チップ・ガナッシ・レーシング(CGR)はインディカーでの33シーズン目を戦っており、先週のトロント戦で同チームからの参戦が21シーズン目を迎えているスコット・ディクソンがマリオ・アンドレッティに並びインディカー歴代2位タイとなる52勝目を挙げた。
CGRにとっては120回目の勝利だった。ディクソンにとっては同チームでの51勝目。経験が重要な役割を果たすのがインディカーではあるが、モータースポーツの最高峰で20年以上もトップレベルの力を維持するのは難しい。
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ディクソンは今年がインディカーデビューしてから22年目。最初の年と2年目の序盤を除き、チップ・ガナッシ・レーシングでずっと走り続けてきている。その長いキャリアの中で移籍の噂がゼロだったわけではなかった。
IMSAシリーズで活躍し、インディカーに参入しようとしていたド・フェラン・モータースポーツが彼にオファーを出したという話もあった。2009年のことだ。しかし、ディクソンはガナッシで走り続ける道を選んだ。
ドライバーだったチップ・ガナッシが名門パトリック・レーシングの経営に参画したのは1989年。そのチームを丸ごと引き受けて翌1990年にチップ・ガナッシ・レーシングはスタートした。
F1で走っていたアメリカ人ドライバーのエディ・チーバーを起用した1台体制で始まり、マクラーレンF1から追い出されたマイケル・アンドレッティを1994年に起用して初優勝。
1996年にはエンジンをフォードからホンダにスイッチしてジミー・バッサーが初タイトルを獲得した。続く1997年と1998年はその前年にF1から移ってきたアレックス・ザナルディが2年連続チャンピオンに輝き、1999年にはザナルディと入れ替わりでウィリアムズF1チームとの契約下にあったファン・パブロ・モントーヤがインディカーへとやってきて、いきなりシリーズ制覇。JPMとガナッシのコンビはスポット参戦したインディ500でも優勝(オールズモビル・エンジン)を飾った。
F1と関わりの深いドライバーを次々起用し、設立から11シーズンで4回、それも4年連続でチャンピオンとなったガナッシは、ニューマン・ハースやペンスキー・レーシングといった強豪と肩を並べる存在となった。
その後もCGRはブルーノ・ジュンケイラ、ケニー・ブラックと勝利を挙げたが、なかなかエースドライバーが定着しなかった。
それが2002年、CGRはちょっと変わった経緯からスコット・ディクソンを走らせ始めた。彼らは2000年からトヨタエンジンを使い始めていたのだが、2001年からトヨタ陣営に加わったパックウェスト・レーシングが2002年シーズン序盤3戦で突如撤退。
前年にキャリア初勝利を挙げていたディクソンは、その才能をトヨタ陣営がすでに高く評価していたことなどあって、走るチームが消滅してしまったが、CGRが急遽1台エントリー台を増やしてまで走らせることとしたのだ。
この英断がなかったら、ディクソンはインディカードライバーの道を諦めて故郷に帰っていたかもしれない。
2004年はディクソンもチームも勝利なし。2005年は1勝のみとしばらく試練の時が続いたが、2006年に2勝、2007年に4勝してディクソンはCGRのエースとしての地位を確立。チームとの信頼関係が一段と強まった。
この後にはダン・ウェルドン、ダリオ・フランキッティ、トニー・カナーンといったチームメイトたちがディクソンより前面に出る面もあったが、控えめな性格のディクソンはそのことをむしろ歓迎していた。
華やかなパートはチームメイトに任せ、彼の方は着々と勝利を重ねていったのだ。インディ500でも2008年に優勝を果たした。
■混迷するポストアイスマン探し
ディクソンは現在41歳。彼のキャリアはあと何年残っているだろうか?
