BEVという色眼鏡を外して見たら実に出来のいいホットハッチだった
アルピーヌの新しいホットハッチ「A290」は、フランスのスポーツカーブランドにとって初のBEV(電気自動車)となります。日本に上陸するのは2026年前半とちょっと先の予定ですが、ひと足早く試乗することができましたのでその印象をお伝えしましょう。
【画像】「えっ!…」胸のすく走りを満喫できる新時代のホットハッチ! これがアルピーヌの新型「A290」です(30枚以上)
今回の試乗ステージは、高速道路から峠道まで含めた一般道、そしてサーキットまでと多彩。220psのモーターを搭載する新しいホットハッチを心ゆくまで楽しむことができました。
アルピーヌのルーツは、ルノー車をベースにチューニングカーや競技車両を制作していたファクトリー。ルノー車をベースにオリジナルボディを被せた車両も制作したことがあり、その代表作といえる1963年発売のオリジナル「A110」が、ラリーで大活躍したことを知るクルマ好きも多いことでしょう。
当初はルノーとは独立した組織だったアルピーヌですが、後にルノーに吸収され、ここ数年はルノー・スポールというブランド名で高性能モデルを世に送り出していました。
しかし2017年、新世代の「A110」が復活したのを皮切りに“新しいアルピーヌ”としてリスタート。2021年にはルノー・スポールを吸収し、F1やWEC(FIA世界耐久選手権)など世界的なトップカテゴリーレースへも、それまでのルノー・スポールからアルピーヌへとブランドを変更して参戦しています。
「A290」は、そんなアルピーヌが手がける最新モデルです。
ルノーの最新BEVである「5(サンク)」をベースに走行性能を高めたコンパクトハッチバックで、フェンダーなどが大きく張り出したスタイリングは、いかにもホットハッチ然としています。
ラリーマシンなどがライトへ施すテーピングをモチーフにした「X」の模様が入るライトなど、モータースポーツとの関係性を感じさせる演出もドライバーの心を躍らせます。
ボディサイズは、全長3990mm、全幅1820mm、全高1520mm。つまり、全長が短い割に全幅は相当ワイド。もちろんそれはコーナリング性能を高めるための設定ですが、スタイリングに迫力と“タダモノではないオーラ”をプラスする効果も大きいでしょう。
なかでも見どころは、ブリスターフェンダーに加え、競技車両を思わせるオーバーフェンダー風の処理を施した“2段構え”のフェンダーデザイン。特にリアフェンダー前側の処理などは、かつてFF(フロントエンジン/フロントドライブ)車をミッドシップカーへと大改造し、ラリーで大活躍した「5ターボ」の雰囲気を感じさせます。
前輪を駆動する「A290」のモーターは、最高出力180ps仕様と今回試乗した220ps仕様とがあり、0-100km/h加速はそれぞれ7.4秒と6.4秒。バッテリー容量は52kWhで、1回の満充電で走れる航続距離(欧州値)はそれぞれ410km/380kmとなっています。
ひとまず、BEVということは忘れよう……。アルピーヌ「A290」をドライブして強く感じたのは、そんな思いでした。
筆者(工藤貴宏)を始めとする多くの自動車ライターの悪いクセは、BEVを試乗する際、「BEVであること」を前提に評価する傾向にあること。アルピーヌのようなスポーツカーを好む好事家の多くもそうかもしれません。確かにBEVどうしを比較する際は、それで問題ないでしょう。エンジン車とは異なるベクトルで比べる必要があるからです。
しかし、目の前のクルマを味わう際、特にそれがスポーツカーであるならば、BEVであるか否かは大した問題ではないと考えます。あくまで評価の基準は、そのクルマが気持ちいいか否かだけ、なのですから。
そんな視点から見ると、「A290」は実にすがすがしい気持ちでドライブできるモデルでした。何より、曲がるのが楽しいクルマなのです。
現在のアルピーヌの前身は、ルノーのスポーツ部門であるルノー・スポールであり、彼らが生み出した「ルーテシアR.S.」や「メガーヌR.S.」がどれだけスゴいコーナリングマシンであったかを知る、もしくは聞いたことがあるクルマ好きも多いことでしょう。
