非常識は非日常に何をもたらすのか
多くの人々にとってモーターサイクルは、趣味の乗り物であり、つまりは非日常である。一方でMTシリーズの色に込められたのは、非常識をキーワードとする新たな挑戦だった。非常識が非日常にもたらすカッコよさに迫る。
[MT-09 vs ストリートトリプルS]新世界を構築する、似て非なる3気筒[日英の845/765を比較テスト]
時代が転換する扉を開けた、ヤマハ発動機としての挑戦
「攻めてるなあ、MTシリーズ!」
ド派手な蛍光イエローの前後ホイールが目を引いた近年のMTシリーズに、このような印象を持ったライダーも多いのではないだろうか?
思い返せば2015年秋のEICMA(ミラノショー)で発表されたMT-10から、ヤマハ市販車にこのカラーリングが使われるトレンドがスタートした。
これについて、ヤマハ発動機のデザイン本部でスタイリングやカラーリングの企画を担当している安田将啓さんは、「ショーモデルに同じような手法を使いながら、市販車に導入するタイミングを計っていました」と話す。
「2008年のリーマンショック以降、モーターサイクルに限った話ではないのですが、カラーリングのトレンドはコンサバ(保守的)な方向に振れた状態でした。なかなかチャレンジできない雰囲気が続いてきたのですが、一方で人間はそれほどガマンし続けられるものでもない。そろそろ、バーッと扉を開けてあげたいと思い、GKさんとその手法について相談を重ねてきた答えが、2016年型MT-10を皮切りにMT-09やMT-07にも同時展開していった、ナイトフローというカラーリングでした」
安田さんの言う「GKさん」とは、GKデザイングループの一社として、モーターサイクルを中心としたプロダクトのデザインを手がけるGKダイナミックスのこと。カラーリングに関する仕事を担当してきた片平憲男さんは、「うちはデザインの会社なので、流行色の傾向などは常に調査しています。開発を進めていたのは、他の分野でも明るい色が少しずつ出始めていた時期。となれば工業製品やモーターサイクルの分野では我々が、その先陣を切ろうという想いはありました」と振り返る。
ただしその手法は、単純にボディを明るい色で塗る……というようなものではなかった。「どれだけのインパクトを生みだすか」をテーマに、既存のモーターサイクルにはない色とその使用方法を採用。これまでの常識を打ち破った。攻めの配色、誕生である。
強烈な個性の陰に持つ、カラーリングの許容性
そもそもMTシリーズは、デビュー当初から好調な販売を記録してきた。新たな挑戦にはリスクも伴うため、そのような機種に斬新かつ尖ったカラーリングを導入するのは稀なこと。その点からして「非常識」だが、用いられた色とその使い方も常識破りだった。
「ナイトフローのホイールに使用した、極限まで彩度を高めたイエローは、これまでモーターサイクルには使われてこなかった色。とはいえ、ただ新色でボディを塗ったのではこれまでの手法と変わりません。ボディが車体の主要なキャンバスとなってきたこれまでの考え方を大きく変えていきたいというのが、『非常識』の土台です」
片平さんの説明を、安田さんは以下のように補足する。
「人間は、動くものには目が行く習性があります。男性なら、女性の髪がふわっとなびいたりスカートがヒラヒラしたりするとつい……というように。バイクは、もちろん全体が動く乗り物ですが、その中でもとくに動いている部分がホイール。そこにしっかり色が入っていることで被視認性が高まるという機能面とカッコよさというデザイン要素を両立させられるというのも、この配色を用いた狙いです」
とはいえそこに使われている色は、日常ですらあまり目にすることがない、まさに“異色”である。強烈な存在感を放てる一方で、個性的すぎることに対する不安はなかったのだろうか?
「正直なところ、販売開始前は社内でも不安視する声が……。しかし実際には、それまでMT-09や07では無彩色のシェアが半分くらいを占め、超合理主義と思われがちだったドイツでも、MT-09はナイトフローの販売比率が4割ほどになりました。単にド派手にするというのではなく、機能性や合理性という背景がきちんと伝わると、受け入れられるということが実証されたと思っています」
日本のユーザーは、モビリティの色に関してかなり保守的だと思ってきたが、片平さんや安田さんは、むしろ真逆の印象だという。「僕はタイに長く駐在していましたが、向こうのクルマは日本と比べると無彩色のクルマが非常に多かったのです」と片平さん。一方で安田さんも、「ヨーロッパには年に数度行かせてもらっていますが、向こうのほうがクルマの外装色はよっぽどコンサバで、ブラックとグレーとシルバーばかり。ただしヨーロッパでは、同じ黒に何タイプもある場合も多いんですけどね」と話す。そして両者とも、「日本は、軽自動車やコンパクトカーのラインアップがまるでパレットのようにカラフル」と指摘する。たしかに、言われてみればその通りだ。
では、グローバルモデルであるMTシリーズに唯一無二のインパクトを持つカラーリングを施すときに、日本市場のことは心配していなかった?