昨年、CGRは2001年と同じように、ちょっとしたスクランブルがあって新しいドライバーを雇い入れることになった。
アレックス・パロウを起用することになったのは、ずっと目をかけてきたフェリックス・ローセンクヴィストが「アロウ・マクラーレンSPに行きます」と突然の離脱を表明したからだった。2021年も乗せる予定にしていたドライバーに逃げられてしまったCGRは行き先の決まっていなかったパロウに飛びついた。
日本のスーパーフォーミュラで活躍したパロウは、2020年にデイル・コイン・レーシング・ウィズ・チーム・ゴウからインディカーデビュー。速い上に冷静という、23歳という年齢に似合わぬ完成度の高さがあった。
シリーズ最強チームで走ることになった彼は、チャンスを見事に活かしてチャンピオンの座まで一気に上り詰めた。ディクソンも若いチームメイトを、“速さと情熱を持ちながら、人柄は明るく謙虚。本当にいいヤツ”と高く評価していた。
“レースの世界ではタイミングが重要”とよく言われるが、偶然が重なってパロウは強豪入りするチャンスに恵まれ、CGRはディクソンの後継者に巡り合ったかにみえていた。
ところが、そのパロウが“2023年はアロウ・マクラーレンSPに移籍”というニュースがミッドオハイオの後、トロントの前に流れた。CGRはパロウの所有権を主張したが、そのリリース内でのコメントを“自分はそんなことを言っていない”とパロウに公式に否定された。
泥仕合の始りだ。ガナッシがパロウに払うギャラは安く、マクラーレンは多額のサラリーを彼にオファー……という噂も聞こえてきている。スペイン出身ドライバーにとってはF1テストのオファーもかなり魅力的だろう。
最強チームとして活動してきているCGRは、近年はずっとドライバーを選ぶ立場にあった。雇う側の方が優位にある交渉を行ってきた。しかし、資金調達力がダントツのマクラーレンが参入して来てからというもの、インディカーの世界では常識が次々と塗り替えられている。
例えば、ジョセフ・ニューガーデンをチャンピオンの座につけたエンジニア=ギャビン・ウォードは今年からマクラーレンで働いている。王者チーム・ペンスキーが人材を引き抜かれるなんて前代未聞だ。
今回の揉め事は裁判沙汰に発展する可能性が高く、“パロウを来年も起用する契約がある”というCGR側の主張が認められた場合には、マクラーレンが資金力に物を言わせて契約を買い上げ、パロウを2023年に彼らのチームで走らせるなんていう荒技に出ることも考えられる。
あるいは、CGRとの契約が残っているパロウは2023年シーズンにはCGR以外のチームからインディカーシリーズに出場できないこととなって、2021年チャンピオンが丸々1シーズン走れないケースに陥ることだって起こり得る。
今シーズンの残り7レースに関しても、パロウの出場は保証されていない。
もはやCGRはパロウを諦めるしかなさそうだ。では、今年インディ500で優勝したマーカス・エリクソンはディクソンの後継者となり得るだろうか。
31歳の元F1ドライバーはしぶとくレースを走り切ってポイントに繋げる能力こそ高いが、生来のスピードという点で今ひとつなのは経験の浅いパロウより予選でのパフォーマンスが低い点に明らかだ。
CGRはカーナンバー10パロウと同等か彼を上回るドライバーを引っ張ってくる必要がある。
現在インディカーに参戦中のリナス・ヴィーケイ(エド・カーペンター・レーシング)、カラム・アイロット(フンコス・ホリンジャー・レーシング)、クリスチャン・ルンガー(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)といった若く、潜在能力の高いドライバーたちはCGRのリストにすでに上がっていることだろう。
シリーズ最強チームからオファーがあれば、彼らは喜んでサインするのではないだろうか(所属チームとの契約次第だが……)。
CGRならザナルディ、モントーヤ、ジュンケイラらのようにヨーロッパから才能を引っ張ってくることも十分に考えられるが、上記3人ならすでにアメリカにコミットする意思は示しており、オーバルを含めインディカーのコースでの戦いをすでに経験している点で即戦力としても期待ができる。
経験豊富で得るものの大きいチームメイトと戦ってきていないヴィーケイとアイロットはCGRで一気に才能を開花させる可能性が大きい。
CGRには若手育成プログラムもある。この5月に彼らはケイマン諸島出身の17歳、キッフィン・シンプソンと育成契約を結んだのだ。
2020年にアメリカのフォーミュラ・リジョナルでチャンピオンとなり、インディプロ2000も経験した彼は今年からインディライツに参戦中。ホンダ・パフォーマンス・デベロップメント(HPD)のドライバーアカデミーのサポートも受けている。彼が来年インディカーに上がってくるとは考えにくいが、この1、2年で大きく成長してレギュラーシートを手に入れる可能性は考えられる。
ディクソンがこの先どこまで勝利を重ね活躍し続けるのか? そして彼の代わりにチップ・ガナッシ・レーシングのエースドライバーとなるのは? 今後のチップ・ガナッシ・レーシングの動きに注目したい。
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