日産は4月25日、クルマの緊急回避性能を飛躍的に向上させる技術「グラウンド・トゥルース・パーセプション」技術を発表した。この技術は、物体の形状や距離などを高精度で認識可能な次世代高性能LiDAR(ライダー)とカメラ、レーダーを組み合わせることで周囲の空間と物体の形状を正確に捉え、その変化をリアルタイムに把握する技術だ。
これは、LiDARからの情報をもとにクルマが時々刻々と変化する状況を瞬時に分析することで、自動で緊急回避操作をクルマ自身が行うもの。4月25日の発表に先立ち、日産では事前のデモンストレーションをメディアに公開した。
これが日産次世代の自動運転レベル3だ! 目からウロコの新緊急回避性能、「グラウンド・トゥルース・パーセプション」を体感!!
実施されたデモンストレーションは次の3つで、1:Dynamic Traffic Tracking(周囲の物体の方位と座標を高い分解能で遅れなく検出し、瞬時の判断で緊急回避を連続的に実施)、2:Long Range Detection(300m以上先の遠方から高速道路上であり得るさまざまな障害物を検知し、安全に回避)、3:Dinamic SLAM(正確な周辺計測により自車の進路と移動量の微小な変化を検出することで、地図が整備されていないホテル敷地内のアプローチなどを走行する)。
日産ではこの技術の開発を2020年代半ばまでに完了し、順次ニューモデルに搭載して2030年までにほぼすべてのニューモデルへの搭載を目指しているという。実際に体験した国沢光宏氏からのレポートをお届けしよう。
文/国沢光宏、写真/ベストカーWeb編集部、日産
■昨年の東京五輪選手村での事故も想定できないパターンだった!?
事前のデモで公開されたDynamic Traffic Tracking。複雑な状況でクルマが前方に飛び出してきた他車を瞬時の判断で緊急回避する
「日産は当面レベル3以上の自動運転車は出さない」という驚くべき技術発表会を行った。多くの人からすれば、ホンダが「事故起きたらドライバーじゃなくクルマの責任になる」というレベル3を実現したことで、遠からず各社が続くと思っていたことだろう。それを否定したワケです。
しかも詳細な説明をしてくれたのは、この分野で世界トップの技術者と言われる日産の飯島さん(※日産自動車株式会社電子技術・システム技術開発本部AD&ADAS先行技術開発部戦略企画グループ部長の飯島徹也氏)だ。以下、しっかり紹介する。
飯島さんによれば、「事故の状況を分析していくと、驚くほど多くのパターンがあります」。今回用意された状況は、1)先行車に続いて走行している。2)先行車が急に車線変更(避けた)したら目の前に脱輪した大型トラックのタイヤが60km/hでコチラに向かって転がってきた。3)そいつを避けたら路地から乗用車が飛び出してきた--というもの。実際はさらに複雑な状況もあったそうな。
昨年、東京オリンピックの選手村で発生した「走行中の車両に歩行者が自ら進行して接触」という事故状況も想定できなかったから発生したということです。自動運転時の事故をなくそうとしたら、2億3700万kmに1回発生する死亡事故のデータを数多く集めて解析し、対応しなければならない。これについて飯島さんは、「膨大なデータが必要になります。そう簡単に対応できません」。
一般的にこういった複雑な事故に対応できるのはAIだと説明されているものの、当然ながら長年開発をすすめてきた飯島さん曰く、「皆さんが考えているほど簡単なものではありません」。AIの研究をしているというのはウソじゃないと思うが、それをクルマに搭載して実用化する難しさは別次元らしい。飯島さんに自動運転についての話を聞くと、いつも目からウロコが何枚も落ちる。
■リアルワールドでの100%安全のために必要な要件とは?
