかだが、緊急事態となれば原材料でも燃料の形でも輸入すればいい、ということもできる。手段はありそうだ。
■当面のBEVの役割は二極化
さて、すでに何度も書いたように、BEVが要らないわけではない。ただし向こう10年くらいの間に関していえば、すでに国内で成功例のある日産サクラのような都市内交通のための短距離移動ツールとしての利用をメインとしつつ、BEVの特性を利用した0-100キロ加速特化型のスーパースポーツあたりに製品は二極化しそうである。
量販BEVの最も実現可能性が高い分野はシティコミューター。「軽自動車」の需要の1/3程度は、BEVに入れ替え可能…か??
やがていつか、安くコンパクトかつ軽量で容量の大きいバッテリーができたら、BセグやCセグの普通のファミリーカーとしてもBEVが普及する日が来るかもしれないが、まだしばらく時間を要すると思われる。
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