■フィアットが世に問うたピープルムーバーとは
クラシックカー/コレクターズカーのオークション業界最大手のRMサザビーズ社は、北米インディアナ州エルクハートにて2020年5月に開催するはずだった大規模オークション「THE ELKHART COLLECTION」を、予定から約半年の延期に相当する10月23日から24日に延期。
厳重なCOVID-19感染対策に基づく対面型と、リモート入札の併催でおこなうことになった。
2輪/4輪合わせて280台を超える自動車が集められたこのオークションでは、主に第二次大戦後に生産されたアメリカやヨーロッパ、あるいは日本車も含む名車・希少車たちが勢ぞろいした。そんななかで今回VAGUEでは、旧き良きフィアット3台をセレクト。注目のオークションレビューをお届けしよう。
●1958 フィアット「600ムルティプラ」
「THE ELKHART COLLECTION」でまず注目したのは、個性あふれる可愛いデザインで世界的な人気車となっているフィアット「600ムルティプラ」である。
1956年1月にブリュッセル・モーターショーで公開された600ムルティプラは、現在では定石となっている1BOX/3列シートのピープルムーバーの先駆けともいえる、極めて画期的かつアイコニックなモデルだった。
1955年に登場し、のちにイタリアの国民車となった「600ベルリーナ」をベースに、全高を約20cmかさ上げ。運転席・助手席をフロントアクスルの上に置く「フォワードコントロール」とし、ルーフをフロントエンドまで延長するという、大規模なモディファイが施された。
また、助手席側には後席にアクセスするためのドアを設置。一方でリア廻りのスタイリングに変更はなく、テール周辺の意匠はあえて600ベルリーナと共通するものとされていた。
このユニークな元祖小型MPVは、小型ながら最大で6名の乗車を可能としたことから、まだ大家族主義を謳歌していたイタリアでは大ヒットを博した。
また、イタリアをはじめとするヨーロッパではタクシーとしても重用されたほか、テールエンドをもっと箱っぽく改装した商用バージョンも製作された。
エンジンは水冷直列4気筒OHVで、初期モデルでは排気量633cc。1960年には、600ベルリーナとともに767ccのエンジンを搭載するなどのマイナーチェンジが実施された改良型の「600Dムルティプラ」に移行。1966年まで生産されたといわれている。
今回の「THE ELKHART COLLECTION」に出品されたムルティプラは、633cc時代の初期モデル。600/600Dともにコンディションのよい個体であれば、ひと頃は1000万円近い価格で取り引きされることもあったが、今回RMサザビーズ社が設定したエスティメート(推定落札価格)は、かなり控えめにも見受けられる3万5000-4万5000ドルであった。
新型コロナ禍で先行き不安定な現状とはいえ、さすがにこのエスティメートは過小評価だったようで、競売が始まってみると2倍近い7万6180ドル、日本円に換算すれば約800万円で落札されることになった。
■フィアットが世に問うた麗しきスパイダー2選
フィアット「850スパイダー」は、1965年のジュネーヴ・ショーにて、フィアット社内デザインの「850クーペ」とともにデビューした。
850スパイダーのボディは、カロッツェリア・ベルトーネがトリノ近郊に構えたグルリアスコ本社工場で生産。そのスタイリングは、ベルトーネ在籍時代のジョルジェット・ジウジアーロの傑作のひとつとされている。
●1966 フィアット「850スパイダー」
ジウジアーロ&ベルトーネとコンビで1963年に発表したデザイン習作「テストゥード」のモチーフを量産スパイダーに投影したといわれるデザインは、たしかに美しく魅力的といえよう。
初期モデルでは傾斜した楕円型ヘッドライトを特徴としていたが、このユニットは同時期に同じベルトーネで生産されていたランボルギーニ・ミウラと共用のカレッロ社製だったことは有名な逸話である。
後期型では903ccにスケールアップされ、各部もよりリファインが施されたものの、現在のクラシックカーマーケットにおける人気と評価では、ヨーロッパやアメリカはもちろん日本国内でも847ccの前期型に軍配が上がる。
