この記事をまとめると
■1982年に誕生したラリースペシャルがランチア・ラリー037だ
サンルーフなワケでもないのになぜ? ラリー車の屋根にある「謎の穴」の正体とは
■アウディ・クワトロとは正反対となる方向性、軽量で高出力のミッドシップカーとして開発
■ロードバージョンの運動性能も名だたるスーパースポーツカーを軽く凌駕するものであった
軽量・高バランス・高出力・ミッドシップのピュアスポーツ
1982年はモータースポーツ界にとって一大転機となった年だった。競技車両の区分が、それまでのグループ1~9からグループN、A~Eに変更され、同時に車両規定も一新されたからだ。とくに目立って大きな変更を受けたのはラリーカーが区分されるカテゴリーで、それまでのグループ2/4規定からグループB/A/N規定に変更された。これはグループ2/4規定時のラリーカーが過度の改造競争に陥り、参戦するメーカーがごく特定少数に限られてしまったことに起因するものだった。
自動車メーカーに参戦の門戸を広く構え、なおかつ車両の保有性能を明確に設定しようというのがその狙いで、もっとも性能の高いクラスをグループBとして規定した。このグループBカテゴリーは、別名「ラリースペシャル」とも呼ばれたクラス。同じ仕様の車両を規定台数生産すればラリーへの参加を認めるとしたもので、市販車をベースに特殊な改造を積み重ねたグループ4規定より効果的に高性能ラリーカーが準備できることを意味していた。
さて、このグループ2/4規定、とくに最上位性能のグループ4車両からグループB車両への移行期に台頭を見せたのがアウディ・クワトロだった。当時のWRCは、現在と同じくグラベル型ラリーを主体に少数のターマック型ラリーが混在する設定だったが、すでに低μ路で4WD方式の優位性は証明され、さらに4WD方式の強力なトラクション性能を最大限活用する高出力/大トルクの過給機付きエンジンが着目されていた。これを具体化したモデルがアウディ・クワトロだったが、当時はまだセンターデフを持たない4WD方式だったため、ツイスティなコース設定や高μ路を苦手とする傾向があった。
一方、歴史的にラリーに積極的な取り組みを見せていたのがイタリアメーカーだった。そのうちのひとつ、ランチアも戦前からモータースポーツに取り組み、戦後の1960年代にはFFのフルビアHFを擁してラリーで活躍。
その後ベルトーネのデザイン習作だったストラトスHFゼロをベースに、ラリーで使える2.4リッターのフェラーリV6をミッドマウントするストラトスを開発。1974年のWRCに投入すると1976年まで3年連続でWRCタイトルを獲得する活躍を見せた。
1977年以降はグループ企業のフィアットがWRC参戦を受け持つことになり、131アバルトで1977、1978年と2年連続でWRCタイトルを獲得。
メカニズムの発展・確立、そしてグループB規定への移行期に、ラリーフィールドで一躍存在感を示したアウディ・クワトロに対し、ランチアはこれと正反対の方向性、軽量でバランスに優れた高出力のミッドシップカーであれば、アウディ・クワトロの4WDターボに対抗できる、と考えた。この結果として生まれた車両がランチア・ラリー037だった。
ランチア・ラリー037は、2リッター(最終仕様は2.1リッター)DOHCにスーパーチャージャーを装着。低μ路での車両コントロール性を重要視し、ラグの発生、出力/トルクの発生に変化のあるターボではなく、スロットルレスポンス、パワーリニアリティに優れたスーパーチャージャーを採用していたのもアウディ・クワトロとは対照的だった。
スーパーカーを軽く凌駕する運動性能の持ち主だった
ランチア・ラリー037の開発はアバルトが中心となって進められたが、この時期ランチアは、サーキットレースのグループ5カー、ランチア・ベータ・モンテカルロ・クーペで実績を積み重ねていた。この車両のパワートレイン系を活かしたグループ6マシン、ランチアLC1が、WECシリーズでポルシェ956と接戦を演じたことはよく知られるとおりだが、ランチア・ラリー037は、ラリー(WRC)を視野に収めながら、その実態はレーシングカーと呼べる内容で仕上げられていた。
全長3915mm、全幅1850mm、全高1245mmというワイド&ローの車体スペックは、ラリーカーではなくまさしくスーパースポーツカーのそれで、いってみれば、レーシングカーをラリーに投入するようなものだった。
なかでも特徴的だったのは、ホイールベース値を2440mmに設定したことで、設計当時は運動特性の向上から2180mmという極端なショートホイールベース値で作られたランチア・ストラトスが、結局「動きすぎて」不安定なハンドリングに陥った反省点を活かすものだった。
ちなみに、1200kgを切る軽量な車体は、センターセクションにあたるキャビンモノコック軸に前後鋼管スペースフレームを組み合わせる構造が採られていた。設計はジャンパオロ・ダラーラが担当。完成度の高いミッドシップフォルムはピニンファリーナのデザインによるもので、性能は究極の競技車両を目指しながら、競技車両といえども「デザインセンス」にこだわる、いかにもイタリアメーカーらしいパッケージングだった。
生産台数は200台(グループBホモロゲーション取得の最低生産台数)を少し超す程度といわれ、WRCには1982年のツール・ド・コルスが初参戦となっていた。この年は、熟成の域に達していたグループ4との混走期で、まだグループB車両の参戦はなく、先鞭をつけるかたちで登場したランチア・ラリー037は、マルク・アレン/イルカ・キビマキ組の手により総合9位(グループBクラス優勝)でデビュー戦を終えていた。
以後、1982年の後半シーズンで車両の熟成・開発を進めたランチアは、翌1983年から本格参戦を開始。ミッドシップ2シーターの優れたハンドリングと運動特性を活かし、わずか2ポイント差ではあったが、アウディの猛追撃を振り切ってメイクスタイトルの獲得に成功した。しかし、グラベル路の走破性能で4WDが圧倒的に優れることを痛感したシーズンでもあった。
翌1984年は、ランチア・ラリー037が比較的有利なイベントのみに絞っての参戦となり、アウディがメイクスタイトルを獲得したが、4WD+ターボが絶対的優位にあることを認識した各メーカーは、コントルール性に優れたセンターデフを持つ4WD方式にターボチャージャーを組み合わせたミッドシップラリーカーを開発。
この結果、プジョー205TC16やこれを追ってランチア・デルタS4という怪物マシンが登場する流れとなっていた。しかし、ドライバーのコントロール限界を超す性能域にまで達していたグループBマシンは、観客を巻き込む大きな死亡事故を複数引き起こし、あまりに危険な車両規定だということからカテゴリー自体の消滅に結び付いてしまった。
グループB規定の移行期に、考えられる在来自動車メカニズムの粋を結集して作られた珠玉の名作、ランチア・ラリー037はこんな車両だった。焦点はあくまでWRC、ロードバージョン(ストラダーレ)はグループBラリーカーの認証を取得するための手段に過ぎなかったが、運動性能は当時の名だたるスーパースポーツカーを軽く凌駕するものであったことを最後に書き加えておきたい。
目的意識が非常にはっきりとした、ピュアな車両性格、性能を持つクルマだった。
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みんなのコメント
シュッとしてかっこいいなぁ。
ストラトス 欲しい車です。