今回の技術のねらいについて国沢氏(写真左)に熱くレクチャーしてくれた日産自動車株式会社電子技術・システム技術開発本部AD&ADAS先行技術開発部戦略企画グループ部長の飯島徹也氏
話を変えます。今回の発表会で飯島さんが見せてくれたのは、複雑な事故パターンで車両を緊急回避させるという技術。考えて欲しい。今までたくさんの安全技術を見てきたけれど、基本的には「危険を感知してブレーキをかけて止まる」という内容。ボルボなど回避操作(路地から出てきた車両を避ける)を取り入れているメーカーもあるけれど、避けた途端に子供が飛び出したら厳しい。
もっと言えば、現在の技術レベルだと斜め前方から飛び込んでくるタイヤや、前方に落ちている障害物(例えば木片など)を避けることだってできない。こういったことをひとつずつクリアしていかないと自動運転は無理ということになります。「レベル3を前提とするのでなく、安全性を高めるため少しずつ進化させていくことが重要」だと飯島さんは言う。そのとおりかもしれない。
今回のデモは複雑な事故パターンの回避能力を見せてくれた。文頭で紹介した「タイヤ転がり」と「路地から出てきたクルマを避けたら子供が出てきた」というパターン。どちらも最初の回避操作でひと安心したところに次の危機がやってくるのだけれど、しっかり停止して事故を回避した。こういった危機が次々と出てきても対応できるという。助手席に座っていると手品を見ているようだ。
以前から私が書いているとおり、手品は「自分でもできるよ」と感じられたら意味なし。まったくわからないうちに事象が進行していることをもって「凄い!」と思う。素晴らしい技術は人間の対応速度より早くないとダメだと私は考えている。今回の日産の技術、手品級に達してます。自分では想定できないし、おそらく対応もできない可能性高い。安全技術、確実にワンステップ進む。
■新世代高性能LiDARの採用で実現できた日産の運転支援技術
国沢氏が指を指しているのは、試作車両であるスカイラインのキャビン上に設置されたLiDAR本体。その横にはサラウンドカメラ、下にフロントカメラを設置する
日産が一歩進んだ対応ができるのは、世界トップの技術を持つ『ルミナー』社という企業と共同開発している新世代の高性能ライダー(LiDAR)を採用しているためだという。
ライダーの技術を説明しようとすると、「テレビがなぜ写るのか」という説明のごとく長くなる。効能でいえば、レーダーより目標物の形状をしっかり認識できて、カメラより正確な距離を測れるというもの。複数の目標の形状と正確な距離がわかるのだった。
現在実用化されているLiDARより圧倒的に広い探知性能を持っており(左右だけでなく、上下方向もカメラと同等レベル)、前方にひとつ付けるだけで圧倒的な情報量を供給するそうな。
しかもライダーだけでなく、複数のレーダーと複数のカメラも組み合わせ、周囲の空間や物体の形状を正確に把握させている。となれば気になるのがたくさんの情報を処理する制御ユニットの能力だ。
飯島さんに聞いたら、「トランクを開けてみてください」。開けてびっくり! 一部は記憶装置だというが、写真のようにほぼギッシリ。これだけじゃ足りず、リアシートにも! 加えてハイブリッド車の大容量DC=DCコンバーターが供給できる電力だけで足りず、電源まで搭載している! このくらいの計算能力がないと複雑な事故パターンに対応できないのだった。
試作車両のスカイラインのトランク内にはコンピュータ類がぎっしり! 一部は記憶装置というのだが、市販時にはどこまでコンパクトにできるのかにも注目だ
■自動運転実現までの道のりは
一方、トランクルームに収まりきらなかった機材は運転席側のリアシートにも満載されていた
こういった舞台裏まで包み隠さず我々に見せてくれることも飯島さんとの信頼感を作り上げる。普通なら隠すだろう。つまり、2022年時点では圧倒的な情報力を持つLiDARの性能を使い切ることが難しいワケ。
では、いつ頃になったら今回見せてくれた圧倒的な事故回避性能を実現できるのかを飯島さんに聞くと、「2030年までには大半の日産車に搭載しようと考えています」。LiDARを採用するということ。
試作車両の横で国沢氏(左)と日産の飯島徹也氏(右)で締めのカットを。今回の技術が実用化されたら多くの事故を回避することができそうだ
ちなみに、ほかのメーカーはライダーを4つとか5つ使っていることを飯島さんに聞くと、「前を向いているLiDAR以外は情報量をフルに使い切れてないと思います。そもそも今の世代のLiDARは上下方向の探知幅がほぼないので情報も少ないです」。
高い性能を持つLiDARを車体の高い位置にひとつ置くだけでいいという。2030年には調達コストも下がるため、多くの車種に搭載できる。
どうやら自動運転実現までのゴールは遠いようだ。でも、飯島さんの技術が実用化されたら大半の事故を回避できるようになると思います。
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