「A290」はそこまでマニアックに仕立てられたモデルではありませんが、やはり熱い血は流れている印象です。
まず、曲がり始めの際の挙動が素直かつスムーズで、ステアリングを切り始めた際の、よどみなくスッと向きを変えるリニアな感覚が運転していて心地いいのです。それは、何もペースを上げて峠道を走らなくたって感じられるもの。普通に交差点を曲がるだけでも実感できるのです。
その上で、回り込んだコーナーを曲がっていく際の姿勢もお見事です。タイトな峠道やサーキットにおいても、深く曲がるコーナーでクルマが外側へとはらむことはなく、素晴らしいライントレース性を発揮してスイスイと曲がっていくのです。
ルノー・スポール時代との違いを挙げるならば、「R.S.」シリーズが“グイグイ”といった感じで曲がっていくのに対し、「A290」は“スイスイ”と軽やかに曲がっていくこと。
「A290」はBEVなので車両重量がアップ(欧州仕様の乾燥重量1470kg)しているのですが、この軽快さは不思議な感覚。そして、とっても気持ちいいのです。これこそが“アルピーヌ・マジック”なのでしょう。
そうした走りを支えているのは、まず一般的なエンジン車とは異なる前後重量配分でしょう。クルマの前方にエンジンがないので重心は後方へと移動。ちなみに前後重量配分は57対43と、かなりバランスがいいのです。
ステアリング操作に対して反応がいいのは、この前後重量配分の効果であり、重いバッテリーをフロア下に搭載することで実現した低重心も、コーナリング中の優れたライントレース性に貢献しているのは間違いありません。
ちなみにハンドリングの感覚は、ミッドシップスポーツカーである現代の「A110」をベンチマークにしたとのこと。「A290」の乗り味は、そのことを実感させる出来栄えです。
ルノー・スポール時代のモデルよりもフレンドリーにつき合える
「A290」の加速感は、かつてのBEVでよく見られた「ドカン!」と勢いよく走り出す加速自慢系ではなく、伸びやかさ自慢の味つけです。
アクセルペダルの踏み込み量に対する反応がリニアで、スムーズかつドライバーの意のままに加速をコントロールできます。コントロール性という意味では、「A290」のような味つけの方が加速自慢系のそれより優れているのはいうまでもありません。
そして、ワインディングロードからサーキットまで走ってみて実感したのは、「A290」のスポーツ性はかなりハイレベルだということです。
とはいえ、ルノー・スポール時代の「R.S.」シリーズのように、徹底的に切れ味を求めて鋭くした、刃物のような感覚とはちょっと違う印象。「R.S.」シリーズに比べて気軽につき合える、もっとフレンドリーな雰囲気を備えているのです。
例えば、「A290」の乗り心地は「R.S.」シリーズより優しく、シートなども徹底してドライバーを包み込む強靭な姿勢保持装置ではなく、適度な開放感も備えています。
そんなキャラクターは、「サーキットまではいかないけれど、たまにはスポーティに走りたい」という人にマッチすることでしょう。
胸がすくようなハンドリングで毎日の移動を楽しくし、移動中はドライビングを通じて楽しい時間を過ごせる。しかも週末はときどき、スポーツドライブを楽しめる「A290」は、そんな人々のライフスタイルにベストマッチの1台だと思います。
* * *
BEVはエンジン車に比べると薄味の傾向にあり、なかには無味無臭といった印象のモデルも少なくありません。
しかし、ハンドリングやアクセルワークなど、クルマから伝わってくるインフォメーションがしっかりつくり込んである「A290」は、運転しているという実感が濃密で、しっかりとドライビングプレジャーを堪能することができるのです。
ひとまず、BEVということは忘れよう……。BEVだから、エンジン車だから、という枠組みを外して評価してみても、「A290」は一線級のホットハッチなのでした。
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