今回「THE ELKHART COLLECTION」オークションに出品されたのは、デビュー翌年に生産された前期型。つまり、マーケット相場価格も高いほうの850スパイダーである。
しかし、WEBカタログに「Nice older restoration finished in desirable color combination(旧き良きセンスのレストアを望ましいカラーコンビネーションでおこなわれた)」と記されているように、レストアからは一定の期間が経過していること。また、今では明らかに時代遅れな社外ホイールを装着しているなど、オリジナリティの点でも疑問符がつけられる1台ではあるものの、そのマイナス要因を加味してだろうか、RMサザビーズ社が設定したエスティメートは1万-1万5000ドルという、このモデルの現状としては驚くほどに控えめな数字が提示されていた。
そして、600ムルティプラと同様もともとの査定が安価に過ぎたのか、1万5680ドル、つまり約164万円というエスティメート上限を超える価格で、無事落札となったのだ。
しかしこの価格は、まだクラシックカーの価格が今ほど高くなかった今世紀初頭のレベルに留まるものであり、たとえコンディションやオリジナリティがイマイチであっても、かなりリーズナブルであることは間違いない。こうした掘り出し物に出会えるのも、国際オークションの醍醐味といえる好例であろう。
●1970 フィアット「ディーノ・スパイダー2400」
今回紹介するほかの2台のフィアットが、リアエンジンの小さなクルマなのに対して、こちらは2400ccエンジン、しかもフェラーリ製の心臓部をフロントに搭載した高級スポーツカー、フィアット「ディーノ・スパイダー2400」も「THE ELKHART COLLECTION」に出品された。
1950年代以降は大衆車メーカーに一本化したフィアットとしては珍しい、スーパーカー要素を持つ高級スポーツカー、フィアット・ディーノは「フォーミュラ2」用エンジンのFIAホモロゲートを「ディーノ」V6エンジンに取得させたいフェラーリの希望によって実現したモデル。
2ドア4シーターのクーペと、この2座席スパイダーが1967年から1972年まで製造されたといわれている。
1969年に公開されたオリジナル版の映画『ミニミニ大作戦(原題Italian Job)』に登場したクーペ版が、850スパイダーと同じくベルトーネに委ねられたのに対して、スパイダーはピニンファリーナがデザインワークと生産を担当。
つい先ごろ惜しまれつつ逝去したスタイリスト、アルド・ブロヴァローネがフェラーリ版の「ディーノ206GT」の開発にあたって実験したデザイン要素が盛り込まれ、フィアットとしては異例に高級なオープンスポーツカーをグラマラスに実現していた。
フィアット・ディーノ両モデルは1969年に、エンジンを2.4リッターに拡大。リアサスペンションを独立懸架とした「2400」に進化する。
フェラーリ「ディーノGT」とは違って、こちらは1163台が作られたといわれる2000cc版よりも2400cc版の方がレア。生産台数は420台にとどまり、フィアット・ディーノ一族のなかでももっとも希少なモデルとなった。
フィアット・ディーノ両モデルは、フェラーリ版のディーノGTのマーケット市況に引きずられるように価格高騰し、クラシック・フェラーリの相場価格がバブルのごとく狂乱していた時期には、実に2000万円前後で取り引きされる事例もあった。
しかし、今回RMサザビーズが設定したエスティメート(推定落札価格)は10万ドル-12万5000ドルという、少々控えめなものであった。実はこのオークションは、詐欺の疑いで訴追されるとともに破産宣告を受けた某実業家の資産であるクルマたちを売却するためのものであり、確実に落札させる必要があったからだったと思われる。
そして競売では、ほかの2台のフィアットと同様、エスティメート上限を大きく上回る14万5600ドル、日本円に換算すると約1520万円で落札となった。
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みんなのコメント
このデザインをなるべく壊さないで
現代の安全基準をクリアさせて
くれるメーカーないかなぁ。