「いえ、そもそも我々はどの国に関しても心配していませんでした。これまで使われていないということだけでなく、その中で多くの人々に受け入れられてもらえる色という調査もしてきました。あとは世に出すタイミングだけが重要だと考えていました」
そういう意味では、安田さんや片平さん、つまりヤマハの戦略は見事に成功したと言えるだろう。デビューと同時に大注目を浴びたナイトフローは、その後にMT各機種に展開され、3年間も使われ続けた。
「モーターサイクルの開発における優良なクリエーションというのは、最初に多少の違和感があるものと思っています。その違和感が普通に見えるようになる速度が速いか遅いか、ここが重要。逆にみんなが『カッコいい』と即座に反応する製品というのは、すでに見慣れたモノで、すぐに飽きられちゃうんじゃないかと。デザインを手がけてから製品として市場に提供できるまでには、当然ながらタイムラグがあるわけで、我々としてはもっと先の提案をしていきたい。MTシリーズのナイトフローは3年間継続しましたが、あれだけ個性が強いカラーリングでも、インパクトを持って提供できたものは簡単に廃れないということを証明できたと思います」
2016-2018「ナイトフロー / Night Fluo」
2019「アイスフロー / Ice Fluo」
では、ナイトフローやそれに続く現行型のアイスフローは、どのようなライダーをメインターゲットにデザインされているのだろうか?
安田さんは、「とくに年齢層とかは考えてこなかった」という。
「むしろ、マインドによるのかと。そもそもモーターサイクルを楽しんでいるお客様というのは、気持ちが若々しい人も多いです。当然ながら実年齢は若くても『いやあ、目立つのはちょっと……』というライダーもいらっしゃいますが、最新のトレンドや非日常的な世界観を求めるユーザーには、ぜひ現行型のアイスフローに乗ってもらいたいと思っています」
もちろん、そうではない人をMTシリーズが受け入れないということではない。現行型MT-09の場合、普遍的なスポーティルックを好むユーザーに向けてブルー、渋く落ち着いたスタイリングを求めるユーザーのためにマットダークグレーが用意されている。
とはいえ「どうせ乗るならアイスフロー!」と思ってしまうほど、このカラーリングには人を惹きつける魅力がある。一方で「これはどんなウエアで楽しめばいいのだろう」という疑問も……。デザイナーが考える、ベストなコーディネートはあるのだろうか?
「人が乗った状態でカッコいい。これはアイスフローやナイトフローに盛り込まれたテーマのひとつですが、乗り手はそれほど気にしなくていいと思います。ウエアまで限定されるようなデザインにしてしまうと、そもそも製品が市場に受け入れられません。ジーンズにジャケットでも、黒いレザーの上下でも問題なし。アイスフローは、赤のアクセントが入ったウエアやギアにすると、まとまりがいいと思いますが、逆にオレンジやイエローをぶつけるとか、もっと違う色を持ってくるとかもあり。そういうトレンドもありますから。自由に楽しんでください」
こう話す片平さんと、安田さんもほぼ同意見。ただし、コーディネート例をより具体的に提案してくれた。
「僕だったら、ジャケットはカーキ。補色をぶつけにいきます。王道は、黒ベースに蛍光オレンジのアクセントみたいな感じですが、それほど考えすぎないで大丈夫。むしろ、変にトータルコーディネートを意識しすぎるよりも、思いっきり自分流を貫いちゃうほうが、カッコよく見えると思っています」
モーターサイクルは多くの人にとって趣味の乗り物。つまりは非日常だ。「非常識」の塊として生まれたナイトフローと、その後継となるアイスフローには、それを操るライダーのファッションさえも既存の常識から解き放つ、不思議な魔力を備えているようだ。
無数の人々が営む「日常」に紛れて、非日常というコスプレを楽しんでみるとしよう。
●文:田宮 徹 ●メイン写真:山内潤也
●取材協力:ヤマハ発動機販売 https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
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